うーん、6月かあ。あっという間に時間が過ぎる。でも半分終ったとも言える。 よいことか悪いことか。
また回線不調。っていうかずっと不調なのだが、うっかりVoIPアダブタに電源入れて 学校に来てしまった。NTT西日本に電話。初耳のふりするなごるあ!あちこちで問題生じているのは 確認ずみじゃ。明日修理に来るようだ。
それにしても水田珠枝先生の論文はコンパクトななかに明治大正期の日本哲学史が まとめられていて勉強になるな。御年78にしてすばらしい。 あれれ、水田珠枝先生は水田洋先生の奥様なのか。うーん、そうか。
講義に短大ゼミ に卒論ゼミ 。
なんか疲れがたまってる感じ。部屋片づけて帰ろう。
家でサッカー見てゆっくり。なにもできない。サッカーは常にフィールド全部 22人映してくれれいいのにね。ハイビジョンなら可能?
夜明けごろ目が覚めてしまう。学校へ。
安藤馨『統治と功利:功利主義リベラリズムの擁護』勁草書房をいただく。 飲み会で顔を合わせただけの私のようなものに恵贈くださる寛大さが功利主義 者らしくてすばらしい。「紋切り型の批判には俺がまとめて答えておいてやるよ」という態度。 若くて優秀な人はうらやましいなあ。
と、ぱらぱら目を通してみて、これは「優秀だ」なんてもんじゃないことに気 づいた。すげー。すごすぎ。絶賛。 優秀な人びとは他にもたくさん知っているわけだが、 なんかぜんぜん見たことのないタイプの知性の登場を感じる。 82年生まれか!これが修士論文なのか!いずれ、この本に目を通さず に社会科学系の議論するひとはモグリの研究者ということになるだろう。 いやまあ、これは褒めすぎか。
質屋で安い腕時計を買う。SEIKO KINETIC。6000円。いま使っている質屋ロンジンは 皮ベルトなのでこの時期汗を吸ってたいへんなことになるのでメタルベルトのが 欲しかった。
NTT来訪。あ、私がへんな結線してたのが原因?ごめんなさい。 なぜそれまで動いていたかの方が不思議。どういうことだろう? とりあえず解決。
イスの上で寝たり起きたりして一日過ぎていく。
積極的疲労回復のため、 軽くジョギングしようとするが、けっきょくただのジャージ着た散歩になってしまう。 時々は心拍数あげた方がいいような気がするんだよな。プール行きたい。
ビジエス英会話を聞いていて、 睡眠時無呼吸症候群(SAS)が気になる。最近、寝てるととつぜんゲショゲショして起きて しまうことがあるんよね。自分のイビキで起きたりもするし。あ、いびきや昼間の眠気も 症状の一つか。む、狭心症や心筋梗塞、脳卒中の危険。恐いー。保健センターの先生に 相談するか。また「先生は心配性だからー」と笑われそうな気がするが。
どうでもいいことだが、昨日学生に「ダンディズム」という概念を紹介して いると、「海原雄山はダンディか?」という質問。意外な質問に驚くが、(も ちろんダンディズムの定義にもよるが、私のかなり広い特徴づけだと)イエス。 「山岡士郎は?」ノー。だいたい山岡は海原にぜんぜん勝ててない(ダンディ ズムと勝ち負けは微妙な関係なのだがまったく無関係というわけでもない)。 山岡が海原に本当の意味で勝てるのは、ちゃんと本業の新聞記者で一流になる か、食い物を芸術にまで高め、自分が食い物の芸術家になるしかない。後者を 選択した場合には、もうとんでもない高みに到達せねばなるまい。おそらく山 岡が海原に本当に勝利し、彼を乗りこえるには、どうすればよいのかというと 以下自己規制。 『とんち番長』の続編が出るといいなあ。
ヒューム難しい。
まあでも一日本を読んでいられるのは幸せ。来週の土日は某学会を 見学に行くべきであるような気がするが、新幹線に乗ったり人の話聞いて疲れはてるくらいなら こうして本読んでた方がよいような気がする。京都ってのは田舎なんだな。
なんとか起きる。まあこの時期は10時間寝なくても済む。
衣笠。
新聞読んでいると、 大手ゼネコンとかってのはなんというか犯罪組織なのではないか という気がするわけだが、なぜ雪印とかつぶれてゼネコンは潰れないのか よくわかってないのは、おそらく経済を知らんからだ。
あら、画像ちゃんねるって管理人逮捕されてるのか。
朝から。眠い。
難しい問題を論じるときに、難しい顔をするべきか。 どうもそうではないような気がする。難しい顔したり、実際悲しかったりすると、 どうも頭が動かなくなるような気がするんだよな。苦しみとか悲しみとか怒り とか 、それらに対する共感とかは思考をマヒさせてしまうのかもしれん。お勉 強したりそこから抜け出そうと実存的にジタバタしたりするときには重要なこ とかもしれん。しかしそれはなにか非人間的なものを目指しているように 見えるかもしれん。
2回生ゼミ。あと5回もあるのか。
