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ふと感じたことの書き殴り

ほんとうのファイルはhttp://www.yonosuke.net/~eguchi/papirer/papirer200601.htmlにあります。


2006/01/01 (日)

夜明け前に目が醒めてしまう。口角炎治らず。ビタミン剤をとる。

まあ正月ぐらいごろごろお休みにしよう。いつもだらだらしているわけだが、積極的にだらだら。

ジョギングしてみたり。最近感じるのだが、ジョギングは時間がかかるし、体にも悪いスポーツなんではないかと思う。 ウォームアップやクールダウンに時間がかかるし、 足や腰の故障が多いスポーツだと思う。週数時間使ってジョギングしても、寿命は平均すると1年ぐらいしか伸びないらしい。 『ランナーズ』のような雑誌を見ても、10年前とはずいぶん感じが変ったように見える。 以前は「ゆっくり長い時間走ろう」と提案していたようだが、最近では短い時間で有効なトレーニングを目指しているように見える。積極的に「体にいいぞ!」と主張するのも やめたように見える。

やっぱり理想的にはプールなんだろうが、会員になったり移動したりするのが面倒。今年も歩く男ということでいいかな。

DVDで「ムツェンスクのマクベス夫人」。 バルセロナのリセウ劇場のやつ。主役がちょっとアレでヴェリズモすぎる。 それにしてもロシアってのは西欧とはぜんぜん違う世界なんだな。

pukiwikiを入れてみようとするが、ダウンロードできない。どうもサイトの方の問題のようだ。縁がないということだな。pukiwikiを入れてみようとするが、ダウンロードできない。どうもサイトの方の問題のようだ。縁がないということだな。

夜八坂神社へ。賽銭を投げ柏手を打つことに抵抗がなくなったのは、年とっ たということなのかどうか。あれ、厄年かな。・・・大厄らしい。健康で一年暮 せますように、と屈託なく願う。みくじは吉。

なんていうか、アルコールが体に合わなくなっているのを感じる。 父親もおそらく若いころは飲んでたけど中年以降飲まなくなったんだよな。 今度こそタバコもやめよう。

口角炎、口が開か開かなくなった。これも栄養というよりはアルコールで胃が荒れたからのような気がする。

『永遠のマリア・カラス』。よくできてる。

ちょっとはまった(FreeBSDではphp-extensionも入れる必要がある)が、 PukiWikiを動かしてみた。

一日休んだ。明日から仕事しよう。


2006/01/02 (月)

昼まで寝てしまう。午後遅くに研究室。リヒャルトシュトラウス(サロメと アリアドネ)聞きながら本を読む。

口角炎が。洗面所で見る顏がいかにも不潔な感じになって死にたくなる。

なるほど、PukiWikiはな かなかおもしろいな。ちょっと動かしてみたり。 いままで読む立場でPukiWikiを見ると、(デフォルト の?)ページのデザインがごちゃごちゃしているし、一般に無意味なリンクが 多すぎて好きじゃなかったのだが、自分用のメモ書きとかにはよいかもしれな い。

メモとか研究室と家での同期が問題だったのだが、wikiならそういう問題が ない。ただし、ブラウザを編集途中でうっかり閉じてしまったり、他のペー ジにサーフィンしてしまったりすることがあるのが問題か。それを避けるにはローカルでエディタを使って書いてWikiに貼りつけるという形になるが、これは面倒。ブラウザに「この ページは簡単には閉じない」っていうオプションがあるといいんだよな。

日記をこれで書く気にはなれないけど、 来年の授業用のページはこれで作ってみることにしよう。 ていうか、いわゆるホームページもこれで作りなおすかな。

XMLとかXHTMLとか、厳密に書かなきゃならないものは手で書くのはもう無理だろうから、こういうインタフェースが必要になるんだよな。HTML手書き派はもう縄文時代の人びとのような存在なのかもしれん。各種Wikiやhatenaの記法はシンプルでわかりやすいし、もう誰も手でHTMLタグを打ち込むことはないだろう。 正しいHTML文法はこうして技術によって獲得されるわけだ。

フランクルってえらく長生きしたんだな。一部のヘンな人びとに強烈な影 響を与えていることがわかる。世俗的宗教だ。「ロゴセラピー」とか殺したく なる。ほとんどはなんの根拠もないたわごとだが、フランクルの文章にはたし かに魅力も感じてしまう。こういうものに魅力を感じるのを恥じるべきなのか どうか。

Virtual PCをインストールしようとしてわけわからないことになる。しまっ た。最近OS Xのわりと平和な世界に生きてたので、Microsoft製品に対する警戒を忘れ ていた。馬鹿馬鹿。これだけひどい目に会えば、「いかなる事情があっ ても、Microsoftは信用してはいけません」という原則を内面化して いてもよいと思うのだが、そこまで行ってないのがダメだ。少なくとも私くら い経験を積んだユーザなら、実験用のシステムなりディスクなりを用意してお いて、そのソフトウェアがどの程度安全かをチェックするくらいの用心はして いてよいはずなのに。うう。

菅野聡美『〈変態〉の時代』。前半つまらないのでほうっていたが、後半は なかなかおもしろい。

酒を飲めない男はお茶を啜る。

pukiwiki-mode.elってのもあって、これを使えばほとんどローカルの ファイルを書くのと同じ感覚でPukiWikiできる。ふむ。

PukiWikiをいじったり本を読んだりして明け方まで。


2006/01/03 (火)

