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11月になってしまった。なんとか起きて1コマ目。
ものを考えるにはかなりの時間がかかる、というのは 当たり前のようで不思議な感じもする。いったい脳みそのような狭いところで 何分も何時間も何日もかけていったいなにが起きているのか。
3回生ゼミ。
四十男の汚れきった血液検査の結果が届いている。急性膵炎直前。 これで調子がいいわけがないよな。(しかしそれでも去年のこの時期よりましだというのが なんとも)
| 項目 | GOT | GPT | γ-GTP | コレステロール | 中性脂肪 | 尿酸 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 基準値 | 11-31 | 7-45 | 12-67 | 130-219 | 32-149 | 3.5-6.9 |
| 2005/10/27 | 36 | 65 | 223(!) | 251 | 1249(!!!) | 6.8 |
死ぬ。絶対禁酒。禁煙。禁高脂肪食。特に禁ラーメン。
いったん帰宅して仮眠。
夜また出てくる。 この前買っておいた内蔵ハードディスク(250GB)を増設。蓋を開けてパカっと入れて ケーブル繋ぐだけ。こういうのもずいぶん簡単になった。音楽ファイルを移動する。 (現在iTunesライブラリは7907項目、87GBを使用してる)
朝帰宅する途中、鴨川の様子が違うと思ったらユリカモメが到着していたのであった。
朝飯食って寝て夕方また出てくる。
今年の音楽は新ヴィーン楽派だったというのは一昨日書いたが、 あともうひとつあまり聞かなかったリートものが好きになりつつあるってのも 今年の収穫かも。語学の勉強とかゆっくりしたい。
余計なことをして一時ログインできなくなる。まったく馬鹿。
朝帰って午後起きる。
午後小川珈琲で豆を買って大学へ。学園祭。今年は参加せず。
ハードディスクを増設したのでiTunesにどんどんCDを読みこんでいる。CDを 入れかえる手間がないし、その曲を聞いた回数が残るのがおもしろい。Apple Losslessだと、ヘタなCDプレイヤーより音もよい。 すでにライブラリにはほぼ30日分の音源が入っている。人生の短かさと昨今の ハードディスクの巨大さの関係について考えずにはいられない。
プレイリストにはいっているのはバッハ、 ベートーベン、 バルトーク、 ブラームス、 ベルク、 ケージ、 ドビュッシー、 フォーレ、 フランク、 リスト、 メシアン、 モーツアルト、 プロコフィエフ、 ラベル、 リヒャルトシュトラウス、 シェーンベルク、 ショスタコヴィチ、 ストラヴィンスキー、 ウェーベルン、 武満、 あと演奏者 としてミケランジェリ他のピアニスト。これが私の聞くクラシックのすべてと いうことだな。 20世紀前半にかたよりすぎている感じがするが、まあしょうが ないか。もう買うべきものがない。現代音楽は興味あるが、廉価版がないから 買う気になれない。
うちの大学図書館ではJapanKnowledgeが使えるので非常に便利。
「月に憑かれたピエロ」は名曲だなあ。これが当時のキャバレー音楽の影響下にあるという 認識を得たら聞き方が変わったり。
たしかに音楽かけている喫茶やバーのマスターなんてのはやってみたい職業 の一つだよな。んでストラヴィンスキーやらウェーベルンやらオーネットコー ルマンやらかける。DJとかも。そういや某助教授の店はそろそろ行ってみなきゃ な。(まだ行ってなかった)
シネマディスプレイが欲しくなってきた。どっかに余っている予算はないだろうか。
トイレの鏡に映る自分の腹のあたりが、父親が私の年齢のころのそれと まったくそっくり。やだなあ。
朝帰り3日目?寝て夕方出勤4日目。昼夜逆転研究室生活は正直楽しい。わた しは基本的にひきこもり中年なんだよな。
たしかにピアニストやら、1時間も2時間もある曲を暗譜できる てのはたいしたものだよなあ。
チョコレートを食べてたら、舌の横に血豆ができた。なんだこれ。噛んだのか。
眠い。ので地べたで寝てしまう。
でかいディスクにしてよく聞くCDをぜんぶiTunesに入れたら、 なんだか生活の質が上がったような気がする。もちろん気のせいなのだが。
眠い。が至上の愛とかドンジョバンニとかツィガーヌとか聞きながらがんばる。
雨。学園祭なのに気の毒。 午前中ちょっとだけバンドを見に行く。 もたもたせずにさっさとセッティングしろ、 ステージの上でだらだらチューニングするな、なんでそんなに時間がかかるんだ、 余計な時間あったら私にまわせ2、3曲やれるじゃないか、 とか言いたくなる。
某学会に久しぶりに顏を出す。 顏出してすぐ帰ろうとしたら偉い人に怒られた。すみません。 年齢的にもっと学会・研究会活動をまじめにやるべきなのだろう。
煮詰まって ぐしゃぐしゃになっていた原稿を遠くから来ている 赤ペン先生 に直してもらう。的確ですばらしい直し。 混沌に目鼻がつきそうだ。ありがとう赤ペン先生。
フランスの暴動が気になる。やっぱり「こんな状況だから捕まらないだろう、 もし捕まってもいつ もより罰が軽くなるだろう」と思うと人はいろんなことをするのだろうか。昼 の学会では正しい戦争などありえないとか永遠平和だとかそういう話をしてい たような気がするが、なんだかピンボケな気がした。性悪説?
