2月になってしまった。
業務最終日。がんばっていきましょー。
轍。轍が好きでたまらん。某教室に移動するのにもっと近い道があるらしいことを 知りながら、轍にはまって遠まわりする男。狼や虎ではなく牛の仲間。
業務終了。
書類書き。がんばれがんばれ。
いろいろ雑用。 来年度はメールも書類も貯めこまない生活を目指そう。
いやいや、世の中に「雑用」なんてものはないのだ。 ぜんぶ業務。
うーん、これは部屋片づけないと次の仕事にかかれんなあ。 でもその前にやるべき仕事があるか。
それにしても最近の雑用生産性はすばらしい。3ヶ月前の2倍近いのではないか。 こうして人はワーカホリックに。 シラバスも未完成のように見えてもバンバン「完了」しちゃう。それ以上触れなくなれば 悩む必要もない。うははは。
お腹空いた。レポート持って帰るか。
うまく寝つけず、howmのリスト見てたら やっぱりファイルはバラしておいた方がよいと思いperlで分割。 無駄。CVSでも取り出せたし。レポート採点するべきだった。
死刑執行。持田死刑囚はとんでもなく凶悪だったので、 死刑がある国でこの方を死刑にしないのはもう社会の安定性を おびやかしちゃうのかもしれん。心情的にはまったくOK。っていうか 即刻拷問でもよかったんじゃないだろうか。 一方、犯行から処刑までがんばれば15年ぐらい引きのばすことができそうなことを 考えると、どの程度抑止力があるのかなあ。全然ないってのも信じられないけど。 去年どなたかから教えていただいた 生存確率表 によれば、私があと15年生きられない確率は6%近くある。 私と同年代の人間は、100人に6人ぐらい15年以内に死刑執行されるわけだ(私もそのリストに入ってる可能性は十分にある)。これはけっこうな数字だなあ。 『刑務所の中』を読むと、刑務所よりは拘置所の方が私向けのような感じだし。 ネットがついてりゃ言うことないけどな。落語の「死神」とか。まだ死にたくないよう。 うーん、やっぱり私には抑止力ありそうだな(本気で人を殺そうと思ったことはまだ一度もないと思うけど)。
レポート採点。 某業務のときの指サックをもらってきたので効率がちょっとだけあがる。
エアコンの効きがよい日と悪い日があるのはなぜだろう?
松沢呉一のメールマガジンが死んだ漫画家の鴨沢祐仁について連載している。 共感に満ちたよい文章だ。アル中恐い。まあ破滅的人生ってのは魅力的だけど 自分で生きるわけにはいかない。
竹内均訳のスマイルズ『自助論』『向上心』読んだり。 こんなもの読む人間になるとは1年前には予想してなかった。 勤勉・誠実による立身出世。「自己啓発」とやらの元祖の一人。あまりに陳腐。なんだかなあ。 まあ成功している人々が皆勤勉なのは認めるけどね。まあ私の個人的な理想には なりそうにない。しかしだいたい 陳腐なのはこの人の本が明治大正昭和と読みつがれていろんところで タネ本にされたからなわけだし。進化論的に優秀なんだろう。「勤勉ミーム」が 出版とビジネスの繁栄によって急速に広がったとかそういう筋書はどうだ。 フランクリンがカレンダー生産して勤勉ミームの乗り物にするとかって 大技使ったのがでかいか。諭吉ミーム(1万円札もミームの乗り物かもしれん)もすごい。 それにしてもえらく読みやすい訳だが、原文にどれくらい忠実なのかな。あとで見てみよう。
まあでも明治大正には、こういう本にアクセスできるってのがそれ自体 エリートだったわけかもしれんな。おそらく今でもそうだろう。
まったくのところ、この偉人たちの勤勉さには圧倒されるが、 その男臭さにも圧倒されるんだよな。 スマイルズ読んで勤勉に磨きをかける男子学生はけっこういるだろうが、 「私もやるわよ」とか思う女子高生・女子大生はどのくらいいるだろうか。 天才が仕事をしているとき女はなにをしていたか?ってやつ。飯つくってオムツ洗ってた。 なぜか?とかはじめるとやっぱり進化心理学になっちゃう。
あとまあ、これってのはたしかに19世紀的なんだよな。教養人が知識と才覚によって 科学でもビジネスでもなんでも成功することができるようになった時代。 科学技術で金もうけできるようになった時代の反映。 ファラデーやらキュビエやらワットやらスティーブンスンやらがスターな時代。 なんかおもしろいところに気づきつつある。まあイギリス哲学会の人たち とかいろいろ知ってるんだろうけど。
あれ、こういうのに関心なかった私の目に入っていなかっただけなのかな。 あとこういう人々がいるから19世紀的ダンディの存在にも意味があるわけでね。 キェルケゴール(1811-1855)だって父親見習ってちゃんと仕事すりゃスマイルズ(1812-1904)になれたかもしれないのにね。長生きだってできたろう。やっぱり19世紀おもしろいなあ。 あとこの本読んでたら、ほとんどそういうのが本性か天与のものであるところの 身近な数人の顔が思いうかんだ。なるほどね。
なるほど、QRコードとはこういうものか。cmanで作成しました。サイズは適当に変えても大丈夫なんだろうか。
うちの大学も学生にこれのシールを配布して読み取り機どっかに設置してほしいなあ。
(来年度衣笠はこれで出席とるつもり)・・・
左に学生のバーコードつきレポート、右にABCのバーコード置いてぱかぱかやっていければ
楽かな。うわ、読み取り機高っ!大学院生バイト雇った方がいい。衣笠は
情報なんやらセンターで読み込みだけはしてくれるんだよな・・・確認しよう。
携帯で出席とるとかそうことやっている変な授業もあるんだな。さすがに そういう馬鹿げたことはできん。
なんとか1科目。あと4科目分400本ぐらいか。死ぬ。でもまあ今回は添削必 要ないので救われるか。とりあえず手元にあるやつ100本ぐらいは処理してから節分を向か えたい。
夕方コンタクトレンズ作りに行くが、肝心のコンタクト片目とか 忘れていてだめ。出直し。研究室戻る。
あら、「字は下手でも丁寧に」をぜんぜん気にしてないぞ。机の水拭きはした。
夜までいろいろ。本を探して時間を使う。 この時期に本も整理しておきたいのだが、どうしたらいいか見当がつかん。
今年はレポートの剽窃に関してはあんまり気にしてないのだが、 見つかったら即刻教授会→必ず留年ぐらいにしないと解決せんだろうな。 その際の客観的に明確なルールを明示しておく必要がある。 1パラグラフの80%、1センテンスの盗用はどうするかとか。 それができる大学があるかな?ないような気がするな。
寒い。でも明日は立春だ。日の出から日没まで10:28もありますよ。
ふと、ずっと前になぜかいただいた中尾定太郎先生の『スマイルズの精神史』(白馬出版)とかめくってみる。 おそらくイギリス哲学会の名簿に載っている者に送られたのではないかと思う。
長女の方の贈呈文。
「謹呈 スマイルズの研究を、父が長年ライフワークとしてし続けてまいり、 昨年のこの著書『スマイルズの精神史』を出版することができました。父は、この本を 仕上げて後、突然脳こうそくで倒れ亡くなりましたが、少しでも 多くの方のお役に立てば、父のしてきた研究が無駄にはならないと思い、 お贈りさせていただきました。ご一読いただければ幸いに存じます。」
1993年の先生最後の本。もらったまま15年もほうっておいてごめんなさい。今読みます。 中尾先生は1919年生まれで大学関係者ではなく、 警察関係でがんばったお方らしい。あるときは軍人、あるときは役人であり、 実務人であり教育者であり(警察学校の校長とかしてる)、そしてその実体は古典的文人(句集も出してる)。偉い。まさにスマイルズ研究するにふさわしい感じの方。 さすがに学術的にはいろいろ難がありそうだけど、歴史的な見通しがよいし、鋭い洞察も多くて楽しめる。