結局朝になってから寝る。ビールちょっと飲んだだけで気持ち悪くなる。 起きても調子悪いのでもう1日休む。

「出産や育児で活動中断、女性研究者の復帰に奨励金」。なんだかうっすら優生思想の 匂いがするような・・・。気のせいかな。 でも少なくともオジさんたちが会議中に、「まあ、優秀な方に子どもを産んでもらわないとなりませんからな」とか喋ってたのはまちがいないところ。

pukiwiki-modeのおかげで一日PukiWikiにはまる。こりゃいいや。 HTML書くより楽。 ホームページは全体をPukiWikiに引っ越す予定。 しかし他人の編集を禁じる方法がわからん。

・・・わかった。しかしwikiってのはやっぱり善意を信じて大人数でやるもの だろうって気がする。WikiPediaの充実ぶりはたしかにすばらしい。 あまり意識しないうちにweb界は新しい局面に入ってるな。

口角炎は峠を越えたかも。汚いヒゲを剃る。今年は清潔な中年を目指すか。

何度も書くが、駅伝ってのは調子悪くても途中で棄権できない圧力が働いてしまい、危険で非人間的で邪悪な競技だと思う。他に選手一人が棄権するとチームごと棄権になってしまうスポーツはないんじゃないだろうか。観客も選手が倒れるのを期待しているところがある。廃止すべし。

清水幾太郎の『倫理学ノート』、昔読んだときはよくわからなかったが 今読むといろいろおもしろい。 「インテリ」とか「思想」とかって言葉にシビれる。まあ今でも使われているのかも しれないが。「言論」とか「論壇」とかって言葉も連想される。 そういうの、ぜんぜん関係なく生きてるよな。

「社会哲学」を唱える老師なんかも、「世界を把握したい」とかってことを言う。 なんというか、ぜんぜんそういう欲求を感じないってのはこの世界で生きていく資格が ないような気もする。

「世界や科学が彼(ムア)に哲学的問題を教えたのではない。彼は、世界や 科学に満足していたのである。「私に哲学的諸問題を暗示したのは、他の哲学者 たちが世界や科学について述べた言葉であった。」」p.42

清水が「功利主義」として批判しているのは功利主義じゃなくて善についての 快楽説なわけだが、解説の川本先生はなにも触れていない。一言ぐらい触れてもいいのに。ヘアをR. A. ヘアとか書いているのもそのままだし。


2006/01/04 (水)

午前中から研究室。

午後卒論相談1件。 お客さん1件。

調子悪い。早々に寝る。


2006/01/05 (木)

早起き。朝から大学。ネットワークが止っている。

禁煙を開始しようとしたが失敗。数日後に延期。

今年の目標も「心の平安」だろうな。「健康」と。おだやかに樫の木のよう に生きたいが、無能と焦燥に悩む樫の木なんてのは存在しないだろう。樫の木は 樫の木で、伸び悩んだり虫に食われたりしてたいへんかもしもしれんし。

学生の面倒見。エントリーシート。もっと大量に文章を書かせる練習をしないとならん。

福原泰平『ラカン』。 精神的有害。 20世紀の悪夢。ていうか、経歴と言動を見てればアレだと誰でもわかりそう なものだが、そういうものでもないのだろうか。

デリダがわからないってのラカンがわからないってのはかなり違う現象だ。 デイダは文章の書き方が悪かったり、ちゃんと伝達しようとする気がなかったりして 難解になっているが、ラカンはキチガイだからわからんのだと思う。

なんのかんのいってもマトモだったフロイトから数十年で、 ここまで組織ごと崩壊し擬似宗教団体になってしまうってのは どういうことなんだろうな。 2、30年もあれば十分ということなのか。 ていうか、キチガイな人びとは常に一定数存在しているわけだから、 ラカンがそういう人びとを引きつけ集めてしまったということなのかな。

夕方雪がちらほら。

小谷野敦『〈男の恋〉の文学史』おもしろいな。特に7章 「「感傷」と「性」の転倒:『蒲団』が『平凡』に与えたもの」花袋論。 下敷にされている柄谷行人がおもしろいのかもしれないが、 小谷野の蒲団で告白されているのは性欲ではなくて感傷(片思い)だという読みにオリジナリティを感じる。正当性はわからんが。私は性欲なんじゃないかと思うが。 まあ性欲と恋愛が切れないところがおもしろいんだろう。

早起きしたのに一日が短い。無駄な本を読んでいるからなのか。


2006/01/06 (金)

昼まで寝てしまう。午後から。

学生の面倒見。ちょうど卒業生が訪問してくれて、色々話を聞く。ちゃんとした社会人になっている模様。大人になったねえ。ていうか、やっぱり卒業生には大学に来ていろいろ話をしてもらう機会を設けることが必要だな。

あら、どんどん時間が過ぎていく。まずい。

寒すぎる。 ので いったん帰宅してあるものを着用してまた研究室。でもなんか眠い。

川村邦光『性家族の誕生』ちくま。『蒲団』論のため再読。おもしろい。 まあたしかに『蒲団』は世の中(というか読書人、知識人)を変えた一冊だったのね。 もちろん読書人じゃない人びとは変わらなかったんだろう。でもだいたい読書人が 教師その他の人びとに影響を与える職業についたんだろうしな。 ところで、ここらへん小谷野の本と引用部分がほとんど同じだ。小谷野の博論より川村の 方が先だったんじゃないだろうか。

NHKラジオを聞きはじめて3ヶ月、仏独オペラの歌詞が聞きとれるようになりつつあり、 注意が行ってしまってBGMとして機能しなくなりはじめた。

「ホームページ」を引越し。

Winny/2ちゃんねるで何度目かの小祭状態のキンタマウィルス、いろいろ考えさせられるな。Winnyだけでなく携帯シャメとかも。 職場や家庭やポケットに猛烈に危険なものが入りこんでいるってことを普通の人はどの程度意識しているんだろうか。いろんな情報が共有されてしまうことで、逆にそういう情報の価値がなくなるなんてSF的なことも想像するわけだが、まだまだ遠い先の話だろう。 諸星大二郎の名作『生物都市』では主人公は金属製のものを全部捨てて助かったわけだが、そうやって助かる人はいるんだろうか。 学生に「どんなことがあっても写真をとらせてはいけません」と教育する必要はないだろうか。

