新年。今年の目標も生き残るだけ。
朝酒飲んでみる。ズボン下も着用。
まずemacsをビルドするところから。・・・でも馬鹿らしいから今年は CarbonEmacsパッケージを使うことにしよう。なんで自分でビルドしてるんだったかなあ?なんか理由があったような気がするが。 → あ、~/.emacs 修正するのが面倒だからだった。余計なことをしてはいかん。採用取りやめ。
毎日新聞、第一面〜三面で2ちゃんねるを攻撃? 「匿名 群がる悪意」って あおりはどうかなあ。興味深いところ。せいぜい「敵意」じゃないのかな。特にいわゆ る「死ぬ死ぬ詐欺」騒ぎあたりに毎日は疑問を感じているらしい。ひろゆきは あいかわらず堂々としている。2ちゃんねるは読む能力を要求するところがアレ なんだよな。
ちゃんと読めば、袋叩きしているように見える 障害関係や差別関係でも、ノイズにまじってまともではっとさせられるような 文章があるんだけどね。そして参加者もそれを意識してちょっとは知識を増やして いるのがわかる。そういうインフォは必ずまとめサイトにあげられるし。 もちろんノイズはノイズなんだが。
祭りや叩きに共通するのはなんらかの欺瞞に対する嫌悪感で、 いつの時代も若者に共通するなにかなんだろうと思っている。 まあ自分の欺瞞を自覚するのは非常に難しいが、 他人の欺瞞は指摘しやすいし、欺瞞を暴くのは楽しい。 新左翼とかも共通だったもの。 と思いきや、さくらちゃん事件バッシングの本山 「がんだるふ」は58才。うーん、そのまんま全共闘世代か。 でも名前知らなかった。 http://www18.atwiki.jp/sinusinu/ の管理者かなあ? → どうも違う模様。mixiの方で活動していたようだ。んじゃ毎日の記事はおかしいじゃんね。
→ やっぱり午後にはプチ祭になってる。ブログも併設らしいのでどう捌くか 毎日ネット社会取材班の腕の見せどころだ。→ 「がんだるふ」氏が全面対決のかまえに進展。 しばらく目を離せないな。
独裁は独裁者にとってペイするか? なんかペイしそうだなあ。 どうせ死ぬんだから70近くまで独裁して好きなことできりゃ フセインも本望だろう。 まあ独裁までもっていくのがリスキーすぎるとは思うが。
朝から大学。 いろいろやらなきゃならんことはあるが、今日はとりあえず一日落ちついて読書しよう。
小谷野敦先生のブログ、正月一発目の記事が「私は宮台真司に負けた」。笑わせてくれるなあ。 好きだ。こんなにおもしろいことを書ける人がモテないのはおかしい。実は 実生活ではモテモテなんじゃないだろうか。
正月なので人生について考える。 自分があと5年、10年、15年、20年、30年生きられる確率表のようなものが欲しい な。ただの平均余命表じゃだめだ(平均余命ならいちおう35年以上あるよう だ)。生命保険会社は持ってるんだろうな。できれば「年齢・体質・生活習慣別勉強余命確率表」も欲しい。それによって人生設計が変わってくる。 まあやっぱり勝手に主観的に決めるしかないか。んじゃとりあえず主観的に勉強余命が あと4年ある確率は85%、8年ある確率が70%、12年ある確率が50%ぐらいってことにするか(ちょっと高すぎるかな?)。・・・あれ、これだと「だからどうした」という感じだなあ。あんまり意味なかった。 ・・・あれ、おかしいぞ。すでに勉強余命は尽きて実は死んでるかもしれんじゃないか。 まだまだこれからのつもりだったのに無念だ。 あら、あるいは実は生まれてさえいなかったかも。 書いてて本気で恐くなってきた。 まあ老いは苦。病も死も苦。 ・・・「「晩に学に志す」とはどんな感じのものなのか、まずは知りたい」という先人の 言葉を目にして少し救われる。
(2007/06/28付記。上の件については、長生き確率表を作ってくれた方がいた。感謝。)
まあたしかに2ちゃんねるは人々の思考パターンを実際に変えたような気がする。 少なくとも私はずいぶん用心深くなった。 上のスレに何度か貼られているコピペだが、
【 2chで本当と信じられてきた都市伝説 】 ・福島瑞穂の警官は丸腰で犯人逮捕しろ発言→(捏造。一次ソースが2chコピペ) ・爆問太田のラジオ左翼発言→(捏造。抗議受けて身辺警護までつけるハメに) ・アインシュタインの天皇制賛美発言→(捏造。元々博士は共産主義的思想。中澤英雄氏が捏造を暴く) ・岡田代表の「(中国の)許可を得たんですか?」発言→(捏造。そう解釈できそうな発言はあるが、だから変えていいわけもない) ・フィンランドで日露戦争日本勝利を祝って東郷ビールが発売→(捏造。日露とは関係なしでフィンランド人も知らない) ・トルコには東郷通り、乃木通りがある。→(捏造。そんな通りは無い。ちなみにTOGOという靴屋はあった) ・アムステルダムのサンティン市長「日本はアジア諸民族の独立の立役者」→(捏造。サンティン実在せず) ・森総理の How are you? が Who are you?→ (捏造。元々は韓国マスコミが自国大統領向けに言ったギャグ) ・エジプトの壁画に「最近の若者は…」 →(捏造。記述無し。