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ふと感じたことの書き殴り


2005/03/01 (火)

昼から。

どうでもいいことだが、ライブドアの話を見たり読んだりしていると、なんだかあの憎むべき バブル時代の雰囲気を感じる。 私の財布はバブルではないのだが、十数年前に感じたものとそっくり。あ、リクルートと似てるんだ。しかし 今回も株や外貨を売り買いしたりする余裕はない。

荷風全集。 説明しにくいが、 私は他の人々に恥ずかしくない人生を送りたいと思う。 透明な生活というのだろうか。人間には欠点があるので、私もさまざまな 欠点をもっているわけだが、それを自分で自覚したまま老年を迎え死にたいと思う。 ぜんたいとしていえば、 大概のひとに「江口はおだやかで筋の通った信頼できる人だった」と言われたいと思う。 洒脱で時に滑稽だったといわれればなおよい。趣味人と呼ばれればうれしい。 ケチとは呼ばれたくない。 もし上のような評価をもらえるのであれば、平凡でも無能と呼ばれれてもよい。 けっきょくわたしにとってはそういう生活がよい生活なのだ。


2005/03/02 (水)

起きられず。調子悪いのか。

終日調子悪かった。


2005/03/03 (木)

苦しむ。なんか体全体が熱っぽく、皮膚や粘膜が弱っている感じ。鬚剃り負け、 クシャミ連発、鼻水。 花粉症?花粉症は気づいてしまうと本格的になると信じているので知らんふりをする。

提氏逮捕。いくらお金もってても、70才にもなって留置所とか刑務所とかい やだな。気をつけよう。これもバブル時代を連想する。

タバコを吸ってしまうと、心臓とかに負担がかかっているのを自覚できる。 やばい。

某協会の事務仕事。 サークルのおつきあい。


2005/03/04 (金)

陰。昼起きて午後から。

3月はいろいろと仕事がある。寝てばかりはいられない。

skk-bayesianを試してみる。


2005/03/05 (土)

行くべきところがあったのだが、 体調不良 で動けず。終日寝る。人間失格。

夜心を入れかえて勉強。 頭の働きが特に悪く苦しむ。


2005/03/06 (日)

コンソーシアム京都へ。実にひさしぶりに居眠りとかしたなあ。10年ぶりぐらい?

レヴァイン/メトロポリタンで『ファルスタッフ』DVDを見るが、 乗れない。やはりヴェルディはちょっと違うようだ。


2005/03/07 (月)

暖。前日早寝したおかげで早起き。午前中から。

図書館に入れてもらったシノーポリ/ドレスデンの新ヴィーン派集8枚組を聞く。 うひひひ。 ラヴェルやストラヴィンスキーがあんな新鮮な音楽を作っていたときに この人びとはこんな息苦しいのばっかり作ってて、なんだか気の毒。

それにしてもクラシックまわりのCCDB のデータは正確でない。入れなおし。なにもデータがないのであれば、 「おれが最初に入力するんだ」ってな感じでヴォランティアするのだが、 まちがってるデータを直すのはなんだかいやな感じ。

ケンバーンズの映画『ジャズ』DVD10枚組も入れてもらったので楽しみ。 年寄には年寄の楽しみがある。

さて勉強勉強。


2005/03/08 (火)

だめ人間。本気で反省しなければ。ちゃんと生きねば。

それにしても、二日酔いで寝ていると甘美な快楽を味わえる。 ダウン系の麻薬ってのはああいう状態を長びかせ時間を止めてくれるのだろう。

研究会。

ケン・バーンズ『ジャズ』DVD。ジャズ100年の歴史をふりかえるってやつ。 10巻目(60年代〜)から見始める。コルトレーンが動いているのははじめて見 た。エリントンの扱いが大きいのはわかるが、ルイ・アームストロングがなん でこんなに大きく扱われるのか、マイルスの扱いが小さいのはなぜなのか。ア メリカと日本で扱いがちょっと違うのかもしれん。というか、どうもウィント ン・マルサリスがからんでるからマルサリス史観がかなりはいってるんだな。 おそらく彼によれば偉いのはニューオリンズで(まあ地元だから)、トランペッ ターが偉くて(これもしょうがないか)、電気ジャズは意味がなく(許せん)、 エリントンは超偉いがベイシーはだめ(まあそうかも)で、その他のビッグバ ンドはなおさらだめで、単なるブルースやR&Bはジャズとあんまり関係なく、 白人ジャズマンは泥棒なので出演させない(ビルエヴァンスもギルバンスもリーコニッ ツもヨーロッパフリージャズも出てこなかった)。

滝川クリステル・・・ううむ。師岡カリーマ・エルサムニー以来の注目。


2005/03/09 (水)

