書き殴りINDEX / 書き殴り宣言 / HTML原理主義宣言 / 読んでる日記
ああ、業務連絡。業務連絡。 8月5日に熊本大魔王が上陸予定。注意されたし。午後に研究室で 迎撃予定。
ついに鬚から納豆の味がするようになったので 剃る。やー、さっぱり。
研究室で午後から夕方にかけて過す。 研究室に来てもクーラー消しちゃうからあんまり利益はないよな。
研究室にいるときはNetscapeとか使ってみたりもするわけだが、 いつもlynxで見ているのとはちがった風景が広がる。 日記以外のページとかも見てみるが、 あいかわらずセンス悪いページが多いなあ。もっとも、 日常的に読んでいるような人々のはそれほど悪くない。
YahooやYahoo Japanなんかで引用事典だのWoo's Whoだの各種事典の ページがないか調べてみるが、それほど 充実しているわけではないようだ。まだまだじゃな。
アニメgifを使っているページを読みこんでしまうと、 いつまでもぐちゃぐちゃうるさいのだが、 いったん読みこんでしまった画像を表示しないってことはできないのかな。
むう、こんなテスト をしたら恐くなっちゃったよ。 もっとも、精神科のお医者も商売であることは忘れちゃいかんよな。 あのテストで50点以下をとるのはなかなか難しかろう。
そういや、 昨日喋ってたこと。
「ハッカー倫理」というようなものを提唱するひとが いるのだが、おそらくこの「倫理」という言葉は強すぎる。 ethicという単数形で使っている場合は往々にして ギリシア語のエートスETHOS(性格、道徳的気風、品位)と直結するような意味で 使われることが多い。 むしろ「気質(かたぎ)」なんてふうに訳した方が実感に近いかもしれない。 で、どういうエトスを持つべきかってのはまた別の根拠づけが必要なわけだな。
これは合宿のときにレオポルドの「土地倫理Land Ethic」を読んだときにも 感じたことで、わしらはこういう「・・倫理」ってのを聞くと それがもっとも基本的な原理であると思いこむ習慣がついてしまってるのかもしれない。 しかし、こういう人々が、そういう原理ではなく エトスとしてなにかを提唱しているのであれば、 話はぜんぜん別のものになる。
なんてことを考えながら山根さんの 原稿を 読みなおしてみる。 「倫理と道徳」の対立ってのはなかなか難しいなあ。 ちなみに私がこの二つの言葉を使うときはまったく区別せずに 用いる。
山根さんは、「道徳」を「集団ごとの掟」と定義し、 「倫理」の方は定義していないように見える。もしかしたら、 「Internetの資源(あるいは信頼性)を害する活動を Internetにおける倫理の問題圏 とする」という言い方で規定しているのかもしれない。つまり、 「倫理」は資源に関する何かなのだな。むう、わかりづらい。
もし山根さんの言うような意味でインターネット倫理なるものが 存在するとすれば、まあ、それ自体根拠づけが必要であることになると思う。 それは現状の「道徳」が根拠づけされたり批判されたりしなければならないのと 同様。
もちろん、そういうインターネット倫理が「道徳,因習,掟,法律など」と 対立することはあるだろう。 でも、インターネット倫理が通常の道徳etc.と 直交するような別の次元の価値という主張(に読める)は ちょっと怪しいな。そもそも、なんで「インターネット倫理」が 「集団の掟」と別のものであるかってのがわからないからなあ。むう。
むう、こういう書き方はちょっと失礼かもしれないな。また書く。 (近いうちに書きなおすらしい)
そういや、某助教授のページも知らん間にずいぶん充実した 模様。日記書かないひとのページはチェックしなくなっちゃって いかんいかん:-)
がんばったが翻訳はそれほど進まないのであった。なかなか大変。 これってけっこう読みやすいのになあ。しくしく。
むう、帰るか。フロッピー持ち歩く必要のない世の中になったってのは まあ、いいことなんだろな。
ぐわ。うちのMacのキーボードの調子が悪い。リターンキーを 何度か叩かないと認識してくれないことがある。これはやだなあ。 PC98なんかを使っていたころからCtrl-hはよく使うけど、 Ctrl-Mでリターンキーのかわりにするってのはどうしても なじめなかった。
土曜はプールの日。今日は午後のクラスに。この時間は おじさん講師。
「それじゃ、今度はビート板を使って平泳ぎのキックをやりましょう」
「(平泳ぎはできるんだから簡単.....む、呼吸のタイミングがわからん)
うわー。ぶくぶく。ごぼがば。げほげほ。」
「江口さーん、そんなに考えこまないで。体を動かして」
「げほげほ。(体が動かないからこそ考えこんじゃうんだけどなあ)」
ものを教える/教わるというのは難しいことである。
京大のDNSサーバーが止っている模様。そういや昨日今日は 停止するっていう告知があったな。
午後から学校へ。翻訳メーリングリストの案内を各氏へ。 fml-2.1deltaってのを使っているのだが、 安定性がもうひとつのような気がする。
知らない人にメールを書くのはちょっとつらい。 特に冒頭の「時候の挨拶」なんかはメールでは書いたことが ない。 メールのやりとりに慣れている人であると思えば もう直接用件だけ書いちゃうんだけど。そういう想定が 効かない偉い先生たちだからなあ。 今日のではタイプミスしたまま出してしまったようだ。しまった。
