もちろん寝違えは一日にして治らず。湿布貼って出勤。
はいっ。8月は健康に注意して勉強しましょー。
まだ安藤君読んでる。まあ誰もが悩むところに対して必ず一応の 自分のなり結論が出てるってのはすごいことだ。
ウルストンクラフトも恥ずかしながら今ごろ読んだり。はあ、chastityやmodestyという美徳を身 につける必要があると。なるほど、第二波の人に嫌われた理由がわかる。Godwinとは円満だったのか な?まあしかし、時代の制約は目につくけど立派なものだ。 第三波とかうかれてい るフェミの人びとも、もういっかいウルストンクラフトとかミルとかベーベル とかちゃんと読むところからやりなおしたらどうかな。
午前中細かい事務連絡をいくつかこなす。偉いぞ。 最近howm専用のフレーム(ウィンドウ)を一つ立てて常に表示するようにしている。
午後だらだら文献読んで終ってしまう。これではいかん。なんか時間の進みがふつうの人より 早いのか遅いのか。
でも無理するのは避けて早く帰る。とにかく早寝早起き。午前中と午後と 夜では時間の価値が違うのだ。
横綱が出場停止かあ。かっこ悪すぎる。 やめさせることはできなかったのか。朝潮苦しい。 リンチ事件もおとがめなしなのかな。
阿久悠逝去。ごくろうさん。あなたの仕事はなされました。
久しぶりに「クローズアップ現代」見るとあさのあつこ『バッテリー』特集。 なんじゃこら。AERAかと思った。 わたしの世代は「新人類世代」じゃなくて「自分探し世代」と呼ばれるんだろうか。
湿布貼って早く寝る。しかし首痛だの腰痛だの中性脂肪だの、こういうのは 人体の基本デザイン上の欠陥だよな(数えあげはじめるとキリがない)。こん なものを高度な知性をもったデザイナーが設計したとはとても思えん。もし全 能だったら首360度回るようにデザインせいや。ていうかそもそも首とかいらん し。これこそ、もしデザイナーがいるとしたらそれはかなり無能で あることの証明になるんではないか。unintelligent designer論とか irrational designerとかsadistic designerなら認めたいような。みさかいなくへんな小山登っている悲劇?いや、 むしろ人間はそういうもののためにデザインされたんじゃないというカントみ たいな結論になるのか。
やはり朝の2時間は価値がある。睡眠は重要であり、節酒も重要である。 もし不惑を迎え厄年を乗り越えたことでわたしが得たことがあるとすれば、これだ。
またAlan Sobleいろいろ読んだり。あいかわらず笑える。特に"Bad Apples"論文では(読んでなかった)、まさにフェミニズム関係の文献の多くは 引用がぐしゃぐしゃでthe standards of the mainstream scholarshipを満たし てないぞってなことをネチネチ論証していて見習いたい。ついでにLangtonも攻 撃されているのでひやっとしたが、ちょっと違うタイプの攻撃(引用の仕方で はなくソースの質の問題)だったので大きな実害なし。でももっと早く読んど きゃよかった。エヴリン・フォックス・ケラーのやばさも理解(やばいとは思っ てたが)。 まあ、「フェミ関係で引用されている意外な情報/直観や常識に反する情報はたいてい あぶない」という経験則は私もすでに身につけつつある。これ面倒なんだよな。
こういう読書をしているヒマはないのだが、どうにもやめられない。 なんにしても批判や論争はおもしろいなあ。胸が熱くなるよ。やっぱり「なん もわかっとらん」「嘘つき」「インチキ!」と罵倒や皮肉を投げつけるときの、 自分が殺されるかもしれないっていう覚悟っていうかそういうのがいいんだよ な。学者が本当に学者であるのは他の学者を攻撃するときだ、なんちゃって。先駆的 覚悟性ってやつか。 日本の哲学界、倫理学界でまともな論争ってどれくらいあるんだろう。永井vs 大庭とか内井vs大庭ってんじゃなあ。あ、清水vs立岩ってのもあったか。 将来の論争王を期待している人はけっこういるのでがんばってほしい。
一日のうち真面目に外国語文献読めるのは3時間が限度か。 仮にあと20年生きるとして2万時間ぐらいしかない。日本語だったらもうちょっと読める。いやいや、そういう心の余裕がある日は1年に30日もないから たかだか2000時間ない。もうだめだ。
とりあえずあとあとのためにレポートの祭典2日目開催しておくか。
眠いが、椅子で寝ると寝違え悪化しそう。地べたか。寝ながらなぜ私は Stevie Wonderあまり好きじゃないのだろうとか考える。よい曲が多い(特に InnervisionとFulfilling〜)とは思うが、なんかピンと来ないんだよな。十分 ファンクになってないからかなあ。JBやP-Funk聞いてしまってるからか。いち ばん好きな曲は実は(恥ずかしいが)"♪I just call 〜 to say〜"かもしれん。 (まあ"my love is on fire" は私のiPodで再生回数トップなのだが、これはベー シストがあれだから)メロディーメイカー/シンガーでしかなくてサウンドクリ エイターではないってことなんだろうか。「迷信」とかもあるのに、なんか不 当な評価な気がする。でも70年代同時期のマーヴィンのWhat's Going on 〜 Let's Get On 〜 I Want You 〜 Midnight Loveと続く爆発的な斬新さと比べる とやっぱりあれだよな。それとも単に同時代に生きてるからか?あの特徴的な部分転調がきらいだから?
という感じで寝たり祭典したりで今日も日が暮れる。人生ってなんだろう。
しかし他にどんな生活をしていればよかったかというと 思い浮かばない。職人にはなれなかったろうし。 やっぱり先祖代々百姓してられればよかったのかかもなあ。 運がよければ村の人に嫌われながらも晴耕雨読な感じとか?でも 土地がないから。やっぱり教師なんだろうか。寺子屋とかで読み書き教えたり? お寺の住職とか?やっぱり私は運がよいのはまちがいない。
うーん、寝坊。やはり10時には就寝しなければ。
保健室でもう一回湿布薬をもらう。ついでに胃薬もらっておく。そういや最近 胃腸はあんまり問題なかった。
会議。あっというまに午前中おわってしまう。 会議は心の平安の一番の敵。まあ別に今日なにかあったわけでないが。
『事例でまなぶケアの倫理』入手。へえ、たしかによくできてるなー。 なんかこれもなんか才能を感じるぞ。あ、阪大の若手の人達中心で人海戦術なのね。偉い。
心が落ち着かないときはレポートの祭典3日目やるか。でも眠いので仮眠してから。 ・・・さて、祭典祭典。 ・・・目がつぶれそうな奴がある。それは恐い先生の文章ですがな。この、 なにも考えずにべたっと貼ってくるやつってのは喧嘩売ってるんだろうなあ。 殺したい。 っていうか当局に相談するか。 教育の無力。私の無能。心はますます落ち 着かず。とにかく一科目終了。
心落ち着かないのであきらめて本読んだり。
ウィルソンの『社会生物学』 が図書館の学外倉庫にあった。ウィルソンは巨人だな。厖大な資料集めて ごちゃごちゃやる、っていうのはこの時代からなんじゃないだろうか。図書館の 発達とかが影響してそうだ。 まあそのデータもいまとなっては古くて今読む価値はないのかもしれないけど。 (っていうかそもそもこれを読む意味がどこにあるのか) 『人間の由来』(じゃなかった『人間の進化と性淘汰』か)読んでるのと近い 感覚。
エドワード・ショーターの『精神医学の歴史』。おもしろい。フロイトに 対して猛烈にキツい。・・・でもこの本、なんかおかしい危ないな、信用でき ない・・・と、著者紹介さえないのか。なんじゃこら。さすが青土社クォリ ティ。学生は青土社のものは読んではいけません、とか張り紙出そうかな。 っていうかとにかく私は時間の無駄だから読んではいけません。
新聞や雑誌のスキャンとかは自分でやる仕事ではないようだ。
私がケーブルの類がうまく扱えないのはどういう進化的な来歴があるのかな。 世界から電線がすべてなくなればいいのに。
なんか世界もすべてなくなればいいのにとか思いはじめたから寝るしかない。
だらだら寝たら、なんだか首悪化。うつぶせで寝てしまったからだ。
オープンキャンパスの日らしい。けがれなき女子高生がこの校舎に迷いこむ 可能性があるから、研究室のドアは閉めておかねば。
ハードディスク換装したPowerBookにiWorks入れようとして、DVDは見つかっ ても、シリアル番号がわからなかったり。こういうのってどうにかならんのか な。すぐにメモする癖をつけておけばいいのはわかってんだけど。回らぬ首を まわしてなんとか見つけだす。すばらしい。次はプロジェクタに出力するため のDVIのアダプタが見つかるかどうか。・・・すばらしい見つかった。今日の私 はキレている。
武井麻子『ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか』。なんじゃこら。問題意識 はわかるが、なんかひどい本だ。と思ったら、アマゾンでも叩かれてるな。看 護学ってのもたいへんな分野だ。 上のネタ本のホックシールドの『管理される心』。こっちは立派だ。おもしろい。 1983年の本だが翻訳されたのは2000年。ここらへん研究の導入が遅れているんだよな。
寝違えや腰痛と、性格(気質?)やストレスの関係が云々されているんだな。 まあ信用するほどではないようだが。
まあ落ちついて勉強と昼寝(首のため地べたで)。
SobleのKeller評。ぐは。おもしろすぎる。 Barbara McClintockの生涯に思いをはせたり。山岸涼子の「万年青」思いだしたり。 All the lonely people, where do they come from?
あ、ヒゲ剃らなきゃ。昼飯食えそうにないのでコンビニバーガー。まずい。
どれ女子高生とお話してくるか。親はもう同世代なのね。
女子高生 のためのミニ講義 。ぐはっ。なんか失敗。ここしばらく、 人前で話するのどころか、ろくに口も動かしてなかったし。そもそもこういう 短時間一発ものは得意ではない。
その前の面談もどきも疲れた。なんだか広い会場の片隅で高校生の質問に答 えるわけだが、うるさくて声が通らなくてつらい。最近そういうのけっこう気 になるタイプの人間なんだよな(だからカーペット張りの自分のいる校舎の教 室は大嫌い。教室は板張りが基本)。
同僚の某准教授のところの学生の卒論を読ませてもらう。うーん、3本とも よく書けているなあ。すばらしい指導力だ。格が違う。 これくらいの卒論書かせることのできる人は全国でも そうめったにいないだろう。
あれ、なんかとてつもなく疲れてるぞ。発熱するのかな?