午後起きて あわてて衣笠。 なんだか舌がまわらないが、 先日噛んで血だまりを作ったせいか(まだ痛い)、 それとも恐れている脳硬塞か。非常に恐い。
いまじゃマーラーはあまり好きな作曲家ではないが、 『大地の歌』だけはいいなあ。他の作品よりはるかに構成が緊密な感じがする。 あの素朴すぎる民謡聞かされないのもよい。 ・・・あら、家のCDプレイヤー頻繁に音飛びするようになってる。
うまく寝られず。朝から。
科研費の監査(そういうものがあるらしい)が 当たってしまっていて、さっさと買った本を揃えて差し出せと言われているのだが、 どこになにがあるやら・・・。古本屋へ売っぱらったりする人がいるのだろうか。
短大。 やっぱり滑舌悪い。
会議。
本を探しているつもりがいつのまにかワルターの大地の歌を探していた。 一番好きなショルティのも見あたらない。
2回生ゼミ。
3回生ゼミ。
教授会。
夜もちょっと仕事しようとするが、助走に時間がかかって離陸できず。
前から疑問に思ってたんだが、ラヴェルのト長調のピアノ協奏曲ってのは、 ガーシュインのパクリというか得意のパロディなのだろうか。ていうかラベル の曲ってのは初期を除いてぜんぷ模造品というかパロディなんじゃないだろう かという気がしてくるのだが、どうなんだろう。気合いがはいってないという か醒めてるというかイロニカルという、非常にヘンな奴だと思う。ドビュッシー なんかとはぜんぜん態度が違うような気がする。19世紀的な意味で本気だった のはピアノ三重奏ぐらいではないのか。シェーンベルクとかバルトークとかが 泥くさくジタバタしているのをにやけて見ていたような気がする。ストラヴィンスキーと 仲がよかったとかってのも同じタイプの人間だったのだろうか。
あれ、時代合っ てるよな。・・・うん、あってる。大学でひける「ニューグローヴ世界音楽大辞典」 によれば、ガーシュインのRapsody〜は1924、ヘ長調のピアノ協奏曲は1925、ラ ヴェルのアメリカ旅行は1928年。ピアノ協奏曲は29〜31年ごろ作曲。便利。
寝つくのに苦しむ。 なんとか朝から。英語。
百万遍。
ルネで本を買う。コーナーをなくす予定なのか、売れ残りCDを安売りしていたのでつい買ってしまう。
音楽の特徴は「早分り」ができないことだよな。 どんなに才能ある人間も知的な人間でも、ある一曲を聞くには私と正確に同じだけの 時間がかかる。そして誰も150年生きることはできない。 (もっともシェーンベルクのような人は楽譜を見ればわかっちゃうのかもしれんが)
昼近くまで寝てしまう。講義。
最近新聞報道で評判の伊田広行のページ http://www.tcn.zaq.ne.jp/akckd603/。 デザインが異常に読みにくい。ちょっと前から読んでるのだが、はてなアンテナにもひっ かけにくいし、どうしようもないなあ。大峰山についての主張もわからんでは ないがなんだかなあな感じ。
とにかくデザイン工夫しすぎて読みにくいページはいかん。学生さんたちが 作ってるページもそういうのが多くて、説教したくなるのだが、まあやめておこう。 その点はてなダイアリーとかはなにもしなくてもそこそこ読みやすいページになってるから えらい。ただしどうでもよいキーワードに対する繁雑なリンクはうるさい。
そういやどうでもいいことだが、最近小谷野敦のブログ http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/ がおもしろくてしょうがない。人間の小ささと、金がないのか他人からの評価 に飢えているのか、日を追うにつれてどんどん壊れていく感じがなんともいえ ない味を出している。特に5日づけの「公募面接の風景」と9日づけの「北風と太陽」には感動した。「もっとや さしくしてくれよう」という叫びが聞えるようだ。涙。やはりこの人は私批評 という新しいジャンルを開拓する人だ。すばらしい。絶賛。がんばれ小谷野敦。
夜、「コシ」を聞きながら仕事。 一般人が思うところの「哲学者」っていうのはこの劇の アルフォンソのような人ってことでいいのではないだろうか。 哲学者というよりむしろ人間通。人文学者。心理学者にして社会学者。
落語聞きたい。山ほど音源があるんだろうから、iTMSで志ん生や円生を一話 100円で売ればいいのに。700円じゃ高くて手が出ない。ちなみに以前に下手だと書いた 「ぽっどきゃすてぃんぐ落語」だけど、柳家三三という人はわりと安心して聞けることがわかった。がんばれ。
地べたで寝てしまい、体が冷えてしまう。いかん。
起きてからぼやぼやしていると、他大学の院 に 進んだ卒業生が来訪。たいへんそうだが楽しそうだ。
いったん帰宅して風呂入って小川珈琲で豆を買ってまた出てくる。
研究室でだらだら。