『エリア88』の1、4巻を持ちだしたままの人がいるのは 許せないことだ:-)
日中がんばったあと、 夜債権者と将棋(●●●●)。 当然死刑の話になり、 反死刑廃止論者の動向が注目される。
全然関係ない話だが、 ある人は、「麻原が15年で出てきたらゆるされへんやろ、感情的には わりきれないものが残るやろ」と言う。 (この文章は、15年後のために書かれている。賭金は5000円である。)
こだまっちとメーリングリストの実験をして操作のだいたいの見当を つける。
研究室の引越しにまつわるネットワークのなんやらに かかわってしまう。別に部外者の私が世話する必然性はないが、 やっぱり恩がえしにやらにゃいかんよな。
夜、NHKでウルフルズが出演しているのを見る。はからずも感動してしまう。 「それが答だ」は名曲だし、今日のはパフォーマンスもなかなか。背中 に電流が流れたよ。CDではよく聴いてるんだけどね。 (司会の谷村新司も意味なく涙ぐんでたな...) 私もちょっと目頭があつくなったが、なぜだろう?
研究室からMOを借りだしてハードディスクのバックアップを取る。 ついでにハードディスクの整理をしたりフォーマットしたり システムを入れなおしたりしたい欲望が芽生えるのを感じるが、 自愛の思慮によっておさえつける。 これまで何度も痛い目にあっているのじゃからして。
あいわからずキーボードの調子が悪い。 機械ってのは生物とちがって、調子悪いときにほっておけば そのうち直るってわけじゃないのがアレだな。 自動修復機能のついたキーボードがあれば買うな。 生物キーボードか。
とりあえず、これまた研究室から使っていないAppleキーボードII-J を借りてきたが、JISのキーボードなんか触りたくない。 Controlキーも左下だし。やだ。
おもえばこのキーボードは、SE/30といっしょに買ったものだから すでに7年以上使っているのじゃな。 むう。やはり寿命か。 毎日私の汗と涙を十分に吸っておるからのう。 (ついでにタバコとビールも吸収しているか)
そういや、プリンタの調子も悪い。たんなるStyleWriterIIなのだが、 給紙がうまくいかない。こっちは寿命というよりは、 つもりつもったほこりが原因のような気がする。
山根さんのクリプトアナーキズム論の 新版が出ていたので読みなおす。
むう。とりあえず書きなぐり。
RFC1087とRFC1984を読んでみたのだが、山根さんの論文とはかなり違う印象をうけた。
山根さんが「インターネット倫理」を見いだすRFC1087だが、 これがIBAなりIESGの「インターネット倫理」の定義であると見なすのは ちょっと無理だろう。
山根さんはこう書いている。( 発表版 の方)
IABは「非倫理的で容認できないあらゆる活動」とし
て、以下の項目をあげています。
故意に
(a) インターネットの資源への無権限アクセスを得ようとすること、
(b) インターネットの計画された利用を中断させること、
(c) そのような行為に資源(人、容量、計算機)を費すこと、
(d) 計算機を基盤とする情報の信頼性を破壊すること、
そして/もしくは
(e) ユーザーのプライバシーを危険に曝すこと。
ここには一般にインターネットの倫理的問題と言われる(らしい)公序良俗の
問題とかネットワークの犯罪利用については言明されていませんね。それは、
この倫理が扱っているのは国民に対する安全保障とか公序良俗いったローカル
ルールではなく、ネットワークの存亡にかかわるものだからです。(これに近
いのは、ネットワーク系ならぬ生態系の位相を導入した「環境倫理」の考え方
でしょう)。
本論ではこのRFCの定義から出発して、インターネットの倫理をローカルルー
ルとは別のものとして扱います。さしあたって、インターネットにおける倫理
とは「ネットワーク(の信頼性)を破壊せず、そこでの情報交換を促進すること」
と定義することにしましょう。
細かいのだが、気になる点がある。 別にこれはRFCによる「倫理の定義」ではないってことだな。 RFC1087は基本的には 「インターネットは非常に研究者の役にたってるし、 インターネットは国の金をつかってんだから、ちゃんと使わなきゃね」 というのが前提で、だから「壊すのはやめようね。研究を阻害になるような ことをするのはやめましょうね」っていう文章なわけだ。 提言のバックには、 「研究は大事」と「国家の金はむだにつかうな」という 基本的な判断がある。その上での話であって、 インターネットの保全がそれ自体で価値があると見なされているわけではないことに 注意。
第2に、RFCでは上の前提から5つの提言をおこなっているわけじゃが、それは たしかに"unethical and unacceptable"と言われているが、これは別に倫理の 定義じゃなくて、倫理的に受けいれられないものの一例にすぎないじゃろ。た とえばインターネットを通じて犯罪に加担するというのは、このRFCの作者た ちにとってもunethical and unacceptableなはずじゃ。 個人や国家の安全保証なんかの問題も、インターネットというものが 実際に強力な武器になった場合には「インターネット倫理」に 入りこまねばならないと思う。89年当時は危機感はまだそれほど でもなかったんじゃろ?