ヒエログリフにはある、というのも捏造) ・近鉄加藤投手の巨人はロッテより弱い発言→(捏造。思ったより弱いという発言しかしていない) ・笑っていいともは2005年で終了する→(2006年現在も記録更新中) ・ハン板で韓国人ストーカーに悩まされるOL→(携帯・自宅・会社・親戚宅でIDが同じ。なぜか捏造と認めない住人w) ・本田総一郎の韓国とは関わるな発言→(金文学の本に記載なし) (追加) ・街宣右翼の90%は在日→(ソースとされるBBCの番組の放送日時、番組タイトルなどは一切不明) ・朝鮮学校への脅迫電話は自作自演→(脅迫電話の容疑で03年1月に広島東署に逮捕された宮原久男容疑者は日本人) ・元宮内庁長官の昭和天皇発言メモは捏造→(捏造の「証拠」とは、「天皇らしくない発言」といった程度) ・国立市の小学校で小学生が校長に土下座要求→(産経の捏造。産経は弁護士会から訂正勧告を受けるハメに) ・NHKへの政治圧力はなかった→(取材テープを起こしたとみられる朝日内部資料が流出、圧力の事実を図らずも証明) ・難病さくらちゃんの家は資産1億数千万→(07年元旦の毎日新聞で、むしろ3000万円の借金が判明)
これをどう読むかでいろんなことが試されてしまう。 少なくとも最後のやつはダウト。「両親が借金などでねん出した3000万円の自己負担を〜」 なので借金は3000万とは言えない。その上のやつも取材テープがあるという推測は 見たが、その内部資料が出たという情報はまだ見たことがない。他のもいろいろ微妙な仕掛があってたいへん。作った人は、すぐにわかりやすい最後の毎日の記事ので 読むひとを試しているつもりなんだろう。 他のは信じているのもあればそもそも話を知らないのもあり。 まああんまり興味がない話ばかりだからどうでもよい。 (最後から二番目のはあんまりどうでもよくないのでポジティブなデータがあれば知りたい。)
唯一信じていた加藤投手のはwikipedia参照してみる。 あ、なるほど、このコピペは地の文はほぼ根拠がないかミスリーディングな文章で、 ()のなかが捏造になっているのだ。「捏造」は自己言及なのか。よくできてるじゃないか。 地味な労作だな。
おもしろいなあ。 たしかに都市伝説はおもしろい。われわれが信じていることの何割が知識なのか。 まあ「知る」「信じる」ってのはどういうことなんだろうな。 あら? 奈良の産科怠慢たらいまわし産婦死亡事件ってのも実は誤報なのか? 医者板でえらい叩かれているな。
だらだら。
昼から大学。だららだ。
哲学者の文章のなかで、「霧箱の中に霧粒の列を見出して、「陽子が飛んで いる」と判断した」のような文章を見つけるといつも奇妙な感じがする。おそ らく、(陽子の軌線の写真は見たことあるが)霧箱そのものがどんなものか見たことが なくてイメージがないからだな。
ネットで調べる前にとりあえず妄想してみる。 それはどれくらいの大きさのものなのだろうか。あんまり大きいと 研究室のテーブルに乗らないだろうから、30cm×30cmぐらいだろうか。もうちょっと 大きいか。「箱」っていうくらいだからきっと立方体だろう。 いや、奥行があまりない長方体かも。後に倒れたりするくらい薄かったり。
材質は。うーん、なんか 前世紀初頭から使われているはずだし、金属だと素粒子通しにくいような 気がする。だから基本は木材ではないだろうか。いややっぱり鉄かステンレスかアルミか。 アルミは当時は高かったろうな。 「霧箱を覗く」とかって表現を見たことがあるし、観察しなきゃならんだろうから 窓がついているはずだ。その部分だけガラスが埋め込まれているのだろうか。 調べる試料をとりつける部分があるはずだよな。
なんか記憶にある写真では軌線は横に飛んでたような気がする。だから箱の横 には一部でっぱりがあって、そこに試料を入れるようになっているのはではな いか。それとも箱のなかに入れる(内壁に取りつける)のだろうか。
問題は霧だ。アイロンがけに使う霧吹きの霧じゃすぐに落ちちゃうからだめだろう。 どうやって手に入れるんだろうか。 ヨーロッパの秋の朝、「おい、起きろ! やったぜ、今日は天気が悪い!霧が採集できるぞ!」とか。で皆総出で霧をつかまえに出る。 つかまえた霧を箱に入れて上から蓋して実験開始。そんな荒っぽいことで大丈夫なのか。
まあふつうのより細かい霧吹き使うのだろうか。しばらく空中に浮いていることが できるくらい細かい霧を出すのはたいへんそうだ。だいたいその霧は水なのだろうか。 なんか「発泡スチロール」という言葉を思いうかべるが、なぜだろう。「発泡」がポイントなのか。わからん。
「霧粒の列」はどれくらいの太さなのだろうか。1mmぐらい?陽子のような ものがそんなに大きな変化をもたらすとは思えないよな。んじゃ、箱はもっと 小さくて10cm×10cmぐらいで、霧粒の列の太さは0.01mmぐらい?目でぎりぎり 見えるか見えないかぐらいか。また列は何秒ぐらい存在するのだろう。一瞬か 1、2分は持つのか。一瞬だと写真に撮るのもたいへんだろうから(「おい、い ま陽子が飛んだぞ、見ろ!」とかできそうにないな)、少なくとも数秒は続く んだろうか。
