ふと感じたことなどの書き殴り 1998年4月


1997/03/03

PCが動かなくなってしまったのは、SCSIドライバのソフトがないからなのだったが、 調査によると、もとからフロッピーはなかったことが発覚! つまり、業者が納入したときにボードだけ入れて、 ソフトは不正なものをコピーしていたわけだ。 だからマニュアルもない。ぐがー。信じられん。激怒。

とりあえず、この業者は私は前から個人的に出入り禁止宣言をしていたのだが、 もう絶対敷居をまたげないようにする予定。もはや大学正門から 入れないようにしたいものだ。

そういうもんだ
君は悪くない

1997/03/04

ま、そういうことがわかったのは、 マニュアルさえないことに 気がついた私が、「電脳工房」というその業者に電話してのことである。

今日大教授に報告すると、 「あ、そういや、最初のときに、『SCSIが動かない』とかいって こまってたよ」ということであった。推察するに、 見積りをたてて商品を納入してから、SCSIソフトが必要なことに 気がついて、あわてて適当にコピーしたのであろう。 許せん。(Adaptecのものだったと記憶している)

とにかくその電話では、私は業者のふゆきとどきを責め、 すぐになんとかしろと要求したのだが、 業者は「それじゃ、アルバイトにもっていかせます」ということであった。 (「どんなドライバでもいいですね?」と訪ねていたので、 フリーのやつでももってくるつもりだったのだろう)

しかし、「非常に急いでいる」と念を押しているにもかかわらず、 今日になっても届かない。

結局どうしたかというと、 本日SCSIソフトのEZ-SCSI 4.0JとWINDOWS NT 4.0を校費で購入して なんとかなりそう。ううむ。

くりかえすが、その業者は奈良と京都に拠点をもつ「電脳工房」である。 無知蒙昧も悪徳の一種でかもしれないと思うが、それを騙すのは さらなる悪徳であると思う。

しかしまだ(97/03/04 23:50)移行は完成していない。 いったんNTのインストールには成功したが、 ネットワーク関係の設定がうまくいかない。 いまだにマイクロソフトの意外なトラップにはまりまくっているのである。 しくしく。

児玉君が友人からもらってきたフリーのASPIドライバが 結局役にたった。DOS → WINDOWS 95 → NT という順番で入れなおしている。 現在(97/03/05 00:25)95が終ったところ。97/03/05 00:49現在、MS Officeの インストール終了。NTはどうするかなあ。

ふう、とりあえずNTもインストールに成功したが、 やはりネットワークにつながらない。なぜ? どうもSound Blasterのカードと、ネットワークアダプタが ぶつかっているような気がする。ぬぐ。 SOund Blasterなんていらないんだって。ぐおー。 ま、今日はここまで。

貧乏と疲労困憊ををみかねた債権者さまに夕食をおごっていただく。


1997/03/05

なんとかNTがネットワークにつながった模様。やれやれ。 ネッワークアダプタのIRQとRAMのアドレスを変更したら どうにか動くようになった。

アーカイバ関係もインストール。 FTPも例のやつ。

mailもal-mailと、al-userというソフトでかなり楽になったし、 telnetもtera termでかなりまともにできるようになった。 (このソフトはかなり使いやすいと思う)

む、めでたし。これでほぼ任務終了じゃな。 問題は、「ログオン」するというNTの考えかたにみんながなじんでくれるか。

ま、これで苦しみの日々もほぼ終りじゃな。ほんとうはWINDOWS 95は消して、 ファイルシステムをNTのものにしたいのだが、あまり先走りするのは 好ましくないじゃろう。(だいたい消しかたがわからない。マイクロソフト のことだから何するかわかったものじゃない)

ところで、ちょっとだけTIPSだが、 ソフトウェアのインストール等がうまくいかない場合は、 人事をつくし覚悟をきめた上で、コンピューターに向って、

「これでうまくいかなかったら、どっちかがこの窓(3階)から 落ちなきゃなんないな」
とつぶやくとよい。これでうまくいかなかったことは まだ一度もない。

1997/03/06

あいかわらずWINDOWS NTをさわっているのだが、 今度はCD-Rを読めないということを発見。うが。 もう勘弁してくれえ。

これは研究室のPC利用の中心になるものなので、ほうっておくわけには いかない。対策として、WINDOWS95上で CD-RからMOにコピーしてしまおうとしたのだが、 どうもプロテクトがかかっている(?)のか、コピーに失敗してしまう。 てめー。

しょうがないので、販売元にメールを出す。英語でメール書くのはいやだなあ。 ま、気合いが伝わればなんとかなるじゃろ。

むう、早い。3時間ちょっとで返事をくれた。 プロテクトしているわけではないらしい。特定のファイルは読めないかも しれないが気にする必要はないと言われた。なんとかインストールに成功。

1997/03/07

大学行ったり、マイクロソフトのトラップにかかったり、 お好み焼きを食べたり、借金のおねがいをしたり。

大学の研究室などでソフトウェアのライセンスを正しく扱っているところは どれくらいあるだろうかなんてことを考える。 倫理学研究室では正規利用原理主義者がいるので いまのところまずまずまともになっていると思うが、 来週新しいPCとMacが入るときは大丈夫だろうか?

むう、あんまり書くとまずいのかな。

うちの会社/研究室は正しい
不正なものもある

(機密は厳守します:-)

「ザベ」のアナログ学者の文章を読む。オンライン版もほしいぞ。 来月は「日記者」の生態について書くらしい。面白い文章を期待している。


1997/03/08

お勉強お勉強。

昨日ひっかかったトラップは、Access95で宛先シールが打ち出せないという ものだったのだが、これはMicrosoftのページで修正版を配布していた。 ううむ。

ついでにPCのディスクをNTFSにしてしまう。「いらんことしい」な 感じもする。

(☆☆)ところで、クローン羊に関してメールが舞い込んだ。 (私にこういうお勉強ネタをふってもあんまり役にたたないと思うんだけど)

はじめまして。

最近、クローンが話題になっているのでWWWで検索を繰り返していたと ころ、このHPにたどりつきました。クローン人間の製造が倫理的に問題があ るといわれていますが、何が問題になっているのかよくわかりません。「人は 人格の主体であって尊厳である。」という命題から、「ゆえにクローンをつくっ てはならない」という結論がどのようにして導かれているのでしょうか。おそ らく、クローン人間の扱いに関する問題(胎児の段階で殺してよいか、人権の 享有主体か等)とは区別されて議論されていると思うのですが、製造自体の問 題点というのがよくわかりません。簡単に教えていただけませんでしょうか。 「この本に書いてあるから読め」というような図書の推薦でも結構です。