昼寝したらだいぶよくなった。でも帰ってゆっくり寝るかな。
リー・シルヴァーの『人類最後のタブー』、楽しめる。啓発的。 高学歴の人々の心中は混迷しているっていう指摘はその通りだな。 『複製される〜』はあんまり感心しなかった記憶があるんだけど。 それにしてもこの手のタイトルどうにかならんのかな。 「植物にも意識があるかもしれない」というよくある学生の発想を どう解釈するかに対する答がちょっと見えたような。 われわれは代謝や成長と意識を同一視しやすいのね。
特定の思考パターンや複雑な行動傾向は、遺伝子が精神に 刷り込んだものかもしれない、という考えにいまだ抵抗感を示す知識人がいる。 抵抗勢力の尖兵を見つけたいなら、年長の人文系教授陣をあたってみるといい。 彼らは、ポストモダン的世界観によって、自分たちが「知らぬ間に」 生みだしてしまった科学者と「偏向した」科学を「脱構築」することをめざしてきた。 (リー・M・シルヴァー『人類最後のタブー』NHK出版 pp.104-4)
うは。「年長の人文系教授」まで読んで次が「ポストモダン」が来るとは 思わなかったが、もうそういう時代なのね。エヴリン・フォックス・ケラーは この本でも攻撃されてる(数日前Sobleの卓抜な評論読んだばっかり)。
いわゆる科学革命みたいなものが起ったのは 戦国〜江戸時代だっていう事実はなんか感覚に合わないんだよな。 もっと遠い感じがするのはやっぱり地理的にも遠いからなのか。 コペルニクスのあれは銀閣寺が立ったころ、 ニュートンのあれはほぼ元禄時代、 ラボアジェとかががんばったのは天明の飢饉のころ、 ダーウィンなんか黒船より後だもんな。あんまりそういう感覚もってなかった。 つい最近。30年一世代として10世代にもならない。これが「近代」なのね。 スロウラーナー。
シンガーにしてもドーキンスにしてもデネットにしてもシルヴァーにしても、 最近の宗教やその他のだめなものに対する批判は手厳しくて有効なものが多い ように見える。 これ、かなり大きな動きを目撃していることになるのかもなあ。 30年後に、「あのころのあれはあれだった」とか思うようになるんだろうか。 それとも世の中それほど変わらないのかな。わからん。
久しぶりに世界の終りものの夢を見てしまい起きるとドキドキ。 日が悪い。
ええと、優先順位の高い仕事はなんだろう。明日から事務室が閉まるから お願いは今日しておかないと。
でも午前中はおもしろいのでシルヴァー読む。国内の人文・社会学者で、これ くらい人文学について広く知ってる自然科学研究者どれくらいいるかな。たとえばシュタ イナーが何をやったのか。個別の人文学者を研究している人びとは、その人が 文明とかってもののなかでどういう位置にいるか理解しにくいかもしれない。 たとえばキェルケゴールに関心がある国内の研究者で、彼が当時の歴史的・社会的背景の上 でなにをやっていたのか理解している人は国内ではおそらく皆無だと思う。い や、1、2人はいるのかな。
ちょっとジュンクへ。物理移動は時間がかかる。そもそもこの時期移動してはいかん。健康に悪い。
オープンキャンパスでは学生が大量にバイト動員されているのだが、 彼女らよく働くなあ。偉い。この大学は(この大学も?)教員より学生の方が優秀だ。
「朝青龍、欝になる」。馬鹿げている。「朝青龍、躁に。部屋で飲めや歌え の大騒ぎ」だったらいろいろ配慮するべきことがあると思うが。まあ抑鬱状態 と欝病は違うんだろうけど。ある人を非難するってことの目的には、少なくと もその人を(一時的に)抑鬱状態にするってことが含まれていると思う(罪悪 感や反省と抑鬱状態が関連あるならばの話だけど)。
なんかノドが痛いので帰って寝よう。
なんかコンピュータ関係の環境をいじりたいような気がするが、 とりあえずなにも改善することがない。 webや2ちゃんねるもとりあえず読みたいものがない。 したがって読書読書。
シルヴァーのGM食物のあたり読む。不確かな情報・のちに訂正さ れた情報から身を守るにはどうしたらよいか?ってのはほんとに難しい課題だ な。 ジェレミー・リフキンという名前ははじめて目にしたが、 けっこう一流出版社から翻訳出てるな。あ、エントロピーの人か。 竹内均とかと関係?あれ、『エイジ・オブ・アクセス』は どっかに記憶があるな。
楡井先生はintegrityを無欠性と訳しているようだ。
英米の一流大学の有名教授なんてのはほんとに優秀だなあ。それにしてもこう いう広い教養っていうか知識っていうかを手に入れるってのはどういう感じな んだろうな。 でもシルヴァー先生はちょっと楽天的すぎる感じはやっぱりあるよな。保守・ 守旧派にもよいところはありそうだ。なにより、不確実な情報しかもってない ときに、楽天的な人間はとにかく疑ってかかるってのはそれほど悪い戦略には 見えない(私には)。もちろん文化とか伝統とかってのはそれほど固定的でも 永続的でもない。
首の状態はずいぶんよくなった。
永島慎二先生『漫画家残酷物語』はおもしろいなあ。でも いろんな版があってどう集めればいいのかわからんです。
図書館の本を研究室に溜めこむのはやめよう!運動開始。いったん読んだものは 図書館に返す。と、返しにいくとそれ以上持って来てしまう・・・『日本戦後 音楽史』(平凡社)なんて本が出てたのね。実際は「日本戦後ゲソダイ音楽史」 だけど、力作ですごいな。へんな印象批評のようなものでも、有名人におもね るものでもなく、ちゃんとした資料と分析に基づいた研究のようだ。この分野 (音楽学・音楽史?)も新世代ががんばっている。あら、池内友次郎って高浜 虚子の息子なのか。アカデミックな専門家(職人)としての作曲家ってのは興 味深い存在だ。師弟関係がはっきりしたわりと狭いサークルで、お互い顔見知 りのなかで活動してるわけで。どの曲がよい曲として認められるかは主として そういう人間関係のなかで決っているようだ。まあ武満先生とかっては人気は あったけど異端。異端だから人気があったのか。
「カウンターカルチャー」の部分はよく見かけるような批判性のない文章に落ちてる。 で下巻に入るともちなおす。どうもゲソダイ音楽の内情内実まで非常に詳しい 人が2、3人、そうでない文献だけのひとが4、5人で書いてるようだ。(まだ執 筆者を確認してないので、名前を知るのが楽しみだ)
それにしてもゲソダイ音楽っておかしいな。 八村義夫はなんか本物だな。
『日本戦後哲学史』にするとどういう記載内容になるのかなあ。やっぱり廣松 あたりが中心になるのかな?