だいたい陽子と霧粒の列の関係がそもそもわからんし。陽子の電荷が 霧の水分子の電子とかに微妙な影響を与えたりするのかな。なんか水の霧じゃないような 気がしてきた。見えるのは陽子だけか?たしか違う。
「カミオカンデがニュートリノを検出した。ニュートリノが水を構成している原子(電子?)にぶつかってなんかの事情で発光したのを光電管で検出したのである。」(知らないけど)の方が例としてはるかにわかりやすいよな。
さて、十分妄想したので、どういうものかwikipediaさんにうかがってみるか。 霧箱っと。 うーん。とりあえず霧は水ではないし、霧が浮かんでいるわけではないことは わかった。霧箱って霧が入っている箱じゃなくて霧ができる箱なのね。そりゃそうだ。 当然だな。まだ外観はわからず。んじゃgoogleさんおねがいします。 おお、自分でも作れる。 おどろいた。 すばらしい!妄想とは全然違った。「箱」でさえない。当たったのは大きさぐらいか。 ほう、高校の物理で実験するもののなのか。 ウラン原石とかも実験用に売ってるのね。やっぱり高校教育は重要だ。 なんか世界が少し明るくなったような気がする。
なんかメタ倫理勉強するためには人間関係相関図のようなのが必要な気がしてきた。 意外にそういう側面が重要かもしれん。英米の感覚の違いもわからんし。 そういうのは本国にいないとわからんよな。いてもわからんかもしれんが。 たとえばHareが皆にほとんど無視されていること、 HareがBlackburnをほとんど無視していることなど。 ひょっとしてHare先生の対人的な問題が影を落としてないか?
最近のメタ倫理の文献読んでてイライラする理由の一番大きいのは、 人間とか道徳生活とか自己とかそういうものに対する理解そのものが ほとんどなにも増えないことだな。なんか新しく気づかされることがない。
70年代ぐらいまでに説明すべきことはすでにだいたいわかってて (価値と事実の違い、Is-ought gap、感じられる道徳判断の主観性、客観性、普遍性、 合理性、強制力、道徳的不一致、道徳的感受性、理由、動機づけ、etc)、 あとはどう説明するか、ってことだけ。それはもちろん重要なんだが。 だいたいの学説は十分洗練されていて、それほど大きな対立もない。 この学説とこの学説は実践的な含意がまったく違う、なんて組合せは どれほどあるか。
アモラリストの扱いが、洗練された実在論と洗練された 表出主義でどれだけ違うか私にはあんまりよくわかってない。
道徳的不一致に関するスティーブンソンの議論が 道徳学説の不一致に関するなんらかの議論にも使えるかもしれん。 たとえば、道徳的議論が事実の認識については一致しなくても態度の一致によって 終るのと同様に、メタ倫理学説の対立は、説明が大きく違っても 規範的な議論に与える影響が同じなら気にされない、とか。
研究領域として死んでる、とか言いたくなる人も出てくるのではないか。 『異議あり!メタ倫理学』とか。いや、調査中。なんかおもしろいところがあるんだろう。 やっぱりおおざっぱな捉え方しかできないと、議論の醍醐味を味わうことが できないのだから。もうちょっと我慢してみよう。
イライラするもうひとつの理由は、おそらくウィリアムズやネーゲル、ノージックあたりま 感じる「知識人」の匂いや文学臭さ(ウザいと思いながら魅力がある)が消えてるところ かもしれない。余計な知識が増えないってことか。 利用する題材や例文も陳腐すぎるというか想像力をかきたててくれない。 BlackburnやRailtonなんかはまだましだが、 SmithやTimmonsは耐えられない、とか。これは教育が違うんだろう。倫理学者 に求められるものが変わったのかもしれない。
もうちょっと考える。もし倫理的判断の客観性(あるいは収束可能性)と規範 性(動機づけ)のどちらを重視するか、といわれれば私は規範性の方がずっと 重要だと答えたくなる。 私と誰かの倫理的判断がくいちがうことはやむをえないが、自分の下している 倫理的判断に実際に従っていない人を見れば(「偽善者!」とか)攻撃したくなるものだ。 逆に言えば、自分が本気で従うつもりのない規範を主張されるのはこまるとい うことでもある。そしてこれがキルケゴールが一番主張していたことだし、キ ルケゴールによればソクラテスが最高の倫理家だった所以だ。
もちろん我々には意志の弱さやサルトルの自己欺瞞や キルケゴールの言う罪とかそういうのが常につきまとって実践は現実的には無理なわけだが、 そういう自己理解ができるのも倫理的判断の規範性が重要だと思っているからであるから して。
実践的な問題を考えるには、倫理的判断が規範的であることと、普遍化可能性 というか「同じものは同じに」「なんか違う判断するなら理由を提出せよ」程 度の合理性(これは道徳性じゃなくて合理性の要求)のふたつがあれば私には 十分に思える。功利主義へのつなぎはいらんし、基礎づけ主義もとる必要ない。 これだけでもずいぶん遠くに行ける。この点でシンガーには同意。