なつかしのマーチン・ガードナー読んでて、まじめな人間ほど、批判に対し て開放的であることが難しいことを再確認する。どうしても自分につごうの悪 い経験には目をつぶってしまうし、まじめだと往々にしてそうするのに都合の よい理屈や思想さえ手に入れてしまうわけだが、 そういうのを避けるには、具体的にはどうすりゃいいんかね。 やっぱり習慣づけの努力によって なるべくオープンであるような徳を身につけるってことなのか。 6月末に我が社でニセ科学批判の会合があるようだから、 出席できたらそういうことについても考えておられるのか質問してみよう。
3回生ゼミ。
会議。
恒例の京大音研コンサートに。半年に一度の楽しみになっている。 目当てはもちろんトリのフランクのビヨリンソナタ。 オレ様ナルシストバイオリンを賢明な伴奏がつっこんだりドツイたりしょうがないから つきあったりという感じの 熱演。オレ様は前に同じコンビでベトベン聞いたときより ずいぶん成長していて、伴奏も以前より手綱を緩めて自分も自由にやってる感じ。 非常に楽しめた。
なんとか起きる。 なんか頭が重い。後頭部。なんだろう。血圧測っておくか。
1回生向けオムニバス講義。担当分終了 。
吉田。
氷枕して寝る。
けっこうよく寝て頭痛は去った。
だんだん暑くなりつつあるわけだが、どうも体力に影響しているような気がする。 すでに「徒歩」しただけで朝からバテてるような。前は夏大好きだったのに、 どうも厄年を越えて体質が変わったのか?毎日早寝早起きしているのもおかしい。
ヘビーな問題をヘビーな顔して本気でいろんな人びとに共感して 考える、ってのは凡人には無理に思える。共感するのが難しいのではなく、 情動的に不安定な状態でまともに考えるのが難しい。っていうか、そういうのはしんどいので けっきょく多くの 人は問題を考えるのを回避してしまうってことになる。 苦しみへの共感はそれ自体苦しみ。実践的にはその苦しみの感覚が状況の変革につながわるわけだが、 苦痛であるからしてどうしたってそれを積極的に求める人は少なくなる。 まあ実際に一番ヘビーなところは、応用倫理学者とかってのに 扱われることが少ない。 まあ難しいことを扱うときは少し抽象度を上げておく必要がありそうな気がする。 もちろん「これはひどいなあ」とゲラゲラ笑ったり ブラックジョーク言ってみたりする必要があるわけではない。 わからん。
ふと、国内の若手でない倫理学徒の仕事で読むに値するものはどれくらい残っ ているかを考える。まあ今50代以上の人の過去の仕事で、今読むに値するもの はなにか。「倫理学徒」ではなく、「哲学徒」と広くするとどうか。あれ、私 あんまりそういう本持ってないな。哲学史研究なら優れたものがけっこうあると思うし、 生命倫理/応用倫理系統ならいくつか重要な仕事がありそうだ。しかし 倫理学プロパーとなるとどうなるかな。 国内の倫理学徒の論文や著書の一部で、「日本の倫理学」とかのアンソロジー組むのは可能な のだろうか。やっぱり大庭先生や永井均先生はがんばってると言わざるをえな いな。 法学や法哲学や経済学や社会学ならいろいろ重要な仕事があるのはわかってる。
まあ抽象度の高い議論はふつうの人にはよくわからんので、 応用倫理学とかの具体的な問題にひきおろした方がずっとわかりよい。 (それにだめな議論や空虚な理論も見分けやすい)
眠い。しかし仮眠するタイミングを逃し、このまま午後3コマかあ。苦しい。 もう明日学会見学に行くのは無理だな。
講義。昼飯あとの授業で、「寝てもいいけどうつぶせはいかん」と縛りをかけつつ カントパワーで多数の学生の睡眠を誘うサドプレー。蒸し暑いなかコックリコックリする 甘美な快楽を味わってもらう。
山本精一がなにやってるのか確認するためMETROへ。 PARAというユニット。ドラマーの千住宗臣がすばらしい。 しかし、曲(テーマ)とかおもしろいのに、音楽としてやっぱり何かが足りない。 変拍子インストバンドってのは、ドラムが よければそこそこ楽しめるが、やっぱり刺激が飽和している感じの時間帯が長い。 「何か」はおそらくインプロビゼーション。一人でいいからちゃんとした インプロバイザーを探すべきだ。 私の感覚がジャズ寄りの古いものだから、ではないと思う。
明け方近所で火事。消防車に起こされ、けむいので外に飛び出て見物。 家から火柱が上がるのは久しぶりに見た。
さらに寝て、ゆっくり起きてジョギングで積極的疲労回復。 なんか脚に疲れがたまっているような感じなんよね(歩き過ぎ?)。すこし血行をよくする。
昼前から大学。
水田洋先生の『新編社会思想小史』のまえがきかっこいいなあ。 「この本は、一人の著者によって書かれた社会思想の通史である。 著者は歴史家として、えらんだ対象の通史を書くことを、 学問的義務と感じているものであり、 この本も、まずしいながらも、そのためのひとつのこころみに他ならない。」 自分を「歴史家」と規定してるんだな。禁欲的ではっきりしてていいなあ。
学生の面倒見。