うーん、今日も無駄に一日が終りそうだ。
http://www.kyoto-wu.ac.jp/~tutida/ 芸術としてはどうなんだろう。
夜笹井真紀子カルテットを聞きにCANDY。楽しめた。 必殺のバラードが1曲欲しいところ。
まあたしかにチンギスハーンはどんなことがあっても鬱になったりしなかっ たろう。「それは26歳のときでした。ええ、それはショックでした。土俵で負 けたりしたわけじゃないのに、他人になんか言われただけで気分がふさぐので すから。そんなこと初めての経験でした。驚きましたね。しょうがないので入 院して抗不安剤を飲んだら直りました。いやー、あんなことってあるんですね。 でもそういう状態になったのはその一回だけでした。いったいなんだった んしょうね。」
午後ぐっすり昼寝。
ヴァカンス終了(誰も気づかなかったろうが、実はヴァカンスしていた)。 楽しかった夏休みはさようなら。心落ちつけて苦しもう。
図書館の本にはたいてい貸出カードがついている。ふつうは本の後の見返し (名前あってるかな?)に貼ってあるわけだが、新書や文庫などのソフトカバー 小さい本のの場合、ばらばら読むときに面倒。こう書いてもわからんだろうが、 わかる人にはわかるはず。むしろはじめの見返しに貼ってくれれば邪魔になら んのだが、そうもいかんのだろうか。
C-hはヘルプキー生活には意外に早く順応した。人間は順応する生き物である。 っていうか順応性こそ人間性の核心だ。
あっというまに夜。日が短いですよ。もっと北に行けば長い一日が楽しめる か。でもそうすると冬がつらいか。夏は北海道で、冬は奄美大島で暮らすってい うのはいいなあ。なんかそういうずるいことしている人がいるような気がする。 いっそ夏はデンマーク冬はアルゼンチンでもいいのか。
注目している藤井誠二 (+宮崎哲弥)vs野田正彰。展開あり。先週の週刊ポ ストに野田先生の記事があって、それは野田よりの表現だったし、だいたい何 考えているのかはわかった。藤井先生の方は出所不明(っていうかネットのコ ピペに見える)のohmynewsとかひきあいに出してて不安。そもそも野田正彰は 「精神鑑定」したのかな?それとも「証人」になっただけなのかな。精神鑑定 と証言の関係がよくわからん。精神鑑定は証言の一部なのか。訴訟手続とか知 らないからなにもわからん。(すくなくとも、野田先生 が 「証人喚問」と書いているのはなんかおかしいのはわかる。証人喚問って のは議会でやるもんではないか。いや違うのかな。)
明日は病院の日。今月分の食事運動飲酒リストをまとめて、プリントアウト。 どんな説教くらうのか楽しみだ。
研究室片づけていると、やっとVirtual PCのCD発見。OEDのCD-ROMを動かすためだけにインストール。 PCマシン1台入手した方が早いのだが。次はOEDのCD-ROMを探さねば。
病院へ(以下はフィクション)。待合室にはいかにもメタボな人びとが。まず看護師による問診。身 長体重腹まわり。82cm。医者に挨拶。「あなたは「生活習慣病をどういうものと考えて ますか?」という問診票に、「非常に悪質な病気」と書いてらっしゃいます が。」「はあ、悪質ですよね」「よく理解しておられる。健康診断の結果を見 ると、血ドロドロですな。まず採血採尿しましょう。」
管理栄養士と栄養相談。 今熊野女子大の学生が 2人実習に来ていてはずかしい。なんか女子3人に羞恥糾弾プレイをされているようでもある。 食事リストか らカロリー計算してもらう。私はだいたいコンスタントに1日2200kカロリーぐ らいとっているらしい。1900kcalぐらいにするべきだとか。でもどうしたらいいん だろう。京都のラーメンのカロリー(あれが440kcalということはないだろう) や、模型のスイカの大きさ(その模型なんか小さいのではないか、それで 330kcalということはないだろう)について議論したり。
もう一回医者と話す。血液検査の結果が。
| 項目 | GOT | GPT | γ-GTP | コレステ ロール |
中性脂肪 | 尿酸 | 血糖 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 基準値 | 11-31 | 7-45 | 12-67 | 130-219 | 32-149 | 3.5-6.9 | 食前60-100 食後60-130 |
| 2007/8/9 | 53 | 77 | 271 | 261 | 1145 | 8.6 | 104 |
「えぐちさん、今日来てよかったですよ。たいへんですよ!見てください! 中性脂肪が!ぎゃはは。」「ぎゃー。でもそういうのこれまでもう何回もあります。最近正しい人 間なのに。私、急性膵炎になって七転八倒して死ぬんですか?」「すぐにCTと エコーとりましょう」
というわけでついに念願の初CT輪切り。技師のコメントはなし。続いてエ コー。「すごい数値ですね」「はい息すってー」ぐりぐり「はいてー」ぐりぐ り「すってー」ぐりぐり「はいてー」ぐりぐり「死にますか?」「なんか思っ たほどたいしたことないです(不満げ)」
医者に戻る。「CTの結果ですが、内臓脂肪の断面積が100平方センチを越え るとメタボですが、あなたは83平方センチ。」「でも内臓脂肪に比べると皮下 脂肪が少ない。比率からいうと問題があるといえるかもしれない」「CTとエコー を見ると、まあ立派な脂肪肝」「とにかく肝臓弱ってますな。これでは飲めな いでしょう」「外では飲まないんですか?ほう、あまり飲まない?(友達いないんだ な)」「膵臓とかちょっと脂肪ついてるがまあ異常はない。」「胆石とか見つ からない」「血圧とか正常」「あんた中性脂肪の代謝が悪い」「この生活でこ うなるんなら、中性脂肪は遺伝性のものかもしれんね。でもそこまで調べられ ませんし、気をつけるしかない。」「遅くまで仕事するときに1日4食になるの はしょうがないですね」「まあとにかく食事に気をつけ、アルコール減らして ください。痛風なりますよ」「次回は運動指導もしましょう」医者ももうひと つつっこみどころがなくて困ったようだ。
というわけで次は1ヶ月後。1ヶ月で1kg減らす。1日300kcal減らすとそれくらいらしい。 ビールを2缶減らす、ラーメン食わないぐらいで達成できるんではないかという観測。 とにかくアルコールが諸悪の根源。もう飲めないから自然に達成できるんではないか。 だめか。カレーうどんのかわりにコンビニオニギリにするべきだろうか。 お帰りには関係者の寄せ書き「本日のメッセージ」をくれる。
医者 「採血結果中世脂肪1145でした。腹腔内脂肪面積は83cm^2ですが皮下脂肪 よりも多く、食事が中心の治療がよいと考えます。これからよろしくお願いし ます。次回運動指導も行います」
看護師「この機会に食事(アルコール)を見直して、悪習慣を少しずつ改善し ていきましょう!!」
管理栄養士「(1)アルコールはビール3〜4缶→1缶へ (2)4食食べる日をなくす。 3食にして1食しっかり食べる。(3)スイカの量を半分に減らす。
1時過ぎまでかかり、血糖値下ったのでカレーかラーメン食いたかったが華 麗にスルーしていったん帰宅。ボンゴレの日。
また出てくる。
おや、スピヴァク先生がなんか事件起こしてるのかな。一次ニュースソースの 書き方がどうなのか、よくわからんな。
だめだ。今日は調子出ない。ヴァカンス明けは明日から。
しょうがないので書類片づけたり。OEDのCD-ROM発見。ぐは、やっぱりOEDた ちあがらん(Fatal Error 1001)。なんなんだ。なぜこの品質で商売するのか。
だめだめ。帰る。
「うつ」。欝病のように非常に数が多い疾病は、おそらく なんらかの適応であると考えなければならないんだと思う。 欝病は人の気をふさぎ、行動を抑止する。おそらく 人間の進化の過程でそれが生存や繁殖に役立つ側面があったのだ。 鬱は主体がその環境にうまく順応していないか、あるいは その環境がなんかおかしいことの徴だ。可能なら環境を変えるか そこから抜けだすか、自分を変えるかしなければならん。もしかしたら鬱を薬物でなんとか しようとするのは病を長びかせるだけかもしれん。さらには、 より環境との葛藤の危険性を高めてしまうことさえあるかもしれない。 ってな感じのアイディアに共感するようになってる。 詳しくはネシー『病気はなぜ、あるのか』新曜社や長谷川寿一たんの論文。 このごろは「欝病はこころの風邪」とかいうキャッチフレーズが氾濫していて、 このキャッチフレーズが含んでいる問題が十分理解されていないのではないかと思う。 おそらくそうじゃないだろう。危険。
やっぱり時間が足りないな。研究室でポピュラー・サイエンスものを読んで いるからではないだろうか。まあしかしそういうタイプのサイエンスものは私 の読書体験のなかでも最も古い層に属する(「マンガ人体の秘密」とか「地球 は滅びるか」「まだわからない科学10の謎」とか)のでやめられない。(もっ と古いのは各種ハウツーもの。「松柏類の育て方」とか。)歴史(「マンガ日 本の歴史」)だの小説(「トムソーヤ」?)だのテツガク(?)だのって分野 はそういうのと比べると表面的な関係しかもってない。
いろいろ焦りつつ図書館で見つけた属啓成『作曲技法』とか読んでると(そういうのがいかん)、『ピエロ』18曲目は 聴いても絶対わからんけど実はカノンなのじゃ、とか、『抒情組曲』第3曲は前から 弾いても後から弾いても同じタケヤブヤケタなのじゃとか書いてあって驚く。 はあ、作曲家というのはなんかわれわれがぜんぜん気づかないことをやっ ているわけなのね。 それにしてもこの本1958年なのにいろいろすごい。知性を 感じる。属先生ってなにものなんだろう。
暑いのに涼しい部屋で本読んでいられるのは幸せだ。外に出ると盛夏。でもすでに翳りが感じられる。 すぐに憎むべき悲しい秋が来る。
うーん、苦しむ。昼寝してクーラーで体が冷えてしまったり。
夜Metroがラテンの日らしいのでふらっと行ってみたり。 La Turboと CENTRALというバンド。どっちも微妙。 La Turboの方はドラム・ギター・ウッドベース・テナーサックス・ボーカルという編成 でサンバ・ボサノバとおもしろそうなのだが、ボーカルの発声が悪 いような気がする(マイクの使い方の問題?)。テナーはよかった。ドラムも活躍。 でも専門のパーカッショニスト別に入れた方がよかろう。Centralの方は 男くさい大所帯でホーン隊よかった。でもサルサやりたいの かファンクやりたいのかはっきりしないのはどうか。そういうことされると 戸惑うんだよな。なんかMetroの客層を読みまちがえてるのではないか。 バンマスが細い声で歌ってなんか訴えようとしているのが好印象。