合理的なファナティックが(現実にはほとんどいないが)、理論的には存在しう るかもしれないこと、完全に合理的なアモラリストが存在するかもしれないこと、現実 には道徳的不一致はなかなか解消できないであろうことは正直ほとんど気にならない。
あれ、おかしいかな。実在論なり外在主義なりとるひとも、とりあえず規範性 は認めているわけで、それになんとかして客観性を加えたいとしているわけだ もんな。うーん、やっぱり難しい。わからん。
さて、明日からは ちゃんと仕事しよう。
はあ、歌舞伎ってけっこうおもしろいのだな。
朝から。仕事しなければ。
でも昼寝したり。文章書くのは苦手だ。なんでこんなに苦手なのか。 文字数と関係なく同じように苦手なのがなんとも。それは結局人間のクォリティが低いからか。
ちょっと修正して力が尽きる。
朝から。やばし。
タイムアップ。提出しよう。次行かねば。
タイプセット。やってますやってます今やってますごめんなさい。
うーん、もうちょっと。こっからが時間かかる。 LaTeXのクラスファイルいじるのはたいへん。ザ・バッドノウハウ。 でも他の選択肢がない。WORDがもっときれいに出力できればいいのに。 なんでもうちょっと美しくできないんだろうか。WORDにはそういうものが 期待されていないからか。とにかく飯食うか。
とりあえず終る。ふう、今日は二つも仕事したぞ。すばらしい。 でもまだまだ仕事たまっている。授業があるのはいつからだったかな。 調子が悪くならないうちにやらねば。
どうでもいいが、Google Calendar君も毎朝お手紙くれるよ。まあこの手のものは 何使っても同じ。
キャンディーズ。テレビを見ない子だったので 同時代ではぜんぜん知らない(顔の見分けもできない)のだが、勢いあるなあ。 ユニゾンはOKだけどコーラスをキメる部分で怖がっているときがあるのが生な感じ。 女コーラスはピッチとるの難しいよな。(→ どうもコーラスのところはヘルプ呼んでるね。 専門のアルトの人がいるな。) 現代の大人数グループなら怖くないもんね。 それにしても「お姉さん」だったのが今ではただの学生に見える。 すげー、引退間際には客扱いとかコールアンドレスポンスとか とんでもなくうまくなっている。さすがアイドル中のアイドル。 そりゃ「私たちバカじゃありません」と言いたくなるものわかる。すばらしい。 ステージの使い方が70年代後半に大きく変ったのもわかる。モニタの返しとかの技術 革新があったんだろう。ツェッペリンのビデオとか 見ても気になってたんだよな。あ、こんなん見て喜んでるのはもうナツメロおやじだ。
DVD。ルービンシュタインは好きではない、というか嫌いなことがわかる。 ハイフェッツも好きではない。 どっちもその弾いてる曲の要所にあるべき感動がない。なんだろ。 まあ今日見た演奏がそうだっただけなのか。当時の演奏スタイルが 今の耳にはよく聞こえないってことなのか。
シベリウスはオケ曲より四重奏やピアノ曲の方がはるかによく書けているようだ。
昼から。なんか眠い。
ブログとか読んでると、途中で「続きを読む」にするのやめてくれ(いちい ち動作が必要で、操作性が悪い。どうせ読んで欲しいと思ってるのに。)、と か、本文の文字のサイズをいじるのやめてくれ(小さくて読みにくい。読者は 各自ブラウザで一番読みやすいサイズにしているのだからして。本文以外の部 分は許す。)、とか思うわけだが、いまさらこんなところで書いてもしょうが ないよなあ。まあ「続きを読む」の方は芸としてやっている人もいるようだが。
うーん、だめだめ。
夜中に起き出してきて勉強したり。と、org-modeとかにはまりそうになり 思いとどまる。メモ・To-Do管理はhowmで十分。無駄なノウハウや新しいトリックは覚えないこと。
朝寝て昼過ぎに起きて午後遅くから。こういう生活はまずい。
がんばっているつもり。でも集中力ないなあ。 文章を書くのは時間がかかる・・・。生産量多い人びとはどうしているのだろう。 一生に一回でいいから締切通り 提出してみたい。これ早く終らせて次行きたいし。
うーん、だめか。眠い。やっぱり早寝早起きしないと。
おちおち犯罪被害者にもなれない世界。
「ラテン音楽」というくくりでキューバンとブラジリアンが いっしょにされる風潮というのはどうなのだろうか。さすがにジャマイカンはいっしょに されないところを見ると、ラテン系諸語による音楽ということなのか。たしかに ファドとかのポルトガル系の音楽やスペイン系の音楽までいっしょにされてるもんな。 でもフランス語は・・・。とにかくキューバ系のとブラジル系のをいっしょにするのはやめれ。
将棋見て昼から。雪。東山に雪が積もると京都の冬だなあ。
数日前から右足親指の付け根に違和感。たいしたことないけど、 例の恐しい病気じゃないだろうな。
なんかお腹も痛い。
卒論指導1件。
調子あがらず。お腹(胃)痛いし(治まったりまた痛くなったり。持病の癪っ てやつ?)。なんだろう。吐き気その他はないのでノロではないと思う。イヤ イヤ病か。いや、この症状前にも1回経験あるぞ(→これか。)。胃痙攣や胆石ならしょうがないが、膵炎はやだぞ。む、猟奇犯罪について考えたりしたのが 悪い?
