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ふと感じたことの書き殴り

聞きたいのに行方不明のCD。Far Cry、Susuto、ミンガスのカー ネギー、セシルテイラーのソロ、モントルーのビルエヴァンス。You're Under Arrest。Neither Fish nor Flesh、 TASHIの「世の終り」、アレサ!。


2006/10/01 (日)

湿布はけっこう効いたようだ。薬品を見つけた人々は偉大だなあ。

午前中から大学。まず心を落ち着けて。この季節の雨はよい。

「無限小の差異」は、じっさいに消去可能なのであろうか。 問題が数学的に解決されて、微分法に十分な基礎が与えられるのは、 十九世紀最大の数学者といわれている、コーシーの『解析学教程』を まってのことである。無限にちいさなことなりは消去可能なものであるのか、という 問いそのものは、哲学的にはなお決着をみていない。そう考えることも可能であるかもしれない。 (熊野純彦『西洋哲学史:近代から現代へ』岩波新書、p.80)

へんな文章だなあ。そりゃなんでも「そう考えることは可能であるかもしれ ない」だろうよ。決着しているのかどうか、決着していないと考えることが可 能なのか可能でないのかはっきりてくれ。わかんないなら「私はコーシーは読 んだことないし、微分も勉強してないからわからん、数学者に聞け、♪微分積 分いい気分」と書けばいいのに。 微分については『黒のもんもん組』でも読ん だらどうか。(それとも「そう考えること」の「そう」は無限小は消去可能」 なのだろうか?それでも意味不明だよな。) 勉強する気のない人間、ちゃんと考えようとしない人間にとっては、 ほとんどあらゆる哲学的問題が決着ついてないだろう。っていうか その場合はむしろ「決着がついた」哲学的問題ってのにどんなのがあるか知りたくなる。

プリンタ購入計画は、もうすぐ共用プリンタが修理されるということなので 見送り。部屋のモノを増やしたくない。

いつものことだが、USBケーブルとかってのは必要でないときはあちこちに転がっていて、 必要なときは存在しない。

いったん帰宅して日曜日はボンゴレの日。寝る。

夜ふたたび出てくる。

テンシュテットのマーラー9番(マーラーのなかでは好きな曲)を聞き、こ の曲の奇怪な第1楽章はなんか自叙伝的・描写的なのだなということに気づく。 動機や展開などは、どれもなにか実生活の人物や出来事に対応する意味あいが あるんだろう。楽団員と喧嘩したとかシュトラウスはいい奴だとかシェーンベ ルクに馬鹿にされたとか子どもが死んじゃったとかアルマに浮気されたとかそういう やつ。マーラーファンには当然なのかもしれんが。

ちなみに私が聞けるマーラーは5、6、大地の歌、9の4曲のみ。 なんというか、マーラーは基本的に作曲家としてはアマチュアなんだよな。 聴衆のことはあんまり考えてないで自分の都合だけで作曲している気がする。 オケは同時代のラヴェルやストラヴィンスキーやシュトラウスに比べたら鳴らないし。 なんか出版の予定もなく自分のために長編小説書いている男とかを連想する(プルーストとは 同時代人だけどちょっと違うか)。 いやむしろ、夢の巨大戦艦や未来都市の設計図を書いている男とかか。 シュトラウスはちゃんとお客さんのことを考えて書いている(お客を考えすぎかもしれないが)。


2006/10/02 (月)

なんか酔っ払ってゲロゲロ。猛烈に苦しむ。 また胃のなかか食道が軽く出血させてしまったようだ。 ほんとに馬鹿。しかしそんな飲んでないのになあ。

朝帰りゴミを出してまた出てくる。まだ雨。

あわてて授業準備。

衣笠。疲れた。

スペイン語聞きはじめる。続くかな。 立花先生のフランス語入門はいい感じ。 ドイツ語入門は、どうかな。


2006/10/03 (火)

早寝早起き。 朝から。

マニュエル・ロザンタールのラヴェルの評伝。 ラヴェルもシュトラウスを「職人」として最高度に評価していたが、 マーラーについてはひどいことを言ったとか。さもありなむ。

会議。

ちょっと前から営業時間を短縮したり、改装したりしていたやぐ羅が 「しばらく休業します」になっている。なんかあったのだろうか。

1回生ゼミ。 3回生相談。 卒論指導。

キヤノン来訪。発注してしまう。まあ部屋にもプリンタ1台あってもいいか。

あんまり普通の人が持っていないCDをiTunesに入れると、 曲名その他をCCDBに入力することになる。なんだか意味なく誇らしい。 ついでに、そういうCDがCCDBに入力されていて、かつ、その入力の仕方が 正しい(少なくとも私の好みに合う)となんかうれしい。 そう、手間を省くにも合理的な流儀がある。

森田芳光の『黒い家』。大竹しのぶは偉いが、ぜんぜんだめだめ。 この手のものはやっぱりハリウッドものがよくできているだよなあ。 邦画はとにかく芸術していればよいのだ。

ルーシー・ブラックマン殺し、無期求刑。死刑求刑じゃないのか。 やっぱり女児の方が高いということなのか。年齢差別? 外国人差別か、「お水」差別か。


2006/10/04 (水)

朝から。

RefTeXでnatbibスタイル(\citep{}や\citet{})でciteしたい場合は

(setq reftex-cite-format 'natbib)

他の部屋に1280x1024の液晶ディスプレイを置きっぱなしにしていることに 気づいて、いままでの1024x768のとサブディスプレイと入れかえる。快適。デ スクトップピクチャーを工夫したい。いまんとこいわゆるWikimedia Commonsか ら拾ってきた「名画」を壁紙にしているのだが、サイズが合わないんだよな。 「画面に合わせる」だと、どういうわけか大きな画像は一部しか表示してくれ ない。適当に拡大縮小して調節してくれればいいのに。あれ、そういうユーティリティーか なにかがあるのかな。OS Xになってからここ数年、Mac雑誌とかそういうのぜん ぜん読んでないからもうわからん。まあOSに大きな不満がなくなったというこ となんだよな。

なんかミスがあった場合に、「あら困りましたね、な んとかしましょう」と反応する人間と、別に責めてるわけじゃいのに、「わた しのせいじゃない、わたしは悪くない」と反応する人間がいる。自戒すべし。

委員会。 3回生ゼミ。 会議。

Great Chamber Music、ジュリアードの抒情組曲も、シェリングのベトベンやブラムスもよい。 今までの10枚組でもっともコストパフォーマンスが高いのはまちがいない。 っていうかCD1枚あたりのコストパフォーマンスでいえばおそらく人生で最高に高い。

八木義夫の「錯乱の論理」(名曲)聞きながら考える。ゲソダイ音楽っての はリスナーが少なくてとりあえず聞いてもらうのが先決なんだから、「現代の 音楽」とか、NHKが持ってる普通には売れない音源を60分2〜300円ぐらいでネッ ト配信してくれたらいいのに。著作権料と技術料とiTMSの手数料でそれくらい でいけるんではないのか。積算で500分まで3000円、1000分で5000円、2000分で 8000円とかって手もあるかも。買うひとはけっこう買うんじゃないかなあ。 192kbpsで十分だし、128kbpsでもよい。武満や三善や吉松ぐらいの人気作家は 別にしてもよろしい。人気で値段を変えることもできるんじゃないかなあ。 でもたとえば「錯乱の論理」聞きたいと思う人間は国内で3000人もいないか。

「書けん」はロハス倫理学はどうか。マクロビオエシクスとか。 「ほっこ倫理学の構築?」


2006/10/05 (木)

朝から。小雨。 学生相談。

大学のチャイム(うちにはそんなものがある)が2分ほどずれていて 気持ち悪い。大学にチャイムがあってよいことはなにもないと思うのだが。

百万遍。

授業がはじまると時間がびゅんびゅん過ぎていく。次に目が醒めたときは 定年、年金生活、とかでもいいなあ。

夜レジュメ書きに研究室へ。

「民音現代作曲音楽祭」とか。ゲソダイ音楽もおもしろいなあ。秋はよい。 それにしてもiTunesはクラオタの日常行動を変化させているだろう。 図書館からCD借りて読みこんでいるクラオタはたくさんいるだろうな。 ・・・と、やっぱりスレッドもあるな。