夜も研究室。

みぞおちの右の方がシクシク痛むような気がする。恐れている胆石か。いつ入院してもよいようにしておくべきか。下着に気をつけること。研究室にヘンなものを置いとかないこと(置いてないけど)。

社会学者って、翻訳読んでても外国語を読んだふりをするんだな。 文献リストにあるものはすべて邦訳がある。うーん。そりゃ、仕事のスピードが違うよなあ。 ま、それはいいが、もし翻訳がこんなふうに使われるとしたら、学者の業績として翻訳をもっと認めるべきだと思うな。社会学の人びとはどう考えてるんだろうか。

PukiWikiモードでメモなどをとるようになったため、Emacsとはおわかれできず。 物理行移動。

(global-set-key "\C-p" 'previous-window-line)
(global-set-key "\C-n" 'next-window-line)
(global-set-key [up] 'previous-window-line)
(global-set-key [down] 'next-window-line)
(defun previous-window-line (n)
  (interactive "p")
  (let ((cur-col
         (- (current-column)
            (save-excursion (vertical-motion 0) (current-column)))))
    (vertical-motion (- n))
    (move-to-column (+ (current-column) cur-col)))
  (run-hooks 'auto-line-hook))
(defun next-window-line (n)
  (interactive "p")
  (let ((cur-col
         (- (current-column)
            (save-excursion (vertical-motion 0) (current-column)))))
    (vertical-motion n)
    (move-to-column (+ (current-column) cur-col)))
  (run-hooks 'auto-line-hook))

2006/01/07 (土)

雪。飛ぶように時間が過ぎていく。わたしの体感時計が遅くなっているのかな。

寒いが、昼過ぎから日が出る。補講。 あと2回ある。

林道義先生はおもしろいなあ。 芸風に小谷野敦と同じ匂いを感じるが、学者としては小谷野の方が優秀だろう。なぜ小谷野は真似するのだろうか?というか、 小谷野の一番の弱点は、お手本がないとだめなところなんだろうと思う。お手本があれば 手本よりうまく書ける男、それが小谷野敦。

bibtex-modeとreftex-modeがずいぶん進化していたのでBibCompanionから移行。やはりなにするにもEmacs最強。一生離れられないかも。

ある領域についてそこそこの量の本を読んで、どうも食いたりないと思うなら、そこになにかニッッチがあるんだろうと思う。しかしもうひとつの危険は、自分が馬鹿だからそういうことは書かれていないのかもしれないってことだな。


2006/01/08 (日)

昼まで寝ている。大和大路では十日戎がはじまりつつある。 午後研究室。

bibtexやHTMLのファイルをいじってみたくて「パーサー」とか再帰下降型構文解析とかいう概念について調べてみるが、難しすぎるのでやめ。 bstファイルをいじった方が早いことがわかった。

日記を手書きにしている人も、できれば同じファイルに書いてもらった方がアンテナのたぐいで補足しやすいと思う。私はこのファイルをpapirer200601.htmlというファイルに書いているが、.htaccessで

Redirect /~eguchi/papirer/index.html http://www.yonosuke.net/~eguchi/papirer/papirer200601.html
と書いて飛ばすようにしている。以前は
ln -s papirer200601.html index.html
していた。

誰かから、

んだから、月代わりの度に「お気に入り」登録をやり直してますぜ。
というメッセージをもらったけど、このページのことかな? だったら ブックマークとかはhttp://www.yonosuke.net/~eguchi/papirer/にリンクしてもらえばよかったわけだが、ちょっと誤解しやすいかな。もとのシンボリックリンクに戻すか。 → でもいちいちシンボリックリンク貼りなおすのがいやなので、.htaccessで
DirectryIndex papirer200601.html
ということにしてみた。

http://www.partner-marriage.info/diary/diary.cgi 1月5日付け 「記事を書いたジャーナリストたちは、応募書類を作成するには論文1本書く より多くのエネルギーが要ることを知っているのかなと思ってしまった。」 なぜこの人はなにからなにまでこんなにoffensiveなのだろうか。あなたの論文は そんなに簡単に書けるのか、と説教したくなる。

心を落ちつけて読書。

社会学者や文学者が書いた本のあとに、(英米系の)哲学者の書いた文章を読むと解放された気持ちになる。やっぱり私は哲学っていう分野というか態度が好きなんだな。 好みの論文のタイプもはっきりしていて、チマチマした問題からけっこう大きめの問題や人間理解を示唆して終るようなものが好きのようだ。でかいところから入っていくのは好きじゃない。文献の広がりとかも魅力だよな。


2006/01/09 (月)

早起きしてしまう。朝から研究室。毎日一部屋にこもっていてよいのだろうか。

卒論指導。

やっぱり一日過ぎるのが早い。


2006/01/10 (火)

授業。1月になってから1回だけ授業があるのは労力の無駄に思える。 衣笠のように補講を入れて3回あればずいぶんいろんなことができるのだが。

卒論指導1件。これはほぼ完成だ。

2回生ゼミも終了。 半端なので、WORDの使い方、レポートの書き方など。

失せ物1件。非常にまずい。

またたくうちに一日終ってしまう。なんか進化してるんだろうか。

今年の目標「教壇に立つ時期はヒゲは3日に1回は剃る。」


2006/01/11 (水)

