書き殴り1999年10月


1999/10/01

テレビが壊れているので、朝になってから東海村のニュースを知る。 帰ってきたら新品を買おう。

あちこち駆けまわって洋行の準備。ひゃー。ヨーロッパ恐い。

カードが使えるかどうか確認したり。トラベラーズチェックは面倒なので 作らないことにした。空港でリラ買えばいいじゃろ。しかし、恐そうなところ だなあ。

イタリアってのは電源とか電話線とかどうなってんのかねえ。いちおう Asahi-netのアクセスポイントはあるようだが。ま、メールは読まないことにする。

忙しい、忙しい。

深夜、旅行の準備。海外はまだ3度目。っていうか、 ほんとに旅行は嫌いなんじゃよ。

ボストンとロンドンへはほとんどモノを持たずに行って現地調達したが、 ローマでそういうことができるかどうか不安。思案した結果、今回はゴミのよ うなパンツだのシャツだの靴下だのを山のように持っていって捨ててくるとい う計画。廃棄物はローマへ。

また、この機会を利用して禁煙の予定。


1999/10/02

某研究会。東海村の話でもりあがったりしていた模様。 しかし時間がないので途中で抜けだし、旅行の買物。

モデムケーブルが必要のようだったが、入手できず。

ただいま午前2時半。むう、まだ出国前にするべき仕事がかたづいてない ぞ。ぐぇ。ま、飛行機のなかで寝ればよいのだが。


1999/10/03

結局朝までごちゃごちゃ仕事したり、 研究室をかたづけたり。ぜんぶ終ったのは6時過ぎ。

ハイバネーションを可能にするため、FreeBSD 3.2を入れなおしたのだが、 どうにもならず。あきらめる。近くに同じFreeBSDマシンがあれば、 環境を再現するのは難しくないが時間がかかってしまう。

8時15分の「はるか」。

JALの窓口では、「回線の調子が悪くて、パリからローマへのチェックイ ンができないから、パリでやってくれ」という。はあ、不安。

飛行機はJALとエールフランスのジョイント。エコノミーは我慢するが、 メシがまずくて閉口。この前のUAとかはこれと比べるとまともだったなあ。

パリで乗り換えて、ローマについたのは現地時間の9時。電車でテルミニ 駅まで行く。券売機が大きな札では使えないのだが、車内で車掌から買うこと ができた。

さて、テルミニ。噂通り白タクの運転手が声をかけてくるが、しつこくは しない。実はホテルの場所がわからんのである。via G. Giolitti 433という 住所だけがわかっている。すでに11時過ぎている。駅にインフォメーションや 地図があるだろうと見こんでいたのだが、あてがはずれる。インフォメーショ ンは閉まっているし、地図なんてものはない。とにかくそのジオリッティ通り を歩いていればなんとかなるじゃろということで延々。駅の裏側で、途中工事 中のところとかがあって人一人いなかったり。ううむ、へたするとたいへんな ことになるな。

しかしなんとかHotel Center 1を発見。☆☆☆ということなのだが、 なんだか貧相。しかしまあとりあえずお湯はでるし、 電源もOK。ゆっくり寝るべし。


1999/10/04

朝7時に目がさめる。雷と激しい雨。食事はコンチネンタルってのか、 パンとジュース・コーヒーだけ。

しばらくすると雨はあがったので、タバッキにタバコを買いに。スーパー があったので水、ミルク、リンゴ、スリッパ等を入手。リンゴうまい。どこの 国でもスーパーはたのしい。

モジュラージャックは国内と同じものだったので、インターネットプロバ イダに接続したいのだが、うまいこといかん。ハンドセットではその番号には 繋がるが、モデムカードが電話してくれないようだ。だいたい、UNIXでPPP接 続なんてしたことないしなあ。どうしたもんやら。