調子あがらず。これだめだな。どうせ締切延びるだろうから、このままあし ばらく放置しておくか。
なんか新しい音楽が聞きたい。 クラシックでもジャズでも現代音楽でもR&Bでもなくロックでもサルサでもレゲエでもなく、 私にとってまったくブランドニューなやつ。いや上のどれかのジャンルに分類されてもかまわんが、 とにかく新鮮なやつ。鉱脈はどこにあるのか。 意外にキャンディーズとかハロプロとかの歌謡曲あたりか。
お腹空かないし。ううむ。暖かくして寝るか。懐炉とか欲しいような気がする。
ちょっとでもマジンガーの調子が悪いとショボショボクヨクヨし、 なにもかにも放り出してマジンガーの心配をするパイロット。 まあマジンガーを気にしているという点では悪くない。 いつも気にするべきだ。 人間は手入れしないと動かなくなるマジンガーと 愚かな兜光二によってできている、という二元論的理解は あまりにも自然だ。近代特有のものではあるまい。 だいたい痛いのは私じゃなくてお腹だもんね。 でも苦しむのは私でお腹じゃないもんね。 (「胸が苦しい」という例外的な表現があるのはどう説明する?)
わりとよく寝られた。胃の痛みもなくなったようだ。七草粥とかってのは 日本人の智恵なのね。
朝から。心を落ちつけて、と。
ショボショボ。だめだめ。胃も間欠的に痛い。どうもタバコと因果関係がある。
YouTubeエヴァンゲリオンのパロディ見たり。 まあ戦闘シーンは映像としてほんとによくできてたよな。DVDも図書館に入れてもらうかなあ。
徒歩中にiPodがないのはそれほど悪くない。
そういう趣味はないのだがフジテレビ系列の女子アナ番組とか。
延々寝る。昼から。胃は大丈夫。 ここしばらくしてなかったので、腕時計もってくるの忘れた。
今日から防衛省。日本中で単語登録。(っていうか学生見ていると 今どきの人びとは単語登録の重要さを理解していないような気がするのだが)
1回生ゼミ。終了。1月は授業2回あるべきだと思う。
眠くて眠くてしょうがない。だめだめだめ。
「病の善用」とかって観念をもっていないのは残念だ。
APP研チョンボで賠償判決。うーん、がんばれ。
病は寝て治す。昼から。
学生相談。
シベリウスってひとはピアノ曲や室内楽曲で屈託してメランコリーしている ときと、へんな民族主義ふりまわしてオケをバリバリして鳴らすときとは別人 のようだ。山田耕筰とかと同じタイプの人なのかな。
会議。
調子悪い。
前日夜から寝込んでしまう。ほぼ24時間寝た。起きたのは飯だけ。 なんか発熱してたのかも。お腹下したりはしてないのでノロではなかろう。
まだ寝る。
さらに12時間寝る。通算36時間。 いろいろあるので昼出てくるが。ひどい顔だ。
保健センターへ。「まあ、具合悪そうな顔ですね」風邪だろうということでPLもらう。 風邪より根性の問題だろうと言われてもしょうがないかもしれん。
卒論指導1件だけ、あとはキャンセルして早退。ごめんなさい。事務にも「ひどい顔をしている」と指摘されるが、同様の 症状の人あり。あ、ここか。
大学教員稼業、いや社会人として一番大事なのは体調管理なのだ。社会人失格。 四十過ぎて分別盛りってやつなのに。根性が足らん。
とにかく睡眠。
薬飲んで夕方からもう一眠りしてかなり楽になった。哲学は死の練習であり、 病も死の練習である。
と、毎年1、2回は寝込むのに、去年から1年以上風邪ひいてなかったんだな。 あと1週間ずれてくれれば大手をふって寝込めたのに。 これはやっぱり気合いの問題のような気がする。関係者のみなさんすみません。 もう一眠りしよう。
さらに延々と12時間以上寝て、起きると回復の兆し。なんかとりつかれていた 鬼か魔物が去っていったような感じ。病は目に見えぬ鬼が引き起こす、とかって 理解も自然すぎるよな。呪術や加持祈祷で病気を治そうとするのも無理はない。 っていうか、病気と天災がなければ誰も超自然的なものを信じたりしないだろう。
頭も正気に戻りつつあるが、もうちょっとかかりそうだ。
卒論一人提出。めでたい。
すぐに目がショボショボ。もう少し寝る必要がありそうだ。帰るか。
たしかにスーパーに納豆がない(ダイエット食品としてテレビで紹介されたからだそうな)。 私の主食を返せ!
地震と津波。縄文時代とか弥生時代とか、どの程度の情報が流通してたんかね。 ああ、あれはそっちではそうなってました、とかあるんだろうか。暦の重要性?