どうも頭がはっきり薄くなってきたようだ。 気づいてはいたのだが、某教員に「あれ?そうだったか?」と指摘されてしまう。 というか、髪が中途半端に伸びると目立つようだ。 うーん、このまま伸ばしてしばらくうやむやにするか、坊主頭に戻してしのぐか。迷うところ。 最終的にどうなるかは覚悟しているので別にかまわんし、 ここまで持っただけで十分なのだが。選択肢があれば迷うものだ。なんでも中途半端なんだよなあ。

自分のなかでドビュッシーに対する評価が下っていることに気づく。 誰かに「へえ、ドビュッシー好きなの?」と 言われたときに晩年のソナタ3曲と前奏曲集しか挙げられないかも。 ・・・いやいや、そんなことはないな。映像(ピアノ)も版画も牧神もあるし。 でもラヴェルやストラヴィンスキーとの相対的な地位が自分のなかで変わってしまったような気がする。


2006/10/06 (金)

午前中から。小雨。

学生相談。 講義。 卒論指導1件。

プロメテウスへの道を歩む。

思うところあって、 またmewとか設定してしまう(主として送信用に)。 馬鹿。mewはいつのまにか5.1とかまで成長している。 Mail.appで受けるのも続けたいので、 gmailのもうひとつのアカウントに転送してPOPすることに。

(setq mew-pop-server "pop.gmail.com")
(setq mew-pop-ssl t)
(setq mew-pop-auth 'pass)
(setq mew-pop-delete nil)
(setq mew-pop-size 0)
(setq mew-ssl-verify-level 0)
(setq mew-use-cached-passwd t)

はっ。一時期苦労してemacsから離れようとしていたのに。いかんいかん。 ぜんぜんプロメテウスじゃない。

タイプセット2件。

昨日ルネでパーソナルシュレッダーを見て久しぶりに物欲が刺激された。 ふつうの5000円ぐらいの電動のはA45枚ぐらいしか切れないようだ。 でも家と研究室に欲しいなあ。家のは手動でいいかな。 この時代、ほんとうは校舎のあちこちにあるべきなんじゃないかと思う。 廊下に一台欲しいが、無理だろうなあ。

「自由意志」にしても「意図」にしても「責任」にしても、われわれが親 しんでいる英米系の「哲学」の論文は、実は同時代の法学や心理学や社会学と問 題意識を共有している。われわれよりここらの学問分野のタコツボ化が進んで いなかった。それに、おそらく優秀な上流な人々の間の交流も盛んだったのだ と思う。50年もたってしまうとわかりにくい。これが私にはなかなか見えにく かったように思う。そのころ「哲学」やっている人々はまだいろんな学問に通 じていたんだよな。 いや、これは国内独特の問題なのかな? 心理学が「科学」になろうとしたとき、そのモデルは経済学だったんじゃないのかなあ。 ケインズとかハロッドとか?

心を落ち着けて机の中身の整理など。なんで机の引き出しにはこんなに無駄なものが 溜まるんだろう?バッグと同じく、小分けに整理するのがコツのようだ。 1997年11月28日に書いた「臓器提供意思表示カード」が見つかったので財布に入れておくが、 もちろん効力を発揮する機会がないことを願う。 このカードまだ有効なのだろうか。

む、秋のせいか、ミケランジェリのせいか、皆がショパンを好きな理由がわかりそう だ。マズルカ。まずい。いやだ。ショパンを聞くような人間にはなりたくない。 でもドビュッシーもラベルも好きですがショパンもリストも嫌いですというのが実社会 で通用するかどうか。


2006/10/07 (土)

雨。朝から。学生相談。

なんかリナックスザウルスなるものが欲しいような。いやいや。A5メモ帳で十分。

ジュンク堂。ついでに床屋。「薄くなってきたようなんだけどどうしたらいいのかな?年配の人はどうしてんですか?」 「はあ、まあもう一回ぐらい坊主でいいんじゃないですか。」ということで坊主。3ミリ。 気のせいか頭皮のマッサージを念入りにしてくれたような気がするが、 禿げること自体はそんな気にはしてないってば。

帽子が必要だ。そして指のささくれの季節。紙テープ(?)を用意しておかねば。 なんという名前なのだろう?バンドエイドより、昔包帯止めたりするのに使っていたあれがよい。→とりあえず名前不明のまま発見。

『論文捏造』おもしろいなあ。シェーンって人はどういう心のあり方の人だったんだろうと か、人生の大ピンチにいかに対応すべきか、いかにしてうまく失踪するか とか色々興味をそそられる。(興味のもちかたがおかしいかもしれない) もっとも、ちょっとひっぱりすぎる書き方が気になる。 インタビューとかだけで十分おもしろいのだから最初にあらすじ述べても かまわんのに。この話自体が捏造ならもっとおもしろいのにな。

『民音現代音楽祭』いろいろ聞く。 武満のようなサウンド自体はかなり早くから他の人々もけっこう使っていて、 はたして武満が本当に頭抜けた存在だったのかどうか自信がない。 黛敏郎とかの方が偉かったのかもしれない。 洋物だと、シュトックハウゼンやノーノもそうだ。 ブーレーズやベリオやクセナキスはたしかに偉い。ケージのまともな 曲も今聞いても斬新。

たしかに趣味判断ってなんだろう、音楽ってなんなんだろうなあ。 「クラシック」はやっぱりクラシックなものなので、 生き残っているものはどれもよい。ゲソオソを聞くといろいろ悩むよな。 別に私が悩む必要はないわけだが。 なんである種の客観性が欲しいのかね。 またぱらぱらアドルノの音楽社会学めくったり。いつ読んでも 何が書いてあるか理解できない。まあ50年代〜60年代ってのは 意外に遠い。正直いって19世紀と同じくらい遠い。

毛糸の帽子を発掘。しかしまだ暑い。もう少し薄手の奴が欲しい。 手ぬぐいでも巻いておけばよいのか。

BS。ドアーズはかっこいいなあ。 マンザレクが偉いだけじゃなくて、 ドラムのデンズモアがロックじゃなくてエルヴィンジョーンズや ジャックデジョネットしようとしている のが他のバンドと違っててかっこいいんだよな。 クリーガーは別の人でもよかったんじゃないかという気もするが、 そういうものではないのだろう。っていうか彼はバンドのコンポーザーとしても偉いんだな。 彼ら自身はロックよりジャズの方をよく 聞いてたんだろうな。自分たちが「ロックバンド」だと思ってただろうか? インタビュー風景がおもしろい。カリスマ、頭の切れるナンバーツー、 気の弱いその他。オウムやマンソンファミリーもこういう感じだったろう。


2006/10/08 (日)

帽子を買いに。寺町の小さい店で「どんなんが流行りですか」「こういうの です」というので長くて後にだらーんとなる奴を購入。かぶり方も指導してもらう。 しかしかぶってしばらく歩くとこの季節 ウールでは暖かすぎることに気づき、高島屋でもう一個物色。今度 はコットンのニットの丸いやつ。うむ、これだ。色はもうちょっと考えるべきだったかも しれん。長い人生で服装に興味を持ったことはないのだが、帽子は集めてみてもいいな。

午後大学。各地の小学校で運動会。

@Book{片田珠美06:薬でうつは治るのか,
  author = 	 {片田珠美},
  title = 	 {薬でうつは治るのか?},
  publisher = 	 {洋泉社},
  year = 	 2006,
  yomi = 	 {かただ たまみ}
}

む、この人はできる。向精神薬の発見から精神医学が見直されていった過程や、 DSM-III(以降)、それに抗鬱藥の問題についてこれくらいちゃんと書いてくれているのは 新書レベルでは見たことない。

@Book{岡田尊司04:人格障害の時代,
  author = 	 {岡田 尊司},
  title = 	 {人格障害の時代},
  publisher = 	 {平凡社新書},
  year = 	 2004,
  yomi = 	 {おかだ たかし},
  annote = 	 {2006/10/08}
}

なんだこの本。なんかあやしい。評価されている人なんだろうか。 学者じゃなくて小説家なのか。それにしても怪しい。 いまどきの精神科医の悪い面をモロに出しているような気がする。