もうひとつ以前から注目しているサイトは、パートナー婚解消裁判の当事者 のページ。 http://www.partner-marriage.info/ 。 どの記事も文章が非常に難解で(おそらく論理に飛躍があって)、私は主旨をちゃんと読み とれないのだが、そこが泥沼 の淵を覗き込んでいるよう でぐっと来る。著作権も大丈夫なのか。 おそらくこのひとは、「自分 がかかわった裁判についての論評なのだから当事者である自分は自由にそれを 使うことができる」と考えているのではないかと私は邪推してしまう(あるいは 法文や裁判所の判決文と、その他の文章とを混同しているのだろうか)。そういうふ うに発想や思考方法が一見自己中心的に見えるところがこれまたぐっと来るねえ。
先日書いた記事に、
音楽は早分かりできないという件ですが、凡人は一曲の全体を把握するのに何回も聴かないとわからないのに対して、天才は一回でオッケーなのでは?というコメントをもらった。その通りで、私なんかはよく主題や展開や転調そ の他の音楽的構造が十分わからなくて、ちゃんと音楽的な才能がある人より楽しめてな いような気がする。でも音楽楽しもうと思ったらやっぱり誰でも同じ時間がか かるはずで、誰もマーラーの最初の3分聞いて「もうわかった。楽しんだ。」と 言うことはできないんじゃないだろうか。
もっともカラヤンは「俺様はブルックナーの8番の全体を8分で頭のなかで細 部まで生き生きと再現できる」という意味のことを言ったらしい(出典忘れ た)。そういうのってどういうことなんだろうか。そういう人にはスコアを読 むことが実際に音楽を聞くのと同じ効果があるのかなあ。そういやシェーンベ ルクが実際に鳴る音より楽譜に書かれたものの方が大事だというような意味の ことを言った(これも出典忘れた。どちらもうちの図書館にある本。)という のもどういうことなんだろうとか。音楽の本質とかそういうのをプラトン的な 何かと考えてるのかな。
ふと福田恆存の『私の國語教室』(旧漢字出すのがめんだう。「福」は旧漢 字。)とか眺めて四十にしてはじめて国語表記について考へたり。SKKなら旧仮 名遣いでも別段の不便はないが、格好をつけてまちがへると恥づかしいだらう。
フルトヴェングラーのドンジョバンニ聞きながら徹夜。
某学会。眠い。
900度数も残つていたコピーカードがどういうわけか使へなくなる。痛い。
肝臓仕事その他を気にして懇親会には出ず。
クロイツェルはたしかにとんでもない名曲だよな。クレエメルとアルヘリツ チのやつしかまともに聞いたことがないのだが(これは切つたはつたのくんづ ほぐれつ、ツンツンデレデレな感じでほんたうにいやらしい。第1楽章でバイオリンがピチカート入れ るところとかドキドキしてしまふ)、他に名盤というと誰のになるんだら うか。→シェリングとルービンシュタインのがよいらしいのでそのうち入手。
風流とか季節感とかそういうものをわかっていない阿呆が強力なサーチライ トのようなものでどっかを照らしているらしく、それにつられた阿呆が人出し て五条とか混雑して警察まで出ている。誰が始めたんだ。やっぱり清水寺?
昼に起きる。突然寒い。衣笠。 通勤路上にいる警察が自転車通行の邪魔。
寝付くのに苦労して、遅刻しそうになる。短大。
空き時間に床屋に行こうとするが2軒とも休み。
2回生ゼミ。 p>夜、鴨川べりで激しく示威行動。機動隊もたいへん。 紀宮の結婚ではなくブッシュの上洛に対してらしい。
MS WORDはいろいろ賢いが、強制的に使わされるのはいやだなあ。 一番問題なのは使いなれたemacs上のSKKが使えないこと。 まあAquaSKKというすばらしいソフトがあるので我慢できない わけではないが。 ファイルがWORD互換でもうちょっとシンプルで気のきいたやつが欲しい。 AppleのPagesも入手しているのだが、実は使いにくい。昔のMacWrite IIはよかったなあ。 もうひとつはbibtexデータベースが使えないこと。Endnote買うかね。
それにEmacsのような操作性より、 マウスによるカットアンドペーストの方がMacらしくて優れているとは思う。そういや数年前に 「脱Emacs計画」を立てたような気がするが、いまだに縁が切れず Emacsの上で生活している。すでにメールはMail.appで読むようになり、 2ちゃんねるはBathyScapeで読むようになってるんで、残りは SKK(辞書として広辞苑ひけるのが便利)とlookupとHTML書くためのpsgmlモードとpcl-CVSせいだ。 あ、インクリメンタルサーチといくつかの自前のマクロもあるな。いやいや、M-x grep とかもあるな。
いや、もうここらへんで捨てるか。うん、捨てよう。なんかどうもEmacsがまともな文章を書く 妨げになっているような気がするし。エディタはmiにするか。Emacsとは15年ほどのつきあいだったが、 とりあえず別居してみる感じで。ついでにこれまた長いつきあいのシェル(tcsh)やX11ともおわかれしたいような 気もするな。UNIX文化ってものは私に多くのものを与えてくれたけど、実は多くのものを奪っていたような気も するのだ。