さらに延々寝る。が、さすがにもう12時間は寝られなかった。 まだふらつくが大丈夫。朝から大学。
と、またイスの上で寝たり。でもやっと頭の霧が晴れてきたか。 どうも私は自分がいつも健康であるという妄想にもとづいて いろんな計画を立ててしまう傾向がある。実際には1年のほとんど役に立つ状態ではない。 やっぱり仕事は避け隅っこで懐手して生きていくべきだと反省。
あら、マイケル・ブレッカーが。ジャズメンは早死の傾向がある。 やっぱり若いとき乱暴していたのだろうか。→ 骨髄異形成症候群らしい。 ガンや白血病の仲間か。健康に長生きしたい。死ぬのは恐いよ。
じっと卒論生を待つ、が来ない。大丈夫か。またイスの上で気を失なったり。
早く寝る。とにかく寝るべし。
「自分の頭で考えること」「自分の目で見る」 ってのはそんなに重要なことなのかな。私にはわからん。 そりゃ考えるなら自分の頭で考えなきゃならんし、見るなら 自分の目で見なきゃならん。でも自分の頭や目に自信がない場合はどうする? 私は巨人の肩に乗ってちょっと遠くを見らればそれで十分。巨人はどこにいるのかなあ。 実は巨人のかぶりものをした人間梯子か人間ピラミッドなんだよな。 私の人間としてのオリジナリティのなさはここらへんが原因だな。
朝から。
衣笠。終了。 応用倫理学とかでのアームチェアー哲学の限界は明らかだな。んでもあえてアームチェーアを 選択するわけだが。情報不足とdisinterestednessは別の問題、と言いたいが、 それがどの程度通るかな。
卒論(仮に)無事提出できた学生を連れて(仮)打ち上げ。
朝から。心を落ちつけて。勉強しよう。
前日、岩倉で通り魔(?)刺殺事件。被害者は精華大生。 すぐに「うちの学生でなくてよかった」とか思ってしまうのは是か非か。
マイケル・ブレッカーといえば私にはChick CoreaのThree Quartetsだよな。 ジャズ聞きはじめの頃に買ってジャズというのはかっこいいものだ、とか思ってた。 実はこんなかっこいい音楽はそうそうないことはあとでわかる。
ジャスコでレジ袋代金5円とられる。しまった油断していた。
早寝。
いろいろ仕事はあるのだが12時間睡眠。なんぼなんでも寝過ぎ。冬眠制度があればいいのに。
百万遍で調べもの。昼大学。あれ、なんだか心落ち着かない。おそらくハン バーガーのせいだ。
いったん帰宅してまた出てくる。しかしやっぱり心落ち着かず。だめ。 寝よう。
もうあれから12年かあ。サバイブしているということはありがたいことだ。
また延々寝る。もう寝るのが楽しくてしょうがない。
朝から。昨日より落ちついている。でもあっという間に時間が。
夕方来客。タイプセッター。ビール飲んでしまう。
中年男性にとって体重が落ちるのはよいことなのかどうか不安。
Peter UngerのLiving High and Letting Die のトローリー問題とか、そこらへんの我々のふつうの道徳的直観はおかしいかもって話は、 早いうちに紹介しておく べきだったんだなとか思う。どういう紹介のしかたが よかったのかわからんし、これからどう紹介したらいいのかわかんないけど。
朝から。
ははあ、全然なにも考えていなかったが、 ホワイトカラーエグゼンプション(残業0円)ってのは、もしかしたら 私のような人間が必要になったかもしれない制度なのか。 政府はどこまで保護的であるべきかってことなのかな。
勉強を教えてもらう。
割と早起き。センター試験の日らしい。今年はトラブルないだろうか。
認知的不協和について考えたり。 まあでも他人のオカクズより自分の丸太の方が問題。
厭世パワーが充実。こういうときはビール飲みながらおもしろい本を読むしかない。
帽子落したり、思い直して道を戻って見つけたり。
なんか最近、すでに水が入っているコップになったような 感じがする。ちょっと飲んだだけで溢れる。深酒はもうできない。 まあ経済的になったということなのか。
自分や他人の道徳的直観の内実を知りたいってのは なんだか奇妙な欲求であるような気がする。
「哲学的に洗練されている人/素朴な人」っていう区別は当然あるわけだが、 「道徳的に素朴な人」っていう観念ってのはあるんだろうか。 「道徳的に洗練されている人」ってのはなんだかおかしい。 立ち振舞いや哲学思考が洗練されているのは素敵なことだが、 道徳態度が洗練されている人ってのはどうなんだろうか。 なんかそれは邪悪なソフィストであるのか。
早起きしたのにだらだら寝てしまう。
人付き合いがヘタなのは困りものだ。嫌われるのはしょうがないが、 人を怒らせる 必要はないんだよな。 反省。 まあやはり人々とはなるべく会わないようにするしかない。 エピクロス先生は正しい。
二日酔い。
ヘアのMoral Thinking再読したり。なるほど、「哲学的な問いの立て方をす る人だけが陥る誤り」ってのがあるんだな。やっぱりこの本あおもしろいなあ。 楽しんで読める哲学の本ってのはほんとうに貴重だよな。同業者の人々も、ど の程度自分が読んでいる本を「おもしろい」と思い、何度も楽しめると思って いるのか。もちろん「勉強的におもしろい」とかってのはけっこうあるわけだ が。私が本当の読書の快を感じた本って何冊あるだろう?キルケゴール (『死に至る病』だけ)とヘアとシンガーとパーフィットとミルとニーチェとモンテーニュと『ゴルギアス』ぐらいなのかな。シジウィックの翻訳が出れば。 むしろ他の学問分野ならいろいろあるわけだが。