む、カラヤンとシュヴァルツコップの『ばらの騎士』DVDついに出るのか。楽しみだ。

また本を探して時間を使ってしまう。馬鹿。それが『中公世界の名著』だったり すると泣きたくなる。もっと時間を有効に使おう。 某名誉教授の本棚は機能的に片づいていたなあ。誰かに頼んで整理してもらうか。 内容ではなくシリーズで揃えた方がよさそうだ。

今日の毎日新聞の高樹のぶ子による書評(山折哲雄『ブッダはなぜ子を捨てたか』) 意味わからん。編集者はいったいなにをしているのだ。

@Book{鈴木透06:性と暴力のアメリカ,
  author = 	 {鈴木 透},
  title = 	 {性と暴力のアメリカ:理念先行国家の矛盾と苦悶},
  publisher = 	 {中公新書},
  year = 	 2006,
  yomi = 	 {すずき とおる}
}

中公新書にしては、なんか浅い。 余計な知らないことを書いている感じがある。フカシっていうのかな。

たとえば、

(19世紀のアメリカ西部の決闘が)「単なる暴力の行使ではなく、一定の ルールに則って勝負を決するというスポーツ感覚は、騎士道に通じるものがある。 背後から相手を撃つなどルールに違反したものは、「卑怯者」という 汚名を着せられた。命を守っても名誉を守れなかった者は 社会的に葬るというのが西部の掟であり、名誉を重んじる中世的 価値観が西部にまで広がったことを物語っていた。」p.77

でも「中世の騎士道」なるものがが実際にどういうものだったかの説明がないし、 具体的に社会的にどういう葬り方をしたのかも説明がない。おそらく あんまりはっきりわかってなかってないというか具体的な話を知らずに、 通念や誰かが書いたものをなぞっているだけではないのではないか。

「騎士道」なるものが中世にほんとうに実施されてたとも思えないしな。 そんなん、「武士道」と同じく、 18世紀ぐらいに市民階級によって作られたものではないのかとか。 知らんけど。一方、フェアプレーの精神のようなのは 騎士とか武士とかとは別個に働いてたろう。ヤンキーやヤクザの間でも 現に動いてるんじゃないか。

社会的にどう葬るのかもはっきりしない。 というか、社会的に葬り方なんかなかったんじゃないか。 ルールを守って生き残る奴はたしかに尊敬されたろうが、 ルール守らずに人を殺す奴はひどく恐れられたろう。そういう奴を せいぜい陰で軽蔑することはできたろうが、 社会的に葬るなんてことが可能だったのかどうか。 たとえば、そういう奴を審判が実際に撃ち殺すなんてことはやっぱりなかったろうと 想像する。

リンチの話も性道徳の話も避妊中絶の話も同様の浅さがある。 アメリカの話じゃなくて、どの話題も我々と直接に結びついていて 同じ心理的な問題を表していると思うのだが、なんか他人事な感じ。これが 「浅い」という印象につながっているようだ。 まあ若いからしょうがないのか。

こういうのがやけに気になるのはおかしいのかもなあ。 やっぱり中公新書には他の新書には抱かない期待を抱いてしまうよなあ。 私のなかでは一番偉い新書シリーズだから。 ここしばらくは岩波新書の価値がとんでもなく下落しているからなあ。


2006/10/09 (月)

朝から。秋晴れとか日本晴れとか呼ばれる好天。 休日ではない大学が多いようだ。っていうか、あの法律取り消しなさいよ。

衣笠。衣笠は図書館ちゃんとしているなあ。

北朝鮮「核実験」。 国内で、「俺たちも作れるのに」「俺も設計図ぐらいは書いてみたんだが」 「だいたいわかるがこの個所どうしてるかわからん」 と言ってる技術者は何人ぐらいいるんだろう。

実験は失敗じゃないかとかボーガスじゃないかとか。 国連外交官の映像を見ると、この国の問題はトップがおかしくて その権力などを恐れて下々が従っているのではなく、 官僚が集団的におかしくなっているのだなあと思ったり。 戦争中の日本もああいうい感じだっんだろうなあ。

クリュイタンスのDVDを見る。写真も見たことなかったのだが、 容姿も指揮姿も表情も想像と違っていて ショック。こんなの私のクリュイタンス様じゃない。

「自分は音楽がよくわかると思っている人びとの間では、 室内楽が最高の音楽ジャンルだということは常識になっている。 この常識がかなり、自分はエリートだという自己規定の 役に立っていることは確かである。そのサークルが限られたものであることから、 彼らの専有である室内楽という音楽は大衆が喜んでいる音楽よりも 優れているのだという結論が引き出せる。」アドルノ『音楽社会学』p.192

すみませんすみません。っていうかこういう韜晦がアドルノをより いやらしく、よりわからんようにしてるんだよな。てめー自身で弦楽四重奏書いてるくせに。 まあアドルノらしい。

@Book{片田珠美03:17歳のこころ闇と病理,
  author = 	 {片田珠美},
  title = 	 {17歳のこころ:その闇と病理},
  publisher = 	 {日本放送協会出版},
  year = 	 2003,
  yomi = 	 {かただ たまみ}
}

なんだこれ。ぜんぜんだめ。昨日読んだ本とは別人のようだ。 精神分析とかの悪い面が出まくり。 このひと、ここ2年ぐらいの間になにか覚醒することがあったのだろうか。

しばらく前から歯にものがつまりやすくなっている。 歯石とりしてもらう前からだと思う。歯磨き励行。 これからはアンチ・エイジング! いろいろ気をつけよう。 いつまで続くかな。 乾燥するので顏にクリーム塗ったり。これいつのだろう? 足首、ふくらはぎ、股関節あたりに弱点がある。 ストレッチ。この組み合わせだと、四股でも踏むのがよいのかもしれない。


2006/10/10 (火)

今日も快晴。朝から。1回生ゼミ。3回生指導。

書類を探して時間を使う。馬鹿馬鹿馬鹿。そして見つからない。 馬鹿馬鹿。→ほぼ1時間後に見つかる。

メシアンとか聞きながら、1時間の曲を作るのに何百時間かけているんだろ うとか考える。ピアノとか何回鳴らしてみるんだろうか。頭のなかで何回鳴ら してみるんだろうか。(70年代以降の曲は、なんというのか、大丈夫なのか。)

夜雨。研究室。

ヨーロッパに猿がいないこととヨーロッパの科学者のものの見方の関係については、 今西錦司がずっと前に指摘しているらしい。西田先生の解題。

@Book{ドゥヴァール94:政治をするサル,
  author = 	 {F. ドゥ・ヴァール},
  title = 	 {政治をするサル:チンパンジーの権力と性},
  publisher = 	 {平凡社},
  year = 	 1994,
  note = 	 {西田利貞訳},
  yomi = 	 {Waal, Frans de}
}

わたしはいまだに「ゼミ」というのがどういうもんで、どう運営していいのかよくわかっていないん だよなあ。

うちのクラスの私学の「講義とゼミ」制度のよくない点は、 週に1回1.5時間しか顔を合わせる機会がないことだろう。 集団として機能させるのはほとんど無理。おそらくお互いに顔を会わせている時間が 短かすぎるのだ。10人を越えると個体の相互認識さえ難しいかもしれない。 まあ私たちのような小講座制で猿山の順位争いしている大学の方が 少なかったのだろうが。 いや、ふつうのところは、研究室(大学院)と学部とがもっと分かれているのか。 学部生はやっぱりお客さんということか。他の帝大クラスはどうなっているのかな。

ふと登山について考えたり。 たしかに、こんなに歩くのが好きなのだから、 山歩きはおもしろいかもしれんなあ・・・いやいや。 小学生のときはカブ〜ボーイスカウトだったからキャンプはいろいろ経験したんだけどね。 山登りとか言わずに、来年ぐらいは今熊野の生物の先生に「今熊野女子大の森ハイキング」に 連れていってもらおう。