また、最後のプライバシーに関するやつはどういう前提から出てきているのか ちょっと理解しにくいところがある。(これはRFC1087の問題点)
さらに、RFC1984の方だが(この番号もアレだな。この番号になるのを待ってた んだろな)この文書は「暗号を利用する権利」ってのを主張している文書とは 見えなかった。むしろ、暗号利用の規制は実質的に不可能であるし、非効率的 であり、(さらに重要なのは)利用者の利益に反するというという技術的な主張 に読める。
こちらでも重要なのは、「利用者の利益」が「インターネット倫理」(そうい うものがあるとして)の最終的なよりどころだってことじゃな。ここで考える 必要があるのは、ここで言われている「利用者」ってのは今現にインターネッ トに接続している人々のことじゃろか?それとも、もっと広い一般の人々じゃ ろか?
私はこの「利用者」を例えば「現につながっている人」とか「サイバー世界に住んでいるひと」と 読むことはできないと思う。サイバー世界に住んでいるひとだろうが なんだろうが、それが現実の世界となんらかの接触をもつかぎり、 「倫理的」にはすべての人の利益を考慮にいれなければならないと思う。 問題は、暗号技術は現実の世界の人々にどのような影響をおよぼすだろうか、 ってことだわなあ。もしインターネットなりサイバースペースなりが 現に生きている人々に巨大な害を与え、 それに見あうだけの善をもたらさないとしたら、 そんなものつぶしてしまえというのが自然な反応だろう。 (もちろん私はインターネットとか暗号とかいうものは非常に有益なものだと 思っているが)
RFC1984の解答は、 (暗号技術はあぶないかもしれないけど)現実に法によって 暗号を規制するのは何の役にもたたん(犯罪の防止の役にはたたんのにも かかわらず、プライバシーとかをおびやかすことになるから ほとんど利益がない)ってことなんだな。あの議論は説得力があるように見える。
それでは、「ローカルルール」としての道徳や法律なんかと、 「インターネット倫理」はなにがちがうんじゃろか?
実は違いはないのである。どれも結局のところは その正当化は利用者なり国民なり全人類なり感覚のある存在者すべて なり、そういうものに対する影響に訴えなけりゃならんじゃろ。 いかなるローカルルールであっても、もしそれが うたがわれる場合にはそういう手続きをふまねばならん。 (たとえば今局所的にはやっている死刑の話とかもそういうことだよね)
なんだかよくわからんようになった。 まあ、「インターネット倫理」なんてもんは存在せんのだと思う。 もしインターネット利用者の決めごととしてそれが存在するとしても、 そのインターネット倫理はもっと基本的なレベルでの倫理とか 道徳とかそういうものによってその正当化されなきゃなんないじゃろな。 そういう実質的な議論を読みたいと希望するものであるのじゃ。
熊本大魔王さまご一行とお食事。 大魔王とは2年近く会っていなかったらしいが、 全然そんな気がしない。
「えーと、半年ぐらい前にも京都に来てましたよね?あれ、 学会だっけ?」「いや、会ってへんよ。」
メールのやりとりとかしていたからなのか。生霊が 来ていたのではないかという噂もあった。
2軒ほどまわって、さらにカラオケなるものにまで 行ってしまう。よく憶えていないが、 そのあと債権者さまと将棋したかもしれない。●○●●ぐらいか?
話題のクラッカーがうちにも来ている。2回やられたようだ。 とりあえず簡単な対処をする。
qrvl-67ppp160.epix.net - - [26/Jun/1997:07:13:47 +0900] "GET peach.kjb.yamanashi.ac.jp - - [01/Aug/1997:03:01:33 +0900] "GET ....