あんまり自分に日課のようなものは課さないようにしているのだが、 最近は歩いているときにエアチェックした NHK語学を聞くようにしている。最近1日遅れで聞くようにするのがよいことに 気がついた。
ギリギリに起きて荒神口。 警官だらけ。生身のブッシュが1km以内にいたのではないか。
3回生ゼミ。
ゼミ生が昨日横断舗道上でヤンキーの自動車にひっかけられたらしい。転んでアザができ、自転車が だめになったにもかかわらず、運転手は警察も救急車も呼ばず、自分の車に乗せて 学生の下宿まで送ったらしい。そういうのに乗ってしまう学生もだめだめ。レイプ殺人犯でなくてよかった。 んで、気をとりなおした学生が警察に行くと、 警察は運転手を呼びだし、二人で話をさせて、「自転車なおしたら文句言わん」という ような文書に一筆入れさせられてしまったそうな。写しももらってない。わけわからん。 とりあえず病院に行って診断書もらっておくように指示しておく。修理した自転車の引きわたしにも つきあうことになってしまう。警察にも行かねば。大学教員というのはそういうことまでやらなきゃ ならんのかなあ。まあでも、 その年頃でその場でちゃんと自分の利益と権利を守るというのも難しい話かもしれん。 気も動転するだろうし。 なんというか、 そういう危険や事故があったときにどうするかとか教育しておかなきゃならんなあ。 とりあえず学生センターに相談。
その後、運転手と学生の自転車の受け渡しに参加する。まさにヤンキーそのもの。 ちゃんと金をむしりとろうとしたが 学生の弱気のため果たせず。無念。まあ学生も私も勉強したと思うしかない。
脱Emacs一日目。miに引越して、キーバインドをemacs風にする。LaTeXともとりあえずさようなら。
夜明け前に起きる。朝から。 英語と4回生ゼミ。
脱emacs二日目。CVSの操作がなあ。GUIのフロントエンドがあるかな。
iPodのイヤホンが断線しかけているので、 ルネでSONYのMDR-EX51SPというイヤホン(3280円)を買うが、あまりに音が悪くて泣ける。 それにこのタイプは遮音性が高すぎて自転車とかだと危ないような気がする。 もっと下調べして慎重に購入するべきだった。安物買いの銭失ないとはこのこと。あまりに無念で足摺する。
256MBのフラッシュメモリも購入。安くなったなあ。小さすぎて無くしそうだ。
百万遍。授業後、マクダに頭を悩ませる。こういうのは私にはわからん。
午前中床屋。長めにしたかったのだが、またいつものようにアニキにされてしまう。次は店を変えてみよう。
あまりにイヤホンの音が悪いので悲しくなる。スネアドラム系の音がぜんぶ同じつぶれた音になる。 衝動的に寺町へ。 あやうくSHUREの2万円ぐらいのを買ってしまうところだったが、なんとか思いとどまる。 ポータブルオーディオは私の福祉に大きく関与しているのだから慎重に検討すべきだ。 エージングがすめばもう少しまともになるかもしれないし。 Senheiserのでかいヘッドホンでもして歩くという手もあるかなとか考える。 徒歩での使用が中心だから音もれとか気にする必要ないから、耳栓型にこだわる必要もない。 もうちょっと情報を集めねば。
いろいろ事務仕事。ばたばた。書類を探して一日何時間も使うのはほんとうに時間の無駄。 そういう細かい時間を有効に使えるようにならねば、あっという間に定年が来てしまう。
脱emacs三日目。家のPowerBookでもマウスを使うように。けっこうすんなり移行できた。もう戻らない。
講義。
京都市交響楽団の定期演奏会へ。最前列、コンサートマスターの足元で聞く。 大友直人指揮で「未完成」と「大地の歌」。もちろん「世界一流」という演奏を期待していたわけではないが、 「未完成」の方はどうにも歌わず、かなり厳しい演奏。この曲がちゃんと演奏できないというのは、こういう地方オケとして致命的なんじゃないだろうか。 どういうわけか「大地の歌」はどそれに比べてずいぶんマシ。歌手はそれなりにがんばっていたし (白井光子とクリストフ・プレガルディエン)、主席管楽器奏者たちは優秀で音楽している。でもやっぱり 弦楽器が鳴らないというか歌わないというか。第6楽章はかなりバラバラで、最後のもりあがりの部分がうまく盛り上がれず終ってしまう。指揮者のせいなんじゃないかと思うが、 もしかしたら会場のせいかもしれない。この前のフィンランド放送響の時も感じたが、 京都コンサートホールは反響がデッドな感じがする。コペンハーゲンのオペラホールと同じような 規模なのだが。クラシック専用のホールなのに、設計がおかしいんじゃないだろうか。 まあオーケストラというのは地元のものを聞きに行くのが政治的にも経済的にも正しいと思うので、 もう1回聞いてみてもいいかもしれない。(次は井上道義でプロコフィエフのVn協奏曲とショスタコ11番。) 終了後レストランで食事。
昼から大学。重要な事務仕事が1件あっのだが、来週になってしまう。