四股の真似してみたりストレッチしたり。とりあえず股関節だ!整体や カイロプラクティックも行ってみたいが、インチキなんだろうなあ。 モトヘ。「医療類似行為」にすぎないんだろうなあ。按摩マッサージ指圧針灸とかは 大丈夫なのかな。も一回モトヘ。整体やカイロ〜は「医療類似行為」でさえないのかな? まあとにかくオルタナティブなものにはあんまり興味興味がない。 穏健な中道保守で生きていきたいという方針はもう揺らぐことがないのかもしれない。 オルタナティブなのは存在していてもいいが金をとられるのはいやだ。

「オルタナティブ倫理学」「代替倫理学」はどうか。いや、あんまりたくさんいるから なにがオルタナかわからん状態の方が問題か。倫理学の保守本道はどういうのですか、 とたずねられて答えられる人が国内に何人いるだろうか。


2006/10/11 (水)

ストレッチストレッチ。とにかく股関節。

政治ってよくわからんなあ。ほんとうに難しい。それにしても 安倍晋三って目が恐いよ。


2006/10/12 (木)

初等数学について考える。 59 x 61 = (60 - 1 ) x (60 +1 ) = 60^2 -1^2 = 360 -1 = 359とか、 こういう類の計算の省略は数学が得意な人はどれくらいやってるんだろうか。 こういうのと原爆の設計はどの程度関係があるだろうか。→ 59 x 61 = (60 - 1 ) x (60 +1 ) = 60^2 -1^2 = 3600 -1 = 3599。 だからそういうのは算数苦手な人間には意味がないのではないかとか そういうことだな。

DSM-IV(-TR)についても考える。人にレッテル貼って「ふふん」と言う ための道具だと見ると馬鹿げているが(そう使う人は多いようだが)、 これから統計とか使って、 いろいろと科学者集団で「科学」しようとするための基本的分類(「定義」ではないよな)と しては重要なんだろうなあということに今さら気づく。 太宰治先生や 夏目漱石先生にDSM-IV読ませたら何を言うか聞いてみたいような気がする。 鴎外先生が何を言うかは見当がつくような気がする。・・・いやわからんな。 ドストエフスキー大先生だとほとんどの項目にさもありげな症例を書くことが できる?落語家だとどうか。


2006/10/13 (金)

自分が医者から突然「あと1日持ちません。」と宣告される夢を見て うなされる。その前に一回心停止して蘇生させられたとかそういう夢。 この手の夢を見るのははじめてだと思う。

その一日でなにするか、とか考えているが、体が動かなくて悲しい、 とかそういうところで目が醒めたりまたうなされたり。 「人生折り返した」とか書いているわりには、 自分に残された時間がほんとうに限られているとは感じていなかったということ に気づかされた。

研究室だろうが電車のなかだろうが、自在に意識状態を 一時的に低下させることができるようになったような気がする。成長?

ムーたちはあいかわらず哲学しつづけている。 ネタはどれも陳腐といえば陳腐な「14才の哲学」かもしれないが、 表現はオリジナルで、須賀原洋行はうらやましくて嫉妬で狂っているだろう。

@Book{リヴィングストンスミス06:うそつきの心理学,
  author = 	 {D. リヴィングストン・スミス},
  title = 	 {うそつきの進化論:無意識にだまそうとする心},
  publisher = 	 {日本放送出版協会},
  year = 	 2006,
  note = 	 {三宅真砂子訳},
  yomi = 	 {Smith, David Livingstone}
}

マキャベリ的知性や意識にのぼらないマインドリーディングについて勉強。 少なくとも自分がなにをやっているのは理解したいという願いがある。

ラヴェルの「ヴァイオリンとチェロのためのソナタ」ってへんな曲だよな。 バルトークのパロディなんだろうか。ほんとにラヴェルはへんなやつだ。


2006/10/14 (土)

どろどろに寝る。午前中大学。よい気候。

howmのディレクトリに日記のファイルのコピーを置いとくと、 うまいこと検索してくれることに気づいた。grepのフロントエンドという 感じ。あ、シンボリックリンクでもいいのか。これはいいや。 ただしファイルの文字コードが混在しているのでhowm-view-use-grepが使えない。 この点については以前から色々試行錯誤しているのだが。 ほんとに文字コードの問題はやっかい。

いまのところ日本語grepはlv (lgrep)が最強ということでいいのだろうか。 オプションをふつうのgrep互換にしてもらえればよいのだが。

日本倫理学会だが見送り。うーん、締切が。

@Book{リヴィングストンスミス06:うそつきの心理学, author = {D. リヴィングストン・スミス}, title = {うそつきの進化論:無意識にだまそうとする心}, publisher = {日本放送出版協会}, year = 2006, note = {三宅真砂子訳}, yomi = {Smith, David Livingstone} } によれば、人間の主な自己欺瞞としての認知の偏りには次のようなのがあるそうな。

防衛機制のリストもある。全部当てはまりそうだ。自戒すべし。

丸善がなくなって河原町周辺で文房具をどこで買えばよいかわからなくなった。 A4メモ帳のルーズリーフが欲しいのだが。 誰か教えてください。→壺中堂か高島屋らしい。

京都フランス歌曲協会・関西日仏学館主催「新ウィーン楽派とフランス歌曲」 レクチャーコンサート(ゲスト解説:岡田暁生先生)というのに行く。 岡田解説は長いがこういうものか。 曲はドビュッシーの「マラルメ」とかベルクの「初期の〜」 とかラベルの「博物誌」とか。好きな曲ばかりだった。 演奏は、まあこういうものかな。 プログラムはもうちょっとヒネることが できたし、曲数ももう少し多くてもよかったような気がするけどな。 おそらく1500円なら相応の価値があった。とりあえずドビッシー・シェーンベルク・ベルク・ラヴェルで勝負なら 優勝ラヴェル、準優勝ベルク。ヴェーベルン入っても結果は変わらんであろう。

演奏時間が1時間程度じゃなあ。解説30分、演奏1.5時間にするべきだ。 観客(約100人)はよく知っている人が多い感じだったから、そこらへん本気でやることにして、 岡田先生を主役にして、レクチャー1時間、演奏20分、クラオタ青年たちをまじえた質問討議20分、演奏15分でもよかったかも。中途半端なんだよな。 90年代ドビュッシー1曲、シェーンベルク op. 1か2、ベルク「初期の」、ヴェーベルンの習作2曲ずつ、シェーンベルク10年代後半、20年代ラベル2曲とかでいいじゃん。 でもまあ、対訳を読みながらゆっくり歌曲を聞くというのはよいものだ。

『クララ・シューマン ( Frühlingssinfonie)』見 る。ナスターシャ・キンスキーの演技が天才的。脚本はもっとシューマンのキ チガイなところを強調しないとよくわからんだろう。


2006/10/15 (日)

昼前に起きる。 好天。漱石が「英国人に見せてやりたい」というのはこ ういう天気か。

文房具屋 と電気屋 街 に寄って午後大学。

焦るが落ち着け。

howmも悪くないが、スピードなどの点でやはりnamazuを使うことに。昔のメモを 検索して楽しむ。

いったん帰宅。仮眠してまた出てくる。しかし眠い。

ハイティンクのショスタコはよい。っていうかこれまで聞いてたのと全然別 の曲に聞こえる。全体に抑えた鬱な感じが好印象。 あと今日気づいたが、5番の第三楽章はシェーンベルクの「浄 夜」の引用が入っているような気がする。偶然かどうか。

そういや、昨日の岡田先生のレクチャーでは、ベルクの「抒情組曲」には 歌詞がついているという話が紹介されていた。ほんとうかなあ。調べてみるべし。 →検索してみると、最終楽章には歌詞がついているということだ。クロノスカルテットが 歌つきで録音しているとか。それならわかる。 第二楽章に歌詞がついているとはとても思えなかったんでね。

中日の川相昌弘引退。もう野球はほとんど見ないが、好きな選手だった。 同世代はもうほとんど残っていない。上は工藤公康ぐらい?


2006/10/16 (月)

地べたで6時間以上寝てしまう。体が冷えてしまう。もう無理。

衣笠。

あら、今のxtermってUTF-8に対応しているのか。 w3mでヨーロッパ文字もちゃんと表示できるではないか。 すばらしい。ls -v ならファイル名も化けない。 ・・・あら、Segmentation Faultで落ちることがあるな。微妙。 OSもアプリケーションも、どんなことがあっても落ちてはならんのですよ。 (と本気で言えるようになったってことはすばらしいことだよなあ。)


2006/10/17 (火)

早起き。 朝から。今日も好天。この秋はよい天気が多いねえ。

頭が涼しすぎるので部屋でも帽子。このまま授業することは許されるのだろうか?