わりと早起き。朝から。なんだか心定まらず。心定まらぬときはとにかく手元の本を読むこと。

レイ・モンクの『ウィトゲンシュタイン』。評伝っておもしろいなあ。 オットー・ヴァイニンガーという名前を知る。図書館にあった。 それにしても、こんなものとつきあわされた常識人ムアがかわいそうだ (ラッセルやフレーゲやケインズはまあ自業自得というか、こういうものとつきあう義務も権利もある。 清水幾太郎の『倫理学ノート』を読んでから、ムアの人柄と彼が置かれた状況に興味をもちつつある。)。

ウィトゲンシュタインが『論考』でああいう倫理学もどきや宗教もどきというか彼の実存主義についてのほのめかしを書かなかったら、世の中はどう変わっていたか、とか考えちゃうよな。別に倫理学も宗教もいまと同じだと思うが、各種の哲学は違ってたかもしれん。

それにしてもウィトゲンシュタインが『論考』でやったことの斬新さっての は我々にはとてもわかりにくくなってるよな。私ははじめてこの本を読んだと き、なにひとつ理解できなかった。ひとつには我々は真理表とトートロジーと いう考え方を論理学の初歩で学んでしまうわけだが、それがウィトゲンシュタ インの哲学的立場に由来するってことがちゃんと説明されていないからだと思 う。しかし『論考』のポイントはやはり真理表にしかない。標準的な論理学と、 『論考』との関係がしっかり強調されないのが問題なんだろう。おそらくこの 理解はまちがっているが、それでよろしい。

もうひとつ。「世界は事態の総体である」って例の文章、われわれから見れ ばそりゃあたりまえで、「世界は個物の総体である」では個物どうしの「関係」 を見逃してしまう。たしかに世界は個物よってできてるわけではなく、そうい う個物の関係によって成りたっている。フレーゲもラッセルも苦労したのはそ ういうことなんだろう。アリストテレス的な論理学から脱出するにはたいへん な才能が必要だったんだな。でもそれだけのことだってことで、現代のわれわ れには全然斬新じゃない。初期ウィトゲンシュタインの解説書のどれもこれを 私に教えてくれなかった。あまりにもあたりまえで、それを理解するのに苦労 した。おそらくこの解釈もまちがっているが、それでよろしい。

小中学生虐待とかも予想通りだったな。トルストイな人びとってのは信用できないのは自明。

偽造ES細胞論文の人は、やっと夜ゆっくり寝られるようになったんじゃないだろうか。 嘘が嘘を呼び苦しかっただろう。石器偽造した人もゆっくり寝られているだろうか。

3回生ゼミ。ちゃんと指導するぞ。

教授会など。

研究室にあるCDをすべてダンボールに詰めてもらう。4箱あった。自宅に送っても置く場所がないのだが、どうしたものか。思いきってプラケースを捨ててしまえば一箱分もないような気がする。

共用の部屋の鍵を紛失して帰れない。小一時間探しても見つからず。泣きたい。 → 鍵はすでに返却されていた。

夜中に目が醒めて寝られない。明日も朝からなのだが。

年末以来、ビールもタバコもまずい。そろそろ禁煙の時期か。


2006/01/12 (木)

明け方スパゲティ食ったら寝てしまう。なんとか起きて朝から授業。

卒論ゼミ。2人ほぼ完成、1人もうちょっと、2人まだまだ。

好奇心から林道義『日本的な、余りに日本的な』とかAmazon古本で買ってしまう。 キチガイ。『唯野教授』よりおもしろい。多くの大学でこういうことが起こっているのだろう。 自分のまわりでトラブルが多発すれば、世界ではなく自分がおかしいのではないかと思ってもよさそうなものだが、そうは思わないところがクール。ウィトゲンシュタインにも通じるクールさ。

どうでもいい連想なのだが、他人や自分の(記述的)評価ってのは結局のところはっきりした「事実」のようなものがあるわけじゃなくて、ぼんやりとした人びとの判断の総合というかそういうものに頼らねばしょうがないところがあるんだよな。伊勢田先生の『トレーニング』を読みなおそう。

調子悪くて夕方いったん帰宅。 ほんとうに健康に関しては、生活態度の抜本的な改善が必要。 しかし夜に研究室で本を読む楽しみは捨てがたい。どうしたものかな。

ほんとうにがっくりアルコールが飲めなくなった。何を楽しみに生きればよいのかわからなくなりそうだ。

なぜか久しぶりに『存在と無』読んだり。第三部第三章あたり。文学としておもしろいよな。こういう哲学もアリな気がする。っていうか、最近こういうのが少なすぎるような気がする。

サルトルが友人から現象学のアイディアを聞いて、「コップからでも哲学で きる」とかって感動したとかそういう話、前から気になっているのだが、なに がサルトルを感動させたのかな。ちまちまとした意識内容なり直観なりを記述 しても十分哲学になるよ、ってのが新鮮だったんだろうと思ってるが、それで いいんだろうか。それだけならキルケゴールだってやってたわけだから。これ も「現象学的方法」なんてのが通俗になってるからわれわれにはわかりにくく なってるんだよな。

京大の哲学科では一時期(私が学生のころ)現象学が猛烈にはやっていたわけだが、あのひとびとは今どうしているんだろうか。難しくてわからなかったよな。


2006/01/13 (金)