マクダはあきらめて、自分とこの大学の公開講座「バルトーク: 村の楽師と20世紀音楽の前衛」に。 伊東信宏によるレクチャー、大谷正和のピアノ演奏。こういう自分の専門とまったく関係のない講演とか聞くのは久しぶりで新鮮だった。学者も一般向けにわかりやすいことを言ったり書いたりして社会貢献しなきゃならんよな。 内容は民俗音楽学者としてのバルトークはわかったが、それとタイトルの「前衛」との関係は不明。まあ蝋管に残っていた実際の音源とバルトークによるそのアレンジとか聞けたってだけで満足すべきなのだろう。
うっかりアルコールを口にしてしまい、気がついたら木屋町で酔っ払っていた。だめだめ。
小川珈琲で豆を買い、昼から研究室。心を落ちつけて仕事。
脱emacs五日目。Emacsでは一々改行を入れないと操作性が悪かったが、ふつうのエディタでは改行とか気にせず書けるので気楽。カーソルというかキャレットの移動もキーでやるよりマウスの方が楽だし。 ずいぶんEmacsに使われてたんだよな。bibtexもHyperBibDBを使う。
夜も大学。ひきこもり。 毎日があっという間に過ぎていく。
「はかもなきこと」がSafariでは文字化けしてしまうのだが、Safariが悪いのかな。 UTF-8で書くならcoding-systemを指定しないとダメなんじゃないだろうか。
キェルケゴールの日本での受容ってのには、やっぱり問題があったよなあ。 本来キェルケゴールという人は哲学者というよりは作家で、ポーやフロベールやボードレールと同じような意味でだけ哲学者だったんじゃないかと思う。その証拠に、キェルケゴールが言ってることを要約しても意味不明にしかならん。彼の魅力はむしろ文学的なところにある。本人も「作家」になりたいとは言うが哲学者になりたいという文章は残してないし。日本では主として哲学とかやってる人がキェルケゴールをとりあげたから、あのルーズな「哲学的」思考がキェルケゴールの本領とされてしまっている。むしろ文学論とかメディア論とかそういう人々が受容するべきじゃなかったんだろうか。私も「ポーとキェルケゴール」とか書いてみたいけど、大物の方を研究状況をよく知らないし、いまさら文学史とか勉強する気にもなれんしな。
寒い。
自分がやるべき仕事をどんどん忘れていくのに腹が立つ。メモ帳に書いてもホワイトボードに書いても、見るのを忘れてしまう。どうしたものか。手にマジックで書いておくべきなのか。
朝帰宅して寝て衣笠。
いろいろ非常にまずい状態。パニック。
寒い。
「天皇は一系統のY染色体が云々」とかって文章をよく見かけるようになった。 そういうことを言うひとたちって、もし染色体が男がXXで女がXYだったらどういうことを言ってたんだろうか。天皇家のSry遺伝子がポイントなのかな。江戸時代や明治天皇と現在の皇族男性や元皇族男性の子孫たちがほんとうに遺伝的につながってるか調べてみるとおもしろいんじゃないかな。
朝から。とてつもなく寒い。手袋をすると少しQOLがあがる。年寄は防寒第一。
短大。
Happy Hacking Keyboard Professionalが届く。作りはしっかりしているがすばらしいが、思ってたほどキータッチがよくない。私には軽すぎるかストロークが短かすぎるような気がする。音は悪くない。全体として値段(23000円強)はちょっと高すぎるんじゃないかな。もちろんApple純正やこれまで使っていたHappy Hacking Keyboard Lite2とは比べものにならないから、1万円だったらまちがいなく「買い」と言えるのだが。キーボード市場てのは狭いんだろうな。IBMのThinkPadのキーボードとかいいよなあ。ああいうタッチの大きめのテンキーなしのキーボードが欲しい。他にUBSハブ(キーボードにハブがついていないから不便になるので)と、自宅のPowerBook用に2個目のMighty Mouseを買う。
イヤホン、iPodを聞かずにi鳴らしっぱなしにしてエージングしたら、なんとか聞ける音になってきたような気がする。
2回生ゼミ。
あら、事務処理のまずさからまずいことに。他の教員に迷惑をかけることになりそうだ。反省。
夜もちょっとがんばる。さすがに新しいキーボードだと気合いが入るなあ。
ハ音記号を読めるようになりたい。いや、なろう。
眠い・・・明日こそすべてを片づけよう。
う、Mighty MouseはOS X 10.4以上じゃないとただのスクロールマウスなのか。
UTF-8で書くなら、ヘッダで <meta http-equiv="content-type" content="text/html;charset=utf-8">と指定してもらえばよいだけなのではないのだろうか。
昼から大学。ぜんぜんだめ。心落ちつかず仕事をはじめられず、1日まったく無駄にすごす。 せっかくのお休みの作業日だったのに。 死にたい。
なんとか朝から。数分遅刻してしまう。 英語、4回生ゼミ。
昼会議。
名作『S60チルドレン』の川畑聡一郎逝去という噂。将来があるマンガ家だったのにもったいない。人生は短い。
午後ばたばたいろいろ慌てふためく。注意が散慢でなんかいろんなものが手につかない。心をおちつけること。百万遍はお休みなのがたすかる。