OS Xのxterm (uxterm)の設定は河野真治先生 にしたがってk14フォントを入れる。

へえ、『プレジデント Family』なんて雑誌があるんだ。 新聞広告の見出しがそそるなあ。(灘だの開成だのという名前にまじって、 「偏差値50以下のお買い得学校」なんてのもあるところが読者層を 想像させてよろしい。)

秋になって太陽の軌道が下ると、部屋に直射日光が射し込むようになることに 気づく。ブラインド下していることが多いから気づなかった。というか、 だからブラインドを下していたのだな。諸般の事情によりお日様に当るように したいのだが、さすがにディスプレイが見にくい。

昨日の時点ではロンブン(雑文?)は今回は見送るつもりで寝たのだが、 けっきょく諸般の事情で(投稿規程の関係。常勤がある割合を占めていないと ならんらしく、私の一本が問題だそうな。)で出さざるをえないことになりそ う。やだなあ。

1回生ゼミ。

泣きながら論文。書くというか、初春にやったやつを手直し。まあ 資源を無駄にしないという意味では意味があるのか。まあ紀要だし (だめな常勤教員だな)。 んじゃ次は5月にやったアレもアレするか。

夜中。とにかくまたしても時間切れ。もういいや。馬鹿。死ね。

LaTeXで原稿を書いている人々ってのは、「提出はWORDで」とか「テキスト で」と言われたときどうしているのだろうか?いまだによくわからん。BibTeX で作っている文献表とかもどうすりゃいいのかわからんし。今回はDVIを Postscriptにして、さらにPDFにしてからAcrobatの「テキスト(アクセシブ ル)」でセーブ。しかしこれはAcrobat持ってない人はできないんじゃ ないだろうか。ページごとに注がついているテキストファイルができてしまう し(あ、これはせめて後注にしてあげた方が親切だったな)。図や数式入れて いる人はどうするんだろう。数式使う人はふつーTeXだから大丈夫なのか。

後注にするには、endnotes.styまたはendnotesj.sty(どちらも標準)を読みこんで プリアンブルに

\let\footnote=\endnote

と書いて、本文最後に

     \newpage
     \begingroup
     \parindent 0pt
     \parskip 2ex
     \def\enotesize{\normalsize}
     \theendnotes
     \endgroup

とかするらしい。これでいったんPDFにしてテキストにすりゃ、 まあだいたいWORDからテキストにセーブしたのと同じような 感じになる。まあなんとか許してもらえるだろう。 バッドノウハウの塊、それがEmacs+ TeX環境。時間の無駄。ど ちらも20年以上ににわたって人々を苦しめている。しかしまあ、コンピュータ やOSは栄枯盛衰しているのに、アプリケーションソフトがそれだけ生き延びて いるのはすごいとも言える。人々の活動には頭が下がる。WORD のようなものを みなで開発するのは難しいだろうけど、emacsやtexまわりならやりやすいこと もあろう。 その結果バッドノウハウって感じになっちゃうのもしょうがない かもなあ。それがバッドであっても、ノウハウ手に入れれば便利なものだし。そしてどういう わけか一時的な達成の快や機能美も味わせてくれる。そういや emacs愛好者における女性の割合はどれくらいだろう。


2006/10/18 (水)

寝過ごす。 推敲。もっと時間を使わねば。

今日気付いたこと。「フロッピーで」と言われても、無視してCD-Rで提出すればよい。 いまどき、フロッピー読めないPCはあってもCD読めないのはないのだから。 (フォーマットしたり別のマシンに送信したりえらい時間がかかった。)

某同僚に「油くさい、ラーメン食べた?」と言われる。天一食ったのは昨日なのに。体から臭い脂が染みだしているのだ。 しくしく。あ、今日はコロン忘れた。いつもはEgoistが気に入っていて(特に夏は)つけているのだが、机のひきだ しにあったGood Lifeを使ってみる。くさい。だめだ。

3回生ゼミ。

早く帰っていったん寝る。

大学ポジショニングマップ。 おもしろいなあ。今熊野と今出川は双子姉妹星か。まあそうかな。 最近はあんまり(相対的)質実剛健な感じがなくなっているかもしれんな。

最近またemacsのパッケージを調べたりしている。最近使うようになったのは、

  • icomplete-mode
  • partial-completion-mode
  • ido.el
  • ibuffer.el
  • midnight.el

    とか。ちょっとうるさくなりすぎているかも。それにset-input-method。

    Carbon EmacsでPowerBook (JISキーボード)の¥でバックスラッシュを出すには、

    (global-set-key [2213] '(lambda()(interactive)(insert 92)))
    

    しかしこれではC-\が出せない。keyboard-translateを使うべきなのかな。

    正しいのは、

    (define-key global-map [2213] nil)
    (define-key global-map [67111077] nil)
    (define-key global-map [134219941] nil)
    (define-key global-map [201328805] nil)
    (define-key function-key-map [2213] [?\\])
    (define-key function-key-map [67111077] [?\C-\\])
    (define-key function-key-map [134219941] [?\M-\\])
    (define-key function-key-map [201328805] [?\C-\M-\\])
    
    (define-key global-map [3420] nil)
    (define-key global-map [67112284] nil)
    (define-key global-map [134221148] nil)
    (define-key global-map [201330012] nil)
    (define-key function-key-map [3420] [?\\])
    (define-key function-key-map [67112284] [?\C-\\])
    (define-key function-key-map [134221148] [?\M-\\])
    (define-key function-key-map [201330012] [?\C-\M-\\])
    
    らしい。http://lists.sourceforge.jp/mailman/archives/macemacsjp-users/2006-June/001125.html ちなみにその他のアプリケーションではOption+¥で\が出る。 あー文字コード面倒。

    頭が薄い坊主男は口ヒゲや顎ヒゲを伸ばすべきなのかどうか。 ないと寂しいし生臭坊主な感じになってしまうが、 ヒゲの形に気を使う男というのもどうも。やはり不精髭が堪えきれなくなったら 剃るというのを繰り返すことになるのか。

    ドビュッシーの歌曲はよくできているなあ。おフランスざんす。 やっぱり民族主義とか文化的なアイデンティティとか文学とか象徴主義とか そういうのやろうとすると、まずは歌曲だよな。 山田耕筰先生とか諸井三郎先生とかも聞くか。


    2006/10/19 (木)

    朝から。

    生体解剖ってどんな感じなんだろう。まだ医学部では猫とかやってるのかな? きっともうやってないよな。

    百万遍。

    名古屋大学大学院教授、セクハラ処分取消の判決。起死回生の逆転劇?

    タバコをやめることができれば、図書館にもっと長居して色々楽しむことが できることがわかっている。


    2006/10/20 (金)

    朝から。昨日届いたプリンタ(CANON LBP3300)を設置。プリンタにはぞろぞ ろ日本語・欧文フォントがついてくるが、使い道があるわけではないのでその まんま。しかしPostscriptは印刷できないことに気づいた。ghostscriptかませ るとできるのかな?でも面倒だからやらない。いざとなったらDVI→PS→PDFにす りゃなんとかなるだろう。

    あら、WORDはOKだけどPDFはちゃんと出力されないぞ。自分でDVIから作った やつも、Googleカレンダーのもだめ。買うんじゃなかった。 ・・・うーん、 PDFによっては正しく印刷できるな。キャノンのマニュアルとかは(当然)印刷 できる。フォントまわりの問題だな。これも面倒なんだよな。

    講義。

    あら、namazu.elの出力が文字化けするようになった。昨日までは正常に表示できていたような気がするのだが。原因がわからん。

    あれ、emacsのM-x grepもおかしいぞ。ここらへんも面倒なのだ。なにをしてしまったんだろう。emacs上のshellからなら動くのだが。いらいら。

    まず、とりあえず、

    (set-language-environment 'Japanese)
    (setq grep-command "/usr/local/bin/lgrep -n -Ia -Oe -Ke ")
    (setq grep-program "lgrep")
    (setq grep-find-command "find -type f -print0 | xargs -0 -e lgrep -n -Ke -Oe ")
    