近所の火事ではやはり一人お亡くなりに。
『グールドのシェーンベルク』。 グールド先生はほんとにシェーンベルク好きだったのね。私も好きです。 訳者の鈴木圭介先生の仕事ぶりもすばらしい。訳だけでなく注もたいへんな作業。 この方もグールドとシェーンベルクが好きなのね。
明け方目が覚めるが、さらに寝て合計12時間近く寝る。ロングスリーパー復活か。
午前中から大学。脚は少し調子よくなった。やっぱり時々走ろう。
国内の哲学・倫理学の学問レベルを上げるにはどうしたらよいか → 安い科 研あたる確率をあげて(特にD1〜30代前半)、とにかく本が読めるようにする。 (たとえば「図書費と発表費用のみ一律40万円採択率50%」の科研(D)を新設。 人文系に特化してもいいかも。 いまんとこ科研PDはあんまりよい制度とは思えないし(特に博士課程のやつ) 、COEのような中央集権的な危ないものより、 平たくバラした方がよかろうと思う。あ、いまの「若手科研」はそもそもそう いうことなのか。んじゃさらに「超若手」と「幼年」あるいは「めばえ」コー ス20万と「ふたば」コース30万。過去に小さいのがあたっていれば大きいのも あたりやすくするのもよかろう(これはそうなってるのかな?)。小さいのか ら少しずつ大きくなってもらう。各拠点大学の図書館をもっと充実させて、か つ休日や(できれば)夜中も利用可能にして、学生がすぐに本を読めるように する。(おそらく拠点大学での図書はもう各学部か研究室単位で扱っていて図 書館では扱えなくなってる)大学が本務校をもってない非常勤講師に図書費を 出すことを義務づける。1コマ年間3万円(謝金1ヶ月分)ぐらいでもぜんぜん違 うだろう。最後のは教員の待遇改善というよりは授業の充実のために絶対必要 だろう(まあ本来はもっと謝金を高くするべきなのだが、高くしすぎると 本務校ある人間が非常勤をやってしまうことになるような・・・)。まあ 若い人はみな優秀だからこんなこと考える必要はないな。
床屋行くか。→ 行けず。
やはり桑田が大リーグで投げるのは見てみたい。
なんとか起きる。
衣笠。
疲れているのに夜うまく寝つけず、明日寝坊しそうな予感。怖い。
なんとか起きた。偉い。
講義。
あんなに好きだった夏が、今年は恐いの。なぜかしら。
節を曲げてクーラー入れると少し楽になる。これでいいのか。
2回生ゼミもまじめにやる。
なんかへとへとで帰宅。働きすぎ。毎日があっというまに過ぎていく。
泥々に寝た。
3回生ゼミ。
NOVA業務停止。去年学生が「NOVAに就職試験受ける」とか 言ってるのでいろいろ調べてみた方がいいんじゃないの、とかアドバイスしたのを思いだす。 なんでみんなちゃんとしらべないのかな。最近は企業の名前を聞くと とりあえずサーチエンジンひっかけてみるクセがついてしまった。 そういうのも学費に含まれるサービスかもしれん。
また長時間睡眠。
昼会議。
昨日今日と、学生にバイト料出して文献コピーを整理してもらう。 ぜんぶいっしょ にして著者の頭文字でABC、あいうえお順にしてフォルダに入れてもらう。 現在はA〜Z(一部は2冊) + あかさたなはまやらわ。ついでに本棚なんとか 空けてもらってフォルダを入れる。すばらしい。 部屋の一部がすっきりした。この方式だと、 内容がわかる必要がないので学部生でも整理できる。 フォルダのなかは整理されていないので、出すときは全部見る必要があるわけだが、 フォルダを開けたついでに不要なコピーを捨てればよい。 いったんこうしてしまえば、私は読んだら片づけずにどっかに積んでおいて、 散らかったらまた直してもらえばよいわけだ。 この方式はよいかもしれん。なんか生活のブレークスルー。これがライフハックってやつ?
百万遍。
なんとか起きる。
アウトソースでコピーを片づけたのに気をよくして、本もなんとかしたい。これ も著者あいうえお順にすれば解決するか。本にどの柵に入れるのかの目印のテー プとかを付けておくというのはどうだろうか。
昼猛烈に眠い。しかしもう仮眠する時間がない。これは授業中に自分が寝てしまいそうだ。
講義、短大ゼミ。
もう最近テレビニュースさえ見る気力なし。夜になったら寝るのが人間。
11時間ぐらい寝る。午前中から。土曜は数少ない心を落ちつけられる日だから ゆっくりしなければ。
最も敬愛するマンガ家の一人でジョージ秋山先生の『聖書』幻冬社。 書きおろし?内容もマジメすぎる。ついになんかヘンな宗教団体と関係を結んでしまったか。
図書の整理のために、KOKUYOの「タックタイトル」(丸い色付きシール)を買ってみる。 何冊か貼ってみるが、これは美的にかなりよくない。うーん。
ジュンク堂に寄って帰宅。昼寝。
夜、久しぶりに研究室。5月の連休以来かな?正しい生活リズムを崩すのは あれだが、どうせ寝られそうにないし。