昼前から。

自戒とテンプレートのため記録しておく。

始末書

平成18年1月13日

平成17年12月26日、学内での京都生命倫理研究会の開催の際、 緊急に数枚の資料をコピーする必要があったため、現代社会学部事務室のコピーカード一枚を借用いたしましたが、その後、不注意により紛失してしまい、大学に損害を与えることになりました。誠に申し訳なく、深くお詫び申し上げます。 安易な気持ちから御迷惑をおかけしたことに責任を痛感しております。 今後は二度とこのようなことのないよう最新の細心の注意を払って活動に研究教育活動に精励することをお誓いします。

現代社会学部 助教授
江口聡 (印)

講義。これで今熊野は全部終了か。卒論とレポート指導が残っている。

本を買いたいのだがもう予算がない。どっかに余っている予算はないか。

卒論指導。

フレッツ光プレミアムってどうなんだろうか。調査すべし。

買ったまま斜め読みして放っていた小谷野敦『恋愛の超克』。やっぱり小谷 野はおもしろいな。この人のおもしろさを私ほどわかっている人間はあんまり いないんじゃないかと思うほどおもしろい。

あまり寒くなくてうれしい。温暖化が進んで熱帯になればいいのに。

フランクのピアノ五重奏は名曲だなあ。


2006/01/14 (土)

昼前まで惰眠をむさぼってしまう。まずい。

衣笠補講。

どうでもいいが、マーラーの録音はショルティ・シカゴ響・コロ・ミントン の「大地の歌」1曲につきると思う。これ以外の曲や演奏は価値がない。なぜショ ルティとシカゴ響が80年代の日本の評論家に嫌われたのかってのは一考する価 値があるかもしれない。

どうでもいいが、教室の内装ってのはほんとに重要なんだよな。うちの校舎の演習室はほんとうにダメで、設計した奴を殺したくなる。音響重要。

某ユニットを応援しにライブハウスへ。 酒飲んだので苦しくなる。だめだ。死ぬ。今ビールだと1リットル程度で気分悪くなるようだ。・・・あたりまえなのかな。


2006/01/15 (日)

寝坊する。

卒論指導1件。完成ということにしておこう。

心を落ちつけて授業準備。

夜も研究室。 で強制的にアルコール摂取できないようにして肝臓を休める。現代のオデッセウス。

『病原体進化論』それほどおもしろくなかった。それにしても100ページ弱、1200件を越える文献リストがすごいな。なんというか、こういうのはもうwebとかで公開するようにした方がいいんではないかとか余計なことを考える。


2006/01/16 (月)

朝帰って仮眠。暖かい。自転車で衣笠。本年度の講義はぜんぶ終了。

ホリエモン家宅捜査。バブルがはっきり目に見えてきた感じ。


2006/01/17 (火)

昼から大学。

R&BはもうiPodかiTunesでしか聞かないんだから、わざわざCDとCDケースを手に入れる必要はないような気がしてきた。へんな認証さえなければiTunes Music Storeですませてしまうのだが。 この前購入した2曲は起動ディスクを変更したら聞けなくなってしまった。腹たつ。

急ぎの仕事はあるが、心を落ちつけるため読書。・・・と、なかなか落ちつかず。

http://doujinnottori.fc2web.com/おもしろすぎる。なるほど、現代の中学生腐女子はこうなっているのか。 厨とはいえ、非常に女性的ななにかを感じるよな。

結局夜まで十分落ちつけず。

宮崎被告に最高裁で死刑。あれ、二審で精神鑑定してないのか。なんで却下されたんだろう。


2006/01/18 (水)

うまく寝つけず、すぐに目が覚めてしまう。朝から。 飲酒しないと睡眠がうまくいかないような気がする。飲んでも余計にうまくいかないのだが。

世の中で、バレると逮捕されちゃうようなことをしている人ってのはどれくらいの割合でいるのだろうか。逆に、生涯まったく違法な行為をしたことないという人はどれくらいいるのだろうか。 不道徳な人だったらすぐに「まず全員」と答えられるけどなあ。

emacsにlonglines.elというのが追加されていたことを知る。しかし、日本語だとうまく改行してくれないようだ。残念。

午後帰宅して寝る。

気がすすまない仕事をするため夜研究室。でもやる気になれない。 どうにもダメでライヒの評伝なんか読んでしまったりする。キチガイの伝記は おもしろいなあ。こういう強烈なエネルギーと自身ってのはうらやましいものだと思う。 でも凡人の方が幸せだ。 それにしても今世紀初頭30年のウィーンは滅茶苦茶でおもしろすぎる。


2006/01/19 (木)

椅子の上で寝てしまう。腰が痛い。仕事すすまず。

ホリエモン事件、やっぱり人死にが出たか。誰もが「誰か死ぬな」と思ってたよな。 貧乏で無能でいいからおだやかに生きたい。

会議。

誰もがセンター試験はエラいことになると思ってるだろう。ていうかそれを望んでいる雰囲気が大学関係者に充満しているような気がする。意外にうまく行くんだろうか。とりあえずSONYから20万台使い捨てだなんて馬鹿げてると思う。なんかで再利用するのかな。

雪がちらほら。

午後百万遍で読書会。

督促のメールが。すみませんすみません。いかんいかん。うう。


2006/01/20 (金)

昼まで寝て午後から。心落ちつかず。あれ、なんか頭が痛いぞ。

本屋から本が届いて財政破綻。来年度予算に食いこんでしまう。 作者不明『我が秘密の生涯』田村隆一訳全11巻、なんてのも届く。 富士見ロマン文庫のやつも抄訳だったのかな。

調子出ず帰宅。夜研究室に行こうとするが、早々に閉門したらしいので寝る。

Webページ見つけたHTMLで書かれているテーブルをExcelにもってくるにはどうするかとうい問い。 → ページをHTML形式でダウンロードしてWORDで開いてコピーしてExcelへ。 もっとエレガントな方法があるだろうか。