    なら動くことを確認。 (set-language-environment 'Japanese)するととりあえずぜんぶeuc-japan優先になるのだな。 とりあえずgrepが動けばいいか。マイクロソフトと通産省さえちゃんとしていれば、 こんなことにはならなかったのに。

    namazuの件は、.tcshrcかどっかで環境変数LANGその他をいじってしま ったかららしい。mknmz --indexing-lang=ja でOK、のはず。

    4回生ゼミ。

    どうも大学の裏山に入る道がどこかにあるようだ(そりゃあるだろう)。 そういや全然探検してなかった。煮詰ったときに散歩に行こう。 キノコ事典が欲しいぞ。

    なんか風邪をひいているような気がする。早く寝よう。

    『ケープ・フィアー』。最後の方はやりすぎ。これでアカ デミー賞か。なんか足りないんじゃないかな。『アメリカン・ビューティー』 とかと同じ傾向の作品だよな。90年代のアメリカの家族とか。

    サーバーが大量のアクセスに襲われてなんかたいへん。なんだろう?youtubeか らreferされているようなのだが。


    2006/10/21 (土)

    前から気になっていた七条通りの小さな靴工場で靴を買う。本物の紳士靴は どうあるべきかについて職人らしい話を聞く。この道45年だそうだ。足を見た だけでサイズをぴたり当てることができる。履いてみると、うん、いい感じだ。 今まで履いた革靴で一番楽かもしれない。

    kakasiの辞書を強化するには

    skkdic-expr2 SKK-JISYO + ~/.skk-jisyo | gawk -f unannotation.awk  > unannotated.dic
    mkkanwa kanwadict unannotated.dic
    

    前にも書いたが、migemoのユーザー辞書を作るには、

    ruby migemo-convert.rb ~/.skk-jisyo > ~/.migemo-user-dict
    .emacs.elに
    (setq migemo-user-dictionary (expand-file-name "~/.migemo-user-dict"))
    

    業務。

    坂東眞砂子の猫殺し記事をコピー。ふむ、倫理学的になかなかおもしろい話題提供ではあるよなあ。月曜の授業で取りあげてみようかなあ。 まだうまく説明できないが、 "Pain did not hurt as much as it does today." Nietsche, The Genealogy of Morals. とかをど う考えればよいのか。まあこりゃ人間の話だけど。文明化。「無痛文明」な人はどう考えるんだろう。

    イッセー尾形の『太陽』を見に行く。見ながら、ロシアの 監督のロシア映画ってのは実は偽名で、イッセー尾形の自作自演に違いないと思ってた のだが、エンディングのクレジットを見るかぎり、どうも本当にロシア映画ら しい。まだ信じられないのだが。

    たしかに戦争末期がひどいことになったは、少数の人間の対人的な葛藤があったかも しれんな。不幸はそういうふうにしてもたらされるのかもしれん。 たかだか60年ぐらい前の話なのに、まったくわからんよな。 「神格否定」の意味とか理解できる人間は何人いるんだろうか。 その頃の人々にとってどういう意味で神格を持ってたんだろう。 神格化も難しい。『明治天皇』中公新書読んでもよくわからないし。 なんか優れたものを上に置きたいっていう欲求は我々にあるのかなあ。 そういう点でクリントンはちょっとアレすぎたが、ブッシュはいいよな。

    映画の描き方とは別に、私にはふつうの人間(学者肌か)としての天皇とその悲劇としか イメージにないのだが。「小市民」ってのともちょっと違うか。

    あと、「天皇の戦争責任」ということを言うとき、「責任」にはどんなことが 含意されているのか。「責任」があるのはそりゃあたりまえだろうが、「非難 されるべきだ」に加え、「彼には他のことができた/するべきであった」が含 意されているか。そして、「彼はもっと優れてあるべきであった」も含意され ているのか。まじめに考える必要があるよなあ。

    夜、なにもする気になれず、手遊びに翻訳してみるが、下手すぎてだめだ。 でもいくつかの重要な文章はパブリックドメインにしたいなあ。 プロジェクト杉田玄白ってまだがんばってるのかな。 まあ山形浩生とかうまいもんだよな。頭のできが違うんだろう。 「てすさび」とか言っている場合ではなかった。寝よう。


    2006/10/22 (日)

    昼から。首を軽く寝違えたっぽい。ジュンク堂に行くと 『太陽』まわりの本が並んでいた。どうもロシア人監督は実在するようだ。

    howmをutf-8で使うおまじないその他。文字コードの問題で悩んでいた。

    (add-hook 'howm-create-hook
    	  '(lambda ()
    	  (set-buffer-file-coding-system 'utf-8-unix)))
    
     (setq howm-template 
           (concat "-*- coding:utf-8 -*-\n\n"
     	      howm-view-title-header
     	      " %cursor\n%date\n\n"))
    
    (setq howm-view-use-grep t)
    (setq howm-process-coding-system 'utf-8)
    

    また本が見つからずムキー。やっぱり新書とか文庫とかは必要なときは 図書館から借りるという形にした方がよいのかもしれん。分業。

    あれ、プリンタLBP3300とPDFの問題、AcrobatじゃなくてPreviewからなら、 dvipdfmxで作ったものもAcrobatで作ったものも ちゃんと印刷できるぞ。プリント→詳細設定→「2バイトフォントのダウンロード」を チェックするとうまくいく。ほっ。

    心を落ちつけて。

    イザイの無伴奏バイオリンとかなにがよいのかよくわからん。 「私はバッハがたいへん好きです、バッハは偉大です」以上になにか重要なことを言ってるのだろうか。 (バルトークなんかはなんか重要なことを言っているような気がするのだが)

    日が暮れるのが早くてめそめそ。もっと緯度の低いところで暮したかった。 あるいはどうにかして地軸を動かすことはできないか。もっと縦にするとどうなるんだろう? 地域によっては暑くて住めなくなるんだろうか。

    ふと気づくと指揮者たちの評伝なんか読んでいる。いかんいかん。

    日本の作曲家にも偉い人がけっこういるが、黛先生は特別だなあ。

    @Book{大庭健06:善と悪, author = {大庭 健}, title = {善と悪:倫理学への招待}, publisher = {岩波新書}, year = 2006, yomi = {おおば たけし} }

    本邦初(?)のメタ倫理学の大衆向け入門書なのかどうか。まだ読んでないが、目次 の「「いい・わるい」の多義性」「いい人生」とかって表記が気になる。「よ い・わるい」「よい人生」にしてほしいんだけどなあ。最初の2行目、「人間が 生きていく、ということは・・・・それに比べると、動物の生は(少なくとも さほど進化していない動物の生は)・・・」とかでもうだめ。生物進化の梯子説を 信奉しているんだろうか。 どんな生物も同 じだけ進化してますってば。「さほど複雑でない動物の生は」、あるいは、あ えて通俗的な観念にしたがうとしても、「さほど「高級」でない」ぐらいか。こうい うのが気になって先に進めない。なんか変なクセがついているかも。

    早くお正月が来ないかな。もう休憩したくなっている。

    諸般の事情により、日記を全部utf-8にした。適当にやったので問題が起こるかも。

    そしてこれでどうだ。やっと解を見つけたか。

    (set-language-environment 'Japanese)
    (prefer-coding-system 'utf-8-unix)
    (setq grep-command "/usr/local/bin/lgrep -n -Ia -Ou8 -Ku8 ")
    (setq grep-program "lgrep")
    (setq grep-find-command "find -type f -print0 | xargs -0 -e lgrep -n -Ku8 -Ou8 ")
    

    「宗教上の理由」から子どもの手術を拒否した親の親権停止。ネグレクトとして。 難しいな、これ。

    まだ坂東眞砂子について考えている。考えがまとまらないので 明日の授業は見送り。なんか分析したり答えたりしなきゃならん 重要なことを言っているような気はするのだが。生や死をこういうふうに 考える人にも一分の理はあるような気はするんだな。まちがってるとは 思うのだが。「生」ってやつに過剰な意味を読みこむ人びと。 でもわれわれが生についてよく考えてないんじゃないかという気もしてくるところ が微妙。倫理学じゃなくて哲学の問題かも。 古典的な社会心理学研究での認知や情動の歪みの話は、 哲学やってるときも気をつけなきゃならんことかもしれんなあ、とふと思う。 「深淵」な哲学が好まれる理由とかが説明できるのではないか。