ぐは。そうか、修養主義時代の「人格」は "character" じゃんよ!まいっ た。赤川先生や佐古先生の影響でアレしてた。そしてこの言葉自体スマイルズ の時代には輸入語かもしれん。そしてそれ当然だよな。『自助論』と同年の ミル『自由論』でもこの言葉はキーワードなわけだし。 なんか自分がどこにいるのかうっすらわかってきたぞ。まったくスローラーナーすぎる。 阿部次郎とかも読みなおしてみるか。
目を通し終った。立派な本だ。よい。中尾先生の人生は大成功だ。 少なくとも読者を一人なんか(ちょっとだけだけど)豊かにした。 先生が21世紀まで生き延びられなかったのはざんねんだ。
中尾先生のたましいのさけび。
『自助論』十三章の中で、どの章が最も重要か?従来は第一章「自助」に ポイントがおかれて来た。しかし今日においては、むしろ第一三章の「人格」をこそ見直すべきである。スマイルズの真の意図ももともとそこにあった。それが彼の悲願だったのである。・・・彼の著書の多くは翻訳されてきた。とりわけ『自助論』はたびたび紹介され、 立身出世の書として理解された。・・・しかしスマイルズは、いったい何を 訴えようとしたのか? いまいちど立ちどまって考えてみる必要があるのではないだろうか? 彼はそれだけの値打ちのある人物である。・・・いまさらスマイルズか!などといっしゅうされる 人間ではない。(p. 317-8)
RadioSharkに外部アンテナ付けたい・・・FMは部屋に来ているテレビ用ケーブルから とりたいし、AMはループアンテナ使いたい。どうしたもんかな。
余計なことをして指に血豆を作る。こういう小さい怪我よくしてたことが あったな。突き指とか。
立春。
安い眼鏡はやっぱりそれなりだなあ。フレームがもうなんか歪んでいやな感じ。
日記にしたって、他人に理解されることを求めていない文章ってのは 読んでて腹が立つものだ。
採点採点。あれ、なんか不安。
やっぱり電卓はCASIOのがいいよな。去年買ったCITIZENのやつは ゴミ箱行き。めくりの指サックはPLUSの「めくりっこ」っていう リング型のやつがよい。これは優秀でそのままキーボードも打てる。
卒論発表会。ゼミ打ち上げ宴会。飲み過ぎ。
二日酔い。
今日もエアコンの効きが悪い。法則性がわからん。
採点。授業するのはそれほど嫌いじゃないけど、採点するのは嫌い、 ってのはまちがってるな。人数の問題だな。
けっこうな能率でやっているはずなのに進まない。休憩。
いろいろ相談とか。
うーん。はやく春休みに入りたい。
あれ、経験したことのない変な身体感覚。なにもないのに 動悸、手の震え、体温上昇。なんだろ?死ぬのか。
うーん、採点。・・・よし、締切1時間前に提出。すばらしい。
ふと顧みると、URLに"~"が入っている人なんてもうめったにいないのね。
昼飯食いそこねて血糖値が下がりすぎ、やっぱり失敗。 どうしたもんかな。
あまり進まず。でもなんか仕事しすぎな気がする。
いつまでたっても採点終らないのはどうしたわけだ。教育はやりがいある仕事だと 思うし嫌いじゃないけど、 採点は時期ずらすとかいろいろしないと。期末は客観テストとかにするべきなのかな。 受講生の人数減らせばいいだけか。
雑用雑用。
百万遍でも「頁」を「項」と書いている学生がいる。 それにしても、「頁」っていう字を「ページ」と 読むのはどっから来たんだ?「よう」「けつ」「かしら」「こうべ」。 大辞泉も広辞苑も訓に「ページ」があるな。
あら志半ばにして眠い。
寝たり起きたり学生の相手したりまた寝たり。
それでも百万遍の採点終了。 転記は明日でいいだろう。郵便も出したし メールも出したし。 すばらしい。人間が変わったね。 明日明後日の二日で衣笠も終りたい。
久しぶりにX11版のemacsを作る。 やっぱりemacsはcarbon版よりX11版の方が描画が軽いね。ヒラギノの方がBDFより きれいだけど。視認性も実はビットマップのフォントの方がいいのかもなあ。 cocoa版はどういう感じなのかな。
お腹空いた。天一は避けるべし。
ほんとに久しぶりに(5年ぶりぐらい?)岩波の『図書』を風呂で読む。 あれ、手堅くておもしろいじゃん。高校のころに 図書館で読んだときの「学問」の香りがまだただよっている(あと『海』とかお世話になった)。 なんか岩波というと最近ハードカバーでも 新書でもあんまり感心しないものばっかり読んでたので、 すでに死んだ出版社だと思ってたが、『図書』の編集者たちは まだ生きてるのね。がんばれ。
百万遍転記終了。時間がかかった。web入力はそこそこだけど、 もうちょっと改善できそうな気がする。
え、と。次は衣笠か。しんどい。眠い。
終らん。
橋下知事 vs 藤井彩子アナウンサーとか番組見てしまう。 そもそも最近テレビ見てないので動いて話す橋下って人を見たことがなかった(いまだに「ハシシタ」って読みそうになる)。生放送ですごい緊張感だ。 おもしろすぎる。 あれれ、局地戦は橋本の勝ち。悪人だと聞いていたがなんかまともそうな印象を受けてしまった。 っていうかアナウンサーが喧嘩売って自分で転んではいかんだろう。知事はポイント稼いだんじゃないだろうか。
銭湯(柳湯)へ。古い感じの銭湯。あったまるが、やっぱりサウナ欲しい。 次は懐かしの菊水湯に行こう。
やっぱり墨子おもしろいなあ。ソクラテスと同じくらいの人なのか。それにしては 先進的だよな。 ベンサムに先んずること2500年。イエスなんかよりはるかに前。さすが中国。なんでこれが偽善者集団にかわって 主流派になれなかったのかな。
荀子もおもしろい。非相篇はヨーロッパの骨相学に先んずることこれまた2300年。「古者桀、紂長巨姣美,天下之傑也,筋力越勁,百人之敵也。然而身死國亡,為天下大僇,後世言惡則必稽焉。是非容貌之患也,聞見之不眾,論議之卑爾。 今世俗之亂君,鄉曲之儇子,莫不美麗姚冶,奇衣婦飾,血氣態度擬於女子;婦人莫不願得以為夫,處女莫不願得以為士,棄其親家而欲奔之者,比肩並起。」スポーツのできるやつや顔のいい男はだめだ、婦女子はそういうのばっかりすきで許せん、ということらしい。よっぽどモテなかったようだ。こういうの素読させてもらえたらおもしろかったろう。
孔孟・老荘よりは、 墨子と荀子の方がおもしろいんじゃないか。ベンサム先生にも教えてあげたかった。
一夜あけるとやっぱり昨日のNHKのアナウンサーは叩かれてるな。 ネットの匿名とか炎上とかまたちょっとだけ考えているのだが、 ポイントは、匿名でも掲示板でもないような気がしていた。 他人の頭のなかが見えることなんだろう。 電車のなかでも教室でも、他人の独り言がいちいち聞こえたり 頭のなかが見えたりしたら恐いだろう。「つまんねー授業だな」「ニヤケ面きもい」「はよ終れ終れ」「死んだらいいのに」とか。 そういう世界が一部実現しているってことかもなあ。ブックマークの「タグ」つけとか ってのはそういうことだもんね。読書メモとかも。
われわれは、大量の他人の思考を 耳にするなんてことに適応してないんだな。 独り言なんてのは特にそれほどまじめに考えているわけではないので 気合いがはいってないしね。だからそういうのに恐怖を感じる必要はほんとはない。 1万年前は 自分を批判するひととも、なんとか仲良くするか、それとも殺すかどっちか だったからとにかく気にして相手しなきゃならなかったわけだが、 いまはそういう関係ではない人々の言うことも耳にしちゃうわけで。 そういうんでは、いかにも独り言であることを意識させるtwitterがおもしろいのかもなあ。 まあ人々が思っているより世界は敵対的なのかもしれない。
雪。傘をささずに雪だるま。セーターは優秀なので大丈夫だが、今日は手袋が 濡れてしまうやつだった。失敗。