ばたばたしているのに散慢に思いつきで保健室に恐しい病気の相談に行ってちゃんと皮膚科に行けと追い返されたり。
夜、やっと気分が落ちついてきた。
Emacs脱出は成功したようだ。ついでに煙草もやめたい。
早起き。朝から。まずたまっている事務仕事をやっつける。
講義。
最近目が覚めてる時間のほとんど研究室にいるので、テレビとかちゃんと見てないな。世の中どうなってるんだろうか。 しかしまあ、小学生のころからあんまりテレビ見る方じゃなかったな。あのころは皆に話合わせるのに苦労したような気がするが、いまはつきあいがほとんどないから楽なものだ。このまま世間様と縁が切れればいい。
常用していたマクロを利用するためにemacsを立ちあげてしまう。perlやrubyで同等のものを書こうとするとやっぱりemacsが必要になる。ううむ、emacs中毒恐るべし。
どうでもいいことなのだが、最近の私学では学生や教員にブログなるものを書かせて大学の宣伝をさせるのがはやっているようだ。どうもそういうものは批判精神がなくてヌルい。たいていなんの批判精神も感じられず、精神の不活発というか頽廃というかそういうものだけが感じられてしまう。「学食おいしい」「授業楽しい」「京都は素敵」とか、読者も信じられないだろう。っていうか、そういうのを信じてしまう人間を集めてしまいそうで恐い。やはり「まずいし混んでるけど安いから許す」「眠いけど適当に時間作れるからよい、他よりはまともらしい」「こじんまりして活気がないけど私には適当」と本音を書くべきだろう。
広報係の職員がよいことばかり書くのはそれが仕事だし、教員がヌルい文章を書くのは、まあその教員の資質がそういうものだからそれでいいのかもしれないが、学生にバイト料はらったりしてヌルい文章を誘導的に書かせるというのは教育的にどうなんだろうとか。批判するというのはより高い理想がないと書けないわけで、そういうのを指導するのが教育なんではないのだろうか。特に大学の批判とかってのは別の大学を経験することがないわけなのでなかなか難しい。そんでもふつうは不満とかあるわけなのだが、宣伝用ブログとかの学生の文章を書いていると、いろんなことを自己規制しながら文章を書き、なにかを発言するというのはそういうことなのだと思いこんでしまっているのを感じる。レポートや授業後のコミュニケーションシートを読んでも、なんやらでもなんだか耳ざわりはいいが、ぜんぜん気合いがはいってないこと書いてくるので読んでうんざりすることがある。
そういうのは石原千秋あたりが盛んに指摘しているように、中高の国語教育が奇妙な道徳教育になってるのも一因かもしれないし、われわれ教員が建前ばかりしゃべってしまうというのも一因かもしれない。もっと毒と悪意と敵意が必要だ。他人を批判し、馬鹿にし、軽蔑することを教える必要がある。もちろん私自身ももっと敵意を表に出してもいいのかもしれんなあ。私自身本音を文章に書くことを恐れているところがあるからなあ。自省自省。 (もっとも学生さんは私より数倍賢いので、人生とはそういうものだと正しく悟っているような気もする。)
たとえば完全匿名掲示板を使わせて好きなこと書かせる、とかってのは教育的にどうなんだろうか。人を批判し攻撃する第一歩としてはそんな悪くないような気がしてきた。やらないけど。
そういや、あんまり関係ないけど、こういう日記のたぐいをアイデンティティたもったまま続けるのはある種の人にはかなり難しいようだ。私は興味ある人のは数年にわたって読んでみたいけどねえ。まあいろいろチャラにしたいというのはわかるけど。どんなことを書いていても、過去のエントリを大量に残しているひとはある程度信用してしまうものだ。やっぱり日記はHTMLベタ書きに限る。
CDを読みこんだはいいけど1回も聞いてないのがけっこうある。 iTunesで「クラシックで再生回数が0のもの」のスマートプレイリストを作る。(その他はいずれiPodでシャッフルしているうちに聞くことになる。)で、久しぶりにグールドのブラームス間奏曲聞いて感動してしまったり。
もっと有名になりたい、功名を得たいと願うべきなのだろうか。なぜ私はそういう野心はみっともないもものと思いこんでいるのだろうか。他人から評価を得たいのは私が思っているよりももっと自然な欲求なのではないだろうか。
種々の芸術や知的な職業においては、それによって生計を経てようとすればある程度まで上達しなければならず、さらにその名を不朽にするような傑作を残そうとすればいっそう高い程度にまで上達しなければならない。たんに前者の程度まで上達することにたいしても、職業としてその仕事に従事するものの立場からすればそれ相当の動因があるが、後者の程度にまで上達することは、はげしい功名心をもつものか、あるいは一生のうちある時期にその心を起したものでなければ到達できないことである。たとい偉大な天分に恵まれていても、すでに最高の天才による見事な傑作が数多く残されている仕事において、自分もまたぬきんでようとするためには、長い期間耐えがたい苦行を重ねてゆかねばならないのであるが、その場合の刺激剤としては、ふつうこの功名心にまさるものはないのである。 (J.S.ミル『女性の解放』大内兵衛・大内節子訳、岩波文庫、pp.151-2)