吾妻ひでおの『逃亡日記』。まあおもしろい。 アル中恐い。 手塚先生や石ノ森先生への愛情がよい。 でもたしかに この人は昔の作品はきっと残らないよなあ。『きまぐれ天使』は好きだった。
人生は苦。
10時間以上寝る。昼から。
調子悪いのだが締切過ぎてる。
でもなにもする気になれない。頭もなにも回らず。
以前に注文した本がいろいろ届くのだが予算がない。ツケ。来年研究費どれくらいあるんだろう。
卒論事後指導1件、来客タイプセット1件。
調子悪い。だめ。
早く寝るべし。
12時間近く寝て少し回復か。午前中から。締切締切。
あ、シラバスとかも書かなきゃ。でも頭が動かない。なんかマンガ喫茶で マンガでも読むべきなのではないだろうか。
だめなときはおいしいお茶を飲もう。
レポート指導。
教授会。長い。
そういやセンター試験、糸谷四段はどうだったんだろうか。 希望通り百万遍大学文学部入学なるか。
精華大学生殺人事件、まだ解決せずか。木屋町通行人リンチ殺人事件もそうだが、 そこらへんを殺人犯が歩いているわけだなあ。
動物解放の議論が屠畜業への差別を悪化させるというのは まさにその通り。あんまり気にしてなかったんだよな。 今年は衣笠でも今熊野でも後期の授業で取りあげるのを躊躇し、授業内でもその話をした。 しかしそういう問題は考えるべきだが、まだどう考えればいいのかわからんとか そういう話になってしまった。 正直なところ、私は今年まで部落差別と屠畜問題が密接な関係があるということ さえちゃんと理解していなかったと思う。鎌田の『屠場』ぐらい しか読んでないし。社会意識のなさがだめだめ。
11時間睡眠。いくらでも寝られる。寝られるというか起きてない、というべきか。
午前中から。試験期間も終ったらしく、大学は静か。
調子悪いときはネットなんか見ずに、本を読むべきなのであった。 でもまあまずだらだら部屋片づけるか。
あれ、近所のお茶屋さん、100g 1200円の「明恵」より1000円の「鳳凰」の方が おいしいような気がする。
午後ご飯を食べたあと眠くてしょうがない。なんか毒を盛られたような 眠さ。
面談3件。眠いので手抜き。ごめん。
地べたで寝て6時過ぎに正気に戻る。ドアを開けられて 「死んでるかと思いました」。
これはいかん。帰る。
13時間睡眠。なんなんだ。知らないうちに体重も減ってるぞ。
昼から。心落ちつけて勉強しよう。
かもしだ君のアル中腎臓癌日記読んで暗い気分になる。 私はまだアル中はだいじょうぶのはず。昼から飲んだりしないし、 そもそもそんなに飲めないし。はあ、飲めなくてよかった。
3回生レポート指導。エントリシート。1回生レポート指導、とかこなしているとすぐに夕方。 やっぱり早起きしなければ。
グールド先生のバッハはやっぱり特別なんだなあ。
11時間ぐらい。午前中から。穏やかな日々と言えるのだろうか。
webからのメールのFORMがおかしくなっていた。本文をUTF-8にしてはいかん。失敗。
1回生レポート指導2件。
なるほど、ペアプログラミングか。 http://japanese.joelonsoftware.com/Articles/FireAndMotion.html。 でもペア論文書きは難しい。せいぜい研究会で発表させてもらうくらいか。
午後も3回生レポート指導1件。真面目な教員だ。
あれ、なんか落ちつかなくなってきた。
もう一台の古いPowerBookの環境設定したり。emacsまわりが面倒(lookup, migemo)。メモリが足らん(256MBしか積んでない)。 どっかでタダで手に入らないだろうか。
夜中目が覚める。
そういや、けっこう多くの人が私の赤裸々な食生活に関心を持っているらしい。 食生活日記をつけはじめて早6年。 Du bist was du isst. You are what you eat. 自己評価としては、たいしたものは食っていないが、まずまず豊か。 ジャンクフードは食うが、さすがにコンビニ弁当は食わない、というレベル。 まあ人々の実際の食生活なんてのは性生活と同じように謎だよな。 「野菜が少ないのではないか」という意見を時々目にするが、 中年男性としてはかなり大量に食ってる方だと思うのだが。 これじゃだめか。「もやし」と書いていれば一袋、ホウレン草と書いていれば一束。 肉はあんまり食わないし。
日曜は将棋の日。だらだら観戦。
午後研究会。
久しぶりに一人でゆっくり飲む。 また帽子を無くしたかと思ったがリュックに入っていた。
なんというか、「我」がいかん、中途半端な我が。人々は私がそういう中途半端な 我をもっていることがすぐにわかるし、一部の人々には非常に不愉快なものなのだろう。 もっと水や空気のように透明になるか、あるいはもっと我をもっと立てるかどっちか にするべきだ。
アルコールをうまく摂取すると、意識が適度に低下して、 考えることはできないが感じることはできる、という状態になる。 この状態で音楽を聞くとよく聞こえる。無調もフリージャズもそのポイントがわかる。 さらにうまく摂取すれば一日同じ感覚でいられるのだろうが、それは廃人。
11時間睡眠。昼から。入試がはじまっている。