それにしてもサルサ踊ってる男も女もなんか柔軟で、動物として かなりフィットネス高そうだよな。まあ頭悪ければ踊れないだろう。ヒップホップダンスとか見てもそういう のあんまり感じない。サルサっていう音楽自体も、 ファンクなんかとはぜんぜん感覚が違う。だからこう サルサとファンクいっしょにやられるとへんな感じがするんだよな。 (もっとも、サンバとファンクは両立可能かもしれん)
こういうとこ行くと、自分の体の動きが不器用で姿勢もみっともないであろ うことを意識せざるをえず、特有の(子どものころからの)劣等感を思いだす。 まあマジンガーだからしょうがないけど。
あと社交性のなさについても考えたりするのだが。べつに女の子ナンパしたい とかそういうんじゃなくて。むしろこう、自分が基本的に他人にあんまり興味 ないようなのが。音楽は聞きたいけどクラブにいる誰かとお話してみたいとか 踊りたいとか挨拶したいとか感じないってのはやっぱりおかしいんじゃないだろうかと。 この前CANDY行ったときもそれ感じたんだよな。もうちょっと社交性があれば、 音楽することも楽しめたろうにとか。an asocial loner?ただの ひっこみ思案か内弁慶か。
一時期日本でテツガクとかしているひとが「身体性がどうのこうの」とかっ て話をするのがは一部でやったような気がするが(どういう意味かはよくまっ たく理解できなかったが)、そういうロンブン書いてた人は自分の体ともっと しっくり来てるのかな。それともこういう「しっくり来ないなあ、むかしからしっくり来なかった、これからもしっくり来ないだろう」という感じ を問題にしてたのかな。それだったらわかりそうな気がする。心身二元論とかっ てのは(ほんとにあったかどうか知らんけど)、こういう思うにまかせぬ感じ を反映してたんだろう。水泳やボディービルじゃないし、どうしたもんかね。 筋肉つけたり喧嘩強くなったりしたいわけじゃないんだよな。 ずーっとサルサ習いに行ってみたいと思っているのだが、恥ずかしい思いをす るだけだろうな。
昼までだらだら寝るつもりだったのだが目が覚めてしまう。 涼みに研究室。しかし頭がまわらん。かといって寝ることもできない。
オケのスコア見てそのままだいたいピアノで弾けるとかって人は どういう訓練すんのかな。どれくらいの日数がかかるんだろうか。 専門家ってのはすごいものだ。
午後施設点検のため停電なので、帰宅して日が暮れるまで昼寝。夜出てくる。 飲まずにがんばりましょう。一番の問題は飲酒なのです。まあ飲みたくもならなく なってきたのだが。
霜田求他『医療と生命』ナカニシヤ出版をいただく。ありがとうございます。
OEDのCD-ROMの件は、Windows XPにパッチを当てる必要があった。
http://www.rsr.ch/espace-2/d-un-air-entendu/selectedDate/02/07/2007#lundi ううむ、よい時代になった。でもたしかに情報が多すぎて、若い人は むしろたいへんだろう。 ・・・いやいや、気を散らしてはいかん。
2時過ぎには莚で寝てしまった。
朝いったん帰宅してシャワー浴びてふたたび出勤。 朝の空気に秋の訪れを感じる。
む、iWork '08ってのが出るのか。買いなのかな。
校舎には人影なし。サーバーメンテナンスでメールが届かないのかもしれない。 まあ穏やかに暮すには その方がよい。わりと心落ち着いている。一年におそらく数日しかない平和な 日。ピース。
あんまり平和なので、ido.el(だいたいとても便利なのだが、時に邪魔なこ とがある)からiciclesにのりかえてみる。 あら、 Lisp nesting exceeds `max-lisp-eval-depth' っていうエラーが出る。 うーん? Icicles.elとskkを共存させるには、 icicleを先に読みこむ必要があるらしい。
夏のたびに気になるのだが、イスに染み込んだ汁汗はその後どうなるんだろうか。
わりと充実した一日。帰りたいが日が傾かないと帰れない。
それほど温度は高くないが蒸す。
今日からネットワーク工事で二日ほど外との通信が切れるらしい。 メールで御連絡の方は eguchi.satoshi@gmail.com へ(これも家でしか読めない。)
10時、ネットワーク遮断。平和だ。
午前中は頭が晴れそうにないのでレポートの祭典するか。
ネットは4日間とまるらしい。メールもまったく読めないしwebも2ちゃんねるも 読めない。 まあ心落ち着いてよろしい。あと3日、研究室にいる間は 世間からまったく隔絶されて生きることができるってわけだ。ピース。
delete-selection-modeもSKKと併用すると動かない。
すでに夕暮れがもの悲しい。
ビル・ブライソン『人類が知っていることすべての短い歴史』。ゴシップが おもしろい(ブライソン自身は科学者じゃない)。 それにしても、ポピュラーサイエンスは、純粋に楽しむためだけにも常に新しい本読んで知 識(臆念?印象?)をアップデートしとかないとならんのでたいへんだ。 国内のサイ エンスファンは『日経サイエンス』とか『ニュートン』読んでるのかな。 おととい読んだメルヴィン・ブラッグの『巨人の肩に乗って』もよかった。 ロザリンド・「ダークレディ」・フランクリンて人に俄然興味があるなあ。目の前で見たら どういう人物だったのか。 彼女の悲劇の何割が彼女自身の資質の問題だったのかとか (まああんまりこういう問いの立て方はよくないが)。次それ読もう。(ポピュラーサイエンス楽しむときも、ハードな方じゃなくてそういう人物像・ゴシップ系に行ってしまうのが私のアレなところだな)
そういや数日前、E.O.ウィルソンの『社会生物学』の翻訳(存在することを最近知っ た。若き松沢呉郎先生とか翻訳に加わってる)に目を通してたら、 「「犬が喧嘩すると負けた方はノドを差し出して無条件降伏する」っていうロー レンツの話はおかしくて、あれは勝った方が「噛んでみろやおら」と挑発して いるのかもしれない」とかって話が書いてあっておどろいた。それもアレなの か?まあウィルソン自体が古いからな。いまどうなってるんだろう。犬ぐらい 身近な動物(私には身近じゃないけど)でそんなことになってるというのはア レすぎる。まあ読書を続けている人のあいだでローレンツまんま信じている人々は もうそれほど多くないんだろうけど、年配の学校の先生とかにはまだけっこういる ような気がする(「同じ種で殺しあうのは人間だけなんだよ」)。
大学には誰もおらず、メールも届かずwebも見えず。ピース。David Bowieの "Tonight"な感じ。"Everything will be alright tonight, No one moves, no one talks, no one sings, no one walks tonight."
でもネット使えないとやっぱり困ることもあり。2時間おきに10分だけ使え るとかだといいのに。自律できない男。でもこれ実装したら売れるかもなあ。 商品名は「オデュッセウスの鎖」だね。「積極的自由」「True Freedom」でも いいかも。人間は自由に生まれた。しかしそれにもかかわらず、いたるところでネッ トに繋がれている。
日が暮れるころいったん帰宅。シャワー。また出てくる。秋。
やっぱりiciclesは捨ててido.elにもどってくる。
久しぶりにRoxy MusicのAvalon聴いたり。夏の夜に聞きたくなる。 あ、Sadeの音ってのはつまり末期Roxy Musicの延長なんだな。 アンディ・ニューマークが偉いのか、ボブ・クリアマウンテンが偉いのか。
NHK BSではじめてスガシカオ見る。よくわからん。
現在、iPodに入っている曲が4000曲ぐらい、"Favorite"っていう Playlist (ロックとR&Bで☆を三つ以上つけたやつ)が360曲ぐらい。このプレイリストに はまると抜け出すのがむずかしい。
一方では霊なんかいないよと言いつつ、一方では慰霊したりする。 たしかに我々はなんか混乱している。戦死者ゼロ61年達成祝賀とかにならんか。 あ、捕虜や戦犯で死んでる人がいるなあ。 戦闘地帯じゃない市街地で空爆されて死ぬのは戦死じゃないのかな。
桑田だめでしたか。ごくろうさん。
あら採点締め切り。昼から活動では遅いのだ。高島屋でベルトを買う。
前から気になっているのだが、 今春から清掃業者が変って質が落ちてる。
お腹空いたので熟慮の上いったん帰宅。お弁当作って戻る。
夕方、ネット開通した模様。優秀。でももっと止まってればいいのにとかも 思う。やっぱり時間を使ってしまう。なんとかしないと。ネットで読むものが ないときは自分の過去の勉強メモ読んでてなかなか有意義だったのだが。 回線速度が体感でちょっと上がったようだ。偉い。
(delete-selection-mode 1)できるようになる。
どういうわけかキングクリムゾン再評価大会。フリップ先生の人となりはぜ んぜん知らんのだが、なに考えてたんかね。やっぱり「プログレ」というもの にそれなりの思い入れがあるんだろうか。それはジャズとかってアートフォー ムとどういう関係をもってるんだろう。っていうかどういう距離感なのかな。 「歌」に思い入れがあるのは数年前にライブを聴いてよくわかった。インプロ が少ない構築されたロック系音楽は、それだけでは自立できるほどの力がなく て、どうしても歌や歌詞が必要になることがよくわかってんだろう。国内の若 い変拍子バンドはそれがわかってないみたい。
そのうちピンクフロイド大会も開きたい。こっちはだいたいなに考えてたのか わかるような気がする。
ゴザで思いっきり寝てしまう。まあこの時期は家で寝ようが研究室で寝ようが あんまり変わらんという話もある。
あるアイディアがあるときに、すでにそのアイディアは誰かによって 指摘されていないかということを調べるってのはどうなんだろうな。 「どうなんだろうな」じゃアレだけど。調べつくすことはできないわけだが。
朝帰り。寝て昼起きて出てくる。さあ今日も冷房のある研究室で冷たい水飲 みながら本読んでいられることをなにかに感謝していきましょう。 歴史上もっとも快適な生活を送ってる人類の一人であるのはまちがいないと思う。 始皇帝やカエサルなんかより絶対上。