暖。起きられた。大家さんの植木の沈丁花薫る。春に花が咲くことのありが たみがわかる年齢になってきたような気がする。私も庭とは言わないまでも盆 栽ぐらい欲しいのだが、日当りが悪いし世話もできまい。

研究会2日目。いろいろ作業。作業しながらシノーポリを楽しむ。奇妙な焦 燥感。あ、これは音楽が悪いのかも。『グレの歌』よし。しかし、同時期のマー ラーの『大地の歌』とかシュトラウスのオペラとかほど完成しているとは言え ないと思う(あたりまえか)。っていうか話がバカバカしいというか。このひとは もっとちゃんとした文学的趣味を獲得するべきではなかったのかと思う。 もっともバルトークとかもこの時期はもうひとつな話に音楽つけてるわけで、 そういう時代だったか。

電波ラジオについて。どうもライブドアとニッポン放送の件は気になる。 どうもそれは株に興味があるんじゃなくて、ラジオに思い入れがあるからかもしれない。

私は70年代後半のAMラジオ世代なので、やっぱりオールナイトニッポンとか聞いてたわけで、 中島みゆきとかタモリとか鶴光とかずいぶんお世話になったような気がする。 NHK FMのサウンドストリートはその後の話。渋谷陽一とか坂本龍一とか佐野元春とか。これもお世話になった。

ソニーの短波ラジオで深夜にAMを聴くってのは、やっぱりなんかある種の重要な体験だったんではなかろうか。 個室とラジオは当時の子どもにとって自分に内面があることを発見するきっかけというか。 親とは別個の自分がいる、という感覚は、私の場合ラジオだったんないかな。 いや、セックスや恋愛や憎悪についての(ヤバイ?)話が深夜ラジオというメディアに乗りやすかったということか。 本はまた別の説明しにくい感覚がある。あれは親の世代とも共通にもってるもので・・・

そういうラジオの特徴は、DJと聞き手が1対1の感覚を持てたところにあるんじゃないかと思う。 他の観客がいることが意識されるテレビとかとはぜんぜん違うメディアだった。

いまの学生さんにネットラジオとかやってもらうと、複数人で話をする形式でどうも FM放送(FM802とか)かなんかをモデルにしているような気がする。あれはなんだか公開な感じで、 70年代後半当時の密室な雰囲気がない。今でもAM放送はああいう雰囲気なんだろうか。 そういう需要はあるような気がするから、共有もあるだろうか。

今でも、blogとかは他の読者がいることをどうしても意識してしまう。 いや、ラジオでも 「お葉書」とかあるから他の視聴者は意識したわけだが、 それが深夜起きている選ばれた人々だって感じがあったんだわなあ。

荷風全集で『西遊日記抄』と『日和下駄』。 私はまったく目的地のない散歩は苦手だが、ある地点と地点を結ぶ道を歩くのは 小学生のころから好きだったし、目的地があるかぎり、その距離が長くても特に苦痛とは感じない。 集団下校とかっていう馬鹿げた ものがあったときは苦痛でしかなかったが、一人で歩くときは 空想に頭をいっぱいにして歩いていたものだ。まあそれは 小学生のときは戦艦だったり拳銃だったり野球だったり、 中学のころは意識されはじめていた人間関係だったりしたわけだが。 まあ散歩者ではなく夢想する歩行者か。歩行は単独に限る。 歩いているといろいろ書きとめたいことがでてきて、さっき書いた ラジオの話ももっとちゃんとした文章で浮かんできていたような気がするが、 まあそういうのは気のせい。

シノーポリ続き。ベルクのヴァイオリン協奏曲は完全な名曲だなあ。 もう6種類もってるト思うが、どの演奏でもよく聴こえる。 いわゆる新ヴィーン学派では1番かな。2番は ヴェーヴェルンの変奏曲、3番はシェーンベルクの変奏曲。

ところで、ここ時期の多くの作曲家が書いている20人を切る少数の楽器のための 音楽の指揮者ってのはどういうものか。CDとかでも指揮者の名前ばかり出てくる。 たんなる「合図係」(プロンプター?)として他の楽器演奏家と同列か、それ以下に名を挙げたらどうか。

「懐手で小さくなって暮したい」というのは漱石は荷風のような 人々だけが望めるものだ。懐手でいったい冬が暮せるものか。


2005/03/10 (木)

寝坊しそうになる。

本屋で予算消化し大学へ。教授会。

衆議院議員(40)強制わいせつで逮捕。恥ずかしい。性犯罪だけは犯したくない。

私よりちょっと上の年齢のひとが、自分は「常にいきっていたい」という ようなことを書いているのを見て感銘を受ける。私が「懐手をして生きたい」 と言う裏にはそういう欲求がかなり強烈にあるような気もする。わたしはどう生きたいんだろうか。

大塚英志『物語消滅論』。 荷宮和子『なぜフェミニズムは没落したのか』。 難波江和英・内田樹『現代思想のパフォーマンス』。 どれも時間の無駄。


2005/03/11 (金)