とりあえず街を見るために散歩。澄んだ青い空。あの雷雨はなんだったん だ? 外に出たあとガイドブック(日本語)を忘れたことに気づく。しょうがな いのでとりあえずウロウロ。イタリア人は男も女もかっこいいなあ。ほんとに 女を見ると道端で口笛吹いたりする男もいて、なんともイタリア。もちろん道 に迷って同じとこグルグル。どうしようもなくなり、キオスクで簡単な地図を 買い目についたカフェでピザ食ったりビール飲んだりして道をたずね、なんと か帰る。

疲れたので昼寝。ホテルはテレビ映らず。フロントに文句つけるが。こう している間に日本は放射能で全滅してたりして。

これではいかんと夕方ふたたび外出。英語のタウンガイドがほしい。名所 旧蹟をたずねる気にはなれんが、クラブぐらいは行きたい。本屋を探してヴィッ トリア付近を歩くが、どうもみつからん。キオスクでたずねると、 romac'e`という雑誌をすすめられる。うーん、This week in Romeってのは手にはいらぬか。 リストランテとかトラットリアとかで一人で飯を食う気になれずブラブラ。イ ンド人街だの中国人街だの。結局ふたたびスーパーでパンとワインとオリーブ とリンゴを買って帰る。コーヒー飲むためのマグカップとか、ワインオープナー とかも入手。せっかく買ったレート換算電卓がどこに行ったかわからんのだが、 ここに至って、1000リラがだいたい100円ぐらいの使いでがあるという感覚を 手にいれる。

1日ローマに居てまだどこも見てない。ロマンスの可能性もありそうにな い。なんか旅行観まちがっているか?

某助教授とこのホテル(あるいはその分店)で会う予定なのだが、フロント にたずねてもそんな人知らんと言う。ネットにもつなげないし、電話してもだ めだろうからどうしようもなし。会場で会うしかないのだろうか? ごめんな さい。

『年代記』なんか読んで寝る。


1999/10/05

8時半起床。"Tutorial"に出席するためLUISS大学に向うが、場所がわから ない。どうも、プリントアウトした地図を忘れてきたらしい。ホテルに尋ねる と、ローマ大の敷地にあるんじゃないかと言う。それなら歩いて行ける距離。 しかし当然道に迷う。迷ったあげく、ホテルのある通りに戻ってしまったとき はさすがに驚いた。

ローマ大の敷地をうろうろ。女子大生がおしゃれでステキ。学生を2、3人つかまえて LUISSの場所をたねると、ぜんぜん違うという。やれやれ。

もちろん道に迷いながら、なんとか到着。チュートリアルに参加。ネット ワークの施設があるが、もちろん日本語は通らないので帰ってコンピュータを もってくる。

昼、白身魚のムニエル、トマト味のパスタ、グリーンサラダ。

夕方、助教授到着。お元気そうでなにより。自分のFreeBSD機には、DHCP クライアントがはいってなかった!。しまった。標準ではいっているんだと思っ てた。助教授のコンピュータを借りてふたたびLUISSへ向かう。

今度はメトロをつかってボローニャまで行く。ローマの地下鉄ってものは、 誰も料金を払っていないように見える。実際、行きはどこで切符を買うのかわ からないままボローニャに着いてしまう。しかし、駅から出たところでやっぱ り道に迷う。数人に道をたずねつつなんとかたどりつき、イーサケーブルをひっ こ抜いて努力。しかしつながらん。

夜、二人でテルミニ駅前Rebertで食事。野菜スープと白身魚(タラ?)のグリル。

シャワーも浴びずに寝てしまう。


1999/10/06

ETHICOMP初日。午前中の出席者は100人強ぐらいか。 去年ロンドンで見た顔がちらほら。

午前中は後援関係によるものか、猛烈に退屈な講演だのパネルだのが続く。

午後はかなりましになる。英会話能力は近いうちに集中的に鍛えねばなら ん(コストかけても)。どっか通うかねえ。独仏伊西中韓も日常会話ぐらいはで きるようになっておきたいもんだ。