コンタクトレンズ両目作りなおし。メニコンに税金を納めているので診察料だけですむ(でも年間でけっこうな額を納めてるから、別に得してない。っていうかむしろ損している)。 左目はちょっとだけアレなそうな。とりあえずいますぐ 緑内障とかはだいじょうぶらしいが。目を使う商売だからアレだよな。網膜剥離とかも恐い。 まあコンタクトしている人間はけっこう定期的に眼科検診を受けることになるので、 かえって安全かもしれん。目の健康のためにどんどん割ったり紛失したりするべきかもしれん。
emacsはやっぱりcarbon版の方が他のアプリケーションとの間の コピーペーストが楽なのね。戻る。だから 自分でmakeしようとするクセをなくせ。 ふと、ちょっとしたこと(せいぜい1行野郎、せいぜいテキストの整形)をするのにperlではなくrubyを使う人に なりたいような気がするが、気のせいだと思って忘れることにする。
落ち着いて仕事しよう。でも採点する気にならんので他の事務仕事する。 ついでにだらだらと本棚の確認と(一部)整理してみたり。
とかやってると、またご飯食いそこねた。いかん。とにかく定時に飯食うようにしないと。
シラバスでも採点でも、web入力ってのは手元にデータが残らないのが難点。
なんかいろいろやったような気もするし、なにもせずに1日終ったような気がするし。 こういう感じになってくるとすでに春休み。
『丹下左膳:百万両の壺』(1935)よくできてるなー。コメディってのは こうして作るもんなんだよな。2・26事件直前に大衆文化が成熟しきっているのがわかる。 っていうか、映画のつくりってのはすでに1930年代には完成してるんだな。きっちり脚本作って。伏線入れて小道具入れてクスグリ入れて歌って踊って人情入れて 入れた伏線ぜんぶ解決してどかんとカタルシス。私がアステアもので一番好きな「コンチネンタル」も1934年。トーキー初期の名作が巴里の屋根の下は1930年。最初のトーキーは1927年。へえなるほど。 10年足らずで技法が完成してるのね。なんかこういうことを考えるテツガクシとかって のの時間的な単位がばかみたいだ。
『7つの習慣』も読んだり。これはゴミ。 そういや、lifehacking.jpのなかの人ってどういう人なんだろうな。 大学関係者なのか。これで商売しているのでなければ、たしかに lifehack geekの名に値するな。 いったいどんだけ時間使ってるのだろうかとか、ちょっと興味がある。
一転暖かい。ありがたやありがたや。三寒四温に突入。もう春。
採点しなきゃ。
ニコマコスを「二」コマコスと書いて平気な奴はなにを考えているのか。 なぜそうなるかよくわからんのだよな。「コマコス」という単語が登録されてしまっているのだろうか。 「(第)二コリ(ント人)2:1-7」とかってのの仲間だと思われているかな。 昔(「松茸」やVJEの時代)は「辞書を鍛えろ」「単語登録こそ入力速度の向上に重要」とか 言われたものだが、MS IME以降はあんまり意識されてないみたいね。 MS IMEはいまだにそういう人びとが使えば使うほど馬鹿になるんではないだろうか。 ちなみに私のSKKの個人辞書はだいたい2万エントリぐらい。年に1回ぐらい整理して減らしても 常にこれくらいまで復活する。同音異義語も 同じエントリにはいってるから、だいたい3〜3万5千語ぐらい使ってるのかなあ。 でもカタカナ語や「〜性」「〜的」とかも登録しているからたいしたことない。 私の語彙は5000〜1万の間だろう。 大辞泉は22万語、広辞苑は24万語、小学館の大辞典は50万語。
久しぶりにレポート4箇所(上2箇所、右2箇所、横書き)ホチキスしている 奴がいる。笑えるんだよな。5回生。それでいてアガンベンとか出てくる。お 前はアガンベン読むまえにホチキス勉強しろ。人生たいへんかもしれんが、 ちゃんと生きていけよ。まあ衣笠公式レポート表紙は作りなおした方がよいと思う。 ホチキス穴消して、QRコード貼り付け欄を加える。あ、私が自分用の作ればいいのか。
まあしかし、一般教養レベルでのレポート試験はもう無理なんかもわからんね。 でもがんばっておもしろいの書いてくれる学生さんもいるからもうちょっとだけがんばりたい。 とにかく人減らせばいいのだ。とにかく来年は出席とったりいろいろする予定。 衣笠のように教員あたりの人数多いところはいろいろたいへんだろう。
あとまあ、件数に対して自信をもって摘発することが 難しい犯罪だから、剽窃一回見つかったらその年度の単位を 全部アウトにできるかどうかってことだわな。 わたしはそうした方がよいと思うが、実際には難しいかもなあ。 でも証拠が残っているわけだから、筆記テストの試験場でのカンニングに比べれば 自信もって処罰しやすいと思うのだが、どうだろう。摘発は面倒だが処罰は楽。 自信もって摘発できるのはここまで2件、自信ないのが10件ぐらい。 前にも書いたけどいまどきハッピーキャンパス使ってる奴ってのは、ほんとに危機感がなくてかえって心配。 自分が殺されても殺されてるのに気づかんかもしれん。
ぐは。1科目終了。 飯食おう。
食った。次は昼寝だ。
起きた。続きやるか。今日は「めくりっこ」活躍。 「ライフハック」とかっての、80年代にホイチョイあたりが やってたのもそれなわけだ。やっぱり景気いいときのもんなんだよな。
衣笠のもう一個の方はえらくできが悪い。「江口恥」も1件。なんか半分ぐらい落としたい誘惑 を感じるが、こりゃ私の責任だ。課題の出し方が悪かった。 反省。今年もいろいろやったのだが、 実を結んでない。それにしても これは教育困難校をもっているようだぞ。レポート採 点は教育上一番ストレスのかかる時期。 もっと穏かに過ごせるようにしないとなあ。「大学教員、採点ストレスで脳梗塞」とかいやだし。 とにかく次回はこのタイプのストレスを感じないように万全の準備をする。来年度は 教員として一応完成した姿になりたい。 "full-fledged"って言葉が好きなんだよな。 ちゃんとした羽毛が欲しいよ。「みんなのキャンパス」にもなんか書いておくかなあ。 誰かサクラ頼むか。
私の剽窃発見率はどれくらいかな。1/15ぐらいか。「黒」と「感じる」のだけだったら かなりの確率だと思うんだけど、web上で発見できる確率はそれほど高くない。 ってことは、本からパクれば安全ということでもあるよなあ。学生の方から見れば、 本からぱくってもっともらしく参考文献に載せておくのが一番安全。でもわかるけど。 本当にやるには、いちいちページを明記させるしかない。そうでなかったら 落とす、と。 でも落とせればいいんだけど、これほど多いと落とせないし、まあ非常勤のやる 仕事ではないわな。っていう考え方がだめなのか。非常勤に給料1.5〜2倍払って 協力頼むのがいいんだろうな。
とにかくいまどき教養1、2回生向け「生命倫理」まわりの授業はだめ。おそらく私だけではないと思う。そういうのが大学の授業に定着した結果、完全に飽和して学生も教員自身も飽きている。
新聞・総合雑誌・今どきの新書・ブログ・ハッピーキャンパスなんかで見かける程度のことを大学でやってもだめなんだわ。googleでは簡単にはひっかからんような秘密の話をする、それが大学。
そうじゃない授業やってる大学はもうだめかもしれん。生命倫理なら、
せっかく一般的になってきたんだから、もっとツメた話をして、ツメた課題を出してレポート書かせ
ないと。反省。いまだに生命倫理とかが大学で必要だと考えるのなら、
1回生で事実関係についてのつめこみ授業と筆記試験して、2回生でなんか特化した
話をするとかそういうんじゃないとならん。とにかく応用倫理関係の授業はなんか革新が必要だ。