アクセスログを公開することは プライバシーの侵害になるか?ならんな。
ま、ここはsolarisなのでshadow passwordとかなんとか っていう機構をつかっているので実害はないじゃろが、ま、 ちょっと気持ちわるいよな。
上のようなものを「さらし首」と呼ぶらしい:-) んー、だいじょうぶかなあ。
夕方研究室で読書会を聞かせてもらう。 しばらく仕事して熊本大魔王の土産であった 麦焼酎なんか味見して(焼酎はあんあり飲めなかったのだが なかなかうまい)帰宅。朝まで起きている。
明け方、涼しいうちにジョギングなどものす。高校生らしき集団があちこちで 走っている。インターハイとか京都でやってるんだったかな? 走りおわってから丸山公園で池にたたずむ。あそこの池は たいへんな数の亀が棲息しており、 そいつらがなんやら泳いだり 岩に登ろうとしてたり、縄張りを争ったりして いるのを見ているのはなかなか楽しい。 爬虫類とか両生類ってのも何を考えているのかちょっと想像しにくいよなあ。 白川で喧嘩ばっかりしている鴨もなんだか邪悪な雰囲気を ただよわせているが。
日中寝る。汗だく。夕方起きだして風呂。
ところで、うちの隣には自動販売機があって、 「南アルプスの天然水」がある。これはどのSUNTORYの 自動販売機でも売っていると思っていたのだが、 ほかのとこでは入っていないのね。ジョギング中に水を求めて気がついた。
当然のことながら、 何が売れるかを考えながら販売機を運用しているのだなあ。 隣の販売機から「水」を買っているのは、私だけなんじゃなかろうか。
やはり朝から夕方まで睡眠。 土曜日はプールの日。どうもやはり土曜の夜のクラスは初心者が少ないらしく、 今日はマンツーマン(ウーマンツーマン?)であった。それにしても、
「それじゃ・・・しましょう。」
「はい・・・がばがば。」
「では・・・しましょう。」
「はい・・・ごぼごぼ。」
「では・・・を」
「はい・・・げほげほ」
はかっこわるいなあ。
13日に甲子園第3試合にちょっと縁のある高校が 出るので行ってみようかなあと思っている。無料だよね?(金のことが 気になるのが情けない。)
やはり朝から夕方まで 寝て、研究室で仕事。なぜか来た債権者と将棋。 ●○○。
おごってもらってから研究室でAI将棋をためしてみる。 「標準」でも序盤はヘンな手順をつかってなかなか強い。
Tシャツを着替え洗濯するために生きているのではないかと 錯覚する日々。
昨日債権者と飲んでいるときにムカデ恐いという話を していたのだが、 今日も出現してしまった。この夏3度目。
これまでは部屋の中に出たので どこかのアニメの主人公のように 「うぁーーーーーっ」と叫びながら殺虫剤をふきつけ、 さらに丸めた新聞紙で身動きしなくなるまで 殴りつけて目標を破壊していたのだが、 (恐怖心から人を殺すときもこんなもんなんだろうと思う) 今日は目先を変えた出現であった。
洗濯物を洗濯機に入れ、注水したところで、 意外なことに洗濯機内にあらわれてのである。 水中戦である。 やはり「うぁーーーーーっ」と叫びつつ どうしたらいいかわからんので洗濯機を回して 目標を溺死させることに成功。いやはや。 なぜ人はムカデに理性を失なうのか。
そういや最近なぜか 渋谷系の音楽を耳にすることが 多くなっている。コーネリアスの 新譜も聴いた。ちょっとダルかなあ。やっぱりよくわからんな。 一番よい曲が(おそらくボアダムズの人がやってる)最後のノイズの曲だってのは なんだかアレだ。聴いてりゃよくなるかな? フリッパーズのやつとか、コーネリアスでも 前のやつ(69/96だっけ?)とかはかなりよい曲もあると思うのじゃが。
やはり朝散歩してから寝る。 どうやら首を軽く寝違えてしまったらしい。
この時期風呂がないのはつらい。出がけに ホースで水を浴びてから研究室で読書会。
某学士とひさしぶりに 将棋する。強い。あやうく負けるところであった。6級を認定する。
(☆☆☆)
歳のはなれた弟が通う高校が甲子園に来ているという噂を 聞き、行ってみる。野球を観るなんてのは高校生以来のことでなかなか 新鮮であった。
どのあたりに座るか迷ったが、とりあえず500円はらって 三塁側アルプススタンド(応援団がいるところ)に陣どる。 日射しが心配だったのだが、ちょっと雨がぱらついたりする 野球見物には悪くない天候であった。 ビールなんぞを飲みつつゆっくり惨敗するさまを直視する。 それにしても山形県の野球は弱い。
この酒田南という高校には、 関西からも野球留学している生徒がいるらしい。 関西弁で応援しているひともちらほら見うけられた。 監督は去年関西から引き抜かれて赴任したひとらしく、 そのときに生徒も5、6人連れていったのだそうだ。 赴任当初、「3年で甲子園に行きます」と宣言していたらしく、 それを2年で達成したということで地元の評価は高いそうである。 ま、個人的な希望としては地元の生徒だけの公立校なんかに 代表になってほしいのだが、そういうわけにもいかんのだろうな。
それにても甲子園って実際にスタンドで観るとそれほど 広くないよね。昔プリンスが来たときにも甲子園を訪ずれたのだが、 そんときのプリンスは野球選手の5倍ぐらいの大きさだったな:-)