夜、恐れていたカクテルパーティー。これ、本当に苦手なんだよね。 ま、この手のカンファレンスにプレゼンテーションも持たずに来たら 居場所がないのはあたりまえでもある。

ボローニャ駅付近で皆と食事。


1999/10/07

7時半起床。皆でタクシーで向うことになっていたが、テルミニ駅前でタ クシー待ちしているときに、レンタバイクがあることに気づく。これはトライ してみねばなるまいということで、24時間55,000リラってのを借りる。50ccじゃ なくて、もっと小さな原付。さっそく道に出る。恐いが気持ちイイ〜。ジュリ エッタ号と命名。よろしく頼むよ、ジュリエッタ。

午前中発表を聞き、午後は興味をもてないパネルだったのでジュリエッタ 号とともに街へ。バイクに乗ることと、歩くのとの違いは、バイクに乗ってい る方が高速で迷うてことに気づく。とにかくあらゆる通り を走ることができたが、どこがどこやらアイデンティファイすることができず。 しばらく走りまわったあげく、でかい建物の前に出る。ジュースを買って、し ばらく休憩。となりに居たアメリカ人らしき老夫婦に、あれはなんだと尋ねる と、目を丸くして「あれはエマヌエル・ヴィットーリオ記念堂で、ここはヴェ ネチア広場よ!」と叫ばれてしまう。やれやれ。現在地を確認したので、コロッ セオにも辿りつくことができた。唯一の観光らしい観光だが、中にまで入るきには なれない。

さらにバリバリ走ったあげくホテルに帰る。

夜はふたたび某助教授らとイタリア料理。野菜スープばっかり食べてる。

安いのでキオスクでエッチな本とかも買ってみるが、もちろんおもしろか ろうはずがない。


1999/10/08

前日は、久しぶりにウィスキーなど飲んだら、酔っ払ってしまい、 ワインのビンを落して割ってしまったり、その破片を踏んずけてしまい 大出血(うそ)したり。さらに二日酔いに苦しむ。

最終日。「責任あるコンピュータ」とかって発表がおかしい。

午後は買物のつもりで市内を歩く。スペイン広場→ポポロ広場→再びスペ イン→道に迷って気づけばトレビ→コルソ通り→ヴェネト通り。おもしろくな い。国内でもショッピングとかで遊ぶことはないんだから、海外に来たからと いっておもしろくなるわけでもない。どこになにがあるかよくわからず、結局 三越デパート(!)で適当におみやげをそろえただけ。むしろ、空気が悪くて気 分が悪くなる。排気ガスがひどいんだよね。きっと、新婚旅行とかでローマに 来たカップルは成田離婚の危機を経験するにちがいない。これほど散歩に向か ない都市もめずらしい。

テルミニで某先生とおちあう→ふたたびヴェネトで飯→歩いてホテルまで。 (やはり)野菜スープ・パスタ・肉・コーヒー。スープとパスタをたのむのは おかしいと非難される。 「音楽酒場」で、前日よりは味は落ちる。


1999/10/09

同じホテルに泊っている某大学の先生といっしょに、ホテルで予約しても らったタクシーに乗る。ベンツ(!)。はじめて乗ったですよ。テルミニから 空港までで9万リラ。ボラれこともなく快適であった。おすすめ(ちょっと高いけど)

ローマって街について反省すると、あそこはダメになってしまった都市の 一つなんだろうと思う。無駄な遺跡群をいつまでも大事にとっておいてるから なのか、道は狭いし空気は悪いし、道路はわかりにくいし、混んでるし、交通 機関はボロボロだし、どこもかしこも工事中だし、全体が汚ないし、センスは やぼったいし。本屋はないし、夜遊ぶとこもないし、情報もないし。ミラノな んかはもっとステキなんだろう。京都もヘタするとああなってしまう(ってい うか、同じか。)