ハートマーク入りのメールを送りつけてセクハラ認定ていうの、おもしろいなあ♥。


2006/01/21 (土)

うまく寝られず、じたばたした挙句、朝から大学。センター試験らしいが幸運にも関係ない。

どうでもいいのだが、ブログやらmixiやらで、「自己紹介」であるべきとこ ろに他人の写真を使ってる人々ってのはどういう意図でそれを使ってるんだろ うか。特に若い女性が美人女優とかの写真を貼りつけているのが気になる。 「私はこうです」というわけではないだろうから、「わたしもこういうふうに なりたい」という主張なんだろうか。もうちょっと奥があるような気がする。 「わたしはこういう人を美しいと思います」という美意識の表明なんだろうが、 それが実在の人物(それも現役の場合が多い)のが謎。女心は微妙でオヤジに はわからん。男性が偉いオヤジの写真貼ってるのはだいたいわかる。「私この ひと尊敬してまーす」「わたしははっきり言ってこの方の派閥です」。男心は わかりやすい。

どうしてもある事務仕事に手をつけられない。

あら、足の指に恐しい病気が再発。

時間が飛ぶように過ぎていく。なんでだろう。

やっと京都らしい立派な冬ホウレン草が出まわりはじめた。

リスニング試験、全国で50万人受験してトラブルが500件程度ならまずまず 成功なんだろうが、「性善説に立っている」発言がかっこ悪い。そんなこと言 わずに「成功でした」と言えばいいのに。どこかで機械はソニー製という情報 を見たような気がするが、かんちがいだったかも「メーカーは言えない」らし い。

結局emacsを捨てる作戦は失敗。あと5年は使うことになりそうだ。


2006/01/22 (日)

早起き。朝から。

某作業。 某採点

某博士一日前と飲む。


2006/01/23 (月)

昼から。まず某 作業。方針を抜本的に変更したら一気にいろんなことが楽になった。

落ちつかず。 エントリシート1件。夕方になってからやっと落ちついてくる。

migemoとかでいろいろお世話になっている高林哲ってひとはおもしろいなあ。「バッドノウハウ」の典型はemacsとTeXだそうだ。 ここらへんのバッドノウハウと現実逃避との関係とか。まさにその通り。

人文社会科学でもいろいろバッドノウハウあるよな。哲学とか社会学とかほんとにいろいろ奥が深い、深すぎる。あ、これはノウハウじゃなくてバッドノウファットか。

社会学って難しいなあ。いまだに本質主義対社会構築主義とかって図式になってるのは どういうことなんだろうか。 今の視点からすると、「生まれか育ちか」議論と同じようにぼやけて無意味に見えるんだが、 そういうものでもないのだろうか。

「セクシュアリティ」とかに語るとき、*必ず*ジェンダーだの性別だの強制的異性愛だの話になるってのもかえって奇妙に見える。 同性愛の話にしても、あんまりそれが問題になってなかった文化に、わざわざ近代西洋的な同性愛/異性愛という対立を持ちこんで議論しているように見えるな。よくわからんが、同性愛ってのはそんなに特殊っていうか例外的なもんなんだろうか? 性別性差無視していきなりセクシュアリティの話をはじめるってのはできないんだろうか。できないか。

それにしても社会学の人々は生産力がある。たいしたものだ。

「・・・すでに性差別と性別役割規範に貫かれた社会空間のなかでは、事実認識としての性差を 認めることが規範命題としての男女の分割を認めることと同値に解釈され、性差別を再生産してしまう・・・それゆえ性差別に対する批判という思考の線は、生物学的決定論という本質主義のひとつの型への抵抗と同時に、その向こう側にある、そのような考え方が自明の前提にしている性差そのものをも、批判の対象としなければならなかった。」\cite{加藤秀一01:身体の臨界}

いまだに「事実と規範の間にはギャップがあるよ」と言わなきゃならないんだろうか。

ホリエモン逮捕かあ。お縄になるのはやっぱりいやだなあ。気をつけよう。 でももう犯罪適齢期は過ぎたような気がする。いやいや、まだ危ないか。それともこれから?


2006/01/24 (火)

午前中会議。

百万遍で読書会。

前日に続きBSでモーツァルト。演出や歌手のルックスがよくて楽しめる。モーツァルトとかってどういう演奏でもそれなりに楽しめてしまうから、楽しみはやはりそういう面になる。


2006/01/25 (水)

昼前に起きる。昼から。エントリシート。教授会など。

不調。

ドンジョバンニ。 誘拐やフィガロのときは気にならなかったけど、衣裳や舞台装置が現代的演出のドンジョバンニは生臭すぎるな。コシにははまりすぎておかしいかも。 ドンジョバンニの食事のシーンはいいよな。これまで見たオペラのシーンのなかで一番好きかも。鯨飲大食はいい。「巨人の食いっぷり!」わたしももっと食えたらいいのに。


2006/01/26 (木)

昼から。胃が重い。

作業。レポート指導。

卒論おつかれコンパ。

京大ギャングスターズ、女子大生を性的暴行。 被害者はうちの学生じゃないかと心配したが、そうじゃないようだ。だからといって別に「よかった」と思うわけじゃないが。 アメリカの大学のようにいろんなことの対策打たないとならんようになってきてるんだろうな。

もちろん醜悪な事件だと思うが、私のなかでの「グッと来る度」は実はそれほど高くない。 おそらく参加人数の問題だと思う。3人というのはちょっと少ない。その人数だったら 本人たちはなんとでもできたはずなので、私がグッと来るタイプの集団圧力が十分強くないような 気がする。もとからダメな奴らなんじゃないかな。 むしろ、大人数コンパで一気飲みしたり脱いだりする奴らの方に興味がある。