今後、生態系にどのような影響があるか十分に研究されていない段階、あ るいはクローン人間が実際にできてしまった場合の扱いが検討されていない段 階であるから、研究を少し待て、というのでしたら分かるような気がします。 それとも、人口が増えて食糧が不足するとか、既存の人間よりも優秀なクロー ン人間が既存の人間を駆逐するというような(アニメでありそうな)何かの危 険性故にクローン製造がいけないといわれているのでしょうか。

あっちこっちの新聞とかに論評が載っているだろうし、 加藤大教授もどっかの新聞(読売だそうです)に論評するみたいなので、 興味のあるひとは見てほしい。

クローン人間の倫理的問題点については、とりあえず ジョナサン・グラバー『未来世界の倫理:遺伝子工学とブレイン・コントロール』 (産業図書) がおもしろいと思う。(うちの研究室で翻訳したやつだ)39ページから クローンについて議論されている。

まあしかしそれだけではちとナニなので。 (実際、専門に関係していることは書きにくいんすよ)

グラバーが一人のクローン人間を作りだすことに対して直接挙げている反対理由は、

の一点のみ。この問題がたいしたことがなければ、クローンに反対する理由は ないかもしれない。

もっと大量のクローンを作りだすことに対しては、

という理由を挙げている。

(☆☆☆☆) こっから私のコメント(シラフで書くのは難しいので)。

実際、クローン人間を作るということそれ自体に対する有効な反対理由を 考えることはそれほど簡単ではない。

今週号の『ニューズウィーク日本版』はクローン人間の特集だが、 これではかなり正しく事態を把握していると思われる。 遺伝子がまったく同じでも、まったく同じ人間(人格)ができるわけではない。 環境の影響が大きいのである。 レイちゃんを水槽にたくさん飼っておきたい人もいるかもしれないが、 同じ正確のひとびとを作りだのは至難の技だろう。(それは 一卵性の双子が同じ性格にならないことでもわかる。)

んじゃ、なんで私たちはクローン人間に嫌悪を感じるのか。

上のメールで、 「人間は人格で尊厳をもってるんだから、 クローン人間をつくっちゃだめだよ」という意見について 触れられているけど、 もうちょっとわかりやすくすると、 人格とみとめられるような存在には独特の尊厳があって、 そのひとのことを配慮する(「目的としてとりあつかう」) べきであって、単なる手段として 扱ってはいけないんだ」という考えかたがあるわけだ。 (全然わかりやすくなってないか)

これはカント大先生というエラい人が言ったことをもとにしていると される。

カント先生の論証はむずかしいし、問題も多いから、まあちょっと ワキに置くことにして、 「他人を単に道具としてあつかう」ということに対して 私たちが感じる道徳的な反感はけっこう大きいものがあると思う。

たとえば買春でもいいや。他人を電動フグ(ってなんだ?)同然にあつかっちゃって るから、「相手のことを考えて」するセックスとはちと違うわけだな。

「あなたは私の体だけが目的だったのね」 「君はオレのことを道具にしてたんだな」と怒ったことがあるひとも 多いにちがいない。

ということをおさえて、人間を作りだす手段はさまざまあるのに、わざわざ クローン技術を使う理由を考えてみよう。

クローン羊はどういう目的で作られたのかというと、 新生児に与えるよいミルクを作りだすためだったらしい。 つまり人間の新生児が必要なアミノ酸を十分含んだ 羊の乳を作りだすことができれば、まあいろいろ役にたつじゃろ。

で、遺伝子操作でそういう乳を出す羊を作りだして、それをクローンで数を殖やせば 非常に便利なわけだ。

実際植物なんかでは、そういう作業をしているわけだよね。

で、それじゃわざわざクローン人間を作る理由を考えてみる。 わざわざやるんだから、それなりに有効な利用法があるのだろう。 よく指摘されのが、臓器移植なんかに利用するってやつだな。 同じ遺伝子をもっているなら基本的に拒絶反応とかが起らないので、 完璧なドナーになりうるわけだ。

これに近い話はけっこうあって、 先天的な障害を負っている子供を救うために、 もうひとり子供を作るというカケを行なった親もいると聞く。 (これは骨髄だったと思う) この場合、「完璧なドナー」を得ることができるかどうかは ある程度偶然なのだが、もしクローンできれば 申しぶんないわけだ。

さて、こういう別の目的のために人間を作りだすということが ワシらの道徳感に触れるんじゃな。 「それじゃ、あんたはその目的のために子供を作るんだな」ってわけだ。

しかし、これもちょっと反省してみるとそれほど簡単じゃない。 だいたい子供なんてものは、なんらかの目的のために作られていること が少なくない。 「老後の保証のため」とか「彼をつなぎとめるため」とか 「ひとりでさびしいから」「彼の面影を」「親が望んでいるから」 「家系の存続」「彼がコンドームつけないけど、断わると殴られるから」etc.

はたして、こういう目的のために子供をつくることは道徳的に許されないことだろうか? 「許されん」と言うひとも結構いるような気もするが、 私自身は「そういうもんなんだ」という印象がある。 少なくとも、その「意図」をめぐって 法的に禁止したりするべきではない事柄だろう。

では、クローンをわざわざ作る意図にはどんなものが考えられるか。 骨髄移植のためにふつうの仕方で子供をつくるのと、 なんらかの技術をつかって作るということとの間にあるのは、 「意図」の違いではなく、技術の違いだ。

まあ、それでは、「意図」はともかくとして、 「技術」をつかって人間をつくりだすのは許せん、という考えかたもあるじゃろ。 このタイプの反感を感じるひとは、体外受精なんかに対しても 反感を感じるはずだ。

むう。

では、 体外受精なんかは大丈夫だけど、クローンだけは 許せん、という理由を何か考えてみよう。

  1. まったく新しい技術である
  2. 同じ遺伝子をもった人間は、(天然の)双子だけであるべきだ

まったく新しい技術だから、それを使ってはいけないなんてことは ありえない。 もちろん、上のメールの方が指摘しているように 「まだよくわからんから」やめようという意見は強力なものだと思うが 、その程度のものである。