土曜日はゆっくりしなければならないのでドーキンスの『宗教は妄想である』 とか読んだり。敵意と皮肉がキツすぎるんないかな。大丈夫なんだろうか。っ ていうかなんかこの本読んで正しく穏健な無神論者になるひとはあんまり多くないん じゃないかと思う。なぜそう思うのかはむずかしいのだが。いや、穏健な無神論が 狂信者と議論したり騙されそうな人を説得するの方法を考えたりするときの手引きなのか。 ドーキンスは自分の臨終の床をネット中継するかもしれんな。
あら、TeXShopって素敵だわ。前から存在は知ってたのに。
明け方近くから地べたで少し寝て起きて帰って寝てスパゲティ食って将棋見 て寝て午後また出てくる。無駄な感じ。
暑い。なんかこの夏は夏バテしそう。おそらく痩せるな。
山口意友『反「道徳」教育論」PHP。すごすぎ。 キレイゴトは排除しろってのはもちろんOK なのだが。 ここ5年ぐらいの新書ブームってどうなんだろうな。
寝坊。
そして眠い。
たまには若い人々に勉強を教えてもらおう計画。でもなんか失敗。 なんかじゃましてるような気がする。 中年になってから勉強するのはほんとうに難しいことなのだな。 純粋勉強者にとっては学び続けることが できることが重要であり、その場合にさまざまな対人能力が重要になってくる。 いわゆる人徳。孔子さまとか人徳があったから勉強つづけられたわけだなあ。
ぎりぎりに起きる。夏休みはまだ一月以上先。
アルコールと暑さで一日頭悪いまま。やっぱり睡眠は非常に重要。睡眠減らして18時間生きるより、 十分な睡眠をとった12時間の方が生きる価値があるだろう。
アルコールとはもとらずに12時間生きてパタっと睡眠してまた12時間生きるとか って生活してたらもっとQOLが上がるだろうか。QALH(Quality adjusted life hours)としてはどうか。
某問いに対する私なりの答。功利主義は個人の道徳や行動指針としてはいろいろ問題 が多いので、とりあえずのところ統治の原理として理解しておくのはとりあえ ずはよい戦略だと思う。また、自分の道徳意識をキャリブレートする道具とし ても有用。 (行為)功利主義を自分の人生の指針として生きようとする のはいろんな意味でまったく馬鹿げていると思う。それは火星人にしか採用できない 生活指針。 また、歴史的・偶然的な諸事情によって、 たいていの倫理学者は(同じ問題を扱っている政治哲学者や法哲学者に比べて) 社会制度の原理と個人の行動原理の差を区別していないので、とりあえず分けておくのは非常に有効。功利主義内在的にも、それを分けておくことに功利主義的な正当化が 可能なので問題がない。 その両者を統合するような巨大で複雑な体系をめざすことは不可能ではない と思うが、それはふつうの人には野望がでかすぎでしょうなあ。そのまえに やらなきゃならんことがたくさんあるし(っていうかありすぎ)。 もちろんアウトラインぐらいは 書いてもらってもよいかもしれないが、むずかしいだろう。
もうすぐアルコールとかなくても平気な人間になるような気がするなあ。
朝から暑くてばてばて。
大教大教授強制わいせつで逮捕。 やっぱりセクハラで学内でうやむやにせず、強制わいせつで逮捕がよいのだろう。
健康診断。今回はなにも節制せずに受けてしまった。日本の職場・学校の集団検診は 国民皆保険制度とともに世界に誇るべき制度である。専業非常勤の方々もちゃんと受けておられる だろうか。(一応うちも制度的には可能のはずだが、ちゃんと周知しているのかどうか。)
あら立命館大学教授も処分か。おお、信州大も。東大倫理か。倫理学系では はじめてかな。いや、教育学部に転学部している。
「うちでもなにかフライングドッグしますか?どう思います?」とかってア ンケートがまわってくる。まじめにやりゃいいことなんだろうが、どうかな。 とりあえずどっかの所長を読んで講演会とかしてもらって根性たたきなおして もらったらいいんじゃないかなあとか答えておこうか。でもそういう人まかせ ではだめなんだろう。いまだに授業アンケートさえとってない大学なのだから。 まあこの手の件に口はさむのはまだ早いな。
高橋隆雄・浅井篤編『日本の生命倫理』をやっと入手。 冒頭の名誉教授。うーん、あいかわらず困ることを書いている。 教育職・研究職に復帰されたのだからして(めでたい)、 もうちょっと責任ある書き方してもらわないとならん。
次の浅井さんのもなんか彼がこういう書き方するのをはじめて見た。 うーんうーん。
ちょっとだけ飲みに出る。たまには必要。でももう夜に弱くてちゃんと飲めない。
うまく寝られず夜明け前に目が覚めてしまう。夏至。雨。梅雨だなあ。