    2006/10/23 (月)

    朝から。久しぶりの雨。

    「ビジネス英会話」を聞いていると、あまりにも生活や仕事や経済その他に対する態度が 違うので時々はっとする。杉田先生のように生きられたらよかったのに。

    グランディンとジョンソンの『動物感覚』おもしろいなあ。シンガーのタイプの 動物の道徳的尊重はちょっと修正が必要かもなあ。

    委員会。

    衣笠。

    大庭先生の続き。「痛み」と「苦しみ」の違いに鈍感なようなのも この文脈では気になる。痛みと嫌悪の関係は概念的な繋がり(?)かなあ。 「相手の立場に立つ」の説明も気にいらない。 存在の相互承認とかも気に入らない。 いちおう最後まで目を通したが、 最後の方はあれだ。

    出生前診断による中絶の例で、「ダウン症{のような軽い}障害を除き」、 脳性マヒを例にするとかどうなの。脳性マヒを出生前に診断するのは かなり難しいんじゃないのか。

    それにしても哲学って難しい。論理的なスリップしないようにする には訓練と注意が必要だし、心理的スリップを避けるのはもっと難しい。 でもまあ、素手で問題と真っ向から戦うっていう態度はすばらしい。 自信と確信を持っているのもすばらしい。 わからないことはないようでもある。

    『動物感覚』おもしろすぎ。


    2006/10/24 (火)

    昼前から。

    1回生ゼミ。

    なんか脚というか膝の裏側あたりに疲れがたまっている感じ。どうしたものか。→とりあえずストレッチと 蹲踞と四股。

    いったん帰宅して夜も研究室。まず寝袋で寝て。ほんとうは封筒型のやつが欲しい。


    2006/10/25 (水)

    暗いうちから活動。 夜明けが遅い。明くなっていったん帰宅。また出てくる。

    光プレミアムと光電話を申し込んでしまう。 それにしても、こういうのの電話応対ってのはなんでこうだめなのかな。

    3回生ゼミ。

    会議。長い。

    久しぶりに野球見たり。中日と日本ハムというのはよい組み合わせだな。


    2006/10/26 (木)

    12時間寝てしまう。馬鹿。

    採血。

    ついに午前中〜昼はブラインドを閉めざるをえなくなる。 気づいたらまた開けること。

    いつもながら中山研一先生は立派だ。法学者の鑑であってほしい。刑法の 学者は人数が多いし、現実社会への影響力がけっこうあるからか、トップの方 は本当に立派だよな。法哲学は、うーん。

    Amazon.comのマーケトプレースで1円とか値段をつけている業者は、 どこで利潤を出してるんだろう?「送料」の一部がバックされるのだろうか。それとも 総取引数でなんかあるのか。夏ぐらいから、皆が買っているような本はマーケットプレースを使う癖がついてしまった。値段というよりはスピードが魅力。

    世界史やらずに高校を卒業してしまうってのはどういう感じなんだろうか。 そういうひとの見る世界ととりあえずは勉強した人の見る世界はずいぶん違うんではないのか。 世界史を必修にしろ。そのかわり日本史はいまの半分の時間でもいいような気がする。

    まあ北陸や東北でそういう科目の履修不足の高校が多いのは、高校が受験予 備校の役目もしているからなんだろう。都会では予備校や塾があるから生徒は そっちで勉強するもんだという了解が教師にも生徒にもあるが、あんまり受験 産業が発達していない地方では高校教師が予備校教師の役目もしなきゃ、 先進地方には勝ち目がない。でも残業したり補習したりするのはいやだろう(というかで きないだろう)。とうわけでそういうことになっているんだ、という理解で大 丈夫なのではないか。

    そういや、私は共通一次終ったあとに特別に 数学のチュートリアル受けたのであった。今思えば地方進学校独特の優遇サービス。 チュートリアルっていっても、ただ問題解いてただけだったが、 問題もらえてはげみにはなったよな。 そのおかげで、二次試験の数学は満点近かったと思う。当時の文学部ではかなりの アドバンテージだったろう。あれがなければ今の私はないかもしれんなあ。 おそらく浪人して予備校通うために東京に出て、その後どうなったかな。 ほんとにぜんぜん違う人生だったな。 しかしその教師のことは思いだすこともない。 高校教師ってのはあんまり感謝されなくて損な商売だ。がんばれ高校教師。

    百万遍。

    ルネで自宅用に手動シュレッダーを買う。1480円。こういうものが安くなったのは やっぱり個人情報とかってものに皆が敏感になったからなんだろう。研究室にも 電動のが欲しい。どういうわけか離れた印刷室にしかない。せめて 各階に共同で欲しいのだが。同じ階の教員で金出しあって買えないだろうか。 提案してみるか。高性能なやつはどれくらいするのだろう。

    中山研一先生は77才にして、新渡戸稲造の座右の銘「Haste Not, Rest Not」に「大いに共鳴するところがあった」のだそうだ。

    @Book{中山研一05:心神喪失者等医療観察法,
      author = 	 {中山研一},
      title = 	 {心神喪失者等医療観察法の性格:「医療の必要性」と「再犯のおそれ」のジレンマ},
      publisher = 	 {成文堂},
      year = 	 2005,
      yomi = 	 {なかやま けんいち}
    }
    
    の序文。 すばらしい。まあこの 人はそういうふうに地道に勉強してきたんだよな。論文にもそれが表れている。 特に人目をひくような新奇なアイディアがあるわけじゃないし、集めた資料や文献を 丁寧に読んで紹介しているだけという見方もあるかもしれん。集めた資料を(おそらく)ぜ んぶ使っちゃうからなんだか奥行きがない感じがすることもある。でも価値がある。
  • 科研費申請書類書かなきゃならんのだが、今日はお休み。

    野球見る。いつのまにか不良少年ダルビッシュは ちゃんとしたエースに、新庄はどういうわけかフェイクではなく本物のヒーロになっている。 最後まで笑わせてくれる。すばらしい。まあたしかにここ10年ひっぱってきた功労者だな。

    明日から読書週間ということで新聞などでおなじみの特集などしている。最 近学生と話をしていて、世の中には、なにか初めてのことをするときに、まず ハウツー本を調べる人間とそうでない人間がいることに気づいた。ぜんぜん予備知識も たずになにかに取りかかるのは恐いと思うのだが、そういうもんでもないのだ ろうか。エントリシートの書き方とか就職面接とかだってガイドブックが出て いる。そういうのとりあえず読まずにとりかかるなんて信じられん。本を読むっ てのはそういうとこからはじまるんじゃないのかな。

    私の最も初期の読書体験 は、『盆栽入門』とか、マンガ『からだの秘密』とか、『小学生のための「古 事記」』、『まだわからない科学の10の謎』、『地球滅亡』、『ラジオの製 作』、『野球入門』、『スポック博士の性教育』とかそういうんだったと思う。一般に、国語 教育とかで読書と文学との関係が強調されすぎているのではないか。ハ ウツー本が読書の基本だと思う。フィクションなんかとりあえずどうでもよい。 (もちろんあってもよいし無いと寂しいが)

    国語教育からフィクションと詩を排除するってのはどうか。排除はしないま でも、ちょっと割合が多すぎるとは思う。外国語教育もトムやジュディのお話 とかはやめて、サバイバル系ハウツー本からはじめたらどうか。 "His name is Bob. He is a gang. He is very handsome, but very dangerous. He gives you cocain. It is white." とかからはじめたらどうか。あ、これはけっ こう効果的な気がするぞ。ちなみに私は英語は宝島でマルコムXやマリファナの 話を読んでから興味をもった。

    興味ないこと読むのは無理だよな。で、興味あることは自分の未来に関係の あることだけだろう。フィクションなんかは好きな奴が読んでればよろしい。 好きなやつは止めても読むし、そのおもしろさは学校教育で教えられるもんで はないだろう。だいたい学校で教えられることは消毒されたことだけなんだし。 高校の教科書には『こころ』や『舞姫』や中也の詩や和泉式部の和歌なんかが 載ってるはずだが、あれの毒を暴いて議論することができる教師は存在するん だろうか。(都会の進学校ならいるのかな)