(ちなみにこの直後に、一般に女性は男性に比べて功名心が薄いという観察が来る)
たしかに、大学でそこそこの職を得てもさらにちまちまと勉強を進める動因なんて、上でミルが言う功名心"ardent desire for celebrity"以外には思いつかないもんな。しかしそういう功名心ってのはどういうもんなんだろう。特にセレブな人々とおつきあいしたいと思ったことはないし。有名になったらモテたりして繁殖成功率が上がる? とか考えるのがおかしいのかなあ(でもモテるだろうし、少なくとも包括的適応度はあがるような)。ミルもやっぱりモテたかったんだろうか。
衣笠で教職員ストライキがあったようだ。なんについて争っているか知りたいのだがよくわからん。とりあえず非常勤講師は関係ないのだろう。どっちかというと自分が属するべき組合(あるらしい)より「京滋非常勤講師組合」とかに親近感を持っていたりするのは労働者としてどうなんだろう。
昼前まで寝る。キラ星のような人々が集まる東京の某学会に行こうかと思っていたが、果たせず。
小川珈琲で豆を買う。タニヤマ無線でSennheiser PX 200を買ってしまう。音は素直でまずまず、軽くて圧迫感もない。もうちょっと安くてもいいと思うけど、こんなものかな。だいぶQOLが上がったような気がする。
午後大学。
衣笠大学のストライキ、たしかに1ヶ月分もボーナス減ったら組合としては強硬に行かないわけにはいかんよな。しかし専業非常勤との格差についても考えたりも。がんばれ京滋非常勤講師組合・・・と、合併して関西圏大学非常勤講師組合になったのか。ついでにゼネラルユニオンもがんばれ。
いろいろ手配。
「ジェンダーフリー」やフェミニズムに一部の人々が噛みついている件。 macska dot orgとかがまともで詳しい。 しかし、うまく書けないが、もうちょっと問題は複雑であるような気がする。けっきょくフェミニズムってのは政治運動なわけで、その際にあんまりうまくない議論を行なったりしている。問題は、フェミニズムが一枚板ではない(あたりまえだが)ことにもあるのだが、フェミニズム内部での相互批判がうまくいってないことにあるんじゃないだろうかという印象を持っている。 今けっこうもりあがっている(というか小谷野敦とかが盛りあげようとしている)昔懐しいマネーvsダイアモンドとかの話について、フェミニズムはやっぱりなんらかの総括というか意見の統一をするべきだったんじゃないかという気がするなあ。フェミニズムという政治運動の特徴というのは、とにかく分派・細分化してしまい、互いに批判することを避けているように見えるところだと思う。冠つきフェミニズムっていうのかな。まあそれは外から眺めている人間にはそう見えるというだけなのかもしれない。
早起き。朝から大学。うっかりしていたが今日で運転免許が切れるので、書き換えに行かねば。失効とか繰り返しているので、40歳にもなって「初回更新」のはず。なんだかなあ。 しかし諸般の事情があり午後行くことにする。
午後免許試験場へ。なんか京都に来て20数年、何度も来ているが遠い。中書島からはバスが1時間に1本しかない。初回更新ということでみっちり2時間拘束される。まわりは若い女の子ばかり(初回更新でほぼ無違反というクラスだからだろうか)。ヒゲヅラ中年男はなんだか浮いている。話があんまり上手くない教官に当ってしまったらしく疲れはてる。私の授業もああいう感じなんだろう。できた免許の顏が丸くていやになる。
それにしても、試験場の人間のさばき方は見事だ。日本の公務員の能力を知らされる。誘導が的確で、非常に雑多な階層の人間が集まっているにもかわらず(あるいは雑多だから?)皆屠殺場に送られる羊のように秩序正しく誘導される。そのままガス室に連れていかれても最後の瞬間までわかるまい。
国内の(応用)倫理学とか社会学とか政治学とかその他隣接分野で、 話が「自己決定」まわりのことばっかりになるのはどうしてだろうか。 そういう話を中心にやった有力な論者(加藤先生とか)の影響が圧倒的だということなのかな。 まあ大事な話だし(もちろん加藤先生あたりが80年代あたりにやったことは偉大だ。)、政治学や法学なんかだったらそれでいいのだろうが、少なくとも哲学分野の人間はもっと直観の分析や価値論をきっちりやるべきだと思う。ていうかでないと倫理学プロパーやってる意味がないよな。
あまりにもテレビを見てなかったので体操とか見てみたり。一昔前とは女子選手の体型が変っているような気がするが、気のせいだろうか。以前は拒食症か子供のようなのばっかりだったが、若干おおがらになったような。筋肉量が必要になったのか、それとも年齢制限が入ってるのかな? 男子の方は技術がとんでもなく進歩しているように見える。すげー。宙返りとかさかあがりとかできる人びとってのは、飛び箱も翔べない人間とはまったく身体感覚が違うんだろうな。宙返りしたり、自分の体重を腕だけで支えたりできるってのはどういう感じなんだろうか。