名誉教授論文。生命倫理の本を読んでていつも気になるのだが、「生命倫理 は喫緊の問題だ」とは誰もが言うが、「生命倫理学はそれ自 体(哲学的に/知的に)おもしろいのだ」となぜだれも言わないのだろうか。 実際おもしろいのに。へたすると人の生き死にがかかるような問題をおもしろ いと思うのは不謹慎だからか。そういう気持ちで生命倫理学をながめるのは非 難されるべきなのか。存在論や認識論やふつうの倫理学だって生き死ににかか わる(かもしれない)のに。まあヒューム読みまちがえて自殺する人間はいな いかもしれないが、法学学んでひどいことしてしまう人間もいるだろう。フロイトやユング読んでひどいことしてしまったやつはけっ こう多いだろう。歴史学んでひどいことする奴もいるだろう。好奇心から 政治学や経済学や医学や物理学や農学や工学はどうなんだろうか。われわ れは好奇心や娯楽のために学問することはできないんだろうか。 もちろん、そういうタイプの反省がまったくない人間はぜんぜんだめなんだろうけど。
授業3コマ。 ばて。
土曜日は休息の日。体を休め、一週間を振り返り、自己反省し、部屋を片づ け、書類も片づけ、とかってやる日にしたいのだが。
江戸時代の人びとは「お休み」について どう考えてたんかね。wikipedia.ja先生どうですか?……休日という概念が 存在しなかったのか。ほんとうかなあ。お役所にもなかったのかな。「非番の日」とかは ありそうだ。 「拙者は明日非番でござるので」。 でも「みんなで休む日」という意味の「休日」ではなかったわけか。それにたしかに百姓には「休日」なんかないよな。 晴れの日は晴れの日にふさわしく、雨の日は雨にふさわしく生活するわけで、 みんなもっとゆったり生きてたかもなあ。 「なんにもしちゃだめな日」なんてのはかなりかわった考え方だなあ。 やっぱりあの民族固有の歴史的事情によるものだったのかどうか。 「せめて週一でお休みください」というお願いのためのなにかか。 バビロニアやエジプトの支配者の方はどうだったか。ポーギーとベスはどうだったんだろう。 スポーティンライフとかでさえ毎日が仕事といえば仕事か。
昼前から。
学生が「一人で勉強できるもん」の状態というか、自立的エージェント見習い ぐらいにするのが私のレベルの大学教員の目標なわけだが 、具 体的なノウハウが欲しい。 やっぱりフロッピーディスク研究か。 べつにFからはじまるものをデベロップする必要はないので、自分をデベロップすれば よろしい。
道具や武器に気を使う人使わない人。違いはどこにあるんだろう? 本気で人を殺そうとする人間は、必ず、彼(/彼女)に手に入る最善の武器を入手しようとするらしい。 中国製トカレフとか使うやつはだめね。っていうか目的を達成できない。 道具に気 を使わない人は必ず負ける運命(もちろん道具磨くだけで腕磨かない人も死ぬ のだが)。
某協会大会。 事務局ごくろうさま。
モリエールの『人間嫌い』ひさしぶりに読むとおもしろいなあ。
セリメーヌ: ええ、だけど、頓知で人をあっと言わそうとするところが、 わたし気にさわりますわ。始終つんと気取っていて、 話をしだすといつも、しゃれた事を言おう言おうと骨折るのが、 目だって仕方ありませんの。学者になろうと思いついてからといったら、 これもいけない、あれも気にいらないと、ただもう気むずかしいこと ばっかり言ってましてね、人の書いた物には、どんな物にもけちをつけたがるばかりか、 ほめることは学者のすることでない、あらを見つけだすのが、学者らしい振舞いだ、 感心したり喜んだりするのは、ただ馬鹿者だけのすることだ、今の時代の作物を 十把一束にしてくされば、それで自分はほかの人より豪くなれるんだと思い込んでいる人ですわ。(内藤濯訳)
へえ、あんまりそんな人見たことないけどな。モリエールの当時はそうだったんだなあ。
フィラントは典型的なオネットムで尊敬に値するのだろうが、鼻につくとこ ろもある。この物語で唯一批判されない高みにいるのがフィラントだ。コジの アルフォンゾのような自覚的な悪意さえもない。フィラントの暗部はどこにあ るか?っていうかフィラント憎し、社交界的に殺したい(うそ)。モリエール 先生はオネットムの悪口を思いつかなかったのかなあ。せめてアルセストとお もいっきり喧嘩させて、そのとりすました仮面をはがしてみてもいいのに。演 出するならフィラントだけ仮面かぶらせるか。 クライマックスでそれをはがすとまた仮面、とか陳腐か。
人間性にそれほどのバラエ ティはない、我々はそれぞれ性格類型のトークンにすぎない、っていう考え方はどうなんだろう。
げ、google先生で「フィラント オネットム」を検索すると0。げげげ。 しかし、 「オネットム」で検索すると65件、 「オネトム」で87件。「honnete homme」かつ「日本語ページ」でも288件。 ギャー。これはどうしたことだ。フィラントはオネットムじゃないのかも しれないが、それにしても日本のおフランス文学文化はいったいどこに消えたんだろう? 「ボン・サンス」でへんなもの含んで900件弱、 おフランスといえばポストモダンになってしまったのだろうか。古典に帰れ!