人間失格。

夜から研究室。春は雨に濡れても平気。落ちついて勉強しよう。

荷風全集はほぼ目を通し終わったかな。

田中冨久子『女の脳・男の脳』。まあ私の嗜好その他はたしかに 脳によって決定されているわなあ。 竹内章郎『いのちの平等論』。なにを言いたいかわからん。 縦書きの文章に文献などの文字列を横に組むのは気ちがい。 岩波もこれやるとは、しょうがないなあ。

確定申告書類を作るが・・・え、こんな払うの。去年とずいぶん違うのは 年末調整の関係か。あれば払いたいが、払えないものは払えない。 この年で定職につかせていただいていながら、 少額の税金さえ払えないってのはまったくどうにもならん。 今年こそは、ほんのちょっとでいいから貯金しよう。

深夜から明け方にクライバーのトリスタン聴いて感動したり。


2005/03/12 (土)

夜が明けるのが早くなった。しかし寒い。

ケンバーンズ『ジャズ』。9巻目。50年代なかばからオーネットコールマンまでのビッグネームたちで 充実している。残念ながらドルフィーが入りこむ隙がなかった模様。

8巻目。ビバップとクール。だいたいここまでさかのぼれば満足。

ウィントン・マルサリスは新しい"art form"がどうのこうのと 解説するわけだが、自分で新しいものを作る必要性は感じなかったんだろうか。

もう一度漱石の「私の個人主義」読みなおして 「自己本位」について考える。「恰も嚢の中に詰められて出ることの出来ない人のような気がするのです。私は 私の手にただ一本の錐さえあれば何処か一箇所突き破って見せるのだが、焦燥り抜いたのですが〜」 「然し何んな本を読んでも依然として自分は嚢の中から出る訳に参りません。此嚢を突き破る錐は 倫敦中探しても歩いても見付かりそうになっかったのです。」「此時私は始めて文学とは 何んなものであるか、その概念を根本的に自分で作り上げるより外に、私を救う途はないのだと悟ったのです。」

しかしなにが自分なりのやりかたなのかがわからんというのが 当然の問題んだよなあ。漱石の場合は問題が「文学とは何か」だったらしく、科学や哲学の勉強が自分なり のやり方だったらしい。(ちなみに私に問題があるとすればそれはもちろん「哲学とは何か」とかではない)

女性にとって男性の容姿はどういう意味をもつのか知りたいような気がしたり。 これはわからんわなあ。

明け方までうだうだ。 自宅のCDプレイヤーが死にかけている。トレーのドライブベルトまわりの問題なんだろうが、 新しいのを買った方がよいだろう。しかし本当につぶれるまでしばらく我慢してみる。


2005/03/13 (日)

雪。午後遅くに起き出し、三条でCDとお茶を買い、研究室へ。

同じ曲ばっかり買ってるような気がする。やっぱりそろそろクラシック収集も 終りだな。あと有名どころでは晩年のリスト、シューマンのピアノ曲ぐらいしか残ってないような 気がする。ショパンは聞かない。 終りでなければ、次はNAXOSでマイナー曲集めに行くことになるんじゃいだろうか。

別に小説を書いてみたいわけではないが荷風「小説作法」。

「読書思索観察の三事は小説書くものの寸毫も怠りてはならぬものなり読書と 思索は剣術使の毎日道場にて竹刀を持つが如く観察は武者修行に出でて他流試 合をなすが如し読書思索のみに耽りて世の中人間実地の観察を怠るものはやが て古典に捉はら感情の鋭敏をかくに至るべく己が才をたのみて実地の観察一点 張にて行くものはその人非凡の天才ならぬ限り大抵は行きづまってしまうもの なり」
「読書は閑暇なくては出来ず況や思索空想又観察に於てをやされば小説家たらんとするものはまづおのれが天分の有無のみならず又その身の境遇をも併せ顧ねばならぬなり ・・・支那の文学は離騒を始めとして韓柳の聞李杜の詩に至るまで皆副業の産物なり」 」

小説家に観察が必要なのは言うまでもないが、哲学者に観察はどの程度必要なのだろうか。

それにしても、なぜこの国の教育では文学といえば小説ということになっているのだ ろうか。ていうかそう私が思いこんでいるだけか。フィクションは文学という 大きな営みのなかではほんの一部でしかないし、私にとっては文学の 中心部分でもないような気がする。