1999/10/10

飛行機に乗ると猛烈に眠いのは、気圧が低いからかもしれないということ に気づいた。

JALははじめて乗ったのだが、こんなに機内で買物させる飛行機ってのも めずらしいのではないのだろうか。スッチャデスさんが運ぶカゴのなかみがど んどん売れていくのもおそろしい。

しかし、どういうわけかうまく寝ることができず苦しむ。着陸まぎわには かなり気分悪くなり、成田に着くなりトイレで吐いたり。うぇぇ。

明日千葉でちょっとした仕事があるのでホテルをとる。空港で「ユーカリ が丘」とかってところ(なんなんだ、この命名)に新しいホテルができて安いで すよと言われたのでそこへ。1泊5800円。ベッドで寝たり起きたりしてさらに 苦しむ。この街は高層住宅とそれに附属の大型スーパーによってなりたってい る。なんか、町全体にみなぎっている「ご清潔」なかんじがなんともいやーん。

このホテルは快適。やっぱりこの国は優秀。つれづれに、板坂元のエッセ イなんか読む(『男だけの愉しみ』)。このひとは悪いやつだと思っていたが、 文人ってかんじでおもしろいね。やっぱり本をたくさん読んでる人は書くもの の奥行きが違うよ。

西鶴読むべし。


1999/10/11

つれづれに、コンビニで買った『ダカーポ』のフィナンシャルプラン特集 を熟読してみたり。いろんなケースが記載されているが、さすがに33歳独身男 性貯金0円、借金あり保険なし、育英会未納税金未納なんてのはない。うーむ、 私はよくここまで生きてきたなあ。今月34歳になることだし、ちと貯金という ものを目指してみよう。1年で100万貯めることができるか?できんないよなあ。

午後、千葉で某仕事。忙しい。ごちゃごちゃやって、新幹線に乗ったのが 7時。ああ、やっと家に帰れる。

新幹線のつれづれに、博奕もの小説なんかも読んだりして。海外旅行とい えばたしかに、飲む買う打つだよなあ。「飲む」はいつも頭にあるし、「買 う」ってのを意識することもあるが、「打つ」ってのはちょっと思いつかなかっ たなあ。パチンコ屋もなかったしね。

さらにつれづれに、野口ユキオの『超整理日誌』なんかも読む。前に読ん だものとの重複があるが、まあよかろう。出自が工学部ということを知り納得。 超整理法とかってのはエンジニアの発想だもんね。「ナウシカ」好きなのね。 この評論のおかげで、やっと読んでみるかという気になった。

夜10時、やっと帰宅。ああ、やっぱり自分の家が最高。


1999/10/12

久しぶりの大学。忙しい忙しい。

夜秋とは思えないほど蒸し暑い。


1999/10/13

雨降ったりして蒸し暑い。朝起きるのに一苦労。睡眠を7時間程度で済ま せることはできないもんだろか。

昼から。低血圧な感じ。死ぬほどドロドロに眠りたい。タニヤマ無線から 「お誕生日おめでとう、なんでも30%引きで売ってあげるよ」というハガキが 届く。タイムリー。テレビ買うかねえ。ほんとはまともなスピーカー欲しいんだけど。

シングルタスクな男は、目先の仕事しかできない。 だから、非常勤がはじまると他のことができなくなる。だめだめ。

体が硬くなってる。運動不足か。散歩だけでは柔軟性は養われない。 次の満月は24日。

野口悠紀雄の本を読んだら、「経済学者ジョーク」ってのがあるらしい。 小咄とかってのはいくつか仕入れておくと、後々よい結果に通じるような気も しないでもない。(身につくまで長い年月がかかるが)

哲学者ジョークってのについてはいつぞや某オランダ人に教えてもらったような な気がする。gooで探してみたが、日本語でwebに載ってるのはみつからなかっ た。yahooで英語のものを探すといくつかひっかかる。(電球ものでよいものは みつからなかった。