やっと首の違和感がなくなりつつある。けっこう長引いた。3週間近くかかってる。
「個人の選好によるパレート原理をその主張の根幹とする現代の功利主義」の批判。 http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/rinri-2.html 。
パレート効率性と功利主義の関係がわかってないようだ。まあわたしも ちゃんとわかってないけど。 でもだいたい、 ふつうの功利主義者は「その独裁者殺してもいいんじゃね?」と言うんじゃないだろうか。 若松良樹先生が悪いのかな。本持ってないからわからんけど。
いったいどういう勉強をすると功利主義が現状維持の理論であるという理解ができる ようになるのか見当がつかん。大学教育はどうなってるんだろう?伊勢田樫本 を読んだ上でなおそうなのだとしたら、もういったいどうしたらいいのか途方にく れる。勘弁してほしい。
ffap.elなんてのを今ごろ知る。便利だ。
ゲルダ・ラーナー『男性支配の起源と歴史』。おもしろいな。
ボーヴォワールに始まって今日まで続いている近代フェミニズムの理論書の 多くは、非歴史的であるし、フェミニスト歴史学を無視している。 ・・・その理由は、フェミニスト批評をする女たちが社会学の範囲に留まっており、 学問的バックグラウンドの制約があるからだと思う。(pp.3-4)
80年代のフェ ミニズム(「ジェンダー」派)の主要な成果の一つなんだろう。いろいろ文句つけるところは多いが、もっと読まれればいいのにと思う。最初の方読んでるときは、ふと「徒花」と かって言葉も思い浮んだが、そうではないだろう。(学生とかは「起源」と題された 第1章は飛ばして読んだ方がよいかもしれない)
このころまではフェミニズムはうまくいってたんだよな。真面目に文献読んで まじめに議論してた。なにがだめだったんかな。 クィアがだめだったわけではないと思う。パット・カリフィアやパーリアは 大丈夫なんだから。
「2500年もの間、女たちは教育の面で不利な扱いを受け、 抽象的な思考を開発する条件を奪われてきた。」 p.303
抽象的な思考の実践的な利点ってなんなんだろうな。うまく答えられないな。 なにか事象どうしの関連性が見やすくなるとか? なんか効率がよくなるのかな。なにかを予測しやすいとか。
「抽象的に考えるということは明確に定義し、頭のなかでモデルをつくりだし、 それを普遍化することである。」
昼から活動ではいかんのだ。図書館と研究室をいったりきたり。 もっと近ければいいのに。偉くなって図書館長になると図書館に部屋もらえるのだろうか・・・ む、衣笠図書館はお休み中か。
図書館の本に鉛筆で線を引くのはやめよう運動を開始しようかなとか。
気になっている昨日のパレート原理の件。平井亮輔先生編の本は手元にないのだが、 図書館に若松良樹先生の『センの 正義論』があった。「最近の功利主義的理論の主流であるパレート原理を用い るタイプの功利主義」p.15。あ、これか!こういうのがまわりまわって「個人の選好 によるパレート原理をその主張の根幹とする現代の功利主義」になったのかな (日本語は「関係詞の限定用法」とか「非限定用法」とかないからわかりにく い)。てっきり単純加算総和極大主義とらないのは「功利主義」と呼ばないん じゃないかと思ってたよ(「帰結主義」の一種ではあるかもしれない)。こう いうのは他の分野や伝統の人と話するときに無用な誤解の種になるから注意しないとなあ。
でもその主流って誰の理論だろう?"negative utilitarianism"って呼ばれているや つのことかな(なんか違うっぽい)? 主流なのか?とにかく、簡単に「主流」とか言われると困る人 いるんじゃないかな。「前世紀後半に(いったん)検討され(、その後廃れ) た〜」ぐらい?まあ主流とか本家とか元祖とか「人気の」ってのはその程度の もんだが。
索引がついているので「パレート原理」を見てみるが、 誰が「パレート原理に基づいて」「主流の」「功利主義」を唱えているのか一切記載がないように 見える。うーん。誰のことだろう もちろん「主流」あらそいをする気はないが、気になる。 センがバリバリにがんばってたときの状況と彼の仮想敵を ちゃんと知っておく必要があるよね。
『生命倫理学と功利主義』のなかで伊勢田先生は「幸福というものが量的に 扱えるものだという前提を否定する厚生経済学」を「非単純加算的福利主義」 だとして功利主義とは別に分類している(p. 8。ちなみにこの文章も「限定用法」なのかどうかわかり にくいな)。まあとにかく伊勢田先生は「功利主義」は「最大化主義的単純加 算主義的福利主義的帰結主義」だとしている(これ はおそらく私が目にした最長の漢字だけの単語)。それでよい。っていうかその 本を書いている人たちは、共通に功利主義をそうとらえているだろうと思う。野崎 先生は功利主義について論じるときに、この伊勢田先生の「功利主義」と若松 先生の「主流の現代の功利主義」の齟齬をまず検討するべきだったんだよな。 せっかくどっちも読んでるんだから。伊勢田先生の功利主義を引用してから 違うものをやっつけても意味がない。どっちをやっつけたいのかはっきりしないままじゃ だめです。功利主義やっつけたいならもっといろんな方法があるんじゃないだろうか(ただ、功利主義「だけ」を攻撃するのはかなり難しいかもしれない)。
国内のセンの受容もときどきあやしいんだよな。功利主義が理解されてない ところセンもってきてもなんのことかわかるまい。能力アプローチとか功利主 義の後継(っていうか二次原理)として理解するべきだと思うんだが、そうい うわけじゃないのかな。わからん。
とかやってると夕方になってしまった。だから昼から活動はいかんてーの。 まあいったん帰るか。
いったん帰宅。弁当作って出てくる。
熱中症でどんどん死んでる。 年寄の死は気の毒だが、どっかの役所のメタボ侍(47)の死とかなんともいえん味が。 労災出るといいなあ。とにかく暑いときはなにもしちゃだめ。 いまの気候で朝8時にメタボがジョギングなんてほんとの自殺行為。熱帯に住む人たちはそゆこと しない。あれはヨーロッパとかカナダとかそういうとこの人びとがするもんでね。 なんか、夏は昼はなにもせずだらだらする、っていう伝統の知恵がどっかに 行ってしまったんだろう。一年中働く必要はなかろう。 そういや昔昔この時期に植木屋のバイトしたときはほんとにキツかったけど、 ちょっと仕事してはきっちり休憩とってた。麦茶と漬物がうまかった。伝統の知恵だ。 デスクワークばっかりしてるとそういうの忘れちゃうのかもなあ。 皆すぐ死んじゃう星人なのに用心が足らんよ....。
心を落ち着けて。
漢字読めなくて困る。漢和辞典でも引くのに失敗。うーん。 その単語は「容喙(ようかい)」でした。「くちばし」くちへん総12画。恥ずかしい。 13画と数えてた。 (今回は関係なかったけど)部首の読み方の表をプリントアウトして机のわきに貼っておく。 まあこういう言い回し使える人は鍛えが違うよな。
藤井誠二による野田正彰「攻撃」進展。 うーん。ネットって難しいね。
やるべきことあるのに若松先生のを読みはじめてしまった。 パレート最適の話はけっきょくよくわからなかったが、他の最近よく見かける論点がまとまっていて勉強になる。法哲学の人は元気だ。
ついでに鈴村興太郎・後藤玲子両先生の『アマルティア・セン』も眺めておこう。 ここらへんもっと早く読んどくべきだったかもなあ。
ピグーが創始した厚生経済学は現在では《旧》厚生経済学と呼ばれている。 これに対して、効用の基数性と個人間比較可能性という理論的全体の《非科学性》を 正面攻撃したライオネル・ロビンズによる強烈な批判に触発されて、 ピグーの《旧》厚生経済学の功利主義的基礎を放棄して ヴィルフレッド・パレートがつとに開拓した序数的効用理論に帰依する 《新》厚生経済学が誕生したのは、1930年代後半のことだった。 (p.12)
そうだよね。「功利主義的基礎を放棄して」がポイントなんじゃないかな。 さっきの伊勢田先生の文章は、「幸福というものが量的に扱えるものだという 前提を否定する〈新〉厚生経済学」だともっとよかったのかな。ハルサニは 「旧」に分類されてしまうのかな。「旧」だなんてなんかかっこ悪いよね。気の毒に。
明け方。朝が遅くなった・・・はっ。なにやってんだ。
朝帰り。
昼出てくる。暑い。死なないようにしなければ。
は。iTunesで同じ操作を繰り返すことがあるので、 AppleScriptの使い方を知りたいような気がしてきた。いかんいかん。 1回30秒の操作を5秒にするために、5時間勉強するってのはもうだめよ。 30秒を続けるべし。
あんまり考えたことなかったが、 実存系学者っているのがいることに気づく。学問的立場と人生が一致している。 実存的な問題意識に動かされ、 自分の頭で考え自分のハートで感じ、自分の本当の態度を全力でロンブンに表現できる人。あるいは もっぱら自分の態度を表明することによってこそ 学者であるひと。 自分自身が研究対象であるひと、 自分の実存的属性をネタにする人もこのカテゴリーに重なることが多い。 多くは当然非常に優秀なライターでもある。偉い。 そしてそういう実存的な学者ってのは、人間的に誠実であればあるほど 学者的に長生きするのが難しいかもしれない。
Gil Scott-Heronってあんまり意識してなかったがかっこいいかもしれん。 ベスト盤はあるかな。
夕方帰宅。死なないように今日は無理せず寝よう。
午前中から。でも眠くて・・・結局昼過ぎまで寝てしまった。 まあどこで寝ても同じ。
なんだか、死なないように今日はゆっくりした方がよいような気がするが、どうやって これ以上ゆっくりすればよいのかわからん。まあ本能の導くまま寝たり起きたりするか。 酒は控えているので体調は悪くないような気がする。いかに酒毒に冒されていたのか わかるなあ。
iTunesで二つ以上☆をつけた曲のうち再生回数が5回以内の350曲をランダムで聞く。夢のヒットパレードで気に入ってる。ぜんぶ聞くと1.2日かかる予定。 でもこういうのもテクノロジーに ドライブされているような気がするよな。(あれ、なんかiTunesから消えてる曲があるような・・・大昔に入れた記憶があるのに)
ちょっとムキーっと来て /opt 以下を削除してMacPorts入れなおす (MacPortじゃなくて私が悪い)。 一つのport installをサスペンドしているところでもう一つインストールしようとして 軽くハマる。(その後 macportは6時間以上コンパイルしている。ごくろうさん。ごめんなさい。)