ゆっくり目に起きるが、寝不足。酒を飲んで寝るとやっぱり眠りの質が悪い。
他のものを評価するときには量の他に質も考慮されるのに、 眠りの評価にかぎって量だけでやれというのは不合理ではないか。 それでは眠りの質の差とは何を意味するのか。 量が多いということでなく、眠りそのものとしてほかの眠りより 価値が大きいとされるのは何によるのか。こうたずねられたら、こたえは 一つしかない。二つの眠りのうち、両方を経験した人が全員またはほぼ全員はっきりと選ぶ方が、より望ましい眠りである。
「ちょっと酔っ払ったなあ」まで飲むとアセトアルデヒド分解に9時間、 「酔っ払った」まで飲むと12時間以上かかるってことだ。肝臓さんごめんなさ い。胆嚢さんも怒らないでください。
不幸の手紙「バトン」ブームも去ったところで2年前のやつをやってみよう。
衣笠。レポート提出の日。こんだけ言ってもレポートをクリップで留めてるやつ、 学科名・回生書けない奴、 緑色(!)でプリントアウトしてくる奴(これはあらかじめ禁止しておかなかったけど)、 (ずいぶん減ったが)コピペとかやっぱりあり。うーむ。やっぱり そういうのではサバイヴできないというのを知らしめておくのが教育なのか。 非常勤ではあんまり教育なことはしたくないなあ。でもやっぱり一回きびしくやっておくか。面倒。
http://ameblo.jp/fujii-seiji/。 うーむ、本村洋 + 藤井誠二 vs 野田正彰という戦いが見られるのかな。 これは非常に興味深い。やってみてほしい。 雑草と岩波書店的な権威との戦いでもある。 相手が加藤某ではつまらん。
レポートを見ていて思ったのだが、webとレポートの関係は「コピペ問題」の次の段階に入った。 いまや研究者は、社会的責任として、もはやSEOを意識しなければならん時代になってるようだ。 自分が主流である、 あるいは主流派になりたいと思っている学者は、なるべくサーチエンジンで自 分のページが上の方に来るようにしなきゃならんのだ。自分が自信のある 分野については、トンデモサイトやニセモノサイトや凡百の素人感想ブログはも もとより、鋭いけどツメが甘いブログや多方面で文才を発揮している人の書くブログやへんなja.wikipediaのエントリより上に来るように しておかねばならん。 また上の方に来るページをもっている学者はそれなりの責任を負わねばならん。 なんだかなあ。 なんでただの大学教員がそんなことを考えなきゃならないのだとか思うわけだ (いまのところはうまくいっているような感じはあるので楽観してはいる)。 「知識人のアンガジュマン」とかってのが「大学教員のアンガジュマン/*.ac.jpのノブリスオブリージュ」として本当の意味を持つのはこれからだぜ(うそ)。 学術SEOが次の課題。google scholarがその答なのかどうか。
ふつうの大学教員に、そのひとが持っている正確な情報の提供を求めるには、なんからのインセンティブが必要だが、 「書くと叩かれる」っていう負のインセンティブだけではやっぱりまずい。 っていうかまずすぎ。なんか積極的なインセンティブが必要になる?どういう 装置なら機能するだろうか。「web 2.0における*.ac.jpについて考える」はおもしろいテーマだなあ。かっこいいこと書ければうけそうな気がする。(ここは.ac.jpじゃないからなに書いてもだいじょうぶ(うそ))
「15才未満には親が拒んでも輸血、18才未満は親か本人かどっちかの希望があれば輸血。」。まずまずグッドな判断。っていうかとりあえずベストか。ここまで来るのに ほんとうに時間がかかったなあ。
どうでもいいけど、なんか最近「偉人」という言葉を聞かなくなっているよ うな気がする。なぜか?まあナポレオンやベトベンを偉人と呼んだりするのは たしかに気がひけるが、傑出した個人の巨大な才能が世界を変えてきたってこ とを否定したいようなところがわれわれにはある。「それは〜という社会背景 の上での話で」。「傑出した個人」なんてのを認めたくないという感覚がたしかにある。 偉人と呼ばれることを目指す子どもなんてのはいまどき珍し いかもなあ。もちろん私はそうではなかったし、私の世代全体でもその50年前 の世代と比べればかなり少ないだろう。「あいつはスゲーやつだからちょっとぐらいは許してやれ」なんてのはかなり難しい。水平化?
また睡眠の質が悪い。朝から疲れてしまっている。
息しているだけでばてばて。毎年主張しているが、 6月いっぱいで夏休みにするべきだ。で9月頭からはじめたらいいじゃん。
2回生ゼミ。
まずまずの睡眠。やはり飲まないことが第一。
フライングドッグというか自分ドッグのために、 ビジネスコンサルかなんかの指導受けたいような気がする。 タイムマネジメントとか書類の整理とかそういうやつ。
「落語の蔵」。うーん、魅 力的ですばらしい企画だとは思うが、全体に微妙に高い。志ん生の「火焔太鼓」が430円っ てのはないだろう。一席200円ぐらいにしてちょうだい。快楽亭ブラック師匠が 630円。うーん。「聖水番屋」とかなら買うかもしれないが。 ちょっとずれてんだよなあ。
昼間猛烈に眠くなるがたてつづけに学生面談。笑顔で対応しよう!