大学をだめにしているのは学生じゃなくて教員だ。 つまり私。自覚が遅すぎる。ごめんなさい。 まあ全国の教養科目担当者および非常勤講師のみなさん、がんばりましょう。
合間にunclutterer.comとか見たりして。 皆ケーブルには困ってるのね。まあ私が整頓された部屋に住むなんてことは ありえない。
「成長するティップス先生」が成長をやめてしまったのが残念だ。私といっしょに成長してほしいのだが。特に コピペ対策まわりはもっと成長してほしいね。 いや、他のページは成長しているか。でもなんだか当初の具体的なティップス (それが革新的だった)から、 心がまえとか精神論とかの抽象的な方向に向かってしまってるような気がする。7つの提案とか見てもおもしろくない。 もっと具体的な話に落とさないと参考にならんよ。 おそらく、やっている人々本人が年齢的に教員としてほぼ完成しちゃったのかもなあ。 勉強でもなんでも、教師が成長するときが学生が成長するときなんだよな。
Creamってあんまり興味なかったけど、今聞くとクラプトンはキレてるなあ。 ボーカルしょぼいのがアレなんだよな。マイクがオンすぎるというか。 ママス&パパスやモンキーズとかとたいして変わらん。 もっとマイクから離れて腹から叫べ。 誰か雇えばよかったのに。
エンジニアの問題もあるのかな?ギターとかそこそこうまく録れてるのになあ。 ツェッペリンの2枚目とかってのはもうバンドってよりエンジニアの勝利なんでね(1枚目は聞く気にならん。3枚目も"Since〜"以外嫌い。これももっとよく録れたはず。)。 初めて"Whole Lotta Love"聞いたとき(1981年?)にドキドキしたのを今でもおぼえてるなあ。 CODAの "I can't quit you, baby"とかもすごい音だ。
まあ今日は仕事しますた。
紀元節。関係ないけど。明治も昭和も遠くなった。
最近やっとRSSリーダーとかってものの使い方がわかってきた。 使いなれてしまえば、「もったいぶらずに全文フィードしろよ」とか 言いたくなるものだ。 google reader使っている。 はてなのはセキュリティに不安がある。
自分とこの採点。ここ一月近く添削と採点と学生の相手しかしてない。 一般教養教育と研究の両立というのは私には難しい。相手にする人数を 減らすしかないな。非常勤とかやっている場合ではない。
なんか集中できずだめ。部屋の片づけ。
やっぱり十数年連用日記とかしている人がうらやましいような 気がするので、疑似連用日記インデックス。 perlで適当に。まだruby使えず。 あれ、2月31日とかできちゃってる。なぜだろう? エントリにバラして並びかえることもできそうなんだけど、まあそこまでやる意味はない。
卒業生と飯とか。卒業して3、4年経過している1、2期生は転職のシーズンで、 いろいろたいへん。女の人生とは。私はなにができるのか。 「あせらない、ゆったり、睡眠」だよな。やっぱり自分がやろうとしていることしか アドバイスにならん。
調子悪いので胃薬飲んで寝よう。働きすぎ。なんか自分が誰だかわかなく なりそうだ。っていうか、日照時間が伸びてきて、12月のような 冬眠状態じゃなくなって活動時間が延びているからだ。 心の平安のためには睡眠が一番重要。二に物理的隔離・孤立・精神的閑居隠遁 isoletion / solitude /privacy 、三に食事と散歩。
「ピープスの日記」もRSSリーダーで読む。 私も断腸亭日乗をRSSで配信ってのやろうかなあ。すでにやってる人はいないか? こういうの著作権とかどうなってるのかな。岩波のやつをそのまま打ち込んで出すってのでは 問題になるだろうか?注とか増やせば新しい編集だと言いはることができるだろうか? そもそも荷風はまだ50年経ってないからだめか。来年には50年になる(1959年死去)から 準備しとくのはよいか。2010年からはいけるかもしれない(あれ、2011年か?)。 でも校訂者の権利というのはどうなってるんだろう? 青空文庫の考え方。ふむ。 著作者人格権は死後20年ぐらいでいいじゃんね。子どもが成人するまでぐらい。むしろ短縮運動したいな。版権の方は出版社のこと考えるとあれかな。わからん。
そういや、もう「HP」ってのは定着してしまったのだろうか。
本と伝票を合わせる作業とか。過去の自分の馬鹿。もっと研究費欲しい。 ・・・それでも一応片づいたじゃないか(かなりの未払いが出てしまうが)。偉い。
買った(買ってもらった)まま読んでない本けっこうあるなあ・・・読んでそのまま サーヴェイだか紹介だか翻訳だかわからない形で「研究ノート」とかって称して 紀要に書きついでいけば、1年に2、3本書いても 10年分はあるような気がする。でもそれじゃ許してもらえないだろうなあ。
biffだのGoogle Notifierとかその手のメールチェックソフトは気が散るので 使ってはいけません。Google Readerも時間の無駄です。
本、しばらく使わない本は図書館に預ってもらうとかそういうことに ならんかなあ。学校の金で買ったものはもちろん受け入れてもらえるわけだけど。 私費で購入したやつはあれだよなあ。ここクビになったあとも使わせてもらえるなら入れても いいんだけどな。
会議。
某教員に某件についてちょっと相談、有益なアドバイスを受ける。ものはお伺いしてみるものだ。
自宅鯖の今後を考えないと。そろそろいつディスク飛んでもおかしくない。 安いPC買ってきてまたFreeBSD入れて繋いでもいいんだけど、 セキュリティ対策とか面倒なんだよな。そういや今ディスプレイもないんだった。 落ちたらそれまで。これはやばい。どっかに落ちてないかな。
なんか目がしょぼしょぼする。寝よう。
雪。寒い。どういうわけか激しい肩こり。
SpotlightやGoogle Desktopは*.howmを 拾ってくれないのね。UTIとかなんとかけっこう難しいようだ。 一番簡単な解決はhowmのファイルのサフィックスを.txtにすることらしい。 うーん、どうかな。ぜんぶの.txtでhowmモードになっちゃうのはいやだし。 いや、そうでもないかな。あれ、*.museもアレだな。どっちもtxtにするか。
けっきょく、しばらく*.txtを使うことにする。 *.txtはoutline + howm。*.museはどうせHTMLにするのでそのまま。 要考察。でももうこれでnamazuもhyper estraierもいらんな。 ついでにCVS掘りなおし。
(add-to-list 'auto-mode-alist '("\\.txt$" . outline-mode))
(add-hook 'outline-mode-hook 'howm-mode)
(setq howm-view-title-header "*")
(setq howm-file-name-format "%Y/%m/%Y-%m-%d-%H%M%S.txt")
webブックマークはdel.icio.usとはてなのどっちがいいか? とりあえずdelicious選んじゃうこの選民志向・ヤンキー志向がやだなあ。 でも私が思うに、RSSリーダーもそうだけどhatenaはセキュリティちょっと甘いんよ。
就労形態の問題についていろいろ考える。やっぱり問題だよな。どうにかならんのかな。 格差の問題なのか、保障の問題なのか。 ちょっとした方針の違いがこれくらい大きな差を生むってのはどうなんだろうな。 「競争」とか「勝ち残る」とかってことに 対していやな感じを抱く人がいるのはわかる。なんでそんなにがんばんなきゃならんのだろうか。