それにしても法律学者はよく勉強していてい偉いな。鍛えが違う。 今日は深田三徳先生。不可譲の権利という観念について禁欲的に 語っておられる。立派だ。
昨日書いたことに関連していえば、いっぱんに法哲学者を含む法学者は あんまり実存しない。自分のことよりはむしろ民草や天下国家 のことを考えてるのかもなあ。
法律学者のもうひとつの特徴は、あんまりオリジナリティとかってのにこだ わりがないことだな。どうしてもオリジナルなことをなんか書かなくちゃなら んとは思ってない。彼らの仕事は正しく、信用できる、客観的に妥当なことを 見出すことである。正しい。
うーん、祭典するか。飯食うか。
なんか毎日どこでどんな飯食い、どう時間使うかってこと ばっかり考えているような気がする。特に腹を空かせてしまわないことを優先して考えているので なおさら面倒。 時間はほんとに貴重だ。
松井茂記先生の『日本国憲法』とか読んでいろいろショック受けたり。
ひとしきり迷っていったん帰宅して仮眠。さらにひとしきり迷ってから出てくる。 今日は頭悪いから祭典終ってしまいたい。 死なないだろうか。 夜久しぶりに雨。稲妻。お天道様公認で秋に突入。
ブログ読むと快楽亭ブラック師匠は非常に頻繁に京都に来ているようなのだが、 京都では落語はやってくれないんだろうか。大学でなんかの授業で呼んでもらって・・・いやいや。
銃撃事件について2ちゃんねるアウトロー板をチェック。一月近く前からみんなワクワクしてたのね。 日本にもガンコントロールが必要だ!(してる) それにしてもこの板の名無番長たちってなんだか・・・ 携帯から書いてのが多いらしいのもいい感じだ。 『実話』と『ナックルズ』読まないとな。「大統領」があったときはあそこで読めたのだが。 明記大陸食堂でも置いてほしい(『ゴルゴ13』はあるのに)。 こういうの参謀役やってたらゾクゾクするほど楽しいだろうなあ。 「おれは〜会の諸葛孔明」とかいうやつがいるんだろう。誰かが呼びに来るのを 待ってるひきこもり臥竜先生もけっこういるかもなあ。
自分的ヒットチューン流してると、last.fmでラジオステーション開きたい誘惑に。 月3ドル捨てるってのはどうなのか。まあやめとこう。 あら、ちょうど新しいwedgetが出てる。
深夜祭典開始。 次は採点表が見当らんよ。とほほ。力つきて帰る。
帰宅して仮眠。昼督促の電話で起こされ出てくる。採点表探そう。 とにかく夜型生活はやっぱりぜったいだめ。健康にも精神衛生にも悪い。
祭典がまだ全部終ってないのだが、 気になってるパレート効率性と功利主義の件、 若松先生の文章(平井亮輔編『正義』嵯峨野書院の第1章)が届いた。 うーん、やっぱり若松先生が序数的(顕示)選好に(だけ)もとづくパレート主義を「功利主義」の 一つに分類してるんだな。
ある政策を採ることにより、現状と比べて、誰の境遇も悪くすることなく、 少なくとも誰か1人の待遇を改善する場合には、その政策が採用されるべきである。 これを進めていくと、もはや誰か1人の状態を悪くすることなく、 ほかの人たちの状態を改善できない点に到達するだろう。この点を パレート最適と呼び、この状態をもたらすような政策を社会は選択すべきであると主張される。 (p. 35)
まあふつうの功利主義者は もしある状況で、可能な選択肢が政策Aと政策Bしかなく、AがBより パレート改善になるならAの方がよいだろうとは言うだろうけど、 単に社会政策は序数的選好のパレート最適を目指すべきだとは死んでも言わないと思う。 (だいたいそんなものはほとんど常に人びとの利害が対立する現実社会では使い物にならん。)
功利主義と分配の問題について、若松先生は
今40人からなるクラスがあるとしよう。このクラスの全員が軽い退屈という 1の苦痛に苦しんでいるとしよう。そこで、1人の生徒をいじめることにより、 その生徒は10の苦痛を感じるが、ほかの39人の生徒は1の苦痛から 解放されるとしよう。この場合、クラス全体の快楽は増大する。(p.36)
っていうふつうに使われる反例をあげてるから、野崎先生はこっち使えばよかったんじゃないかな。 まあわざわざ引用したり参照したりする価値はない例だけど(common knowledgeだから)。
「功利主義もこれだけ多様になると、一つの理論として一括することが困難 になる。・・・現代におけるもっとも透徹した功利主義批判者であるA・センは、 功利主義に共通の要素として、「厚生主義」を摘出した」(p.40)とかいうとら えかたのようだ。まあこんだけ広げればもはやどういう理論かわからなくなる のは当然として、センは「功利主義」の特徴として帰結主義と単純加算(最大化)主義も あげてるわけだからミスリーディングだよな。まあこの本の版組と字面を見る かぎり正義論初心者向けのようだからこれでいいのかな。初心者向けならなお さらよくないような気がする。
厚生主義は生き方の問題に対しては、個人にその決定を委ねていて、個人がどのような生き方、 どのような考え方を採ろうと、厚生主義は批判しない。(p.40)
うーん、これもどうなんだろうな。 厚生主義と、快楽主義や欲求(選好)充足主義とを混同しているように見えるけどなあ (快楽主義や欲求主義にしても多様だし)。初学者向けだからか。 まあ専門分野や読書経験の違うひと、 関心のありかたが違うひとと話をするときは非常に注意しなければならないな。
あと、功利主義の功績としてベンサムの刑法改革運動ぐらいしかあがらない のはやっぱりどうか。私のもってるリストだと、(19世紀までに限っても)功 利主義者を自称する人びとが要求した社会改革は(なんの本のメモだったわからなく なってしまった。永井義雄先生だと思うけど。)監獄の改革、婦人参政権を含 む普通選挙、自由貿易、植民地制度改革、労働組合の合法化、公費による国民 教育、言論出版の自由、秘密投票制、官吏任命制度および業績主義、高利禁止 法の廃止、地方政府改革、海運の安全規定、衛生上の改革、公費による予防医 療、統計の組織的蒐集、貧困者のための無料裁判、産児制限、煙害対策、とか。 多くは実現して人類の福祉に貢献している。
国内の功利主義理解がどうも歪んでいるのは、明治期の帝国憲法制定のころ のいろんな政治的動きや、戦前のドイツ系哲学の政策的輸入や、軍部と京都学 派とかの結びつきとかってあたりにあるってのは本当なのかな。ここらへん戦 前〜戦後の思想史みたいなのに興味あるひとにきちっと調べてみてほしい。戦 後ルソーとマルクスと実存主義と現象学が流行ったのもあれだったような。わ たしらの世代にとっての問題は、ロールズやノージックやセンと、「応用倫理」 とかってものがいきなり出現したように見えて、彼らが功利主義批判からはじ めた意味(功利主義的福祉国家主義の否定と、それに対する反発って図式) が非常にわかりにくかったところだったんだよな(私にとって功利主義は浅薄な人間理解による 過去の遺物だった )。まあ私が勉強しなかったっ て個人的理由が一番大きいけど。「己れの拠って立つ処」を知るってのは本当 に難しいよなあ。
池袋ホテトル事件に関する一審と控訴審の判決文をいまごろ読む。 たしかに悲惨で恐しすぎる。 一方で、フェミニストたちの論文で見ている判決文の引用とはかなり違う印象を受けて しまう。これ書いた裁判官たちはそれなりに「俺は自分の仕事をした」と (いまでも)思っているかもしれない。(裁判官に女性がはいってればぜんぜん ちがったかもしれない)
殺人で懲役2年執行猶予3年っていう量刑(親族殺人でときどきある量刑だ) がどうなのかっていう問題ではないだろうが。 正当防衛で無罪でもよかったんだろうけどなあ。
セックスがからんでなかったらどれくらいの量刑になるのかな。同じような事 態を考えるのはかなり難しいか。これがobjectificationなわけだもんな。他に 似たのはカニバリズムされるとかしか思いつかない。(部分カニバリズムとか どうか?「耳たぶ食っていい?」)もっとちゃんと考えよう。いや、考えると 精神衛生に悪いか。
学生のライブを聞きに京都MUSE。飲んでしまう。
昼から。いかん。 とにかく落ち着いてやるべきことを片づけろ。
あら、歯茎の状態が悪くなってるぞ。歯磨き励行! そういや歯石とりの時期だな。
中古CD屋。
野田正彰先生が、googleで自分の名前検索したり2ちゃんねる読んだりして、 PCの画面覗き込んで「ムキーっ!」って言ってるのを想像したら おかしいよな。まあありえないと思うけど。
夕方。あれ、眠い。採点あと一つ残っているのだが。 とにかく今日中に終らせようぜ、オレ。
とか書きながら羽入辰郎先生の『マックス・ウェーバーの犯罪』と折原浩先 生の『学問の未来』眺めたり。ただの非学問的かつ下世話な好奇心。どっちも読みにくい。ちなみに 羽入先生の第3章第1節のタイトルが「フランクリンの功利的傾向」になってて、 ここらへんのウェーバーがフランクリンを「功利的」と呼んで 批判的に論じたことが(ぜんぜん関係のない)「功利主義」の誤解 のもとの一つじゃないかと思っている(これは以前から感じてた)。気になっ ていた「功利的傾向」は "utilitarisch gewendete" らしい。 「公益主義」とか「公利主義」とかって名前に変えたい人びとの気持ちもわからんではない。 (わたしは方法論的個人主義の色が出てないのでどっちもだめだと思うけど) ベンサムとフランクリンはなにかちょっとでも接点あったのかな。
もうひとつ功利主義誤解の遠因の一つになっているのではないかと思われるのが、 ニーチェの『彼岸』や『系譜』とかでのイギリス心理学批判。 これはウェーバーのアイディアになってるのかもしれん。
クリムゾン聞いてたらどういうわけかこれまた懐しのPIL (Public Image Limited)聞きたくなったのだが、たいてい廃盤か。中古ですごい値段ついてる のもあるな。ビニール盤掘り返して取り込んでおくかなあ。winnyとかやれば手 に入るのかな?でも恐いからやらない。・・・あ、こういうときのための iTunes Music Storeか。あるじゃん。Live in Tokyoが1500円、1曲150円。んじゃ Flowers of Romanceと(This is not) Love Songだけ買うか。いや、明日になっ ても記憶してたら買おう。
サルコジの性犯罪対策に注目すべし。少年犯罪に対してはどうなのかな?