会議。
サトウタツヤ先生とか、 名前をカタカナにしてしまうひとが時々いるけど、どういう動機があるのかな。 これはペンネームなのかな。佐藤達哉先生である(あった?)ときとは違うポジションから書いている ということなのかどうか。「心理学者の佐藤達哉」という名前にまつわる権威を排除したいのかな。
あれ、ほんとに私が考えてる佐藤達哉先生と同一人物かな?・・・よかった。 同一人物だ。「佐藤達哉」だとgoogleで31,000件以上ヒットするのがいやなの かどうか。・・・あ、そうか、同性同名が多いからか。なるほど。有名どころではサックス吹きがいるな。私は同姓同 名が増えたらミドルネーム入れようかなあ。私と同姓同名では、映画関係者と ゲーム関係者が有名で、それに文字が違うがローマ字表記が同じ材料学者がいるようだが、これは同一人物なのかな。違うよな。がんばれ全国の同姓同名。
そういや前から言ってるが、同名は なんか同じイデアかなんかを共有していると思う。ジョンとかボブとかも 皆なんか同じジョンやボブなのだ。ウィリアムとギョームとウィレムも同じひとなのだ。 We are not alone. そういうんでは最近の変わった日本語の名前はなんか損している。
光市の件、なんかもっとよくないことが起きるんじゃないかといういやな予感がする。 恐いよ。
なんとか起きる。
三条京阪前で前原誠司が「自民党選挙を先延ばしにしたのは学生が夏休みに はいって選挙に出てこないようにっていう陰謀だ」との主張(大仁田某という のもなんかそういうことを言っていたらしい)。あのー、そのころはまだ多く の大学で夏休みではないのですが。前原先生が学生だったころとは違うのです。 いや、やっぱり帰省しちゃう学生は多いかな?微妙なラインだな。2週間延長な らそういう憶測も可能だったか。「テスト期間だから選挙行かないだろう」ぐ らいにしてくれたらかなり説得力があるのですが。・・・
あら、昨晩おかしいと思ってたらくちびる左に恒例の口唇ヘルペス(必ず左 にできる)。保健センターに行くと、アシクロビル(グライソ・スミスクライ ンの製品)という特効薬はあるが、うちには入れてないから皮膚科行行ったら どうかとか。見た目が汚なくていやだけど、時間ないから放置。疲れているか らか。なんか年中行事?まあこうやって疲労や不調が体に現れるのが私のマジ ンガーのよいところ。
そういや最近、近所の老犬クマちゃんが皮膚病に悩んでいて見るのがつらい。 クマちゃんの操縦席には誰が乗ってるんだろう。困ってるだろうなあ。
『エロの敵』。まあたしかに昔の週刊平凡パンチや月刊プレイボーイなんかってのは、エロ で若者を呼びよせていろいろ有益な政治・カルチャー情報や良質の文学作品に 触れさせたりして、若者を背伸びさせる有益なメディアだったんだよな。『総 合雑誌』なんてのよりプレイボーイやパンチの方が偉かった時代があったのか もしれん。「若者に背伸びさせよう」がこれからの合言葉だ。
吉田。 もうちょっと。
上と関係なく、昔書いた悪書を置かない銀邦堂の関係者の方から心あたたまるメールをいただいた。悪書を置かないために赤字で潰れたわけではなく、店主の 御病気が原因だったそうな。失礼しました。 やはり良書を提供することを考えていて、一時期は週刊誌さえ置かなかったそうな。 その後私は悪書ばっかり読み悪人になり、 いまだに良書に感心し悪書に憤慨し駄本に呆れつつ本を 読みつづけているわけだが、本に対する愛情っていいもんだ。 いま小さい書店は全国的にたいへんだろうけど、がんばってほしいよな。 私も街角の書店(と市や学校の図書館)に ある本で育ったわけだし。でもやっぱり難しいかもなあ。 実物の本を立ち読みするってのはほんとに大事なんだけどね。 ネットは情報が多すぎるし中身わかんないし、大規模書店は売れる本しか置かないし。 (いや、でもネットでの信頼できる人の本の紹介は役に立つ。むしろ、 「はてな」その他で、紹介も感想もなしにいろんな本にだらだらリンク貼るのはじゃまなのでやめてほしい。ノイズ多すぎ。google先生がなんとかしてくれるか?) 小中学校や弱小自治体の図書館も、これくらい出版点数が多いと何を置いていいのか困ってるだろうな。
はっ。単にエロ禁止ではなく、むしろ「エロを配布するときは必ずカルチャー も込みにすること」とかどうだ。付録エロDVD見る前に某名誉教授のレクチャー10分 見ないとならんとかそういうの。インデックスで飛ばせないとか。エロwebでも トップページはリンクだらけで、目的の覗きエロに辿りつくまで運が悪いと延々哲学アフォ リズム読まされるとか論理テストされるとか。少なくとも男子生徒の背伸びを 促進しそうだぞ。「哲学させられるくらいならエロ諦める」ってやつはあんま りいないだろう。むしろ哲学にエロを含めるか。「萌え☆倫理学」なんてそういうヌル いのではなく。植島啓司先生に期待するか。
「ジェンダー」にしても「知能」にしても「性格」にしても「生まれと育ち」にしても「宗教」に しても、分厚い経験にもとづいた伝統的なものの見方を一発で逆転しようとする大技はおそらく失敗し てしまうし、場合によっては現実の悲惨な結果を生みだす。慣習のもとになっている集合的知識はそれほど薄っぺらいものではない。 伝統的な知恵や洞察を十分とりこみ、少なくともそういうものの見 方の原因を説明し、かつ、その魅力と説得力と(一応の)有用性を十分に説明し、その上で危険性を指摘し、漸進的な改良の方向を示すことができるような理論が必要なんだろう。二層理論は 奥が深いな。保守的折衷主義?