大学教員にも年休ってあるのか。休講してもかまわんということなのかな。
なんとか起きる。
衣笠。 学生による授業評価アンケートの日。私は授業評価は教師としての通信簿だと思っているので文句はないのだが、今年は丁寧に「TAまたは受講生に回収させ厳封してもらってください」のような指示までついている。「学生に公正であることを示すためです」ということだ。いったい何があったんだろう。まあ具合の悪い授業評価されたらそれを抜いたり、自分でよい評価を書きこんだりする教員がいるかもしれないということなんだろう。教員と学生は、まあ敵対関係のようなものでもあるしな。まあわからんでもない。ここまでやるんだったら、みんなの就職株式会社のように、紙は使わずにwebとか使って入力させて好きなこと書かせたらどうか。(いずれそうなるんだろう)
最近講談社から出たウィトゲンシュタインの日記、これは腹がよじれるほど恥ずかしい。むふ〜。げらげら。もっとたくさん読みたいのだが、残りの分は出てこないのだろうか。もっともっと〜。偶然BGMにグールドの弾くリヒャルトシュトラウス(イノック・アーデン)鳴らしてたのも恥かしさをさらに増強してすばらしくよかった。さすがキルケゴール直系。タイトルは『ウィトゲンシュタインなさけな日記』とかにすりゃいいのに。ところでこの人はヴィトゲンシュタインと書くべきかウィトゲンシュタインと書くべきか。鬼界先生は「ウ」だな。
久しぶりに雨。あら11月が終りますよ。31日はありません。とにかく朝から。
以前から感じていたのだが、OS XのMail.appとアドレスブックはもう検索しにくい。アドレスブックも同一アドレスに複数のカードを割り当ててしまうことがあるのが不満。アドレスは一義的なんだから、名前じゃなくてアドレスを主キーにして、名前は複数持てるようにしたらいいのに。現状では漢字名とよみしか入力できない。
短大。
会議。
2回生ゼミ。『女性の解放』を読みおわった。随所にミル節が炸裂していてなかなかおもしろかったというか勉強になった。古典的名著だけど、日本では意外に読まれてないかもしれない。来年はベーベルの『婦人論』あたりを読んでみるかな。ざっと見た感じミルほど慎重ではないようだが。 19世紀はすでに現代と地続きなのを強く感じる。残りは2回。中途半端に余してしまった。
夕方、なんかイライラ。睡眠不足だ。
はじめてiTMSを利用してみる。ボブディランの"Just like a woman"とStyle Coucilの'My ever changing moods" (アップテンポの方。青春の音楽)。ゲームセンターでバイトしながらMy ever changing moods聞いてたのが20年前とは信じられん。ロックは遠くなりにけり。ディランが"All along the watchtower"歌ってるトラックはないのかな 。ジミヘンのやつしか知らない。
衣笠大学の教職員はボーナス1割カットを結局受けいれたというか泣き寝いりすることになったのかな。もっと激しい闘争を期待していたのだが。全日ストライキとなったら非常勤はどうするんだろうとか考えていたのだが。非常勤組合ももう少し人が集まったらストライキしてみたらどうだろうか。ていうか全国的に非常勤講師ゼネストとかやれば待遇上がりそうな気がするけどなあ。非常勤の口にさえ困っている人びともいるからうまくいかないかな。まともな授業を学生に提供するには、研究経費のない非常勤専業の人間の謝金は最低今の1.5倍〜2倍ぐらいは必要な気がするけどな。この手の話ってのはぜんぜん勉強したことないし、考えたこともない。労働者としてどうなんだろう。
miの上からシェルスクリプトとかを動かす技を理解する。
いろいろ悔いの多い11月が終る。
荒神口。だめだめ。今年のワースト授業。
3回生ゼミ。
学生が「エクセル・ヒューマン」という会社の就職説明会に出たら、その場でエントリーシートを書かれたという。ちょっとその会社のウェブを見たらなんか非常にいやな感じがしたのでgoogleでひっかけてみると、やっぱりやばい会社のようだ。どうも老人相手の催眠商法のようだ。私のまわりの人間を食いものにする企業は許さん。腹立つ。 っていうか、こういうインチキ企業に騙されない人間を育てねばならん。これは大学教員としての私が最優先でやるべきことがらなんだろうなあ。
よく知らないが最近道徳教育だのなんだのってものがはやっているようだが、まっさきに教育するべきなのは被害者にならない教育なんではないだろうか。人間はチャンスがあれば嘘をつき騙し強姦し殺す邪悪な存在だってことを早期教育したらどうか。ネガティブすぎるかなあ。
教授会。
寒くてなにもできず。田舎の熊たちは冬眠に入ったろうか。
暮れに楽しむためのオペラDVDを入手しなくては。