(☆☆☆) 読書会のあと、身近なネタで道徳論争。そういうのは 趣味が悪いと感じるひともあるだろうが、 まあ、私は大好きである。我々は一般に他人の噂話とかが 好きなのだが、それは、他人を貶めたいから、あるいは、 単に他人を批評したいからではなく、 話をしている人当人同士の価値観をすりあわせたいからなんだと思う。
もし、他人の行動について他の人々と批評しあったり、 議論しあったりしない人がいるとしよう。そのひとは 他人の道徳意識をどのようにして知るだろうか?また自分の価値観が どのようにして知るだろうか? 特定の 事例を意識しない道徳に関する話は、抽象的かつ建前的なものになってしまい、本音の 部分が見えてこないのだな。その結果、そのひとは自分の道徳意識を 批判する力を身につけることができなくなってしまう。
昼のテレビの芸能人の私生活なんかに関する番組は、 たしかに趣味の悪いものだが、あれはある程度必要なものだと思う。 それをネタにして隣りの主婦や、勤務先の人々と 「あなたならどうする」「私ならこうする」「これは許さん」と すりあわせるわけだ。その結果、自分の道徳意識を修正することもあるし、 他人の道徳意識を変えたりもするわけだ。そういうふうにして ワシらは進化してるんだよな。(本当か?)
In trying to decide what is rational, we are engaging our normative capacities to try to decide what norms to accept. We do this in normative discussion, actual and imaginative, as we take positions, subject ourselves to demands for consistency, and underg mutual influence. Saying this should tell us something about the nature of philosophy. Philosophical discussion is continuous with ordinary discussion, and often with ordinary normative discussion ---- the kind of normative discussion that is a part of all human life.
(A. Gibbard, Wise Choices, Apt Feelings, Harvard Univ. Press, 1990, p.81.
あれ、もっとぴったりな個所があったけどなあ。
そういや昨日野球の応援に行って、 吹奏楽をやっていたころのことを 思いだしたりもした。吹奏楽の人間にとって、 野球の応援はほぼ義務なわけだが、あまりうれしいものではなった。 コンクール前の忙しい時に使われるのはたまったもんじゃない。 外で暑いし、とにかく大きな音を要求されるので音も くちびるも荒れるし。応援団とのある種の筆舌しがたい確執もある。でも中一のときに 応援に行った先で雨が降り、女の先輩の水に濡れた制服が アレだったのは今でも憶えてるな。...
中学のとき、野球の応援に行ったときか、あるいは その練習のときに、 クラリネットの女生徒が過換気症候群とかいうものになっちゃって、 往生したことがあったな。あんときは救急車呼んじゃった。 中学でもう一度同じ症状に出くわしたことがあって (今度はフルートだったかな?)、 そのときは前の経験が役にたち、 鼻と口に袋をかぶせて呼吸させて事なきをえた。 酸素が多すぎるから問題なんで(正確には二酸化炭素が少なすぎる?) 袋をかぶせてちょっと二酸化炭素の多い空気をすわせりゃいいわけだ。 やっぱりどちらも情緒不安定ぎみだったと思う。 (中学生女子なんて皆情緒不安定だけど)
敗戦記念日だが、 研究室でお仕事。今日は通りすぎる風がこころよい。 (しかし鳩が入ってきているのが心配。)
夕方ちょっと泳ぐ。 クロールも50Mは(楽とは言えないが)泳げるようになった模様。 次は背泳のマスターを目指す。バタフライができるようになるまで スクールには通いたいと思っている。
夜ふたたび研究室へ。夏休み住みついているやつがいるなあ。
やっぱり気まぐれでmew 1.88をインストールしてみる。 なかなか洗練された方向に向っていてよろこばしいが、マシンパワーがないと つらいな。Sun SS2っていまやこの端末のWINDOWSマシンにも負けちゃう くらいの実力なのかもしれん。
あんまり意識していなかったが鬚剃りは基本的には順目だな。 逆目だと肌を痛めてしまうような気がする。前にも書いたが、 私も電気カミソリだとてきめんに肌を痛めてしまう。 (最近の高性能なものだとわからんが、そんなもの買えない) ふつうにカミソリで剃るのがベスト。現在はジレットセンサーとか いうやつだが、なかなかのすぐれものである。 カミソリの経済性はちょっと問題だが、 高性能な電気カミソリを使い、ときどき替刃を買うことを 思えば、それほどコストパフォーマンスは悪くなかろう。いい勝負なんでは なかろうか?