やっと核心。じゃ、「同じ遺伝子」をもった人間をつくりだすのが いけないとすれば、それはなぜだろうか。

実は、これについては、私にはよい理由が思いつかないんである。 わざわざそういうことをしようとする意図が往々にして 邪悪なものである、という主張はなんだか説得力があるようでないようでよくわからない。 ヒトラーと同じ遺伝子の人間を30人つくって、なにか意味があるか というとありそうにない。彼はひとりで十分だろうし、 30人いたって別にたいしたことはできないだろう。 ファシストを作りだすのなら、わざわざそんなことをしなくても ふつうのひとに対して「教育」した方がよさそうだ。 元プリンスやアインシュタインと同じ遺伝子の人間を30人作れば? (「あなたの家庭にも一人元プリを!」) これは私自身ちょっと魅力を感じるが、やはり、実際には とてもよい結果がでるとは思えない。 これもむしろ「英才教育」した方がよさそうだ。 そしてなにより、クローンで作られた人間であるからといって、 その人が他のひととなにか道徳的権利において違う点は考えられないのだから。 (だから家に元プリを一人飼って、奴隷として私のためだけに 音楽をつくらせるなんてことは考えられないし、私の臓器が痛んだときに クローンから臓器をとったりることは許されないじゃろ。)

頑強な兵隊を1万人作ることについても同様。

それじゃ、「自分の後継者に、自分と同じ遺伝子のやつを」と 考える独裁者や金持ちはどうか。 うーん。同じ遺伝子が同じ人格をもつなんてことはまずありそうに ないのだな。そのひとは私とは(同じような顔つきかもしれないが) 全然別の人間になっちゃいそうだし、私の意志とかを尊重してくれそうに ない。

んじゃ、他になにがあるだろう?

私自身が感じる嫌悪感を分析すると、 それは、 「自分自身と同じ遺伝子の人間をつくりたい」という 人がいたとした場合に、その人に対する嫌悪感なのだな。 「えー、なんでそんなことしたいの?ナルシストちゃう?ふつうに 子供つくったらいいんじゃない?なんか 人間関係うまくやれない人なんちゃうか?」って やつだ。そもそもその意図が理解できないかもしれないな。 むしろ、ここらへんが本音に近いかも。

やはりグラバーが言うように、 わざわざ作りだした「特別」な子供は、それなりの「特別」な 心理状態におかれるだろうし、それはあまり「よい」影響を与える ものではないかもしれないというつきるかもしれない。

「やーい、クローンだ」といじめられるのはやっぱり耐えられないじゃろ。 元祖「試験管ベイビー」であるルイーズちゃんはそろそろ 17、8になっているはずだが、彼女はどう暮しているのだろうか。

あんまりおもしろくなかった。すまんす。また次。

なんてことを研究室で書いてたら、大御所が いらっしゃったので逃げ帰る。 ま、暫定的な結論としては、 そんなに悪いことはないけど、わざわざ作る理由はないじゃろ、という ことになる。 もちろん、クローンで作られたからといって、 我々の自由に扱っていいものではないというのは重要。

たとえば、クローンで子供をつくって わざわざ人工妊娠中絶してそれを 移植などにつかうという可能性もあることに 気づいた。ま、これから寝てから書きます。 97/03/09 08:18

ちなみに、HPという表記はやめましょう。


1997/03/10


1997/03/11

読書会のあと、 某助教授にたかる。


1997/03/12

WINDOWS NTのアクセス権の設定はよくわからん。 マニュアル本を見てもよくわからん。なんだかバグがありそうな気もする。

だいたい、

su foo
chown foo bar.txt
のようなことをどうすればいいのかわからん。私の頭がわるいんじゃろか? (なんかそんな気がする)

しかしお金にこまった。 なんか売るものはないかな。テレビ、ヴィデオ。うーん。 テレビやビデオはめったに見ないけど、ないと困ることがありそうだな。 ラジカセも売れないし。MacもFAX電話も必要だしなあ。 CDや本はあとで絶対後悔するしなあ。 CDは一度だけ売りはらったことがあるんだけど、 今だに後悔してる。ベース、ギター、フルート、エレピ。

とりあえず研究室付近の方、ギター買わない? Fender Japanのストラト(楽器屋で3〜4万円で買えるやつ)。サンバースト。1万円。 ソフトケース付き。江口愛用のピックをサービス:-)

今月は一瞬も電話がとまらずにすんだ模様。実に1年ぶり?

少し前に、あるところへFAXが送れないので問いあわせると、
「えーと、そちらさんはいんすで接続してますか?」
「む?・・・(はっ!)・・・や、INSではないです。ふつうの回線でありんす」
という会話があった。

昨日は某偉いひとが 「ぐいってのは」
「は?「ぐい」ってグラフィカルユーザーインターフェースってやつですか? GUIってそう読むの?」

それにしても、INSを「いんす」と読むってのはなかなか意味不明でかっこいい。 「あいえぬえす」と読んでも、たった3音節、「インス」と読んでも (そう読むひとは)3音節。もっとも「いんす」と読むひとは INSを6音節に発音してしまうのだろう。

どうも、こういうタイプの読みってのは、 マニアの仲間うちの感覚があっていやなものだ。

ホームページをHPと略すに反対していることについて ちと問合せがあったが、これもそういう文脈のなかでのことで、 HPと書いてあってもふつうは頭のなかで 「えーと、ヒューレット・パッカードでもなく ホームパーティーでもなく、Houses of Parliamentでもhorsepowerでもなく、 high pressureでもhalf payでもなく、 ホームページのつもりだな」と考えなきゃなんないので、 ふつう使うべきではない。ふつうに「ホームページ」と書けばよいと思う。 (もっとも、「ホームページ」って何?という問題はのこるが)

ま、とりあえずそんな読みかたをする人とはおつきあいしない。 (某偉い人にはタカるためにおつきあいしないわけにはいかず、 「グラフィカルユーザーインターフェースは」と念を押す習慣がつきはじめている。)

おまえのほうがへんだ
おまえの言っていることはわからんでもない

バンドやりたいぞ。

メンバー募集。当方B。 コンテンポラリーな感覚の黒人音楽やりたし。 アマチュア志向。京都市内で練習。初心者。

なんちゃって。そんな時間はない。


1997/03/13

(☆☆)

研究室にこんぴゅーたーとかいうものが2台とどいたが、 (「あぷてぃば」なんとかってのと「ぱわーまっく」なんとかってやつ) 孤立したこんぴゅーたーとかいうものにはほとんど意味を見いだせないので 今日は触らない。こんぴゅーたーってのは、実は計算機ではなく 通信機器なのだな。電卓と電話のどっちに近いかと言われれば、 電話の方に近い。ファミコンとポケベルでもポケベルに近い。 (この比較は、これを読んでいるひとは当然だと感じると思うけど、 けっこう意外なかんじもする。)

どうにかしてイーサーケーブルをひっぱりたいのだが。むう。

読書会を2本。今週は毎日読書会であった。 4月からお金持ちになる予定の某氏にタカる。

児玉三等兵は私にメールを1通残して、 広島・呉に去った。目的は知らない。 巨大戦艦に乗りこんで沖縄にでも行くのではないだろうか。 帰りの燃料じゃなくて旅費はあるのだろうか。 また会えるのはいつの日か。さらば。

数日前、今年はじめてウグイスの声を聴いたのだが、 昨日今日と聴いていない。まだちょっと早かったのだろうか?