しょう‐せつ【小説】セウ‥
(1)[漢書芸文志「小説家者流、蓋出於稗官、街談巷語、道聴塗説者之所造也」]市中の
出来事や話題を記録したもの。稗史はいし。
(2)(坪内逍遥による novel の訳語) 文学の一形式。作者の想像力によって構想し、また
は事実を脚色する叙事文学。韻文形式だけでなく、語り手が物語るという形式からも
自由となった、市民社会で成立した文学形式。古代における伝説・叙事詩、中世にお
ける物語などの系譜を受けつぎ、近代になって発達、詩に代って文学の王座を占める
に至った。
広辞苑
しょう‐せつ【小説】セウ‐
〔1〕《坪内逍遥がnovelに当てた訳語》文学の一形式。特に近代文学の一ジャ
ンルで、詩や戯曲に対していう。作者の構想のもとに、作中の人物・事件などを
通して、現代の、または理想の人間や社会の姿などを、興味ある虚構の物語とし
て散文体で表現した作品。〔2〕《「漢書」芸文志から》市中で口頭によって語
られた話を記述した文章。稗史(はいし)。

大辞泉

「だれもが自分の内心をおしはかってみれば、 われわれの心の内側のかずかずの願いは、たいていの場合、 他の者の損害の上に生まれ育つものだということが見てとれるだろう。」 (モンテーニュ「一方の利益は〜」 心の内側なあ。そういうところを、モンテーニュは「いつもは気づかないけど、 反省すりゃわかる」と思ってたんだろうな。

スクリーチ『モンテーニュとメランコリー』 不惑を前にして最後の自分さがし。かっこ悪い。

どうでもよいことだが、blogをはじめようとして途中で止まってしまう人の割合は、 5〜10年前にweb日記とかってものをはじめて途中で止まってしまった人の割合より 多いのではないかと予想する。

某師匠のアンテナ経由で時々読んでいたのだが、 若林正さんは亡くなっていたのだな。 今まで何人のWeb日記作者が亡くなったのか知らないが、 最後の最後まで書けるってのはWebのよいところなのではないかと思う。

もっとも読むのはキツいが。 どうも最後はずいぶん苦しんだようで読みなおすと本当にキツいな。 2月には、「もうこの方は長くないのだろう」と読者の 誰もが思っていたと思う。 私も最後に鎮静してもらうまで書いてみたい。その時はサーバーのファイルを直書きしたいな。


2005/03/14 (月)

朝一で税務署へ。払うつもりはありますが、すぐには払えません。

寝て夕方起きる。飯食ってまた寝て夜中に起きだす。

ケン・バーンズの『ジャズ』7巻目。第二次大戦中。パーカーの登場から始まる。 へえ、ビリー・ストレイホーンってゲイだったのか。エリントンの名前の陰に隠れてしまって 気の毒。ガーシュインとグローフェの関係とかどうだったんだろうか。


2005/03/15 (火)

Web日記9周年に到達。馬齢を加えつづけている。まあ初期のころの記載を見れば、 生きているだけでも感謝しなければならん。というか実際に夢のように恵まれた状態だ。

卒業式のため朝から。去年はパスしたのだが、今年はクラス担任のため出席 しなければならん。本当に久しぶりにネクタイ着用。 皆驚いた顏で私を見る。

しかし革靴を履いていると猛烈に足が疲れる。歩くと頭に振動が来るし、 足が冷える。安物だから? スニーカーに履き替えて しばらくすると楽になった。しかしスーツにスニーカーは学生には評判が悪い。

『シェーンベルクのヴィーン』。「芸術とは新しい芸術のことである」。

卒業パーティー。卒業式は振袖か袴、パーティーはドレスっていうのが ふつうの女子大生らしい。振袖の方が華やかに見えるのだが、汚すとか いろいろ心配があるのだろう。 なんだかそれほど高くないクラブ(キャバクラ?)にいるような気になる。 もっとも誰もお酌してくれないので終始隅っこにいる。 でも卒業式やパーティーにそこまで金使う必要ないような気がするが、 ハレの日ってのは必要なんだろうなとも思う。私はそこらへんのメリハリの ない生活してるからダメなのではないか。


2005/03/16 (水)

午後起きる。背中の筋を違えてしまう。内臓は関係ないといいな。

夕方大学へ。

自分の「かっこよく生きたい」という理想について考える。 むしろ「かっこ悪くないように生きたい」という否定的な理想なのだが、 そりゃ生きてるかぎり無理だわなあ。

小谷野敦阪大辞任の裏話 http://d.hatena.ne.jp/sunchan2004/20040301 なんだかなあ。まあ気持ちはわからんでもないが、 いかなる組織もキチガイの一人や二人はいるわけだから、 キチガイとのキチガイ対決で負けたということではないのかとも思う。 病気になった人はもっとたくさんいそうな話だ。 やばい奴がいたときの一番のポイントはそれに対抗する勢力作りだと思うのだが、 そういうのがうまくいかなかったんだろう。


2005/03/17 (木)