・・・いや、そうでもないかもしれんな。

ついでに、呪文で10人以上の女性と「結婚」男のニュースにもそれほど心動くことがない。 なんか外部に対する関心が少なくなっている時期なんかもしれん。

「コシ」はなんだか眠い演出で途中で寝てしまう。


2006/01/27 (金)

悪夢見て起きてしまう。 最近キチガイとかヘンなものを読んでたせいのような気がする。

ギャングスターズ、余罪ありか。なんだかますます関心がなくなるな。性犯罪常習者が京大にいただけ。・・・いやそうじゃいか。 出てこないだけで、うちの学生もいろんなところでいろんな被害に会ってるんだろうな。やだな。 今回は容疑者3人ともmixiにページもってて、実生活の人間関係もうかがい知れるってのがなんとも斬新ではある。

朝から。午前中雑用。けっこう時間をとられてしまう。

なんか重大な仕事を忘れているような気がして不安でたまらない。

ギャングスターズについていろいろ考える。 もしかしたらそれは「伝統」である可能性もあるな、とか(かならずしもその団体の ではないかもしれんが)。 ああいうのは誰かがオリジナルにはじめるのはかなり難しいことだと思うんだよな。 もちろん暴力の天才はいつでもオリジナルにはじめることが可能なわけだが、そうでない凡人にはおそらくたいへん。もちろん、天才が一回なにかをするのを見れば、凡人がそれを真似るのはたやすい。

アメリカの大学の対応について考えてたのだが、大学が介入するとモミ消されたり処罰が軽くなるようなことってのはないんだろうか。 ・・・・ふむ、いろいろ本があるな。ああいうのは (Fraternity) Gang Rapeと呼ぶ人々もいるんだな。 http://www.interactivetheatre.org/resc/athletes.htmlとか読んでみたり。 アメフトと強姦ってのは切っても切れない関係にある印象もあったり。偏見だな。 でもそういうフラタニティというか男の略奪暴力集団を作る気質のようなものは我々が太古の昔からもっている性質のような気もする。そういうのから切れてツブツブになっているのが近代人だと言いたいような気もするが、強い魅力もあることは認めないとならんよな。 J. アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』とかの影響か。大学ってのはそういうのとあんまり関係ないような印象があるんだが、勘違いなんだろう。そう思うのは私自身は大学でちゃんと社会生活しなかったからかもしれない。 しかしまあ、女子大勤務のよいところの一つは、学生が被害者になることはあっても加害者になる可能性は共学に比べて低いことだ・・・とか考えちゃだめなんだろうな。

アルコールのような薬物をゲームに使うというのがよくわからん。 これはやっぱりなんらかの教育が必要なんだろうなあ。まあ私自身コントロールしきれてない わけだからなあ。 逆に、そういうアルコールで泥酔して事故を起こすことによって、「その人」を知るという文化もあるんだなとかも思ったり。 彼らは、日常的なフラタニティとかそういう感覚でそういうことをしていたのだろうか、 それとももっと祝祭的な感覚を抱いていたんだろうか。別にそれが道徳的な意義をもつわけではないが、ちょっと気になる。

東横インもたいへんだ。最近いろいろ考えさせられるニュースが多いな。 考えてらんない。

あんまり関係ないが、人間関係は小さな失敗や大きな失敗をくりかえして、絶交したりなかなおりしたり取りかえしがつかないことになったりしつつ、他人とのつきあい方を学ぶわけだが、セックスについては失敗は許されない、のだろうか。 失敗が許される条件とは? どの程度の失敗なら許されるんだろう? まあギャングスターはそういう失敗ではないのははっきりしてるな。


2006/01/28 (土)

半日以上寝てしまう。

床屋。午後から。なんか喉が痛いぞ。・・・寒気もするような気がする。こらいかんな。 水曜の教授会でみなゲショゲショやってるのかいやな感じだったのだ。 心を落ちつかせるためミルのベンサム論などを読んだり。読んでなかったのが恥ずかしい。 それにしてもこの文章は、哲学史でも珍しいほどの罵倒というか抹殺というかそういうのを 感じるすごい文章だな。

実は口角炎がいまだになおっていない。もう一月苦しんでいることになる。


2006/01/29 (日)

また半日以上寝てしまう。一般入試。昼から。エントリシート。

心落ちつかないのでレポートを読む。今年は早めに片づけよう。

・・・と、あれほどコピペはやめろと口を酸っぱくして警告したのに丸写しがいるので、カッとなり研究室前の廊下に晒しものの刑にする。(例年は単位なしにしてきたが・・・) ちょっと強硬すぎて問題になるかもしれんな・・・。

まあこういうのは、課題の出し方などにも問題があるのかもしれんと自戒すべし。 自由度が高すぎる課題はコピペの巣窟になるのはわかっているのだが。

衣笠大学では、採点表に

本学では、定期試験と同様にレポートにおいても不正行為に対しては厳しい措置を取ることを検討しております。提出されたレポートのうち、文献、インターネット上に公開されているファイル、他人のレポート等からの盗用(引用の明示がなされていない)と思われるレポートを発見された場合には、必ず開講責任の学部事務室までご連絡いただきますようお願い致します。
と書いてある。衣笠大学ほどのところでもまだ「検討」段階なのか。まあ難しいよな。 と、ちょっと衣笠大学のレポートを見てみるが、さすがにコピペな奴らはほとんどいないようだ。読ませるレポートもけっこうある。

この問題を解決するには、学生じゃなくて教員の側の意識改革が必要なんだよなあ。それも集団的な。正直なところこれまでうやむやにしてきてしまったのだが、今年から断固として戦うことにする。不惑。