うーん、だめか。まあ締切は明日だし・・・
才能ある若い人々はいいよな。うらやましい。なんか不公平だ。 人生は不公平すぎる。折原先生言うところのルサンチマンか。末人だからしょうがないのか。
クーラーなしで寝ようとしたら体温上がって死にそうになった。 昔はわりと強硬な反クーラー派だったのだが、最近はお世話になることが 多い。 クーラーは体に悪いってのはほんとうだろうか。もちろん風通しのよい 涼しいところで寝るのが一番だろうが、そうでない環境の場合は クーラー使った方がよかろう。肩こりの原因なのはわかっておるんじゃがね。
「解離性障害」ってなんだろう?DSM-IVだと解離性健忘、解離性遁走、解離 性同一性障害(多重人格)、離人症性障害、特定不能の解離性障害のどれかか。
採点してはいやになり逃避。レポートは教員がどれくらい真面目に授業したかの通信簿。
女子の名前、一時期より奇矯なものが減っておとなしくなっているような気がする。 「〜子」も一時期より増えてるような。
ロバート・フォグリン『理性はどうしたって綱渡りです』今ごろ眺めたり。 おや、おもしろい書き方してるなあ。
うーん、もうちょっと。がんばれがんばれ。
ぐは。あとは転記か。でも締切は明日らしいから明日やろう。
積極的無為。ふとんの上でなにもしない。ごろごろするのさえつつ しんで瞑想するっていうかなにも考えないように。 禁欲主義的でもあり、快楽主義的でもある。なぜこれで修行 にならないのかな。っていより、なんでヨガしたり座禅したりする必要がある か。1時間ぐらいが限界。
よく寝たつもりだが頭冴えず。
まあいろいろ思い通りに行かなくても焦らずに。まだ時間はある。 一休さん一休さん。
げ、あと一束残ってたのか。すでに採点終えたつもりだったのに。 まあしょうがない。やるか。
快楽亭ブラックのCD本買ってしまう。もう1冊買ってしまいそうだ。 CD全集買うべきかどうか・・・1席300円なら喜んで出すのだが。 2席で2000円は高いよなあ。あれ、京都でも売ってるのか。 栄光堂。 どこなんだ。でもこれもすぐには買わない。
功利主義が国内で評判悪い理由の一つは、 功利主義が一般に自然法論的な「人権」概念に批判的だったからってのがあるんだな。 これが一番でかいかな? まあ戦後一番でかい問題は「人権」なんだから、これに否定的な立場は あんまりよいものではないと思う人びとはたくさんいるだろう。 同じ基準でマルクス主義とかどうなんかね。 人権はプロレタリア革命によってアウフヘーベンされたりするんじゃないかな。
ぐは。なんとか提出。すばらしい。今年は電話がかかって来なかったよ。
どうも大学教員にも有給休暇というのがあるらしいのだが、どうやって使う のかわからん。その意味もわからん。なんか出たくな会議に出なくてすむらし いので偉くなると意味があるらしい。私は休日出勤もしてるからけっこう溜っ ているのではないだろうか。溜るものではないのだろうか。休日出勤手当や 残業手当の方がありがたいのだが。ちなみに2003年の段階では大学教員には 有給休暇はないと思いこんでたようだ。
学生同士が「カボチャは足が早いわよね」のような会話をしているのを 聞き、内容も表現もよいと思う。うちぐらいの大学でないとなかなか こういう会話はできない。
やりたいことを自発的に我慢すると、「自分は自由だ」という感じがする、 ってことに気づいたのは誰だろう? お釈迦様あたりだろうか。 さらに進んでやりたくないことをやるのが自由だと言いはじめたのは誰なんだろう。
死刑執行3人。竹沢一二三、岩本義雄、瀬川光三。 このなかでは岩本さんが際だって凶悪な感じか。他の二人は粗暴?
今日も積極的無為。なんか疲れている感じだし。 しかし積極的無為は体にはよいかもしれないが心の健康に悪いことを発見。 死ぬかと思った。瞑想とかやってる人ってきっとやばいよ。江古田ちゃんの アイドリングも危険だろう。
どうもアル中の危険は去ったのではないかと思われる。慶賀すべきことかもしれん。
久しぶりに早起き。午前中はわりと充実していた。やっぱり早起きは重要。
法哲学者てのはたいてい立派ですなあ。みんなよく勉強してらっしゃるわ。
今日は長谷川晃『権利・価値・共同体』。 まあ法学部はいって研究職ついてよい出版社から本出している人びとってのは その世代の最高の秀才の一人なんだもんな。一学年10人〜20人ぐらい? 碧海純一先生とか長尾龍一先生とかが偉かったってのがでかいか。 ここらへんは巨人で、文学部の哲学で同じくらい巨人な人を思いつくのは 難しいような気がする。
法哲の人は、文学部出の人間のように「誰某のアイディアはこうで、私がそう 解釈する理由は云々」とやらず、「この見解に対する反論はこういうのがあっ て」とやる。まあこっちの方が真理の探究としての本物の哲学らしい。あんま り解釈の問題は扱わない。文学部出身の哲学分野の人間がやってるのはそうい うのと比べると考証学や歴史学に近くなってしまう。ううむ。うらやましいよ うな。でもオリジナルなおもしろい論証をあんまり人名出さずに進めるのは ちょっと落ち着かない感じがする(もちろん注で触れるわけだが、それでも)。
「例えば強迫的なギャンブラーやアルコール中毒者などの場合を考えてみよう。 彼らにとっては、ギャンブルや飲酒が生きることのすべてであり、 一時たりともそれをしないならば言い知れぬ恐怖にさいなまされることさえある。 この場合、彼らは、人間らしく生きるための潜在的な能力をもはや失なっているのである。」 (p. 77) とか。こういう人たちには尊厳ないかもって。 大丈夫かいな。うーん、「尊厳」もおもしろいな。
功利主義が嫌われる理由の一つは、人権とか権利とかが功利の原理によって なんか「与えられる」とかって感じがするとこか。これはおそらく法実証主義 とか全般にそうなわけだが、やっぱり「お前らに恵んでもらわんでも、もとか ら持ってんねん」と言いたいと思うよなあ。自然権だって神によって与えられ るわけだけど、神様はOKか。キング先生のは"Property right are made by men, human rights are made by nature."だっけか。あれ、違うかな。 Meshell N'degeocelloの曲でサンプルされてたような気がするのだが。
某医者と飲み。久しぶりに人と話をする。リフレッシュされたような気がする。
町内では地蔵盆の準備がはじまっている。去年とまったく同じ光景。マージナルなメンバーが 入れかわってるだけ。こうして伝統は続いていく。
毎年のこの時期になるともう学校始まりゃいいのにと思う(まああるいはずっと始ま らなくてもいいのだが)。学生もすることなくてつらかろう。面倒見がもっと よければ、ゼミの学生とか集めていろいろやるべきなのだろう。来年は考慮し てみるか。いや、無理。そんな余裕はないな。50才過ぎたらそういうこともす るか。
ニュートンのリンゴの話。あれって、ふつうの小学生が話聞いてもなんのこ とだかわからんよな。私は高校でもわかってなかったし (物理は赤点もらったことがある ) 大学生でもやっぱりわ かってなかったと思う。なんというか、ニュートンが偉人であるってのはふつ うのひとにはわからんのだ。っていうか人類でニュートンのリンゴを知ってい る人のうち、リンゴになんの意味があるのかそこそこ明晰な観念をもっている 人(つまり力学の初歩を理解している人ってことか)はどれくらいいるんだろうか。「ア インシュタインは子どものころはアレでしたが実は天才でした」とかとはぜん ぜん違うタイプの話だよな。「ワシントンは桜の木を切ったのを正直に」「二 宮尊徳は薪を背中に」とかってのはわかりやすすぎるが、こっちはそのなにが 偉いのかがわからん。ふつうのことか、むしろ馬鹿の事例だろう。
役に立たない純粋勉強は楽しすぎる。っていうかこれが勉強なのかどうかさえあやしい。 勉強ってのはやはり強制されないと勉強ではないって感じがする。 「勉強しなさい!」ってのはよく聞くが、「自由に自己発展しなさい!」とか って命令は可能なのか。「自由になりなさい!」ってのはかなり特殊な命令だな。Sapere aude!ってのとも ちょっと違う。勝手に成長している植物に命令することができるのかどうかも気になる。 「おい、そこのサボテン、さぼるな!伸びろ。」 Be yourself tonightも入手しておくか。
また無用のことをして一日過してしまった。
福満しげゆき『僕の小規模な失敗』おもしろいなあ。外向的でエネルギッシュなのが むしろうらやましい。しかしこの人長持ちするかなあ。私漫画以外の ストーリー書けるんだろうか。実存漫画家は寿命が短い。諸星先生やジョージ秋山先生の ように私生活がまったく入りこまない人は超長生き。
来し方行く末を色々反省。秋だから。 夏休み中いったいなにしてたんだろうか。 主観的にはかつてないほど落ち着いて充実していたような気がするが、
まったく退屈というものを感じなかった。 倫理学の世界が広くて深いことだけはよくわかった。 私は入口の探検さえできそうにない。局地戦も無理。 なんというか、出版物が多すぎるんじゃないの?とか。 別に無理して読まんでもいいわけだが。 もっと限られた良質のものだけをじっくり読むべきなんだろう。 「悪書を読まないことである」っていうアレなあ。 まあどんなヘンな議論でも、皆いいとこはあるんだよね。
どうもおそらく客観的には 無駄な人生。税金とかそういうのの無駄遣い。 社会のお荷物。
まあ時間の使い方がヘタなんだよな。
正確なことよりアイディアの方が重要だ。重箱の隅をつつきたくなる癖は悪癖である。 否定的なのより肯定的なのが、悲観的なのより楽観的なのがよい。
そういや、時々(いまだに?)電車のなかで数独とかってのをやってる人を みかけるけど、あれって私だったら(実際にやったことないけど)あらかじめ すべての升目に1〜9の数字を書き入れて、順に見てっていちいち消して行く、 とかって(おそらく確実だが)退屈な手法(9x9x9で729の方眼を広げて塗りつ ぶしていくイメージ)しか思いうかばず、我ながらぜんぜんエレガントじゃな いダメな人間だと思う。
でももっと頭のいい解法があるのかな。ひらめきを楽しむもの?でも そのひらめきってのは結局記憶力でしかないような気がするのだが、 それ以上のなにかがあるのだろうか。 それともそういう短期的な記憶力を楽しむものなのかな。 いや、なるべく作業量を減らすよう考えるのが楽しいのか。 最低限どれくらいの情報があれば解けるのかの証明とかどうするのだろう、 とりあえず4x4の数独だとどうなるとか考えてると寝てしまう。
人生に潤いを与えるため、ちゃんとホビーするのが重要であるような気がしてきた。 いや、hobbyってのはあんまり活動しないものなのか。
クーラー切って生活してみる。秋だ。Macもファンをうならせるぜ。
夏休み中ずっと昼飯に困っていたが、いまだに困っている。
Anthony WestonのBetter Problem。言ってることは直観的にはよくわか るし非常によく書けてる。しかし「プラグマティズム」そのものはよくわから ん。それはただの直観主義ではないのかな。感受性の強い功利主義者も同じこと 言いそうなんだけどね。 誰かに解説してもらうか。"There si no single definitive value or principle... there is no perfectly satisfactory answer. The choice may be tragic whatever one chooses." p.53-4 とかって諦念がプラグマなのかなあ。
あら、iPodの接続ケーブルを断線させてしまったかな。 昔のケーブル使えないので買いに行かなきゃならんのか。面倒。Apple商法?