そこで一つ翻訳。 ....眠いのでまたこんど。


1999/10/14

またも朝起きるのに一苦労。

するべきこと山積み。


1999/10/15

体調悪し。どういうわけか頭痛と肩こり。バファリンを飲む。忙しくしていたから1日ぐらい寝込むの かもしれん。ここ数日、寒暖の差も激しかったし。

研究室で竜王戦のビデオをとっておき、家に帰ってから見る。 挑戦者がぶっとばされていた。つまらん。

とりあえずテレビは来週月曜に捨てることにした。生協のセールで21型が 12000円ってのを見て急いでいってみたのだが、月曜日に列に並ばねばならな いらしい。数千円のためにそこまでする気はなし。それにしても、最近テレビ とかBSビデオとかって安いのね。


1999/10/16

どうにも体調が悪いので、行くべき学会があったのだが大事をとって休ん で、午後遅くまで家で寝ていた。すみませんす みません。明日は行かねば。

寒い。頭が重いし、肩こりがひどい。

夕方ちょっとだけ外に出て、テレビを買ってしまう。サンヨーの21型にテ レビ台をつけさせて配達させて3万円。まあ、納得の買物。

ほんとは自分の誕生祝いにスピーカーが欲しかったのだが、最近はミニコ ンポ以外のオーディオ製品ってのは店先にはないんじゃな。寺町の電気屋街で はかろうじてタニヤマ無線に売場があるが、フロアの隅っこに追いやられてい て、店員のおじさん(おじいさん)は「最近はもう小っさいのばっかりでね。そ んなんで低音出るはずないのに。」と無念そうである。

ONKYOのD-77なんたらってやつ(ウーファー30cm)を2本で消費税こみで10万 にするからと言われ心が動いたが、もうすこし考えて楽しむことにする。

VirginでひさしぶりにクラシックのCDなど入手。 「20世紀のピアニスト」シリーズからアシュケナージとリパッティ、 ジュリアードのドビュッシー/ラベル四重奏曲、グールドのブラームスなど。

しんどくなって早々に帰宅。家で寝ているべきであった。

恥かしながらリパッティって聴いたことなかったんだが、数日前になにか の記事で読んだので。叙情的ショパン弾きっていう印象があって、2枚組の1枚 目はつまらんと思ったのだが、2枚目のシューマンの協奏曲(カラヤン)に驚く。 猛烈にハデ。やっとなぜ絶賛されるのが理解できた。

ああ、よいスピーカーで聴きたいぞ。

ところで、アナログディスクのカートリッジの針ってのは まだ手にはいるのかねえ。うちにたくさんころがっているのだが。

とかね。どれももうだめじゃろな。もし針交換が可能だとしても、 MCのやつは買った方が安いのはまちがいない。


1999/10/17

学会へ。それなりにおもしろかったが、 のどが痛い。肩が凝る。目が開かない。病気だ病気だ。


1999/10/18

体調悪し。死ぬ〜。

帰宅してすぐに寝こむ。


1999/10/19

昨日が山場だと思ってたが、夕方になったらさらにしんどい。


1999/10/20

もうだめ。死ぬ。終日褥中。

寝ていると、この前買ってしまったSANYOの21型テレビが届く。 テレビ台 込みで3万。よい時代になったものだ。(ご臨終のテレビは月曜に粗大ゴミに 出した。南無阿弥陀仏。)寝ていて部屋中ぐしゃぐしゃで布団もあげていない ところに電気屋に踏みこまれきまりが悪い。いざ接続してみると、テレビから の音声出力がない。ってことは、ステレオに接続して遊ぶことができないって ことだ。もうちょっと吟味して買うべきだったか。次はBSチューナー/アンテ ナ。スピーカー。(この前買ってしまった日本アンテナ製万能リモコンは新し いテレビにも無効。なんなんだ。)