ウグイスってのは春先から初夏にかけて、ちゃんと練習して歌えるようになっていく 過程を楽しめるのがよい。才能に悩むやつとかもいるんだろうな。

岩倉(京都市の山のなか)に住んでいたときは、 裏山(アパートの裏がほんとに山だった)で鳴く鶯を毎年品評して楽しんで いたものだが、さすがにここは一応街中なので、個体を識別することは できない。いや、岩倉だって個体を識別はできなかったけど、 とりあえず「今年鳴いてるヤツ」ってのはわかった。 「今年のやつはずいぶん上達したなあ」「今年のはダメだ」ってかんじ。

そうか、ここは巣をつくる場所からちょっと遠いから、 トリル(じゃなくて、「鶯の谷渡り」か。エッチな意味はない) を聞く機会がないんだな。

私のなかではgood old 岩倉 daysってやつなのだ。あのころは猫もいたし。 いや、擬人法(擬猫法?)ではなく、ほんもののネコ。


1997/03/14

春。いろんな香りが空気中をただよっているのを感じる。

昼大学に顔を出す。 どういうわけか外付けのSCSIハードディスクが飛ぶ。 OmniPageが動かない。 WinReader Proは動くのだが。 おそらくソフト的な原因。 たしかにMicroSoftの製品は品質が低い。 前にも書いたが、 ワシら文系の人間は「枯れた」技術をつかうのが一番なんだと コンピュータをはじめて買ったときから思っていて、 個人的には枯れきったものだけをつかっているつもり。 MacだのSUNだのってのはほんとうに枯れきっているので気にいっている。

しかしPCの世界ではそうはいかない。 いろいろバグや不満な点があるからバージョンアップせざるをえず、 その結果あらたな問題が起る。 いやはや。ワザとやってんのか?

とりあえず、全国のWINDOWS NT 1台につき最低10時間/人ぐらいの 経費はかかっていると見た。時給1000円で計算しても 気がとおくなる。「こんぴゅーた」一般にして考えてみると...

そういうや、Netscapeもそういう会社だな。 (バグや不安定を解決せずに新しいメジャーバージョンを出す)

夜債権者さまが雨よけに拙宅にお寄りになり、 部屋の掃除状況についてスルドク批判される。 将棋。

どういうわけか、血中のモータウン濃度が非常に上昇している。


1997/03/16

土曜、日曜はネットワークが落ちているので更新できないのであった。 (でも読みにきている人もいるなあ)

某研究会に出席。奄美大島でアマミノクロウサギを原告に裁判を おこしている弁護士の方々が発表。 途中で抜ける。 (クロウサギのカブリモノをしてきてくれたらよかったなどという 不真面目なことを言うやつがいるが、私ではない。)


1997/03/17

読書会。


1997/03/18

唐突だが、大学生協の会員証は、去年か一昨年のこの時期お金にこまって換金してしまった。 たしかにこの時期になると「会員証を見せて」って言われてこまっちゃう。 しかし、たしか生協は法律で他の営利企業よりも有利なあつかいを受けているはずで、 ま、会員じゃないひとにたいして冷たくあたるのはしょうがないんじゃと思う。

科学哲学の話を聞いて、将棋して某氏にたかる。 たかってばっかりだ。 将棋を指しながら飲んでいると、あっという間に2時を過ぎている。 そのお店にはバックギャモン(兼行法師が好んだ双六だ)もおいてあって、 客が楽しんでいる。 某氏のリクエストもあり、来年度はバックギャモンを研究室の導入予定。 ついに賭博まで研究室にもちこまれることになるか。 (将棋とちがって、バックギャモンは賭けないと醍醐味を味わえないよね。)


1997/03/19

銀行のキャッシュカードが1枚行方不明。そうじしても出てこない。 これには最後の生活費がはいっているのだが。

というわけで、銀行に行って、最後のおかねをおろし (あんまり少額なので書けない)、「身分証明がないと再発行できません」という お姉さんを口説いてむりやり再発行してもらう。ありがとう、おねえさん。

本日も読書会。なんだか毎日児玉君に勉強を教えてもらっているような気がするぞ。

研究室におかれた2台のマシンを非合法にネットワークにつなぐ計画進行中。 つなぎかたが非合法なのではなく、研究室をゲリラ的に器物損壊して イーサケーブルをひっぱるという計画。 毎日ちょっとずつフォークで穴を掘るってかんじ。 実行犯は某を予定。私も共犯になるかなあ。

SCSIケーブルに悩む。なんだってこんなに色んなコネクタがあるんだ。 それに高い。


1997/03/20

今日は休日だったのか。

昨日、各所で話題の村上春樹の『アンダーグランド』を入手。午前中読む。 ちょっと分量が多すぎ、 「傷」とかそういう村上タームが多過ぎてちと鼻につく。 おりしも事件は2年前の今日だったのね。 夜読みおわる。

『アンダーグランド』だけど、私にはあんまりリアルじゃなかった。 井戸のように人の話を聞き、共感するってのは、村上春樹の初期からの 主要モチーフのひとつだったと思う。今回はそれをまっこうからノンフィクションで やったわけなんだろうけど、うーん、うまくいってない感じがするなあ。 きっとそれはプライバシーを冒さないようにしたり、 話を整合的にしたりするために村上さんが手を加えたせいなんだけどね。 もちろん、2、3のうまくいったケースもある。リハビリ中の女性と 最後の旦那を失しなった女性のやつ。この二つはもともと村上ワールドの 登場人物の資格があるようなひとびとだったからなあ。書きやすかったのだろうか。 逆に言うと、この二人がもっとも実在感がない。

もっとも、被害者の視点ってのは私なんかはなかなか気がまわらないところ ではある。こういう犯罪だったら、ふつうは加害者の方がいろいろ 「実存」していて興味深くて、被害者は凡庸な集団っていうとらえかたを してしまいそうだ。 そういうのが彼のエライところだな。 (もっとも、やはり私にはたいがいの登場人物が凡庸にしか見えちゃうんだけど。 ここらへん、私の感覚が悪いのは前々から気づいている。)