成人は18才でよかろう。地位が人を作る。でも22才でもいいのか。 20才ってのはけっこういいところなのかなあ。本当は43才ぐらいでいいんじゃないか。ばぶー。
ジンメル『社会学の根本問題』。なるほど、興味深い。清水幾太郎先生は偉大だ。
なんか疲れている。今日はゆっくり寝るべし。目標12時間。
まだ目がしょぼしょぼする。8時間ぐらいしか寝られなかったからだ。 今日こそ12時間をめざそう。
あら、アゴがたるんでる。ああ皮膚の感じは歳にしては若い方だと思うんだが。 (おそらく長年鬚剃りを怠ってきたおかげ)
とある事情でバイロンの『ドン・ジュアン』読む必要があるような気がするが、 翻訳高いー。うーん、研究費でも出ない。どうする。
さて、ビールもまずいし寝るべし。なんか強力な眠剤飲んだり、 あるいはヘロインとかで時間を止めてみたい気もするのだが、 そういう薬物で寝たりダラダラしたりしても絶対に 寝起きスッキリとかじゃないのだろう。人は寝るために生きているのではない(あれ、ほんとうかな)。なぜなら寝ることが目的であれば誰でも永遠の眠りについているであろうからだ(ふん)。 アリストテレス先生!われわれは遊ぶために生きてるのでも寝るために生きてるのでもなく、 なにか活動するために生きているのですね。それはテオレインでいいんでしょうか。
映画『ラブソングができるまで』。楽しめる。
ぼーっとしてたら階段から落ちかけて足をひねった感じ。歩くのは問題ないが、 正座しようとするといてて。大丈夫だよな。湿布あったので貼っておく。
メールはすぐに返信し、書類もすぐに出す。偉い。
この春は読み残している明治大正期の超有名文学作品を集中的に読んでみたい。
久しぶりの11時間睡眠。だいぶ回復。まだ仕事は終ってないけど、 なんだか春休みな雰囲気がただよっている。
んじゃまず『学問のすゝめ』から読んでみるかな、と。 あれ、岩波文庫だと表記が気にくわんな。もう一生に何回も読むもんじゃない から、ちゃんとした表記で詳しい注や漢字のルビがついてる版で読みたいような気がする。 小学館の『日本古典文学全集』が素人が古典読むときの理想だ。
「自分のルーツを探す」とかってのはなんかおかしい。 樹形図のように考えてみると、ルートはむしろ自分だもんね。先祖の方が多様だ。 ミトコンドリア(母親の母親)やY染色体(父親の父親)の日本は系列辿れるのかもしれないけど。 でもまあもと先にいくとまた違うか。自分の先祖の共時的遺伝的多様性が 一番大きかったのはどこか?とかって問いに意味あるだろうか。
そういやこの前の業務のときに気づいたのだが、 高校日本史の教科書ってのはわれわれが高校生のときとはぜんぜん違うのね。 幕末以降が半分を占めている。
諭吉は思ってた以上におもしろいなあ。偉大だ。サバけている。赤穂「義士」批判。
浅野家の家来共この裁判を不正なりと思わば、何が故にこれを政府へ 訴えざるや。四十七士の面々申し合せて、各々その筋に由り法に従って 政府へ訴え出でなば、固より暴政府のことゆえ最初はその訴訟を取上げず、 或いはその人を捕えてこれを殺すこともあるべしと雖ども、 仮令い一人は殺さるるもこれを恐れず、また代りて訴え出で、 随って殺され随って訴え、四十七人の家来理を訴えて命を失い尽すに 至らば、如何なる悪政府にても遂には必ずその理に伏し、上野介へも刑を 加えて裁判を正しうすることあるべし。(第六編)
たしかにこっちの方がすげーかっこいい。
「使えば使うほど馬鹿になる」「IME」「対策」とかで この日記読んでいる人がいる。対策はあるよ。 「単語を変換するときに短かく切りなおさない」 「へんなカタカナで確定しない」「単語が出ないときは面倒でも登録する」。 これだけでずいぶん違うんだけどね。単語登録パレット出しっぱなしに できなかったかな。
なんか心落ちつかず。レポート採点完了してないからだ。 しょうがない、やるか。
といいつつ本棚で見つけた生田武志『ルポ最底辺』とか読みなおしてしまったり。恐い。 体で調べたルポルタージュは迫力がある。
何本か本や論文読んでるのに男か女かはっきりとは知らない人っていうのがけっこういて、 時々不安になる。ジュリア・アナスが女だってのは今日やっとだいたい信念になった(ジュリアだから当然なのだが)。 前にはシセラ・ボク(男だと思ってた。シセラは女性名だと認識してなかった)やゲイル・ルービン(クィアはわかるがどっちからのクィアか知らなかった。ゲイルも微妙。)。サンステインが男か女かはっきりしてないときもあった(キャスは男性名だよなあ)。 あ、そのまえにはギャレット・ハーディンは女だと思いこんでたこともある。はずかしいな。 英語で論評読んでればhe saysとかshe insistsとかでわかるわけだが。 性二分法に侵されている?そういやボクやルービンは いまだに写真見たことがなくて、そういう人の書くものを読んでも記憶に残りにくいような 気がする。 別に顔写真見たからってどうでもいいわけだが、 この「どういう人なのか見てみたい」ってのはなんなのかな。 私はプラトンやアウグスティヌスや孔子なんかでもいちおう 頭に顔を思いうかべながら読んでるようだ。一応村上春樹なんか読むときでも安西水丸のイラストのオニギリみたいな顔を思いうかべている。あれ、んじゃサリンジャーやピンチョンなんかどうなんだ。
『アマデウス』。何回見ても好きなシーンは最初のサリエリ行進曲ピアノ変奏シーンと、 二人でレクイエムの楽譜書いてるところ(特にトロンボーンとティンパニがよい)。どっちも細かいところがよくできてると思う。 ずっとモーツァルトの性格造形に当時ブリブリだったプリンスの 影響があるんじゃないかと思ってたんだが、映画化は1985年か・・・いや、パープルレインは1984だからそれで合ってるのか。 いかにショービズの世界の人々にプリンスが巨大だったかがわかる。 プリンスは50まで生きられてよかった。早死ににしろと願ってたサリエリもたくさんいたような気がする。いまではラリー・グラハム先生とともに伝道されておられます。長生きはするものですな。
採点しなきゃ。
RSSリーダー、いざ本格的に使いはじめるとうざい。時間つぶし。 アンテナの方がましだった。 そんな有益だったりおもしろかったりする情報なんてないのだ。刈りこむ。
のろのろと採点したり昼寝したり。
久しぶりに某君に会う。近所の某君より遠い某師匠の方に よくあってるってのはどうなんだろうな。 ちょっと飲んだだけでいっぱい。肝臓が弱っているようだ。
なんか肝臓が気になる。胃の調子も悪いし。 2、3日禁酒しないと死ぬな。マーズレンとセルベックス飲んでおこう。
鴨川のユリカモメがどんどん旅立ってほとんど残っていない 模様。彼らはいずくから来たりていずくへと去るのか。 ちょっと早くないか?
昨日あまりにもポップ音楽についていけないのを 非難されたので、しばらくFM聞こう。αステーションでいいかな。 白人音楽聞くのは久しぶりだ。 Tears for Fears聞いたりするのが正しい音楽生活なのかどうか。 カントリーとかもわけわからんよな。ごるあ、アルファステーションフラッシュが文字化けしてるぞ。っていうかフラッシュでいろいろやろうとするの やめれ。
採点表は明日締切でーす。がんばりましょー。
大学教育について反省したり構想したり。まだまだ未熟だ。
やっぱり電波FMよりwww.sky.fmあたり聞いてた方がいいや。FM屋さんも たいへんだね。でもsky.fmの"modern jazz"とか200人ぐらいしか聞いてない。 うーむ。
む、del.icio.us + Firefoxアドオンはなんかいい感じだ。
時間が経つのがはやすぎる。
FMで国内ロックとか聞いてると、「た」を「っあ」と発音しているのが気になって しょうがない。日本語も変化している?