夕方。これはいかんので病院へ。近所で適当に内科病院を探して入ったのだ が、これが医師、看護婦すべてお婆さん。おどろいた。
「あら、熱もありますわね。それじゃ薬出しておきますから.....注射もします?(にっこり)」
「いや...ちょっと苦手なんで」
「それじゃあ、まあ、治りが遅くなりますけど....」
「.....いや.....いろいろ仕事ありますんで、しますします。」
「それじゃあちらで(にっこり)」
というわけで、お婆さん看護婦さんの世話になる。
「それじゃ、ズボンおろしてもらって(にっこり)」
「(!!)あ? あの、おしりに注射されるんですか?」
「まあ、腰のところで。痛くありませんから...(にっこり)」
「ぎゃーっ.......ふう、終りましたか。」
「それじゃ、こんどは上むいて寝てください(にっこり)」
「は?」
「こんどは腕です(と言いつつ、巨大な注射器を手に)」
「あー、それは....」
「こんどは針は細いので痛くないです(にっこり)。」
「ぎゃーっ」
「これで熱がさがりますからね。」
「はあ、そう祈ります。」


1999/10/21

お注射のおかげか、なんとか活動。 それにして も忙しい。絶対的な時間が足りない。けっして怠け者であることだけが理由で はない(はず)。

ギターの弦、ベースの弦、ピック、密閉型ヘッドホン、ドラムスティック 等入手。中古の安いやつでいいから、ベースも欲しいな。ヘッドが尖っていな いやつが:-)

京滋地区に続いて、阪神圏でも大学非常勤講師労働組合が発足したもよう。 こっちはホームペー ジもある...はずなのだが、繋がらん。

数か月の試用の結果、bashよりもtcshの方が好ましいという結論に到達。 completion関係が特に。


1999/10/22

風邪はかなりよくなった。Thank you for letting me be myself again.

免許の更新に行かねばならないのだが、諸般の事情により延期。これはま ずい。また失効してしまうことになりそう。あんまりこういうことを書くと、 ビデオの延滞金を貯める趣味のある怪人学生君とまちがわれそうである。

お金がないというのは心細いことである。

ジェームズ・ブラウン先生の曲(60年代後半、もっと正直に言うと"Cold Sweat")を聴いても、ドラムがどう叩いているか分析することができないって のは、やっぱり耳が悪いんだろうなあ。録音のせいではない。バスドラやスネ アのゴーストがよくわからん。ビデオ欲しい。いや、別に演奏してみるつもり はないんだけど。


1999/10/23

広島へ。

某RAの車の助手席に乗っていると、一時停止していたところで軽自動車に 追突される。やれやれ。「痛い〜」っと金をむしりとりたかったが、それほど の事故ではない。車買いかえたばかりの某RA気の毒。

それにしてもお金がないのが心細い。「え? お腹がすいたの? おやつはあ げたでしょ? え? 自分の分はもう食べちゃったからもっと欲しいって?」状態。

UNIX Magazineを読んでいると、「Webで日記帳システムを作ろう」という 大きな特集がある。いろいろ複雑なことをしているのじゃが、 日記書くならふつうにエディタで書いてgrepとか(mgとか)そういうもので 検索するので十分なんじゃなかろうか。

それより、こういう手の特集だったら、「UNIXで家計簿をつけて分析しよ う」だよなあ。いまだに入力に困ってる。WINDOWSではいろいろ選択肢がある のに。誰かemacs lispで書いてくれ。GnuCashってのがあるんだけど、どうも コア吐いて死んでしまう。(ver 1.0.18) packageもportsも更新されてないみ たいだし。どうもこのGNUCashってのは、GNU/LINUXをターゲットにしてる