午後起きて大学。卒業した学生がまだ学内をうろうろしている。

「好きなCD30選」とか書き残しておきたいな。 こういうweb日記を書いていると、まとまったメモ程度のものも書けなくなるってのがある。 なにか書き留めておきたいことがある場合、30分で書けるようなものはここに書けばよいわけだが、 そうでない場合には断片だけをメモして終りになってしまう。ファイルを別にするとそのうち忘れてしまう。 とりあえず今日も断片。

よく聴いているクラシック音楽

フランクのヴァイオリンソナタ。とんでもない名曲だと思う。ドビュッシーがフランクを批判したという話があるそうだが、ほんとうだろうか。ドビュッシーのヴァイオリンソナタでフランクの曲の一部を引用していると思う。チボー/コルトーは古すぎるのでミンツあたりかな。ギトリス/アルゲリッチとかもよい。

マーラー5番、6番、大地の歌。大地の歌が最高傑作だと思う。あとはちょっとわからん。子どものころ最初に聞いた交響曲がマーラーだったので、そういうものだと思っていたが、今聞くと形式感が弱くて散慢。5、6番は他に比べれば緊密だし、大地の歌は中国風にするためにマーラー風の卑俗なメロディーが出てこないので聞きやすい。同時代のリヒャルト・シュトラウスなどに比べると二流だったと言えるのではないか。趣味を非難されるかもしれないが、ショルティの演奏が好き。

バルトークの弦チェレ、中国の役人、協奏曲(ピアノ、ヴァイオリンどちらも)、ピアノソナタ、戸外にて、二台のピアノと打楽器の〜、青髯、四重奏3、4、6。好きな曲がたくさんある。ブーレーズ。

ベトベンのクロイッツェル、後期四重奏、後期ピアノソナタ。他の曲もど れもよく書けている。やっとこういうものがわかるようになってきた。交響曲 はまあよいものなのだろうが、頻繁に聞く気にはなれない。 どれも3、4種持っているけどあまり演奏者は意識していない。

ドビュッシーの前奏曲、映像、晩年のソナタ、牧神、夜想曲、ペレアス、 歌曲。ドビュッシーはミケランジェリの前奏曲集で目覚めた。最近フランソワ も劣らずよいことを知った。「牧神の午後」も夢のように美しい。アンセルメ/ロマンド の演奏で育ったのであれが基準だと思う。ペレアスのはカラヤンのが夢のよう によい。

シェーンベルクのピアノ曲、室内交響曲、変奏曲作品31、歌曲。よく聞く とブラームスとかと近い関係にあることがわかる。同じような感じで美しい。 しかしあの袋小路から出ることができなかったわけなのね。ピアノ曲はポリー ニの演奏が美しい。グールドもロマンチックでよし。

ベルクのヴァイオリン協奏曲、抒情組曲、ピアノソナタ。歌曲もよい。ヴァ イオリン協奏曲はこのジャンルの音楽のトップクラス。ウィーン情緒っていうのかね。 ヴォツェックやルルもよい。新ヴィーン楽派で一番伝統的な才能があったのは この人だろう。

ブラームスの作品114〜118、 クラリネット三重奏、五重奏やピアノ小品。つまり最晩年の曲。ブラームス に目覚めたのは、やはりグールドの『間奏曲集』を聞いてから。同時期のクラ リネット五重奏はライスターが最高(ライブも聞いた)。 ウラッハやプリンツのもよい。

モーツアルトの協奏曲(ホルン、クラリネット、オーボエ、ピアノ)、オ ペラ。モツアルトの場合、交響曲より協奏曲の方が上等だと思う。デニス・ブ レインとカラヤンのホルン協奏曲はすばらしい。そしてやっぱりオペラ作家だ。

バッハのゴールドベルク、イギリス組曲、無伴奏チェロ。チェンバロは嫌 い。平均律や無伴奏ヴァイオリンは深刻すぎる。ゴールドベルクはやっぱりグー ルドの2回目の録音がすばらしい。

リヒャルト・シュトラウスのオペラ、最後の四つの歌。 歌曲はもっといいのがあるかもしれない。交響詩はわからん。 完璧なオペラ作家なんだろうと思う。CDはどれもカラヤンでよいと思う。

ショスタコヴィッチの四重奏、交響曲5、13、14。ショスタコ交響曲の緩徐 楽章はほんとうに美しく、まだまだ可能性があるなと思わせられる。室内楽は 弦楽四重奏以外にももうちょっと攻めたい。

ストラヴィンスキーの「結婚」、「兵士の物語」、「ペトルーシュカ」。 「結婚」でめざめるまで初期の三大バレエしか意識していなかったが、へんな 編成の小品にもよい曲が多い。

ラヴェルのピアノ曲はどれもよい。ピアノ三重奏と歌曲も美しい。 以前は「精神性」が足らんというか情緒が出てないなあと思っていたが、 ストラヴィンスキーをひとまわり聞いたら印象が変わった。 音楽とそういうのはあんまり関係がなくてもいいのね。 アルゲリッチの「ギャスパール」とか眩暈がしそうなグロテスクさがよろし。