    高校の話続き。一方で、大学進学者が増えて、高校としては「受験」が一番 で「教養」は二番ということになったのだということでもあるだろう。私の地 元では(私の親の世代ぐらいまでは)高校はその地域の文化的リーダーを育て たりするところだったし、私の世代でもそういう矜持のカケラのようなものが 見られたのだ(高校教師は実際に地域の文化的リーダーだったし、高卒で役場 で働く人間も少なくなかった)が、おそらく今ではまったく違うだろう。

    いっそのこと、世界史や哲学や物理は、短大や大学で必修でやるものだという ことにしてはどうか。大学はそのつもりでカリキュラム作るべきかもしれん。っ ていうかおそらくそういう配慮と余裕がない大学は滅びるな。そうするとなん かもう高校は「高等」学校じゃなくなるような気がするが、そういうもんかも しれん。ていうか、実際今の中堅以下の大学は旧制高校以下の教養教育しか してないだろう。正直なところ、私も自分のところでは、 大学っていうよりはリセの哲学教師のようなものだと思っているところがある。 実は文科省も大学院教育とか言いはじめた時点ですでにそういうことを考え てるんじゃないのか。文科省エリートの腕を見せてもらうことになるのかもしれん。

    ダルビッシュは酒飲んでもいいのかな?ビールを皮膚から摂取するのはどうなんだろう。


    2006/10/27 (金)

    朝から。締切の某書類書かねば。 ・・・うーん、書けん。でも今年から新しくなったLaTeXマクロは、ずいぶん書きやすくなった。

    講義。

    4回生ゼミ。


    2006/10/28 (土)

    書類書きにあわてて出勤。

    学生相談。

    光プレミアム&光電話、4〜5ヶ月待ちということ。評判が悪くなったところを 狙って申し込んだのに(うちは電話なんかどうでもよい)。NTT西日本さん、それじゃだめです。つぶれるんちゃうかいな。

    どういうわけか心落ちつかずぜんぜんだめ。VirtualPCのインストールディ スクを探したり、データCDの整理をしようとしたり、古いWindows98機を立ちあ げようとしたり支離滅裂。

    図書館行って心を落ちつけようとする。少しは効果がある。

    いったん帰宅。

    昨日考えたこと。 女子学生に「オヤジの好む立ち振る舞い」を知らせるべきかどうかという問題。 たとえば最近多い「ベタベタ音を出して歩く」人びと(歩き方が悪い) 、 口空けたまま歩く人びと、授業中その他人前でべたーっなってしまう人びと、 研究室のドアをちゃんと空けることができない人、 に対して なにかアドバイスする必要や職務はないか。かなり社会的に不利になる可能性があると 思うんだが。まあ就職面接その他のあらたまった時にはちゃんとできるのだろうか。 基本的に美的なものだから、もちろん自分でわかっててやってるとか、そうせざるをえないとかなら文句はないのだが、まあ人間はお互いそういう動作を見て判断するものなので、 意識せずして不利益を被る可能性があるのならなんか手助けするべきなのではないかとか。 私自身人間として立ち振舞はだめだめだから、道義心とかで強制する気はない。 彼女たちは化粧とか服装に関しては自覚的なのはわかっているので別にコメントする必要はない。私のような人間がそういうことを考えることがそもそも傲慢か。

    今年の3回生はいろいろ心配なのでゼミのときに「話し方」だけは練習 してもらっている。毎回自己紹介したりいろんなことにコメントしたり、まあ 人前で話をする練習。 面接対策のつもり。語尾やイントネーション、間の埋め方その他。 大学教員としてこういうことを考えなきゃならないのだろうかとは いつも自問しているのだが。来年はまた短大の授業を持つことになるらしいので いろいろ考えている。 まあそういうのは、機会とか状態というかそういうが重要なので、軽々しく 指導するべきではない。 一方、大学ってのは小学〜高校と違ってゼミとかで少人数で相手にできるのだから、 そういう指導もするべきではないかという気もする。いやいや。

    →はっ。そういうのは、自分が(私なりに)美しく行動してみせるべきなのだ。そうそう。 むしろ学生が美しくないのは自分(たち)が美しくないからなのだ。あるいは影響力がないのだ。 自分が美しく生きることを目指すべきなのだ。 論文やレポートの書き方からなにから、優れた手本を見せなきゃならんのだ。 「なにを知ってるか」を教えることはできても、「いかにするべきか」は (少なくとも)言語的手段によっては教えられんのだ。 こういうのって頭ではわかっててもすぐに忘れちゃうよな。反省反省。 やっぱり傲慢は私の最大の悪徳。重々警戒すべし。

    京都シティハーフマラソンから案内が。これまで二度エントリーして 諸般の事情からまだ1回も走っていない。来年こそは走りたい。エントリするか。

    さくらちゃん騒動って、不謹慎だがおもろしろいんだなあ。 問題のトリオ・ジャパンはumin.ac.jpだし。ううむ。 今回の親御さんがVAWW-NETの事件とからんでいたって小ネタもrelevantではないだろうがおもしろい。 まあとにかく国内でも脳死臓器移植もっと推進してください。わたしはそれでよいと思います。


    2006/10/29 (日)

    また12時間寝てしまう。ついでに寝違えてしまい、首が回らない。

    財布が新しくなる。

    午前中から。やばいやばい。うおー。

    夕方いったん帰宅、仮眠。ふたたび。

    やっぱり不本意だがWindows機が1台必要だな。最安値のを一台確保するか。 そこらに転がってるようなやつでよいのだが。

    ヴォーンウィリアムズだのデーリアスだのシベリウスだのブルックナーだの聞いてみる。 二流には二流のよさがある、かどうか。リムスキーコルサコフとかの三流はさすがにぜんぜんだめ。

    お、CVSのemacsのヴァージョンが22.0.90になってる(最近まで22.0.50だったはず)。

    ちょっと集中。


    2006/10/30 (月)

    朝帰って寝る。いかん。まずい。

    衣笠。


    2006/10/31 (火)

    間欠的に12時間近く寝る。睡眠は重要。寝ないとかえって能率が悪い。 寝違え悪化したような気がする。

    午前中から。

    血液検査の結果。 人間らしい値に近づいた。医者に努力を褒められる。病院送りは見送り。でも 中性脂肪はまだまだだなあ。「糖質制限やってみますか?」とのこと。 やっぱり走るか泳ぐか。歩くだけでは十分ではないようだ。 タバコやめること。ちなみに「動脈硬化指数」は4.1(要注意)。 「腹まわり何センチ?85センチ越えてたら近所の病院の治験受けてみませんか?」とか 誘われる。体脂肪計やら万歩計やら貸し出してくれて、 治療群に入ったら食事指導やらなんやらやってくれるらしい。 しかし残念ながら私の腹は85センチもありません(ギリギリで)。

    1回生ゼミ。

    糖質を減らすというのは、大好きなスパゲティ蕎麦うどんラーメン等を減ら すということか。でもお腹が減ると頭がまわらなく なるよ。やっぱりアルコール制限だよな。 っていうよりそうに違いない。 晩飯時になると飲まないとだめなのは、むしろ飲まずにちゃんと御飯を食べるとか 三時におやつ食べるとか、食後にデザート食べるとか、飲まずに夜食するとか、 時々チョコ食うとかそういう積極的な方策の方がよいのではないか。なにかを減らすのではなく なにかを増やすという発想で。

    夜も研究室。うぉー。がんばれがんばれ。

    シューベルトの八重奏曲(D803)はすばらしくよいものであることを知る。

    とにかく一段落したらタバコやめよう。やめる。

    ふうむ、「死と乙女」はわからなかったが、「鱒」もよいではないか。なんか開眼したぞ。 もっとも第4楽章はあまりにも通俗に聞こえる。これはBGMが悪いんだよな。

    お腹空いたがカップ麺は避けよう。マクドとカップ麺だけは死んでも食わんつもりで。


    EGUCHI Satoshi <eguchi.satoshi@gmail.com>