オウムの事件が「理解できないもの」っていう言われかたはよく されるし、村上も(留保つきで)そういうふうに見ているようだ。 私にとってはそんなに「理解できない」もんじゃないんだな。 (もっとも私はアレを宗教現象ではなく、閉鎖的集団での 緊張した人間関係の結果として見てるんだけど)

個人用(?)メモ


1997/03/21

『アンダーグランド』の件は赤尾さん が的確に批評してた。

アンケートにはだいたい30人くらいの人にお答えいただいた。 サンクス。まだ答えてない人はよろしく。

マンガは 「岡崎京子のPINK」 「快傑蒸気探偵団」 「ビッグコミック オリジナル」 「花のO−ENステップ」 「ぼのぼの」 「槙村さとるのダンシングゼネレーション(超古い少女漫画です)」 「坂田靖子の漫画はどれも人に安心して勧められる。最近文庫になってるし。」 「Z(青池保子)、動物のお医者さん(名前忘れた)」 「中崎タツヤのものなら何でも」 「Office North Star」 「(ミステリー小説)島田荘司『火刑都市』(講談社文庫)一昨日帰省から帰る途中の列車内で 8 年ほどぶりに再読。傑作とまではいかないかもしれないが、力作。」 「ヨコハマ買い出し紀行」 「寄生獣・愛しのバットマン」 「浮浪雲」「天才バカボン」「風の大地」 「吉村明美」「吉野朔実」「逢坂みえこ」「榛野なな恵」 「なかはら桃太」「川原泉」「西炯子」「山田南平 「ぼくんち」 「バスタード」

音楽は 「矢野顕子のひとつだけ」「キースジャレットいろいろ」 「 声優もの」 「フォーレ レクイエム」 「村田和人」 「スターダスト★レビュー」 「UA」 「Baby Face, Johnny Gill, チャカカーンなどのブラコンもの」 「今なら、エアロスミスの新譜か、今度出るウルフルズの新譜」 「初期の松山千春、ドリカム」 「Supertramp」 「Brahms: 間奏曲 Op. 117 他」 「ヘンデルのメサイア」 「keith jarrett」 「Screaming headless torsos」「井上陽水奥田民夫」「Judy and Mary」 「君が代」 「ウェーベルンのパッサカリア 「Inti-illimani」


あー、犯罪連絡。犯罪連絡。 あとで考えたんだけど、 やっぱり、 あそこに穴あけるのはうまくいかないんじゃないかな。強度が落ちそうだし、 いろいろやってるうちにガラス割りそうだ。 むしろワクの角の部分をヤスリで削るか、ノコで切るかした方がいいんじゃないかしら?

あー、業務連絡。業務連絡。

本日の購入品。

  1. SCSIケーブル(pin type - セントロ) 3800円
  2. クラリスワークス(ハイブリッド) * 1 24000円
  3. マイクロソフト ワード for Mac *1 6000円

クラリスワークスは1個しか在庫がなかった。 各々インストール終了。スキャナも研究室のPCに接続して OmniPagesも使えるようになりました。 VJE-Deltaは在庫なし。

というわけで、現状では研究室のPC上ではマイクロソフトワークスと クラリスワークス、Mac上ではクラリスワークスとワードが使用可能です。

プリンタは設置場所が確保できしだい移動予定。

ついに犯罪計画が実行されつつあるが、なかなかたいへん。 無理かな?

メモ(ケーブル類在庫)

  1. SCSI 50pin - 25pin *1
  2. SCSI セントロ - セントロ *1
  3. SCSI セントロ - 25pin * 1
  4. Mac プリンタ (DIN - 25pin) * 1

ふと気づくと、この書き殴りも1周年を越えていた。むう。 書き殴りだけでほぼ500KBぐらい書いているようだ。 無駄。

というわけで、現在誰が読んでいるかの調査を行ないます。 これまでお読みの方も、アンケート にお答えください。


1997/03/22

というわけで、塾は今日が最後であった。 10年近い受験産業との関わりも、これで最後かな? そうもいかないかもしれない。

深夜大学。帰ろうとすると、文学部の出口付近で若者が5、6人で シンナーを吸って奇声をあげている。 はじめは気づかずに(劇団の練習かと思った)、 至近距離に寄ってしまい、ただならぬ雰囲気に若者の右手を見ると ビニール袋。

「ぐへへ」
「うぉー」
「らりりるれ」
「るる」
「るれよ」

ううむ。そうか、シンナーってのはこうなるんですかなどとゆっくり観察 したり、「シンナーは体に悪いですよ」なんて余計なことを言う危険を 冒すつもりもないので、速攻で逃げる。

今文学部付近は工事中で隠れやすい環境なんだよな。 婦女子や軟弱な男子(私だ)は深夜大学構内に入らぬがよい。

どうにかならんかな、あれ。 京大エンジェルスとかいう自警団ができちゃったりしたら それはそれでうっとうしいだろうなとも思うが。


1997/03/23

しくしく。ベースのストラップピンが外れちゃった。ネジ穴がバカになった模様。 木ネジが飛んでどこいったかわかない。 対処方法は?(はずれたのは左がわ。ツノの方。)

(う、しまった。書き方まちがえたのでもう一度よろしく。)

もっと太いネジでしめる
別の穴をあけてそこにとめる

Parliamentの"Flash Light"のベースラインをコピーしようとするが、 シンセベースなのでE以下の音も使ってる。くやしい。 5弦ベースが流行る理由がわかるというものだ。

以前、某師匠が日記に「江口さんとつるんででかける」という 文章を書いたことがある。
「ううむ。ツルむってのは、エッチな意味なんじゃないのか?」
「えー、んじゃ辞書ひきますよ」(彼は辞書愛好家のようである)
「1. 交尾する。 2.つれだつ」
「むう。やはり。君と交尾したおぼえはないよ」

ストラップの件の犯人は私か?ごめんごめん。記憶にはないが、 触っていいかげんにかたづけたおぼえはある。おわびの印はいずれ。

夜、上の某師匠とオフラインミーティング(とは言わないか)。


1997/03/24

(空白の1日)