ワグナーのトリスタン、タンホイザー、マイスタージンガー。他はちょっ とわからん。指輪とかDVDで見ても退屈でたまらん。トリスタンは舞台見るより CDで聞いた方がよい。タンホイザーとかドキドキするのを感じる。

シューマンのピアノ曲(クライスレリアーナとか)はよいものだと思うが、まだ把握しきってない。ホロヴィッツ。

メシアンは「世の終り〜」。チェロやヴァイオリンで綿綿と通俗的なライ ンを弾かれるとシビれる。ピアノ曲の「前奏曲」や「練習曲」とかもよい。 「世の終り」はタッシのやつがよい。ピアノ曲はベロフよし。

武満徹はいくつか好きな曲があるが、まとめて聞いたら飽きてしまった。

これくらい。陳腐だ。ジャズになるともっと陳腐な好み。

  1. 60年代マイルス。
  2. 〜70年代ビルエヴァンス。
  3. 80年代ギルエヴァンス。
  4. ドルフィーはどれもよい。
  5. マイフェイヴァリットシングズから至上の愛までのコルトレーン
  6. ダイアルのパーカー
  7. スタンダーズのころのキース・ジャレット
  8. リッチー・バイラーク。

いや、ジャズはレコードごとに論じるべきだな。個々のレコードにはけっこう思いいれがある。

胃の調子が悪い。


2005/03/18 (金)

午前中起きて大学へ。時々糠雨。寒暖定まらず。

自宅のCDプレイヤーが本格的にやばい。音飛びもするようになった。


2005/03/19 (土)

なんとか起きて打ち合せと研究会。 学内で宅配ピザや宅配寿司で宴会。 なかなかよい発想なのだが、料理の手配は工夫の余地がある。


2005/03/20 (日)

起きそこねる。午後から研究会へ。

長い冬を抜け、やっとジョギングができるようになりつつある。一月半もさぼっていた。

思うところあって(ヒゲはナルシズムの象徴だ)、なるべく頻繁にヒゲ剃り するようにしている。ヒゲ剃りあとにはヘチマコロンが一番。

しかし睡眠パターンがおかしくなったまま。ここしばらく、 夜10時ごろ眠くなり2時ごろ起きてしまう。

中村うさぎ、石井政之『自分の顏が許せない』 おや、これはおもしろい。この石井という人は注目だな。 中村もいろいろまともなことを言ってる。 やっぱりほんとうに関心のある人々はそれなりにおもしろいことを言う。 数日前に石井の『肉体不平等』を読んでいる。 昨日の研究会では障害者の話が出てたし。


2005/03/21 (月)

結局寝直せず朝から大学。好天。暖。

イスにすわりつつ仮眠。腰を痛めそうだ。仮眠するためのソファーか背もた れを倒せるイスが必要だ。リサイクル屋を見てみることにしよう。

ケン・バーンズ『ジャズ』。第6巻までさかのぼるとやっとベイシーが登場。 レスター・ヤングもかっこいい。


2005/03/22 (火)

早寝して早起き。やっと正常な睡眠周期になったかな。

小雨。朝から大学。

J. オシエー『音楽と病——病歴にみる大作曲家の姿』。 モーツアルト→欝病、腎臓病。 ベートーベン→アル中、肝硬変。ふーん、そうか。

山田由美子『第三帝国のリヒャルト・シュトラウス』。 ブラームスとガーシュインの伝記。どちらもさして目新しい記事なし。 図書館の音楽関係の本も目ぼしいものはそろそろ読みきってしまったようだ。 あとは吉田秀和全集とかそういうのしか残ってない。 新刊を入れてもらわねば。


2005/03/23 (水)

雨。早寝するも起きたら10時過ぎ。大学へ。ひさしぶりに血液検査してもらう。

教授会。

雨のなかを歩くのは 嫌いではない。しかし、スニーカーがちゃんとしている場合 に限る。現在はどれも水が染みてぐしゃぐしゃになる。

そういや昨日フロリダの安楽死のニュースを見ていて書いとかなきゃならんと思っていたことがあった。 べつに近く死ぬ予定はない。こういうのも辞書的には「遺書」っていうんだな。 まあふつうは遺言か。living will

そういや、最近PGPとかGPGとか電子署名とかあんまり気にしてなかった けど、どうなってるんだろうか。けっきょく普及しなかったというか、 メールや文書程度には必要なかった? 商取引の方では暗号が普通になったのにね。


2005/03/24 (木)