1999/10/24

忙しい。死ぬ。風邪がまたぶりかえしたような気がする。 病院には行けず。

夜、追突してきた運転手の主婦(42)から電話。 「ああ、けっきょく忙しいんで病院も行けなかったんで、もういいっす」。 図書券ぐらいもらっておくべきだったか。


1999/10/25

朝から。

岩明均のために買ったモーニング増刊の佐藤マコトの「サトラレ」っての がおもしろいよなあ。オタク系としてはよくできてる。プロット考えただけで マンガってのはできる。とにかくなにかをなんでもかんでもひっくりかえして みればいいんだよな。しかし、連載にするのは無理じゃろ。モーニングは新人 発掘はなかなかうまいのだが、それを連載を通してうまく成長させるのがヘタ なんじゃないかと思う。この号に乗っているだけでも、加藤伸吉(いまいち)も 冬目景(好き)も松田洋子(すき)も清田聡(すき)も郷田マモラ(好きじゃないけ ど才能ある)もおもしろい才能を持っていると思うのみ、もうひとつふっきれ ない。私はいまだに「がけっぷちカフェー」の大前田りんをうまく管理できず、 つぶしちゃったことを恨んでいる。


1999/10/26

昼から。

右往左往。

イカ天が食いたくしかたなくなりチャレンジしてみるが、あえなく 失敗。難しい。

うう、明日の某研究会の準備しなければ。


1999/10/27

某研究会ででっちあげ発表。

眠い 忙しい。死ぬ。明日を過ぎるとちょっと楽になるはずなんじゃが。

というわけで34回目の誕生日。去年はちょうど人生のターン地点という感 じがしたのだが、今年はたいした感慨がない。よれよれシオシオ無能の中年は 去年とかわらず。これから一生これで行く予定。(途中で老年になるけど)

妹とからもメール来たりする。これは読んでないよな。


1999/10/28

鍵束が行方不明。むう? 研究室に忘れたのかと思ったらそういうわけでもないようだ。

夜帰ってくると、電話が止まっている。2ヶ月連続。

ダイエー優勝。どの試合もつまんなかった。


1999/10/29

朝早めに起きたので、最近の疲れをとるため、 ジョギングしてみる。20分強程度。積極的疲労回復をめざす。 (お金がないのでスイミングスクールはやめてしまった)

午前中から雑用。

ひさしぶりの「つなぐ君」として某家を訪問。キャッ チホン・ドアホンつき親子電話・並列回線からcompへ、という構成なので、な んともしがたいという結論に達する。役にたたずにすまんです。ISDNじゃない 電話なんて頭のなかにない。

仕事がもうちょっと残っている。来週はなんとかゆっくりしたいので、 ここでやらねば。

montaigneをgatewayにする。これまではgorgiasを使っていたのだが、こ のマシンにはPCIカードスロットの問題で100Base-TXを2枚入れることはできな かったのである。(探せばあったんだろうけど)

うちのマシンのPPP接続にはNECのATermIR450/DってTAルーターを使ってい るのだが、動作がもうひとつだしログが記録されないのが気にくわん。シリア ルケーブルで接続して単なるTAとして使い、ppxpでPPP接続してみる。ふむ。なかなか やるな。(参考はUNIX Magazine 1999年5・6月号)


1999/10/30

10月13日に放映されたらしい日本テレビ「ここがへんだよ日本人 〜『同性愛者は殺す』発言でスタジオ大暴動に」ての誰かビデオとってないかな。 見てみたい。コメントはhttp://plaza26.mbn.or.jp/~sukotan/nikki162.htmlとかにある。

秋だ。風が快適。散歩行きたい。しかし今日は研究室で仕事。

ふう、やっと一仕事おしまい。明日はゆっくりする予定 だったが、実は仕事はまだまだあることに気づく。 あ、運転免許も失効してるんだった。


1999/10/31

家でダラダラ。近所のラーメン屋(一番星)でラーメン食ったり、ビデオで とったNHK将棋で井上が鈴木にぶっとばされるのを見てなんだか不愉快になっ たり。近々ある集会のためにギターの練習したり。

あ、10月も終ってしまう。

Spiegelって読みごたえあるなあ。辞書はクラウン独和じゃ役不足だよなあ。 英語におけるリーダーズに対応するものはないのか。


EGUCHI Satoshi <eguchi.satoshi@gmail.com>