97年度書き殴りシラバス

主題

江口(1965- )の個人的生活と思想的発展を概観する。

書き殴りの概要

さすらいの非常勤講師、江口は20世紀後半から現在までなんとか生きのびている ろくでなしの一種である。「書き殴り」とは、 「江口とはなにか」「江口はどう生きるべきか」 「どのような江口がよい江口か」「我々にとって江口とはなにか」 といった江口がつねに直面している問題に関する非体系的・日常的反省である。本書き殴りは、 江口の日常生活を題材にとりあえながら、 上の問いに対するさまざまな答を吟味していく。

書き殴りの方法

気分にまかせて書き殴る。

書き殴りの順序とポイント

基本的に江口の現実の日常生活に従うが、 追憶や読書感想文などが含まれることがある。 ウソをついたり、表現をぼかしたりする場合があるので注意が必要である。

テキスト

なし。参考文献は書き殴りの進行にあわせそのつど紹介する。

評価方法

ときおり行なうCGIによるアンケート調査による。

読者への希望

あらかじめ書き殴り宣言と過去の書き殴りを読んでおけば理解が深まる。 また自分でホームページを書いているひとは、HTML原理主義宣言も 読んでおいてほしい。

既に読んでいることが望ましい日記群

特にないが、参考として日常的に読んでいる日記を「読んでいる日記」に挙げる。


1997/03/25

寝不足。自由意志読書会。ひきつづき、第一回哲学授業法大研究会。

(☆) 某氏と二人で、来年度のシラバスだの去年のレジュメだのを 見せあって、あーだこーだと授業方法について意見交換。

こういうのは意味がないという向きもあるかもしれないが、切実な情報交換 でもある。

哲学の授業ってのも、古典落語みたいに、マクラもクスグリもサゲも 一言一句フォームがきまっているのが あってもいいような気がするな。Mのころから前座として「頭山」「たらちね」 みたいなんから おぼえはじめて、「子別れ」や「芝浜」あたりが十分に語れるようになれば 真打ちとか。

む、落語界とこの業界はいろいろ近いものがあるぞ。 私はバレ話専門の才能ない前座か二ツ目?

そういや、『落語としての哲学』って本があったな。未読。

月例のもよおしとして、携帯電話がとまっている。


1997/03/26

読書会。

プリンタ切替器を買ってきて、研究室と加藤研の接続。 でも、こんなもの使わなきゃなんないのは ちょっと古いよな。ほんとはネットワークで共有ってのが正しいんじゃろけど。 非合法計画は頓挫している。鍵がなければはじまらん。鍵まで壊したらほんとに犯罪 じゃからのう。ここらへんは某助教授の政治手腕に期待があつまるところである。


1997/03/28

(☆☆)

WORD97とかいうものが研究室に導入された。まだ使用していない。 どうせバクバグにちがいないという予断があるが、はたしてどうか。 最近湯水のように研究室の予算がコンピューターに投下されているのだが、 コストに見合うものがあるかってのは疑問。しかし、投下しないと バクバクでそれまでの投資が無駄になるしねえ。最悪。 「世界からコンピューターをなくす会」ができれば参加するが。

「バージョンアップするがよい。そうすれば君は後悔するだろう。 バージョンアップしないがよい。そうすれば君は後悔するだろう。 バージョンアップしても、バージョンアップしなくても君は後悔するだろう」 (出典はあれ) ってわけで、世界は『あれか/これか』でどっちみちダメなのである。

就職した某友人に飯をおごってもらう。元気そうであった。

彼は関西生れの関西育ちだが、「東北はよい!」らしい。ふーん。 あんな寒いところは私はヤだけどね。

彼と私は同じ31歳なので、どうしても話は「結婚とは」ってのになる。 そんなにいいモノかなあ。よくみんなしてるなあ。えらいなあ。 (いや、束縛とかそういう次元の話ではなく、もっと基本的な 自分に対する信頼とかの問題。これじゃよくわからんな)

哲学授業法大研究会のために、8ミリヴィデオとか欲しいなあ。 研究室の予算でテレビとカメラ買ってくれないかなあ。 あ、出先で借りればいいのか。大学なら1台ぐらいはもってるよな。ふつう。

前にも書いたことがあるかもしれないが、 以前に行ってた塾では、ヴィデオで自分の授業を撮影することができて、 これはけっこうよかっったのである。 口調や体の動かし方とか、自分の色んなクセを見ることができる。 (もちろん愉快なものでないけど) おかげでセルフイメージがずいぶん変った。

できれば自分の部屋にも1台ほしいくらいだ。 (ろくなモノは写らないだろうけど)

去年は授業内容のメモを残そうとして、 結局とちゅうでポシャってしまった。 今年はなんとか記録を残したいが、どうかなあ。 けっこう勇気がいるよな。こういうのって。

どうも、私はなにか書いたあとに限定をつけるという順番で書くことが 多いようだ。A, though B、という順番だな。これは 書き殴っている以上避けられないかもしれん。

春のせいか、 あちこちの桜の木や人間の頭がピンク色になったり、 その他いろんなことが起きている模様。 春恐るべし。春退散。春禁止。


1997/03/29

読書会。これでお勉強月間はおしまい。

結局、WINDOWS NT 4.0は使いものにならないという判断。WINDOWS 95に戻す。 いやはや。もう触らんぞ。2万5千円返せ。私の金ではないが、あんなものを 売っている会社は許しがたい。「バグだらけです」という読者さまの 御意見は承知していたのだが。判断が甘いことを反省。

このまえの木曜の夜、NHKでFUNKな人々のビデオを流していて、 ひさしぶりにテレビを見た。 ブーチーが動いているのは初めてみたっす。(JBはいろいろ 見たことがある) けっこうなP-FUNKファンを 自認しているのだ(CDは20枚以上もってるだろう)が、 ライブのビデオを一度も見たことがないことを思いだした。 十字屋やTowerやVirginとかではみかけないので、 別のCDとかを買ってしまっていたのである。

昨日ひさしぶりに大学の近くの中古レコード店に行くと、あるじゃないですか。 3000円ぐらいから。買えない :-) しかしせめてEarth Tourぐらいは見てから死にたい。


1997/03/31

陽気に誘われ散歩。ふと気がつくと寺町の電気屋街にいる。
「明日から消費税アップです。みなさま、お買いもらしのないよう!」
「売りつくしセールス中です」

「そろそろMO買わなきゃな。230Mのが4万円ぐらいか...しかし 研究室のは640Mまで読めるからどうせだったらそっちに...7万円。 しかし、今のハードディスク(340M)より大きなリムーバブルってのも... 電子辞書とかもっと便利につかうためにはデカいハードディスクを1台...2GBで4万円... ...(脂汗)....どうせカードなんだから......はっ。いやいや、いかんいかん」