正月に2ちゃんねるを攻撃した 毎日新聞、第1回担当の岩佐淳史記者が「記者の目」で「「匿名の悪意」看過できず」。 またつっこみどころ満載で 祭になりそうなことを書いている。っていうか当然ニュース速報+板ではプチ祭か(ほとんど擁護派がいないのがかえって新鮮)。 どうもこの記者の人は、自分に寄せられる批判の ポイントが理解できなかったようだ。せめて自分がどういう 点で批判されたのかぐらいは書いてみてもよかったんじゃないのだろうか。 数が多くてノイズから信号を拾うことができなかったのかな。むずかしい。 私自身は2ちゃんねるあたりの集合的見解にはけっこうよいところがあると思うのだが。 新聞記者には皆『自由論』を一回読んでもらおう。リースマンだけじゃだめです。
まあしかし、人間ってのは一回信じてしまうとそこから抜け出すのは非常に 難しいし、特に攻撃に曝される形で自分の信念を変更しなきゃならない状態に 置かれた場合に、それを首尾よく遂行するのはほとんど無理なのだろう。敵を 説得するよりも、とにかく自分を防衛し、とりあえず味方になりそうな人々を 増やすのでせいいっぱいになるのだろう。また、敵対的な態度を見せる人々か ら批判されたときに、あんまり簡単に信念や態度を変えてしまうのはかえって 危険かもしれず(また味方の信頼を失なう結果に通じやすいし)、むしろ信念 や態度は同じ方向でつっぱしった方が最終的に適応度が高まることさえあるのか もしれない。理にかなっていても利に敏く態度をコロコロ変える人間より、ちょっとアレでも 一本筋を通す人間の方が人々には好かれる傾向はありそうな気がするし。 うーん。ってことは、自分がおかしくならないように柔軟な態度 を保つためには、批判的な他人(そういうひとがいるのはしょうがないしよい こと)から敵意を過度に抱かれないように十分注意する必要があるということ かな?またあんまり敵対的でない形で、できれば友好的に批判してもらえるように努力する、と。 これは非常に常識的で信じやすい結論だなあ。常識的すぎるか。
なんとか起きる。けっこう寝たはずなのに寝不足。ほとんど飲んでないのに。 もう5月〜6月はじめのように早朝に起きることはできない。
湿気が多くて水のなかを歩いているようだ。だめだめ。部屋のイスに腰かけたら動けず。 もう休みにしようってば。
しょうがないのでレポート添削など。教育教育。それしかないのだから。
あれ、鑑定人の加藤幸雄先生って精神科医じゃなくて臨床心理士なのか。 うーん。
講義。 ゼミ。
なんか疲労困憊。机のまわりがぐしゃぐしゃになっているが、直す気力はな し。寝るしかないな。日本全国の会社員の皆様はほんとにたいへんだな。 私なんか個室だからまし。
日本相撲協会終ったかな?
京都新聞夕刊の大谷實同志社大学学長「私は、犯罪被害者の権利利益保護に とって最も大切なことは、犯人に対する報復心ないし処罰の要求に少しでも答 えることであると考えている。」こういうふうに煽るのは困るなあ。 死刑廃止論者には苦しい時期。被害者の権益保護は刑法の 主たる目的であるべきではないと思うのだが。そういうのは不法行為による損害賠償請求でとかいかんのかな。やっぱりどうしてもタマ取らないとならんですか。やっぱり いかんですなあ。タマとりますか。これ認めると爪はがしたり拷問したり四肢切断したりするのも OKになっちゃうような気がするんだが、だいじょうぶだろうか。正統派の刑法学者には ここで踏んばってほしいところ。
酒飲まずに早く寝たのにもうひとつ。
朝から。土曜日は書類の整理の日。毎日輪転機で大量のレジュメを刷り余分を大量廃棄する、 なんてことを繰り返しているのはなんかおかしい。
まあ添削するか。50枚ぐらいならやる気になる。ほんとはもっとサービスし てやりたいのだが。けっきょく私自身大学で一番感謝しているのはあの先生が添削してくれた ことだからなあ。
午後、ニセ科学批判オールスターズ による学部の公開講座を見学に。満員立ち見御礼。 勉強になった。
会合には消費者団体の人びとが多数。これは本気で勉強になった。 人びとの福祉のためには本気でニセ科学を叩く専門の人が必要なのかもしれない。 この問題はまずはそういうプラクティカルな観点から見るべきなのだ。反省反省。 アームチェアー哲学者はいかん!有害。
世の中は地味な活動をしている人々によって なんとか動いているのだなあ、とか。いろいろ感心したり反省したり。 私も大学教員としての最低限の務めを果たさないとなあ。
しかしとにかくアルコールはだめ。もう飲めない人間の 仲間入りなのかと思うと寂しい。寝よう。
たとえば、常温核融合を私が信じないのは、常温核融合が成立しえない ということ私が知っているからではない。私が信用している学者が、常温核融 合が成立しないと私が納得するに十分な根拠を出してくれているからだ。血液 型性格診断を信じないのは、私がまともそうだとみなしている人々がそれはお かしいと言っているからにすぎない。超伝導はまともそうな人がだいじょうぶ だといってるから信じているが、そうでなければ「えー、抵抗0とか信じらんな い、うそくさ」と言うだろう。精神分析はうそっぱちだということは、アイゼ ンク先生がちゃんと説明してくれるまで確信もてなかった(これはいまだに十 分確信もっているわけではない。ただしあの本読むまでアイゼンク先生に対す る信頼はたいしてなかったので、私はアイゼンク先生の権威とは独立の判断基準をもっ ているようだ)。なぜ科学者はそういうのを理解してくれないのだろうか。
結局やっぱりピアレビューと学者相互の評価か。この場合、ピアレビューがう まくいっている分野は信頼するに値するし、そうでない分野はあやしい。で、 漸進的な進歩を期待する。ま、これでいいか。