時々みぞおちの右側が気になる。胆石か脂肪肝か。2、3月のうちに一回エコー見てもらおう。 病院行ってすぐに見てもらえるのだろうか?まず保健センターに相談するか。 某先生は胆石と診断されたままそのまま放置して持っているらしいが、 そういうものなのだろうか。爆弾かかえているようでいやじゃないのかな。
いろいろまずい。心を落ちつけて一つずつやろう。
と、怒涛の作文指導。3回生3人、1回生2人、エントリシート1件。 午後つぶれてしまう。まじめな教員だからやむなし。
今年の就職活動は超売り手市場かあ。こういうのは運だよな。
なんか左目の二重まぶた(奥二重)がデフォルトになってしまっている。 これでいいのだろうか。調子悪いときの印だったのだが。調子悪いのが 常態になっているということか。顔の左右対称がくずれて悪人顔になってる。 これが加齢というやつなのか。
「産む機械」発言、前後の文脈わからんし、そういうスリップのような のを責めてもしょうがないような気がするが、そういうもんでもないのか。
高裁でNHK、VAWW-NETに賠償命令。裁判長は南畝文。取材対象の期待権なんて へんな権利だと思う。最高裁へ。
早起き。1月も終ってしまう。朝から。
あら、衣笠のシラバス、入稿期間が終っていた。今年のままでいいんだけど、 大丈夫かな。
業務の日。
空き時間に床屋。二重まぶたになり、久しぶりに無精髭を剃り、オールバックもどきに すると、鏡のなかには、私の記憶で一番若い頃の父親の顔があった。これまではどっ ちかといえば母方の血筋の顔だったのだが。都に出た田舎者が初めて見る鏡を 買って帰り、納屋に置いてたらどうのこうの、という古い話を思いだした。遺 伝恐るべし。
合間にレポート指導。まじめな教員。
批判されるべきマジンガーZ的発想について考える。 まあもちろん、なぜ「産む機械」発言のようなスリップが出るかを考えるのは 興味深い(スリップではなく本気だとしたらただの馬鹿だし考えてもあんまりおもしろくない。) 勝手に妄想すれば、おそらくその瞬間の彼は女性を文字通り機械だと思っているのではなく、 「機械」はなにか別の言葉の婉曲でユーモラスな表現のつもりだったのだろうと思う。 その言葉は何か?「子宮」か「女体」か「母体」か。おそらく「子宮」か。 彼はおそらくここらへんの言葉が生む 微妙なエロティシズム?が生じることを避けようとしたんだろう。 むしろ、「体は一つですから」とか、 そういう物象化を避けようとして逆にああいう表現になってしまったんじゃないかと思う。 このタイプのスリップは私もやってしまいそうな気がする。読みすぎか。 まあ言わなくてもよいことをわざわざ言うのは馬鹿だ。
「産む母体は一人ですから」「産む体は一つですから」だったら皆はどう感じたんだろうか。 やっぱりアウトか。「産むつもりの人は数は変わらないかもしれないですから」 だったら抵抗なかったんだろうか。そういうもんでもないなあ。 「女性」と「産む性」がいっしょにされていることが問題なのだものな。 でもこれ微妙だ。一方で産む性としての女性を意識し、 一方では女性は産む性というステロタイプを捨てたいと思わざるをえないのは やっぱりどうあつかってよいのか微妙だ。 ここらへん男性の多くはどう表現していいのかよくわからん というのが正直なところかもしれんなあ。いや、もっと深い問題があるかもしれん。 わからん。
大正時代の「母性保護論争」のようなものは いまだにはっきりした解決はなされていないんじゃないのかな。 おそらく国内のフェミニストを自称する人たちの間でもちゃんと話をしてみると意見が はっきり分かれてしまうだろうと思う。
もうひとつの可能性は、 やっぱりそもそも男性の多くが自分の(男性の)体自体を マシンだと思っているかもしれないってことだわな。 男性も女性も体はマシンじゃん、とか。 少なくとも私自身は自分の身体はマシンだと思っているような気がする。 思うにまかせぬ生物機械。これは男性特有なのか、私に特有なのか。 私に特有なのか。
榎本某という昔の名野球選手が、「落合(三割打者たち?)はロボットが違う」と かいう表現をしていて記者やライターたちを悩ませていた話とか思いだしたり。ロボ。
早寝。
早起き。早朝から。昨日今日と春の雰囲気。日が長くなってきたし。 つらい冬とももうすぐお別れ。
やっぱり銭谷さんのCarbonEmacsパッケージに移行。すぱっとemacsのCVSディレクトリをrm -rf。ついでにfinkも捨ててMacPortを中心に。もう少ししたらrm -rf /sw する。うはは。
さて、業務の時間まで仕事しよう。その前に机を片づける必要があるか。 数か月ぶりで机の上を整理。今年の目標は明窓浄机。机に物を溜めないこと。 キーボード、マウス、ペン立て、灰皿ぐらいにする。机と部屋を整頓することができれば、 人生のいろんな問題が一気に解決してすべてがうまく行くんじゃないかという気がする。
ちゃんとした会社のオフィスでは 皆の机の上が片づいているが、あれはやっぱり教育するんだろうなあ。 私も社会人教育一回受けてみるべきなんだろう。しかしこの歳じゃなあ。 「大学教員のためのビジネス講座」を各大学でやればどうだろう。
業務。他学部の先生を知る数少ない機会ではある。
相変らずレポート指導。これは今年人数多いからちょっと負荷が大きすぎたなあ。
エントリシートも。
徒歩中にiPodがないことはどうも有益であるようだ。 逍遥学派の退廃した末裔?
早寝。っていうか起きてられんよ。