「それにしても、今年も電車通勤が多いから、ウォークマンぐらい 欲しいよなあ。これくらいだったら、債権者さまも許してくださるのでは ないだろうか....ほう、今の売れ線はもうMDなんだな。再生専用3万円か... もうみんなMDデッキはもってるのかなあ... しかしMDだと録音に困るよなあ。今もってるCDラジカセは出力端子がないし、 12年つかっているCDプレイヤーは調子悪くて読めないCDとかもあるからなあ。 ...CDプレーヤーも安いのがあるんだ...MD用の出力があって2万円か.. さっきの録音もできるやつといっしょにすると6,7万でいけるか...MOを買ったと思えば.. MOよりずっと役にたつよなあ.............. (冷汗)....はっ。いやいや、いかんいかん。」

もちろん、「はっ」の部分では債権者の方々のお顔や市役所の方々のご様子が 思いうかんでいるのは言うまでもない。いや、いい汗かきました。

八坂神社でオミクジをひくと、「清めの桜」なるものがおまけについてくる。 桜の花の塩づけ。お湯をかけて飲む。もちろんおいしいのものでないが、 春。桜餅食べたい。

リンクと引用再び

おおむかしに「勝手にリンクを張ってはいけないのか?」 っていう 文章を書いた。ずっと放っておいたのだが、あれから1年すぎたことも あるし、書きなおすかねえ。 (あれが書き殴りスタイルのはじまりだったことを 今思いだした。)

もちろん、もとネタは Thomas上田さんの「著作権について」

私の基本的なスタンスとしては、「リンクフリー、引用フリー」。 (「フリー」の意味も面倒だけど、「私に断りなく、無料でやってよい」ってことに しようか)

「著作権」っていうものは法的にはめちゃくちゃ面倒なものであるからして、 その議論は(今だに)やるつもりがない。「倫理学屋」の私としては、 なにがよい法律であるか、っていうことについては法律以外のものから 正当化する必要があると考えている。著作権をどう解釈しどう運用するかっていうこと には、また別の議論が必要だってわけだ。

その際に考えるべきなのは実際におこる(あるい起りそうな)結果の善し悪し の他はない、っていう立場に立ちたいとも思っている。

つまり、たとえば上田さんのような著作権の解釈や主張を行なった場合、 どういう結果が見こまれるか、ってことだわな。

私の日常的な言語感覚では、 「引用」ってのは
「どこそこの太郎さんは、ほげほげで

あれこれ。これこれ。それそれ
と言いました。」
ってのを指す。もちろん、その後ろに 「太郎さんの言うことはもっともだ」「ぼくは太郎さんはよくないとおもいまーす」 ってな文章がつづくかもしれない。

太郎さんの書いたりしたものをすべて写してしまうのは 引用ではなく「複製」とかいうやつだと思う。だから、 ふつうは「無断複製禁止」はよく見かけるけど、「無断引用禁止」ってのは なかなか難しい。

さて、もし「無断引用禁止」ってのが認められちゃうと、 どういうことが起るかを考えてみよう。

一般に、私たちの意見というものは他の人の意見の模倣であったり、 それをひねったものであったり、そういうことによってできあがっている。 極端な話、私の意見の出所がすべて私の内部にあるなんてことは考えにくい。

そして私が意見の多くを他の誰かに負っていると考えるときに、私は その意見の出所を明かしにするために引用する。それは私の意見がどのていど 他のひとに影響を受けたものであるかを示すためであり、 興味関心のある人のための手引でもあり、また逆にわたしのオリジナリティを 表現するためでもある。 権威づけにつかうときも ある。その意見をめぐんでくれたことにたいする感謝を表現するためにも 使う。

また、私が誤っていると思うような意見を 見聞きしてそれに批判を加えようとするときも引用は役にたつ。 私の読みがまちがっている場合もあるだろうし、 あやふやさや曖昧さを防ぐ意味もある。もし引用が禁じられた場合には、 「ほげほげというタイプの考えかたがあるんだけど」という表現になっちゃって キレが鈍るし、正確さにも欠けるものになる。

結局、引用を禁じることは、わしらの個性とか意見とかの発展のために 必要な自由な討論とかを阻害することになっちゃうし、それは結局 個性とか意見とかの発展を阻害することになっちゃうんだよな。 それはよくないことだろう。

これと同じ論法が、「無断複製/再利用を禁じる」にも使える。 一般にワシらがなにかを作りだすときの誘因になっているのは 金銭欲だったり自己顕示欲だったりする。もしそういう 欲求がなければワシらはなにもしない(かもしれない。これは難しい)。

もし私の作りだしたものが勝手に他人の名義になってたり、 それによって当然見込むことのできる収入がなくなったりするという ことになれば、私はそれを作りださなくなっちゃうかもしれず、 それはやっぱり自由な意見交換の意味をなくしちゃって、 結局は社会の発展を阻害することになるじゃろう。

よって、とりあえず無断引用禁止反対。 (上田氏の文章の「引用」は誤りで、「転載」が正しいらしい。すでに 修正されている) (☆) さて、しかしHTMLのファイルそのまんまの再配布なんかはもうちょっと難しい。

以前fjで、(NNTPでの)newsの再配布について議論があったと記憶している。 「別のメディアで再配布するのは許せん」という意見があったと思うのだが、 私はそれはあまり整合的ではないと感じた。newsはマシンからマシンへコピーされる ことによって配布されるわけで、そのメディアがTCP/IPだろうが UUCPだろうがCD-ROMだろうがnewsはnewsなわけだ。

んじゃ、HTTPは? 私の名義や、オリジナルのURLが はいったままで再配布するってのはマズいことだろうか? HTTPってのは基本的にはTCP/IPでつながっている マシンで読むことを想定してるわけなんだろうけど、 ネットワークニ接続されていないようなマシンでもCD-ROMなんかで読めるように なってたらいいんじゃないのかなと思ったりもする。 ある時点でのWEBの世界を記録に残しておくってのも悪くないんじゃないだろうか? 以前、日記猿人でそういう試みをやったときには「転載不可」にしたけどね。

WWWもNEWSと同じく、技術的にはコンピューター間のファイルのコピーを 前提としているわけで、一概にすべての「複製」を禁じることが意味のない ことなのはよく指摘される。

むう。

実際に複製したり(別メディアなどで)再配布したりした場合、 どんなデメリットがあるだろうか?