ただし、この前買ってしまったSUCCESSの「シェイビング・ジェル」って やつは最低。これは、泡にならずに最後まで透明のヌルヌルのまま 使うのである。非常に 気持ちわるい。あんな気持ち悪いものを 開発するやつの気がわからん。興味ある方、ヌルヌルの好きな方は ぜひおためしあれ。
ちなみに洗顔は「植物物語」で歯磨きペーストは「GUM」だ。 (天花粉はジョンソンだ! :-)
百日紅の花が窓の外に散って模様を描き美しい。
午後遲くから研究室。どうも夕方ここらへんにいる癖がついてしまったようだ。 今私の青春の汗と涙のしみついた研究室は引越しによって 空き家同然となり、ただ2台の端末だけがおかれている。 むう。もうここで10年も暮したんだもんねぇ。へたすると自分の家より 長く住んでいるような気にもなる。実際、これまで暮したアパートより 長いもんね。
夜、新研究室で大文字を酒盛。大文字は10秒ぐらいしか見ずに 将棋を指しているとなじられる。もっともなことである。 しかし正直なところ、私はアレのなにがそんなのおもしろいのか よくわからんのじゃよ。
昨日は大文字を見たあとさらに飲み、研究室にもどったのだが、 気づくと廃屋状態の旧研究室のソファーの上で寝ていた。 私は某学士ではない。 移転にともない、倫理研究室のホームページをふたたび socio上で運用することにした。 http://www.socio.kyoto-u.ac.jp/~ethics/です。http://bentham.socio.kyoto-u.ac.jp/の方の サーバーは近いうちに停止します。(って、ここで書いても意味なし)
最近なぜかうちに集まっている 「日本人アーチスト」のCDを整理して 順に聴いている。
とりあえず今日は ピチカートファイブの『月面軟着陸』とか オリジナルラブの『Sunny Side of Original Love』とか、 小沢健二の『球体のかなでる音楽』とか。
ピチカートのは ちょっとわからん。一番印象に残る曲が大滝のカバーの「ゆびきり」だってのは ちょっと。オリジナルラブは16beatとかに対する偏愛は わからんではないが、うわすべりな歌詞がなんだかやだ。 一般にここらへんの人は歌詞つくるのがヘタな感じがするなあ。 それに1枚のCDが長すぎるような気がする。
小沢健二のやつは、必ずしも好みではないが、なかなかの名盤であるような 気がするな。ピアノがいいなと思ってたら渋谷毅先生であった。なるほど。
フリッパーズギターの『ヘッド博士の世界塔』。これはなかなか いいすよね。
キーボードがどうしようもなくなったので、 清水の舞台から飛びおりるつもりで(おおげさ)新品を買ってしまう。 J&Pに行くとキートップにカタカナが書いていないやつが 8000円弱で売っていた。FILCOとかいうやつ。 いちおうControlキーがAの横についているので、 「これだ」と飛びついてしまったのだが、 なんとESCキーがとんでもないところについている。 キータッチも店頭でさわったときは悪くないかと思ったのだが、 軽すぎてちょっといかん。しくしく。安物買いの銭失ないとは 私のことだ。まあ、なれるまではしかたないかなあ。
夜、月が皓皓と輝く。もう秋なんだな。 それにしても、この「こうこう」という文字はいろいろあって難しい。 これであってんだろうか?まだそれほど白くないような気がするから 「耿耿」の方がいいのか?おんなじか?むう、無知。
ここ2、3日、多くの日記作者たちがほのかな秋を感じたようだ。 全国でいっせいに日記作者たちが秋を感じ、それを表明しているなんて、 日本人の集合的意識なんてものを考えちゃったりしてちょっとおかしい。 ほぼ同じ時間に交尾したり産卵したりする小動物を連想させるな。 もっとも、それにある種の趣も感じられるけどね。 わしらは思っているほど「個」じゃないんだろうな。
夕方から研究室で仕事。なかなか進まん。
昔小倉朗というひとの『現代の音楽』だか なんだかっていう岩波新書を読んで感心したことがあった。 (バルトークを教えてもらったのはこの本だった。) それによれば、我々のふつうの応答ってのは 5度の関係になってるらしい。 「〜〜よね?」という疑問形に対しては5度下で「うん」と答えるのが 肯定で、それ意外の音程はまた別の意味をもっちゃう、ってな話だったと思う。 話はそっからドミナントの力ってな話になっていくわけだが、 この話は 電車の中の携帯電話はうるさい、とか、 半疑問形で喋るやつは抹殺しろ、とかいう話題のときに いつも思いだしてしまう。
おそらく携帯電話がうっとうしいのは、 「よね?」「やろ?」その他の疑問形に対する答が 聞こえないものんだから、どうしても注意があつまっちゃうんだよね。