ストレス。私が悪うございました。勘弁してください。 やっぱり衣笠の学生さんは相対的にかなり賢い。 来年は採点の順番を変えた方がよさそうだ。 夜までかかるな。お腹減ったのだが、天一とかは避けなければならん。あと1時間半ぐらいで 終りそうだから、がんばって終らせよう。
昨日の続き。Leslie Francisはどうも女性。同じ名前で男性もいるね。まあしょうがない。
オリジナリティ。いらん。でも単なる人真似ではないものを。でも人間としてはもう十分オリジナルになったろう。 男は40過ぎたら自分の顔に責任が、とかって陳腐な言葉の意味がやっとわかる。 っていうか、こういうひどい状態になってるのを もう教育とか環境とか偶然だとかのせいにしたくてもできない。 self-madeだと認めざるをえん。でもまあ、遺伝的素質が表に出てくる歳だってことでもあるんじゃないか。 あれ、「責任」はどういう言葉だろう?"in charge of"なのか? この言葉はリンカーンなのかな?でもはっきりしないな。 "responsible for"じゃないような気はしてたのだが。 "liable for"かもしれんな。人びとに 不快を与えた賠償しないと。
転記は明日。しかしその紙が見つからんような気がする(転記までが採点です)。
成績表提出。すばらしい。会議。
昼寝してから部屋片づけるか。
いろいろ仕事。まだまだ働かないとならんのか。
武満徹先生のブロークンな英語ってのは、誰か直してあげることは できなかったのかな。タイトルとか楽譜とか恥ずかしいと思うんだが。 いったん偉くなってしまうと、「先生の昔の楽譜のあれはあれですよね」とか 言いにくかったのか。偉い人を訂正するってのはむずかしいことなんだよな。
卒論書きなおし命じた分がやっと揃った。めでたい。
また本を探して1時間つぶす。ばかばか。来たる春休みは本棚の整理をすることを 誓うのであります。
だめだ。帰るか。
潜水艦とかならともかく、イージス艦が事故起こすってのはかっこ悪すぎる。
数日前に授業でのパワポの利用について話をしたのだが、 ブルーバックスの『理系のための口頭発表術』を読むと やっぱり「最強の教育手段は黒板」と書いてあるな。私もそう思う。 来年度は「下手でも丁寧な字」とともに黒板を十分に活用した授業をしてみたい。 練習しておこう。やっぱり最後はチョーク芸。チョークお手玉とかできるように なっておくべきではないか。
目がしょぼしょぼ。隈もできてる。なんだろう。とにかく寝よう。
作田啓一先生の『個人主義の運命』に森口美都男先生が 赤線引いて書きこみしている本を読んだり。若き日の 作田先生と森口先生の会話を横で拝聴しているようだ。1981年だから そんな若くないか。 「作田 > Girard 」とか書いてあって、森口先生が不等号厨の走りであったことがわかる。 森口先生からはもうちょっと話を聞いておくべきだったような気がする(それに聞いてあげれば喜んだだろうに)。 まあそういっちゃえばいろんな先生から聞いておくべきだったし、いまも 聞いておくべき人がいろいろいらっしゃるわけなんだが。
すき家笑える。やっぱり組合って大事なんだよな。
今日届いた書類を届くはしから片づける。すばらしい。
3回生説教大会。久しぶりに自分をビデオにとって、あまりのむさ苦しさに 驚く。これはひどい。知り合いでこれくらいむさくるしいのは 某老舗日記作者 ぐらいしか知らんな。 しかしこの時期、説教とかサービスとかしてないで自分の仕事しなければ。
グループワークとか私のゼミではちゃんとやらせてないから 問題あるかもなあ。ゼミってなんだろうな。 3回生のときはグループでなんかやらせた方がいいんだろうな。 でもそういうのは面倒でね。私がそういう訓練をあんまり受けてないし、 好きでもないしなあ。
そういや数日前、授業風景をあれしてニコニコやYouTubeで流すとか って話もしてた。授業そのものは無理なわけだが、なんか一般的でおもしろいこと できないかなあ。
この時期、ほかの教員も部屋の片付けしている模様。たしかにこのタイミングしか ないんだよな。手元の書類やらなんやらが一番少なくなっている時期。明日やろう。
とにかく床屋行くか。
衣笠大学からシラバス修正作業について非常にGJなお手紙が届く。 「執行部」直だったらなんのことかわからなかったろう。 非常勤専業の人には わかりにくいいろんな悩みが文面いっぱいに広がっている。 うーん、うちも 来年はこれやらなとならんのか。大学はどこも一回設計しなおす必要があるような気がする。 でもそれは無理なのでノイラートの船。(自分の)生き残りとかいろいろ考えたり。
床屋へ。剃り跡が青々しているが、これでいいのだろうか。
あら、今ごろhttp://www.nanzan-u.ac.jp/~urakami/in.htmlを知る。
選手の命の心配をするサッカーとかってのはなかなか刺激的だ。 少林サッカーか末期アストロ球団か。中澤と楢崎がクールでかっこいい。中国って よく知らないけど、だいじょうぶじゃないのかもしれないなあ。
ゲ、女子の中国vs韓国もすごいシーンが・・・おもしろすぎる。 ほかにもいろいろ問題あるやつをyoutubeで鑑賞。どの国もそういう時期を抜けてスポーツらしくなっていくものなのか、 あるいはどの国もだめなのか。スポーツってなんだろうな。 プロスポーツ禁止とかそういうのはどうだ。そういう問題ではないな。 ついでに浦和レッズのファンがいろいろ非難されている理由もやっと理解した。
個人スポーツならもうちょっと卓越性とかそういうのを味わえそうな 気がするけど、でもあれか。スポーツとはなにか、とかスポーツにおける卓越性とか、 なんか興味深い謎がある。 そういうのの解明はスポーツ哲学者がやってくれるだろう。期待している。
アジアまわりは、 なんかすごいことを見ることになるのかなあ。まあ人生70〜80年あるとしたら、 いいことばっかりじゃないよな。
そういや今日やっと気づいたのだが、 大手や一流と呼ばれる企業の社員ってのは、かなり厳しい競争を経て入社してるから、 それなりに自分に自信をもってるんだろうね。合コンなんかでも 強気でいられるんだろう(話題の合コン本とか読んでないけど)。 あたりまえのことかも しれないけどあんまり意識したことがなかった。 わりとはっきりした基準で何百人〜何千人から選ばれてるんで、 とにかく社員になった時点で勝ち組の資格を得ている感覚を得られるのかもしれない。 それはどういう感じなんだろうな。その会社の社員であるというだけで なんかある感覚を得らるのかもしれない。大学院〜OD〜教職の人間で そのタイプの自信をもてる人ってのはどれくらいいるんだろうな。 なんというか、大学教員の場合は基準がはっきりしてないから あれなんだ。
本棚の再構築に向けていろいろ算段。
シラバス修正。それにしても 諸事情から最近よく名前を聞くようになった大学基準協会とはなにものか。 うわ、現協会会長は学校法人立命館理事長長田豊臣先生かあ。うーん。そりゃ なにがなんでも基準通りにしないとならんわなあ。これからの私学のモデル校なんだな。なんにしてもこの大学の動向は目が離せん。そういやちょっと前の『論座』でも 早稲田の学長が運営より経営が第一、とかおっしゃっておられた。 つまりとにかくビジネスとして成立させようということだろう。それ自体は別に 文句ない。福沢諭吉先生もそんなこと言いそうだし。自主独立。文科省の言うことと 基準協会の言うことのどっちに従うのがアレかってことでもありそうな気もするけど よくわからん。ビデ倫とかに似てる?