むう。Webの中身は(たいていの場合)完結しない、ってのが関係しそうだな。

WWWにはリンクという強力な武器があるから、 一般には複製を再配布するよりは、URLを知らせるだけで十分なのだな。

WWWの内容ってのはほとんどで成長中なんだから、 複製の再配布によって情報を固定しちゃうよりは、 URL表記だけですませるほうが、 全体としてはよりよい情報へのアクセス手段になりそうだな。

よって、別のメディアによる複製の再配布は悪くはなさそうだが、 URLだけの方が便利なかんじ。

(☆☆)ちょっとスタイルを変えよう。

「ではリンクはどうですか?」

リンクは自由に行なうべきであるというのが、1年前からの 見解です。今もかわっていません。

「たとえば上田さんは、「悪意ある」リンクについて気にしてます。 今月号の「The BASIC」でも、水谷氏がリンクの問題について触れていますが。」

昔も書きましたが、たしかにヘンなところから「悪意」をもって リンクをはられるのは楽しいことではないかもしれません。 ま、しかし、それはこんなくだらないことをしているのだから 仕方ないのではないでしょうか。

「そりゃ、あなたはそう感じるかもしれないですが」

いや、わざわざ人目にふれることをしている以上、なにかを言われるのは しょうがないってことです。もちろんそれが称賛であれば だいたい気持ちのよいことなのでしょうが、称賛のリンクは許すけど 批判や揶揄や侮蔑のリンクは許さん、なんてのは筋が通らないでしょう。 特に、リンクの場合は引用とちがって直接本人のものを読んでもらえるわけだから、 どんなに揶揄されたって大丈夫なんじゃない?

「でも、たとえば恣意的に誤解を招くようなリンクを張ることも 可能じゃろ?そういうのも許すってわけ?」

いや、むしろ、どんなリンクの張られかたをしようと、誤解されないような ものを書いておくべきなのよ。二つの対立する意見があったときに、 そのどちらが真理に近いかってことは読者が決めることだし、 ちゃんと書いてあれば理解できるはずでしょ? 誤解を招くような表現をしているのであれば、それを正せばいいのよ。 それを「あー、てめーオレんとこにリンク張るんじゃねー。」とか 言ったら、部分的で不正確な「引用」とか、 「だいたいどこそこのどこそこらへんで ページ開いている某ってやつはへんな奴なんだぜー。みんな 読まない方がいいよ」なんて表現になるでしょ? これの方が誤解を広めちゃうことになるんじゃない? むしろURL一発でビシッと決めてもらった方がいいじゃん。

「「ビシッ」ってなんですか?」

さあ。

「・・・んじゃ聞くけど、あんた秘密のページ作ってるでしょ。」

・・・

「それを知ってる人がそれを公開しちゃっても文句言わないわけ?」

・・・

「やーい、こんなところでこんなやつがこんなこと書いてますよ〜。 はずかしいですね〜。邪悪ですね〜」ってやられても 大丈夫?いろいろ損失あるんじゃない?

んー。まあ、だからそれは「内緒です。お願いねっ。」しているわけよ。 その上で、たとえば私が秘密のページで世にも邪悪な思念を表明していて、 (まあ「世界をサタンのものとするため今日は3人の処女をバラバラにしてみた」とか 「今日はヒトラーに反魂の術をかけたがうまくいかず、毛沢東が蘇えってしまった」とか) それを批判・糾弾しようとする人がURLを公開したら、それはそれでいいんじゃない? そのくらいは覚悟しているぞ。 これを法的な問題にしようとするのは間違っているし、 私は反対するぞ。

(もちろん、その場合、 そのひとが呪術的に危険になることはあるかもしれんがのう。がはは。)

「・・・んじゃーさ、どんな批判もしょうがないけど、 陰でやられるのはかなわんから連絡して、ってのは?」

うーん。気持ちはわからんでもなかりけり。たしかに連絡なしで 批判されちゃってたりするのは気持ちわるいなあ。知らなかったら 反論のしようもないしね。うーん。 ふつうのhttpサーバーではどこから参照されているかを 記録する機能があるけど?

「それ使えないサイトもあるでしょ?あんたはわざわざスクリプト書いて 毎日チェックしてるじゃん」

や、それは。

「それって、やっぱり気になるってことでしょ?エチケットとして 連絡するってのはよいことなんじゃない?」

うーん。そうなんだけど、そりゃほんとにエチケットの問題だわなあ。 私は個人的にはいちいち問い合わせされんのはヤだし、 連絡すんのもヤだ。

「そういう次元の問題になっちゃう?」

いや、そんなことはないはずだけど、ちょっとまって。

「んじゃ、次は営利の話をしよう。非営利のリンクは許すが、 営利は許さんってのは?」

んー。これって昔、フリーのソフトウェアを営利目的の雑誌の付録に するのはやだとかっていう似たような話があったよねえ。 なんで営利はだめなんだろう?

「自分が無料で提供しているもので金をかせがれちゃたまんない、 ってのがあるんじゃない?」

うーん。どうかなあ。具体的なマイナスはあるわけ?私にとって。

「質問と答が逆転してますが」

あまり気にせず。

「特にないけど。気分悪いじゃん。ワシにも金くれ。」

こんなもの書いて金をもらうつもりか?

「いや、困ってるし。MD欲しい。」

MD欲しいねえ。

「欲しい欲しい」

まあMDはほっといて、営利のひとたちがリンクするのに反対する 本当の問題はなんなのかな。そんなものあるかな。 どうせタダなんだし。営利目的でリンク集をつくったりすることが なにか問題あるとは思えないし。 有名な「窓の社」なんかは営利だと思うけど、あれくらい 有用だと営利だろうがなんだろうがかまわんと思うな。

ソフトウェアの話の時に思ったのだが、 むしろ、「営利BBSでの配布おことわり」なんて方に反感感じちゃったことがある。 どうせ再配布自由にしてくれてるんだから、 どこでも配布すりゃいいじゃん、なんて思った。

「んー」

営利のところからリンクされたって、いずれは誰かのブックマークに登録されたり して、結局はどんどん流通するんだからそれでいいんじゃない? 基本的に、営利リンクを禁止しても誰も利益を得ないでしょ? とにかく他のヤツに得させたくない、っていう私のネガティブな願望 が満足されるだけで。むしろ損失の方が大きそうだ。

「んじゃ、あんたの秘密ページの『黒魔術:その理論と実践』や 『やさしい反魂術』にリンクを張ってお金をもうける人がいても 平気?」

いや、そんなページはないって。あったとしても、それは黒魔術でアレだから。

「MD欲しいねぇ」

うん。欲しい。仕事仕事。


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