高校野球をテレビで見たり。 昨日の沖縄対和歌山の準決勝は名勝負で正直感動したが、 今日の決勝は最後の方で内角ぜめビシバシ、デットボールも平気ってのは なんだか後味が悪かったな。
最近私はあるきっかけで 「個人情報」というものの意味と重要性を はじめて理解した。大昔 は「国民背番号?いいんちゃう?税金 逃れするやつが少なくなるじゃん」ってな意見をもってたような 気がするのだが、今はそうは言えない。 誰でも多かれ少なかれスネに傷をもっているのだろうし、 そんなものをもっていなくても、個人的な情報の集積して整理すると、 それだけで脅威となりうるんじゃな。
上とは直接の関係はないのだが、実感としては、 「インターネット」とかいうものは、 たしかにワシらには手におえない武器なんじゃないかっていう 気がしている。たしかに便利でおもしろいが、 正しい使い方をワシらはまだ知らないんじゃな。 私自身はかなり痛い目にあってそれなりに 学んでいるつまりだけど、まだまだだし、さらに これから参加する人々が増えるにつれていろいろたいへんじゃろな。 あたりまえの感想でした。
しかし手に負えないのは本当はインターネットとかいうものじゃなくて、 ワシらのなかにある、露悪趣味なり、自己顕示欲なり、他人(のプライバシー)に対する 配慮のなさなり、羞恥心のなさなり、 何かをのべつまくなし喋りちらかさなきゃなんないっていう性格なり、 prudenceの欠如なり、そういうもんなんじゃろな。
関係ないけど、最近自転車に乗っていると頭のなかで、John Lennonさんの "Dear Prudence"と"Yah Blues"が鳴ってこまってんだわさ。 どっちもサビの部分がいまひとつなのがアレだ。
仕事がたまっていて寝る間もないのだが、 あえて水泳スクールへ。 すこし気分が晴れた。 こういうインセンティブのために わざわざ高い金をはらっているのだからして。 女の子の先生とは今週まで。来月は 男の先生らしい。行く時間か曜日を変えようかな。
この夏は水泳ばっかりしていて将棋の道場には 一度も行かなかった。
ちなみに、将棋も囲碁と同じようにプロとアマの段級は 関係がない。 将棋連盟の道場では10級からはじまり、3段か4段ぐらいまで 取得できるはずである。4段は県代表クラスの実力であると 言われている。(雑誌のクイズなどで段級が安売りされているのは 囲碁の世界も同じはず)
たしか5段はアマ棋戦のタイトルをとるのが正式なとりかた ではなったろうか。6段が最高で、これはほとんど名誉段のはず。 (田中角栄が6段をもらっていたんじゃないかな)
プロになるには奨励会というセミプロ組織のなかで闘って 四段に昇段しなければならない。奨励会にはたいてい 六級から入会するようだが、これだアマ2段以上の実力が ないと難しいようだ。ちなみに、プロに二枚落ちで勝てるようになれば アマ初段といわれている。二枚落ちはおよそ5段(級)差と言われているが、 実際のところプロとアマの実力の差を表現するのは難しかろう。
指した感じでは、アマの世界では級位者と初段の間より、 初段と2段との差の方が大きいようにおもわれる。 これはきっと道場でも最初は自己申告なので「自称初段」が 多いってことなんだろうと思う。道場に長く通って順を追って 昇段していったひとはほんとうに強い。
さらにどうでもよいことだが、雑誌などでは アマは「2段」のようにアラビア数字であらわし、 プロは漢数字で表すという慣例があるようだ。なんだか うよくわからん世界ではある。
試験問題作成で死ぬ。
試験問題作成で死ぬ。仕事のできぬ奴。死ね。きゅー。
INS64の工事終了。etherになれている身にとっては、別段速くないよな。 so-netからここにtelnetしてみるが、 やっぱり遲くて使いものにはならんな。 これはしょうがないか。so-netなんかが属しているWIDEと(?)、 大学が属しているSINETの間が遅いんだもんな。
Netscape 3.02とかも入れたが、 重いしハングアップするしでぜんぜんいいところがない。 やれやれ。
2.0xを探すが、もうexpireされているようで手に入らん。やれやれ。 (その後、某氏に所在を教えてもらいget。2.02の方が安定しているばい。 研究室のMacにはversion 2しか入れてなかったのだが、 3.02ってのが出ていて飛びついた私がばかであった。
先日まではNetscape 1.1Nで十分満足していた。 今回はSSLだかっていう機能を使う必要があったので 判断を誤ってしまったわけだ。
それでもまだフリーズすることがある。 私のMacはほとんどフリーズしないのが自慢だったのにくやしい。 (今年はクラリスワークスを入れた時しかフリーズしなかったと思う) まだ1.1Nも手に入るかな。あれは結構安定していた。