早起き。大学へ。春の雨。 最近げっぷが頻繁に出る。あまり胃酸は感じない。胃が弱っているのか。 このまえ胃カメラ飲んでおいてよかったなあ。

Finkを最新版にする。つい でにebライブラリ等も最新にする。それでもジニアス大英和はちゃんと読めな い。うーむ。

昼飯を食ったら仮眠するクセがついている。別に悪いクセではないはず。

サークルの支援。

静かに暮せるのもあと1週間足らず。アタラクシアってのはやっぱり 人間の一番の理想だと思う。いまのところ災害にも会わず、大きな病もない。 別に満ち足りているわけではないが、 研究室で静かに本を読んで勉強していられる時期は幸福だ。 毎年この時期はそういうことを考えている。 たとえば9年前4年前

将棋でいえば、私は幸運なことに奨励会員から脱出し、(うだつのあがらない) C級(おそらく2組)で、いつも予選落ちで棋戦本選には一度も出たことがないが、棋士でいる 年数に依存して五段か六段になってしまっているような感じ。それに咎めの意識を感じるのはなぜか。 C級の将棋棋士も同じようなことを感じているのだろうか。

早寝。


2005/03/25 (金)

昼まで寝てしまう。陰。雪もちらほら。夕方やっと日が出る。

研究室に来てみると、なんだか片づいている。教員研究室一斉清掃が 入ったらしい。ごくろうさまです。なるべくこの状態を維持すべく努力する所存です。

前日のジーニアス大英和辞典の件、appendixなるものを入れると ちゃんと読めることを知る。快適。大辞泉も同じようにしてひきたいのだが。独自形式の CD辞書ってのはよくないよなあ。戦略がまちがってるのではないか。漢辞海も ふつうのフォーマットでCD出してくれないだろうか。

えんえんベトベン聞く。 ふと思ったのだが、難しげなクラシック聞いたりMacの上でemacs使ったり、あんまりス ポーツに興味なかったり政治的にはヌルい中道左派、新聞は毎日と地元紙をと るっていう私の趣味には、いかにもな臭みがある。味噌の味噌 臭きは本物にあらず。まあそういう典型的な人間であるわけだが。親の期待を 背負って過剰に投資され、おかげでなんとか浮びあがってきている人間だというかなんというか。べ つに趣味は趣味でいいわけだが、なぜこう典型的なところにちゃんとはまるの かってのは興味深い。見るひとが見れば性的な趣味までわかるだろう。たとえ ば『サライ』の仮想読者対象である荷風や漱石を読んだりする人びと、それが 私なんだろう。(サライは歯医者でしか読んでないけど)

日が長くなってきて一日の感覚がちょっとおかしい。

サッカーを見ていて、日常クラブチームの試合も見てないのに 日本代表の試合だけ見るのはなぜかと考えはじめたらばからしくなって見るのをやめる。 もう球技のテレビ観戦はしないかもしれん。

最近ビール飲んでもおいしくない。やばいので禁酒。 しかしコーヒーやお茶はアップ系の飲物だから、 ダウン系の飲物がほしいのだが。


2005/03/26 (土)

早起きしたのにまた寝てしまう。

午後府立医大でのシンポを聞きに。ちょっと長かったが勉強になった。 お医者とかやっていることが はっきりしていてうらやましい。っていうかもともと賢いのだろうし、デリバリひとつとっても私とは鍛えが違うな。 同じ大学教員といっても、向うは競争と淘汰が激しいのだろう。

それでもインフォームドコンセントとかそういうのを担当するのに不向きだろうって人っているよなあ。 遺伝カウンセリングとかそういう微妙で治療研究にあたる人数が少ない先進分野では、 少数の人の影響力が強くなってしまうから、 そういうのに不向きな人がまじりこんでるとけっこう被害でるかもなあ。 まあ私は人々に善をなすことより、世間様に危害や迷惑を加えないことを目指すしかなさそうだ。 この消極的思考。

最近 鴨川の小鳥が気になる。モーニングで野鳥マンガ読んでからだ。 私も毎日見る鳥の名前ぐらいは覚えておきたいものだ。 あれ、京都の野鳥図鑑昔持ってたような気がする・・・


2005/03/27 (日)

早起き。暖。手袋も帽子も不要。

昼前から大学。

死蔵していた日立デジタル平凡社の世界大百科もJammingで読めるようにした。ついでにノートPCでOEDひけるようにした。 やっぱり研究室にWindows機が1台必要な気がする。 来年度の予算で1台買うべきかどうか。 と、Windows XPを入れようとして失敗して死んでいるIBMノートの匡体も 破損していることを発見。修理するべきか新品を買うべきか。

広辞苑も好きではないので大辞泉を使いたいのだが。

よく知らんが、ミルの立場を 「他人に危害を加えないかぎり、何をしても他人から干渉されるべきではない」と まとめるのはスジ悪いのではないかと思う。だめなのは「政府」の「強制」。政治の話だ。また「何をしても」は強すぎるのでは?