もしかして、この方って遡及的に(!)前理事長に6千万、自分にも2千万あれした人なのかな。あれくらいの巨大大学の経営するとなれば 1億ぐらいもらってもかまわんのかもしれんが(これはもうすでに島耕作の世界だわなあ)、遡及的にってのがすごいような。理事長が退職で大金もらったのは知ってたけど、 こういう事情だとはちゃんと把握してなかった。 でもなんか組合の主張の順番がおかしいと思う。上のページの主張だと、 4番目をまず最初、次に3番目にもってくるべきだろう。「大金だからだめ!」ってのはうまくないと思う。 あとアピールはなるべくPDFは避けた方がよいっていうかHTML版を 用意するべきだと思う。
学生を手元につかって本棚改造開始。
途中お説教教室第二弾。 世の中にはお金を払ってでも女子大生に説教したいと思うひともいるかもしれんが。
3時間半経過。うーん、改善されつつあるが、もう1日かかるな。
朝は気づかなかったのだが、なんかまた首が回らない。
本棚は一部いい感じになってきた。 夜も一人で本棚整理続行。でもこの手の作業は助手がいるとはるかに効率があがるな。 一人でやるのはやめ。また後日。まあ本棚整理するとすこし頭がすっきりするような 気がするよな。もちろん気のせい。あと3本あればかなり快適なんだろうが(今9本)、いれる場所がない。 よく部屋の真中に立ててる先生もいる。目隠しにもいいのかもしれんが、どうも圧迫感があっていやなんだよな。
オイケ先生の下のなまえはカズオ。
自分がいままでビデオのとりこみとかQuickTimeムービーにする方法とか 知らなかったことに驚く。説教現場のビデオを作成してみる。滑舌悪いし早口だし意味不明だし、「書かない」と 言いつつ書いてるし。馬鹿すぎ。学生の方がうまい。 これで説教できるのとすればそれはもはや人徳。っていうより 最初から修行しなおす必要がある。 あら、最 後にへんな画像がついてたから消去。なぜだろう?ここらへんの編集では もう女子大生に勝てない。っていうかもうパソコンまわりでは勝てないだろう。 いや、なんでも勝てないかもしれん。ぐは。 しかし老兵は死なず、ただ消えさるのみ。それにしても教育ってなんだろうな。 私には研究もわからんが教育もわからんよ。 なぜ知りもしないことを知ってるふりをし、できもしないことをしなければならんのか。それが人生だから?運営と経営で4000万もらうってのも無理だし。
あら、webからごそっとPDFファイル消してしまってた。激ヤバ。復旧できるか?→ バックアップから復旧。っていうかバックアップとってCVS掘りなおしたときに失なってた。 馬鹿。爆発すればいいのに。
3年使ってない論文コピーとか捨てりゃいいんだよな。 必要になったときに入手できることは保証されているわけだし。 本棚がちょっと空く。
ぐは。大事な仕事をひとつ忘れてた!
心安まるひまなし。
浜島書店の『新詳日本史図説』はすばらしいできで、 日本の中等教育ってのもずいぶん進歩していることを感じさせてくれる。 これがあれば高校生も授業中退屈することなし。 こんだけのクオリティのものがこんだけの値段でできるってのは、 部数出すってのはほんとにすごいことなのね。 ちなみに文英堂の『理解しやすい倫理』(藤田正勝)もすばらしいできで、 これは来年度の1回生向けの授業「社会思想」でテキストに指定してしまった。 なんと後輩二人が編集にかかわっているではないか。GJ。
会議。pdftkを使うためだけにバックグランドでgcc 4.2をコンパイルしつつ gccの歴史をながめる。ふーん。個々のソフトウェアの歴史ってのも おもしろいな。gccもperlももう成人しちゃったのね。rubyでさえ元服してる年齢。 すったもんだしていて、「コンピュータの歴史」とかとはまた違った 人間的な味わいがある。 昔へんな文章書いたけど、所有とかどうしてもつきまとってるよなあ。 同一性とか正統とはなにかとかも考えちゃう。 なんというか、言語や民族の歴史というより、中国的な国の歴史とかと似ている。成立や独立の宣言したり、理念を語ったり。君主制か共和制か、 「太祖」とか「禅定」とかって言葉が思いうかぶ。GCC/Emacs二重帝国史は誰か書けそうな気がする。 カリフォルニアの片隅で暮していたストールマンが、自由の理念の旗のしたに 数々のハッカーと言語を制服しつつ巨大になっていき、若い連中に批判され年老いていく話。 PascalとかBASICとか滅びた国もある。 BASICは滅びずVisual Basicになってるのか。でもこれは蜀が漢を名乗っているようなもので。 emacsのChangelogは史書のようなものか。Linuxとかもいまどうなってんのかな。 ここらへん4、5年なんも考えてなかった。(別に私が考える必要はない)そういや emacs帝国にいまだに有力武将として貢献している半田剣一先生ってどういう方なんだろうな。 Wikipedia(ja)の記事 簡略すぎ。
百万遍の宴会に顔を出す。途中で店を出ると1時過ぎてた。死ぬ。
二日酔い。なんとか起きて業務。待機するのも業務。春一番。と思ったら雪。これは 春一番ではないのだろう。
寒い。早く寝なければ。睡眠睡眠。睡眠が大事。
あら、昨日emacsのこと書いたら、ちょうど22日づけで ストールマンがemacsから手をひくとの宣言。へー。カストロが引退したから?ごくろうさん。
10時間ぐらい寝た。
なんか業務まわりは一段落した感じか?仕事しなきゃ。
本棚の整理はずいぶん進んだ。これくらい片づけておけばなんかいいことがあるはず。 ・・・お、おかげで『倫理学の方法』を1分以内にget(あたりまえか)。これを15秒にしたいところ。 でも8年でこれってことは、あと8年いたらどうなるんだろうな。これからの大学図書館はこういうのの面倒も見てくれるようになるのかな。
だらだらディオゲネス・ラエルティオス読んでる。アリスティッポスっておもしろいやつだなあ。お金持ち哲学者の可能性ってのもあるんだな。いや、ちがう。浪費家哲学者か。
食料品の購入に金をかけすぎるといって彼を咎めた人に対しては、 「では君は、3オロボスでこれらが買えたなら、買いはしなかっただろうか」と彼は 応じた。そして相手が同意すると、「それならもはや、ぼくが快楽好きなのではなくて、 君がお金好きなのだ」と彼は言った。(ディオゲネスラエルティオス『哲学者列伝』第2巻第8章、加来先生の訳。)
美食その他あざといことをする人びとをエピキュリアンと呼ぶのはまちがっていて、 キュレナイックが正しい呼び名なんだよな。娘のアレテちゃんというのはどういう 人だったんだろうか。(あれ、はずかしいまちがいしてたな)
OSもLeopardにしたいような気がするが、毎年この時期そういう馬鹿なことを しようとして無駄な時間使ってんだよな。
うちの大学はどういうわけか「卒論」の成績評価に特別に「評価保留」というのが ある(なぜそんなものがあるかは謎)。んで毎年それを出してしまうのだが、 今年は3人出してしまった(学部で4人)。今日の午前中、その学生たちの実家にそれぞれ「あんたたちの娘は卒業保留」とか って書留が届いたらしく(それは知らなかった)、各ご家庭でたいへんなことが起こっている模様。笑える。まあDVの被害者出してないといいが。なんか娘を京都に出して傷ものにされたような 印象を抱いている親もいるんじゃないだろうか。そういうわけじゃないですよ。優秀です優秀。 指導教員が無能だからです。わたしが悪いのです。 まあ、どうも他の先生はそういうの出さないようだが、ある制度は使わないと。私はいくつかの経験ののちに卒論強硬派に属する。ハードライナー。卒論鬼畜。
なんだ、まだストールマンは引退じゃないのか。つまらん。
最近firefoxの調子が悪いというか、どういうわけかページを最後まで読めずにつまったままCPUパワー使ってしまうようなので safariに戻る。いろいろ読まされるのを回避できないのがいやだけど、実はこっちの方が描画が速い。 よく見ているページで、いままでfirefoxのad blockやno scriptでブロックしていたいろんな(余計な)情報があることを知る。
「なかのひと」も十分認知されたようなのでまたしばらく貼ってみるか。 どっちも(どこ?)画像にしているのでテキストブラウザで読めば回避できるはず。 firefoxならad blockとかで回避できるんじゃないだろうか。 「なかのひと」はクッキーでアレしているから複数のアレをアレできないのは欠点だよな。 どうでもいいことだが、 「なかのひと」では私が読んでも20才女性としてカウントされてるんじゃなかろうか。