TAを繋いでも、以前としてここ(socio)にはモデムで 繋がなければならんので、プリンタポートにTA、モデムポートに モデムを繋ぐわけだが、プリンタが使えなくなってしまった。 むう。面倒。シリアル切替器が必要か。しかしあれも けっこうな値段なんだよな。
TAの電源は入れっぱなしにしておかねばならんのもなんだか アレだ。
とにかくしばらくテレホーダイが解除された状態になっているので 注意する必要がある。のんびり日記なんか書いてられんな。
ちとUNIXについて質問なんじゃが、 ftpなんかするときは、~/.netrcにマシン名と ログイン名とパスワードなんかを書いておくと 非常に便利なんじゃが、 (本物のパスワードを書いておくのはまずいかしれないが、 anonymousサーバーなどに送るメールアドレスぐらいはいいじゃろ。 ) そのマシン名を自分で定義することはできないのだろうか? いちいち「ftp ftp.utsun.u-tokyo.ac.jp」なんて タイプするのは面倒なんだが。ここは一発「ftp utsun」で決めたい。 /etc/hostsに別名を書いておけば簡単なわけだが、 私の権限ではそんなことはできない。(root権限もっていても するべきでもないだろうとも思う) 質問の意図がわかってもらえたかな?(ここでだめなら あとでfjで尋ねてみよう)
この件については、複数の方からncftpってのを使えという アドバイスをもらった。あとで調べてみることにする。
早くも1校授業が始まってしまった。 教材準備のため、かなり早起きして電車に乗るが、 どういうわけか乗りすごしてしまう。目的の駅は新快速が止らないので 無駄に時間を過す。遅刻はまぬがれたが人間失格。
夕、ちとプール。8月はおそらくこれで最後になる。 帰宅途中携帯電話で呼びだされちょっと飲む。
めずらしくテレビドラマ「それが答えだ」が気になって毎回見てしまっているような気がする。
Netscapeは1.12まで退化させる。 軽い軽い。今時こんなものを使っている人は少なかろう。 PPPもFreePPPで繋ぐことにする。
ゆっくり起きて仕事仕事。夕方研究室へ。
深夜ふとテレビのスイッチを入れると、マーカス・ミラー先生のお顔を 拝見したのであわててビデオのスイッチを入れる。モントルーのジャズフェス ティバルなんてものが放映されている。
ラリー・グラハム先生や、ミッシェル・ンデゲオチェロ先生や ジョン・スコフィールド先生の 演奏なども拝見させていただく。ンデゲオチェロ最高。松本大洋の『ピンポン』 に出てくる「アクマ」のような顔だが、音は素敵。やっぱりコンテンポラリー なやつがいいよな。
ストレートフォワードなジャズでは、ジョシュア・レッドマンのバンドの演奏 がなかなかだが、やっぱりふつうのフォーマットでの4beatは古臭い印象を与えちゃうよね。 その前にやったケニー・ギャレットは"Giant Steps"なんかやってたんだが、 四分音符=240以上のスピードでかっとばす4beatってのはなんだか よくわからん世界でもある。なぜジャズメンは速度の限界を越えようとするの だろうか。ああいうスピードってのはパーカーの時代からあるようだけど、 私の耳ではとらえられないんだよな。そのくらいのテンポの演奏は ぐしゃぐしゃに聴こえる。(ほんとにグシャグシャだと思うんだけど、私の 耳がおかしいのか?)やっぱりあれは、 「うー、ずれるぅ〜」「頭がわからんようになったぁ〜」「止まるんちゃうか〜」 とハラハラしながら聴くもんなんだろうな。 (実はベースのスラップなんかもなにをやっているのか捉えられないことが多 い。 やっぱり耳が悪いんだ。)
ケニー・ギャレットはマイルスのバンドにいたときが一番いいと思う、 ってのは偏見か。
BSの番組をビデオに取っていただくよう、BSチューナーを所有していらっしゃ る方にメールでも出そう。
昼から研究室でうだうだ。
ふーん。うちの研究室のMacはkudpc.kudpc.kyoto-u.ac.jpから NTPもらってた(MacNTPってのがある)。あれ、WINDOWSの方にはNTPは入れてなかったかな? 前にso-netにNTPはどこのサーバー使ったらいいんじゃとたずねたら、 一度NNTPのことと勘違いされ、再度問いあわせると 「適当に好きなとこからとってきて」と答えられたな。
今日も今日とて研究室でうだうだ。風が気持ちよい。
クモの巣の話なんかうまいもんだね。
夜、ひさしぶりに医者と将棋。なんと○○。
研究室に来たはいいが、どういうわけかネットワーク麻雀にはまってしまう。 いかんいかん。