2005/03/28 (月)

雨、早起き、朝から大学。 あら、3月が終る。雨なのにオープンキャンパスとかしている。 この時期にやって意味があるんだろうか。

血液検査の結果をもらった。

血液検査結果
項目 GOT GPT γ-GTP コレステロール 中性脂肪 尿酸
基準値 11-31 7-45 12-67 130-219 32-149 3.5-6.9
2005/03 37 49 144 248 979 7.9

めでたいことに中性脂肪が1000mg/dlを切った!(過去の記録) うーん、これを改善されていると見ていいのか。そんなに飲んだり食ったりしているつもりはないのだが。尿酸値も気になる。 ますます食い物に気をつけること。しかし何を食えばいいのか。 ラーメンをやめ、スパゲティの一食の麺の量を減らすくらいしか 思いつかない。とにかく朝飯をちゃんと食うこと。 ジョギングすること。もっと節酒すること。 ていうかほんとうに断酒が必要なのか。 これは絶対遺伝的なものだろう。 江戸時代の大飢饉のときに生き残ったご先祖さまありがとう、なのか。 あんまり長生きはできないかもしれないなあ。次の検査は5月中旬。

私はいつから飲酒の癖をつけてしまったんだろう? 岩倉に住んでいたころは今ほど飲んでいなかったような気がする。

高橋悠二『コレクション1970年代』。中学か高校のころの読んだ文章だ。 まだ色々記憶している部分があることに驚く。 今読めば子どもっぽいが、こういうスカした文章を好んで読んでいた時代もあったな。 けっきょく中学〜大学初期までに読んだもので 人の記憶や思考法は決定されてしまうのかもしれない。

どうも最近中古でジャズやR&BのCDを見ても「高いな」と感じて二の 足を踏んでしまう。新譜ならなおさら。 1000円ならどんどん欲しいと思うのだが。クラシック廉価版を買い 集めてコストベネフィットの意識が変わってしまった影響だ。今よりずっと物価が低かったのに ビニール盤が2500円ぐらいだった時代があったんだよな。あと どういうわけか通販ではクラシック以外買いにくい。なぜだろう?クラシックと 違って、なんか偶然の出会いとか、CD屋店員のアオリ文章とかラジオとか ジャケ買いとか試聴買いとかそういうのを期待してるんだよな。

DVDレコーダー欲しい・・・ような気がするがお金がないので買わない。 ヴィデオテープでさえ録画してないし。

神戸大までの路線を調べて、遠くて行く気がなくなる。 徒歩で行ける距離以外のところには行きたくない。出不精。

ホリエモンはチキンと言われてもしかたがないだろうが、 やはり三十そこそこの若者が本物のビジネスマンに会うのは恐いよなあ。 年齢と経験ってのはやっぱり大事だ。

Sex and Philosophy 読みなおし。おもしろいよな。やっぱり これどっかで紹介したい。

ネットもテレビもラジオも蓄音機もなかったころの夜はどれほど静かだった んだろうか。想像もつかない。村上春樹の小説で一人で冬を山小屋で過す話が ある(『羊を〜』)が、あれは一度やってみたいような気がする。 チャーリー・パーカーが一冬山にこもってレスター・ヤングのレコードを擦り切れるほど聴いて練習した話とかもあるな。 アメリカの某大学に半年行くとだいたい同じような経験ができるような 気がする。

インドネシアの地震のニュースに注目しているうちに夜更ししてしまい、 遅くまで起きていた。


2005/03/29 (火)

朝、田舎の親から電話。「ノートパソコンの「0」キーを押しても「/」が出 てしまう」。初心者がよく落ちいるNumLock地獄にはまったらしい。こうして多 くの家庭で今日もPCが不幸や家庭不和の原因になっているわけだ。憎むべし。

どうも神戸まで移動する気になれず、お休み。ごめんなさい。出不精。 あっちこっち移動する人びとは偉いなあ。

なんか寒気がするし、調子悪いのかもしれない。最近タバコも酒もまずいし。 もうすぐ授業がはじまってしまうので、この時期の時間は貴重なのだが。・・あれ、 頭痛もするぞ。夜になるとますます悪くなる。

寝込むことにした。なんだ、前日から調子悪かったのね。

藷がらを使いはたし


2005/03/30 (水)

終日病臥。いわゆる金縛りにあったりもする。非常に不愉快。


2005/03/31 (木)

早起き。回復した模様。床屋に寄って昼前から大学。 新入寮生らしき人びとがうろうろしている。新年度が始まるわけですな。 隣の研究室に新しい同僚の荷物が届いている。よい人だといいなあ。

いろんな事務的用事が襲ってくる。もう春休みではない。

CDをApple LosslessでiTunesに読みこむと、けっこうよい音質で聞けることを 発見する。へたすると今使っている安物のCDプレイヤーよりましかもしれん。 ベトベンを大量に読みこむ。

バタバタしているといかん。心を落ちつけるべし。


EGUCHI Satoshi