ベルクのビオリン協奏曲、なるほど、この部分はこういう顔して弾くものか、ありゃそんなことしてたのか、とか。誰の演奏でもいいから生で1回聞いておきたい。 クラシックの演奏会とか人生であと何回行けるんだろうか。テレビもすばらしい演奏。バイオリンは フランク・ペーター・ツィンマーマン。猛烈にベルクがわかってる男。
早く寝たら夜明け前に目が覚めてしまう。
なかなか勉強はじめられず、雑用いろいろ。
心理的障壁があって出せなかったメールを1通。偉い。メールはさっさと返事しないと ダメだってば。受信トレーはつねにカラにしておかないといろいろ気になってしまうんだよな。
倉田百三読んだり。笑える。モテない男の青春の叫びはいつどんな奴のでも笑える。
すべての征服の意識は性欲を興奮させる。私は蛇が蛙を食っているところを 見ると性欲が生じる。はなはだしきに至りては日本がシナを威嚇している記事を読むと 性欲が興奮する。その間にはある必然的な関係がある。 しばしば手淫する人は、できるだけ 残酷な肉交を頭に思い浮かべなくては、性欲の興奮を感じなくなるという。 (『愛と認識への出発』の「地上の男女」)
80年代のフェミニストが喜びそうだ。マッキノンに、 日本には大正時代からこんなに深い思想があったのですと紹介したいなあ。 まあでもこういうんだったら テツガクシャってかっこいいよな。あんまりモテそうにない風体だが、 これならなんとかなったのかもしれん。いや、どうもモテない感じだなあ。 「異性の内に自己を見いださんとする心」とかもけっこうキテる。
あの艶々しい黒髪としなやかな白い肌、 その美しい身体のなかに、どうしてこんな下劣な 魂が宿っているのであろうかと不思議でならなかった。私は その肉体美だけを彼らから剥ぎ取ってやりたいほどに思った。 女はなぜこんなに駄目なのであろう。
だめなのはその女(たち)じゃなくて倉田先生だと思う。やっぱりこれも 旧仮名正字で読みたいものだ。 まあ『出家とその弟子』も読まにゃならんか。
某君と某雑誌編集。これ終れば勉強できる、はず。
ついでに大学教育について情報交換しつつ終了。っていうか終らず。まああと2回4時間ぐらいか。
カレンダーを見て、しばらく時間があるのを確認・・・あら、明日会議じゃん。
とにかくinboxはつねに空に。
12時間近く寝る。
会議連続。
いろいろ相談とかも。業務しすぎ。
うーん、とにかく今日で業務終了、のつもりで明日から勉強しよう。
『上海の伯爵婦人』。上品。私もナイトクラビングしてthe bar of my dream 探したいけど、 もう飲めないから無理だよな。無念。
今日から春休み、のつもりだがやっぱり雑用から。タイプセッター。午前中いっぱいかかる。 でもできただけ偉い。っていうか、私ずいぶん変わったぞ。だいたい こんなに朝方人間になるなんて3年前には想像もつかなかったような。 オールドドッグにもニュートリック。(しかし早起きはともかく早寝なのは遺伝かもしれん)
心落ちつけるためにまず読書。 春日武彦『問題は、躁なんです』(光文社新書)。はやっていた鬱にかわって、 これからしばらく躁(軽躁)があちこちで話題にされることになるだろうと思う。 でもこの人の 書くものは読みやすいけどなんか興味ひかれたことがないんだよな。なんでか? キチガイ度が足りない?っていうより、 なんか春日先生自身がどういう人かがあんまり見えてこないからのような気がする。 それに各種人格障害と躁との切り分けもできてないような(難しいのかもしれんが)。 同じネタなら内海健先生の『うつ病新時代』(勉誠出版)の方がはるかに すぐれていると思う。こっちはもっと躁でエネルギッシュな人々がもつ特有の魅力が はっきり描かれている。っていうか内海先生が魅力を感じているのがわかって興味深い。 春日先生のはなんか、「こんな迷惑な人たちがいますよ」ばっかりで、 その魅力を感じているのを書くのをためらってしまって 平板になっているところがあるような気がする。 おそらく春日先生は内海先生の本からアイディアもらっていると思うのだが、 ちょっとぐらいリファーしてもいいやんね。あ、最後の方で触れてる。p.176。
本棚の整理ほぼ完成。ぼちぼちテーマ別。コウモリ問題は避けられないが家族的類似性ってやつ。すべての本は私に入手されたって点で一族親戚。 はっきりしている奴には色つきシール貼っておく。 数の多い文庫や新書はあきらめて出版社別に。こうしておけば とりあえず時々学生バイトに直してもらえると期待。だいたい記憶のなかでも 私の場合「〜新書だったはず」と覚えてるし。 こういう配列でよいなら図書館に ある本は全部処分してもいいような。っていうか本当に手元に持ってたい文庫・新書って、 岩波・講談社・ちくまの翻訳ものと昔の岩波新書ぐらいしかないような。 ちなみに富豪教授たちが使っているスライド式の書架は3本分で30万以上するらしい。そんなもん買えるはずがない。
本棚から未読のままの米本昌平先生の『独学の時代』を発見してめくってみたり。 実はずっと気にはなってもどういう人かはっきりイメージがつかめないまま放っていたのだが、 ちょっと焦点当ってきた。それにしてもうーん、怪人だな。独学は危険なのだなあ。 でもこういう野望ってのは大事だよなあ。 当時京大文学部に科哲講座があったらぜんぜん違う人生だったろう。 まあ百万遍周辺で見知った人びとの自伝も読んでみたいような気がする。 老師とか滋賀の大将とか沓掛の不良壮年とか。
いろいろ仕事について考える。慎重に。腰を落として考えるべきときは 腰を落として時間を潤沢に使うべし。でもなにかについてちゃんとある程度の時間を使って考えるというのは 意外に難しい。ふつうの人間にはできない。 なにかを考えるよい方法は誰かをまきぞえしてそいつの時間を使うことなんだよな。 ここらへんにミーティングや会議や研究会といったものの利点がある。もちろん使われる がわからすればそれは迷惑。 正しい大学では、授業なんてのも実は教員のためにあるんだろう。うちでそんなこと しようとするとあれだけど。まあこうやってだらだらこんな日記書いてこんなもの読んでる馬鹿な人々(失礼、心の広い鷹揚な時間富豪長者様たち)の時間使わせてもらうのもそゆことかもしれん。
春休み(休みじゃないけど)2日目。春休みという呼び方はやめて、 春充電期間てのはどうか。春仕事期間の人もいるだろうけど、わたしは充電。積極的アイドリング。 夏は放電したい。
シラバスをweb入稿とかにすると、期限が過ぎるとなにを書いたか 自分でも読めなくなることが多い。たいていのSEは それで平気なわけだ。こういうのは業務の実態を知らないからなのか、 想像力がないのか。あんまり業務と関係ないような気がするな。一般的な問題。 なにかをweb入力させたらそれは常にユーザに見えるようにしとかないと。 そうでないとあちこちでフラストレーションが溜まり、細かいトラブルのネタになる。
イスでけっこう長いこと昼寝してしまう。首や腰大丈夫かな。
二重三重にまちがってるかもしれないものはほぐすだけでたいへん。 あるひとがアリスティッポスに、もつれた問題を出して、「このもつれを解いてくれ」 と言ったら、「ばかだね、君は。もつれていてさえわれわれには厄介なものを、 どうして解こうとするのかね」と彼は答えた、とか(ディオゲネスラエルティオス2巻8章、加来先生)。そういう問題には触らないのが正しいってことなんだろうな。剣でスパっと切る、のは アレクサンダーか。
とはいえ、仕事しなくちゃ。
春は物欲。文房具が欲しい!
内澤旬子先生が卯月妙子先生に興味を示しているな。そうだろうなあ。
腕時計も欲しい。まともに動くものをもってないというのは社会人としてど うか。(2月にはいってからほとんど身につけてない)
午後書類の整理。某同僚から私物のテプラを借りてくる。
テプラの威力はすごい。フォルダとかの視認性が悪いのが 巨大な悪影響を及ぼしててのがわかる。 これは買わねば。高級品な奴はUSBでPCにもつなげるのね。 たんなるテープライターなら1万円以下であるわけだが、 それだと自分のコンピュータにつなげなきゃならん。自立型なら 学生にも打たせることができる。んじゃやっぱりテプラか。 来年度予算がたのしみだ。
もう一息で普通のオフィス("Office of my dreams" ?)になるような気がするんだが。
何本もある太いビデオケーブルや電源ケーブルは後先考えず破棄したいのだが、 それができないのはなぜか。