困難のひとつに、あきらかに丸うつしなのに出典がわからんので証拠がない場合どうするか、ってのがある。その意味ではwebからのコピペは教員にとって逆に福音だよな。webならこっちも見つけやすい。

しかし大人数向けの授業でそこまで目くじら立てて厳しくするのは傲慢なんだろうかとかって弱気になったりもするわけだったり。少人数の授業だったらこんなこと起こりえないのにとか。いやいや、不惑。

TAが必要なんじゃないかな。教員がレポートを読み、怪しいものはキーワードをマークしてそれに従ってTAが検索、とか。「先生、コピペです!」「そうじゃろうと思ったよ。」

・・・衣笠のレポートを読んでいると、2ちゃんねるの哲学板の一部の書き込みと似た発想や文体を感じたり。まあ一部かぶってるんだな。これからあそこで授業するときは2ちゃんねらーを相手にしているつもりでやってみればどうか、とか。

形式的にはしっかりしていて、内容もおもしろいが、根本的にヤバい、というタイプのレポートを久しぶりに見てしまう。どうしてよいかわからん。

とぼとぼ歩きながらコピペについて考える。やっぱり課題の出し方に問題があったのだなあ。しばらくコピペ全開のを見てなかったから、態度が甘くなってたのかもしれん。自戒自戒。

夜、ふと、NHKの車を船に詰め込む方法の番組(NHKアーカイブ「徹底解剖: 自動車船用船」)を見てムフーとなる。そう、多くの問題はその原因を慎重に 分析すれば解決できる。工学は偉大だ。スマートさってのは大事だ。企業にとっ て人材ってのがどれほど大事かってのがわかった。 同時に、バブル直前(1983 年)の人びとの仕事に対する誇りを感じる。それが番組の主眼らしい。おそら くこの番組を今再放送する意味はそこにあるんだろう。こういう番組のプログ ラム組んでる人とか、BSの映画番組を選択している人とか、NHKの番組作成には 時々非常に微妙なメッセージが含まれていて興味深い。私は公営放送のままで よいと思う。

どうでもいいが、衣笠大学のレポート表紙は上部で2個所ステープラーで留 めさせるように誘導していて、読みにくくて困る。左上だけにしてくれんかな。

Linda MarcianoのOrdeal読んだり。よく書けてておもしろい。来年の英語の授業に使いたいがダメだろうな。


2006/01/30 (月)

朝から。健康センターで口角炎に薬をもらおうと思ったのだが、入試でお休み。

業務。ヴィルヘルムだかグリエルモだかの意味を今ごろ理解する。 時間が細切れにされるのでレポート読んだり。これまでのところ江口恥教員にレポート提出しているのが1名。これも久しぶりだ。

考えたあげくコピメ晒し首はやめておく。リンチはいかん。やはりそういう手段はあらかじめ警告してからとるべきだろう。次回は事前に告知して大々的にやろう。楽しみだ。

レポート読んでるとどかんと鬱が襲ってくる。だめだ。 気分転換に衣笠のを読むと少し落ちつく。 ・・・あら、衣笠でもコピペがいた。WikiPediaや森岡正博そのまんまというのは勇気がありすぎる。これは通報だな。

早く寝る。


2006/01/31 (火)

いやな感じがしたので前日は10時には寝たのに、痛恨の寝坊。30分遅刻。人間失格。 始末書は書かないが、それくらい重大な過失かもなあ。

「ゆとり世代」の初受験なわけだが、べつに学力は下っていないね、という話。ただ、二極分化しているという話もあり。もしかしたら塾・予備校に通っている層と高校だけの層に分かれているのかも。

大学入試問題は難しいよな。国語と英語はともかく、3教科以上では自分が務めている大学に合格することさえ難しいかもしれない(もちろん私は受験資格がないのだが)。センター試験程度の内容は基本的教養として毎年勉強して、地方国公立や中堅私学ぐらいには合格するくらいになっておくべきなのかもしれない。中年の楽しみにするか。

空き時間を有効利用するべし。レポート読む。ほんとうにレポートは教員の通信簿だ。 できの悪いレポートは教員の不徳のなすところ。教員の怠惰ができの悪いレポートを生む。 ここ数年は気をつかっていたはずなのに今回は気が緩んでいた。口頭その他で書き方についてしつこく指導したつもりだったので課題の出し方に気を使うことを怠っていた。反省。自分の思うようには人は動かぬ。ひとりよがりはいかん。デール・カーネギーでも読み直すか。

まあしかしアレだ。WikiPediaとか使ってくるのはまだいいんだよな。 トンデモなページを使われると、いったい自分がなにを教えてきたのかと。 まあそういう学生は授業とか出てないわけだが。 おそらくうちの学生は内部進学・推薦組と一般入試組とでレベルが違いすぎるんじゃないかな。

あら、作田先生までブログ書 いてるのか。小学生がブログ書いても驚かないけどこれくらいのお爺さんが書 いてるとかっこいいな。時代は変わったなあ。・・・けっこう以前からサイト を持ってたのね。「激高老人」と自称しながら、どれもサラっとしたエッセイ でうまいものだ。戦前のちゃんとした人文学の教育を受けた最後の世代、最後 の「知識人」、というやつかな。テレビが大好きなのがなんだかおかしくて好 感持てる。御当人を見たことはないが(住所が非常に近所だったことがあるの ですれ違ったりしているかもしれないのだが)、こういう爺になれたら言うこ とないよな。 戦後の教育を受けた人びと、たとえば加茂先生や加藤先生の世代はもう「知識人」という感じではないものなあ。


EGUCHI Satoshi <eguchi.satoshi@gmail.com>