部屋にちらばっているいわゆる「千葉大の資料集」を集めて並べてみる。いろいろ面白い。 このシリーズの功績はほんとうにすばらしい。
ギレルスのスカルラティはすばらしいのね。ホロヴィッツとかよりずっと上。
今日は熟慮してラーメン食うかなあ。まず熟慮が先だな。
熟慮中。40才過ぎてずいぶんたつのに、一部の人によく使われるのに、いま だにその用法や含意がはっきりとわからない言葉がある。すぐに思いうかぶの は典型的なのは「定位する」「観念される」の二つかな。「として観念される」 は「〜と思う/考える/(人びとによって)考えられている)」なのだろう。 「定位する」の方はもっと色々な用法があるようでむずかしい。あといくつか あるな。ちょっと探してみるか。
あら、部屋のなかがぐしゃぐしゃに。
いろいろトンチ番長な感じを味わっている。
雲の切れ間に月蝕を見る。たしかに人を不安にするよなあ。
女性殺しのネット3人組、やっぱりそのなかの一人はかなりアレな人間のようだな。 命ごいしている人間をどうすれば殺すことができるかってのは かなりチャレンジングな問題だ。どういう心的状なんだろうか。
いくら人と会わないといえ、髭は1週間に1度は剃りましょう。 鼻毛は常に切っておきましょう。「鼻毛かな」と思ったときが切り時。 研究室にも鼻毛切りを置いときましょう。
みなさーん、夏休み終りますよー。夏休みの宿題はできましたかー?先生は? 先生はできてませーん。でも先生は大人だからいいんです。先生は宿題できてなくて も簡単にはクビになりませーん。 子どもはちゃんと宿題してくださーい。答がわかりきっ た計算問題とか意味のつながりのない書き取りとか、つけたくもない絵日記とか、偽善的な読 書感想文とかやってくださーい。どんどん勉強が嫌いになりますがそれでいいのです。 やりたくないことをやるのが勉強でーす。
あら、クーラーの調子が悪い。朝から汁汗だく。施設に問いあわせると、
なんか昨日落雷した影響らしい。雷なんて鳴ってたかな?
→ どうも明け方にこの校舎の避雷針を直撃したらしい。恐い。
『人命の脱神聖化』はよい本なのだが、 できればクーゼの序文に加えて、 Singer and his CriticsのDale Jamiesonの"Singer and the Practical Ethics Movement"の抜粋を載せておけばよりよかっただろうな、と か。60年代末から70年代にかけてPhilosophy & Public Affairs とかのまわりでなにが起こってたのかがよくわかる非常に優れた論文。
(70年代に)実践哲学がより保守的になった二つ目の理由は、それがプロフェッ ショナルになったということである。おたがいの論文を顕微鏡的に精査しあう プロフェッショナルたちの共同体が、関心を抱いているアマチュア集団に比べ て大胆な見解を抱くことはありそうにない。かつて、実践哲学は新しい領域の 開拓を含んでいた(それしばしば他の学問的な専門分野をもっている人びとに よってなされた)、が、しだいにある種のスコラ主義に道を譲ってしまった。 たしかにスコラ主義にもいろいろな美徳はあるが、その美徳のなかにはリスク を冒すということは含まれていない。(Dale Jamieson, "Singer and the Practical Ethics Movement," in Dale Jamieson ed. Singer and his Critics: Blackwell, 1999.)
ちなみに他の二つの理由は、(1)方法論的に一元主義をとりにくいと感じる 人が多くて多元主義ってことになっちゃった。(3)狭い領域に専門化・分化して しまい、哲学以外の専門家や実務家とおつきあいすることになり、怖くて極端 なことを言いにくくなった。
さて、今日こそ熟慮の上ラーメン食うか。
まだ熟慮中。ツェッペリンはかっこいいなあ。とにかく暑くて死ぬ。 →熟慮の結果、帰って寝ることに。
夜もう一回出てくる。
天一で熟慮のラーメン食ってると、 読売新聞夕刊にすごいニュース(奈良の女性の流産)が載ってて驚いた。 すばやくNATROMさんのところが反応している。なんだか 新聞記者はもうちょっと勉強するべきではないのか。 2ちゃんねる医者板は勉強になる。 この前某医者とも訴訟リスクの話になった。 たしかに通常のことやってて訴えられたら かなわんよなあ。
あら、まだクーラー直ってないのね。夜はそれほど暑くはないが、 なんか今日はやっぱりだめだな。散らかった部屋片づけて帰るか。
今日は一日だらだら休憩するつもり。いや一月ぐらい毎日休憩してたけどね。 積極的遊戯。勉強に近い本は読みませんよ。
今日もクーラーが故障してますよ皆さん。 でも雨が降ってくれて助かる。
昼。蒸す。積極的に水・お茶摂取→汗。そしてその汗はどこへ行くのか。 Where does the water go?
卒論相談。今年は人数が多いからそろそろきちっとやらなきゃ。
まあ、今日は帰ってゆっくり寝るか。
うは、クーラーは2週間直らないという情報が。禁煙して図書館で暮すか・・・
橿原→高槻の流産報道、なんだかすごいことに。おかしい報道だよなあ。 もと妊婦の人のプライバシーの方が 心配になってきた。 なにがポイントなのかマスコミ自身ももうわかってないんだろう。 (もちろん私にもわからん。) そもそもこの件どっからニュースになってるんだろう?
http://www.cinra.net/sp/30_kayu1.php
「私たちが持つ46本の染色体に含まれる遺伝情報は、ものすごい偶然性によっ て組み合わせられたものなんです。だからこそ一人一人の人権を大切にしよう という考えがある。」
うーん。うーん。これだと猫権もなあ。「尊厳」ぐらいかなあ。それでもだめ かな。偶然性を重視したいってのはもちろんわかるんじゃがなあ。あと「人権」 もなあ。
「それから、これも道徳哲学の重要なポイントなんですが、社会学者のエミー ル・デュルケムが言っていることを踏まえると、「ある行為に対して人々はそ れが悪いから非難するのでなく、人々が非難するからその行為が悪いとされる」 という、それも一理あると思います。」
ぐは。
まあ、どっちも好意的な解釈はできないわけじゃないか。インタ ビューだし。とくに後ろのほうは「悪い」じゃなくて「悪いとされる」だから 許せるか・・のかどうか。「から」っていうのが理由(根拠)なのか原因なの か、どっちもなのかどっちでもないのか(「悪い=人々が非難する」ではない)。 社会学勉強しているとこういう感じ になるのかな。おそらくこの方の師匠していると思われる加藤秀一先生も時々そういう見解の 雰囲気をただよわせるからなあ。
テツガクって難しい。でもわたしは人々がなぜこういうふうに間違うのかを知 りたいと思っている。また、なぜ生命科学に関する本を書き、大学院で勉強し ながら、こう考えることができるのかについても興味がある。単に勉強不足だ からではないだろう。上の二つの考え方にはたしかにはっきりとした魅力があ るんじゃよ。その魅力をしっかり理解することが目標だな。
上の方はわれわれの自己の生存に対する(正当な)感謝とか(正当な)驚異と か、自分とは身体を持ち違う考え方をする人々に対する(正当な)愛着や敬意 とか、そういう肯定的な感情と結びついていて、下の方は道徳的な見解の根拠 を探すたびに感じられる(正当な)難しさに対応しているんだろう。でも下の方は ほんとうに危険な考え方なんだが、本人はどの程度その危険性を理解しているのかな。 もちろん もっと細かく分析してちゃんと理解する必要がある。勉強不足は私の方かもし れん。もし私がこの方とゆっくりお話ししたらちゃんと説得できるだろうか? でも説得できないのならばテツガクの教師とかやってる資格がないかな。
「哲学的に考える傾向がある人だけが落ちるまちがい」ってのがあって、そういう落とし穴を 避けるためにだけ哲学するということの意味について。いや別に書くことはないんだけど。 われわれはどうしてもなんか意味を求めちゃうし、 そのときに目先のものでとりあえず説明したくなるんだよな。
テツガクを3行でやるのはむずかしい。やっぱり『ゴルギアス』のようになっちゃうわけでなあ。
Wendy and Lisaって(どっちが歌ってるか知らないけど) ボーカリストとしての方が興味深い。
来週福島まで出張しなきゃならんのだが、やだなあ。一歩も動きたくない。 クーラー効かなくてもお部屋にいた方がいい・・・
卒論相談。
そもそもその出張のための書類が見つからない。・・・探し てたらイライラしてきた。非常にまずい。落ち着け、落ちつけ。 わたしのこういう欠陥はどうすりゃいいいのかな。とにかく出張は来週後半に するか。
2ちゃんねるでよく見かける派閥ツリー(「道徳判断は事実についての言明だよ派」 「単なる感情の表明だよ派」「ただの妄想だよ派」「命令だよ派」とか) を簡単に作る方法ってのはあるのかな。生成器とか ありそうだが。しかし実際にツリーを作ろうとするとうまくきれいなツリーに するのは非常に難しいのだな。なにが上位概念かっての簡単には決まらない。 へんなものを選ぶと混乱するというか、いきなり枝が増えすぎたりほとんどな くなってしまったりする。うまく分けていくのが腕の見せどころなんだなあ。 分類ってのは最高級に高度な知的作業なのだな。あ、そうか。「系統樹的思考」 の話だよな。静的な分類ではなく、歴史的な「系統」で考えればいいのかん。 しかし一応歴史的な系統があっても、横の影響や連絡がある場合にはどうすれ ばいいのか。排中律とかそういうのもポイントなのか。世の中にはものごとを ツリー的に考えることができるひとと、そうでない人がいるようだ。三中先生 の『系統樹思考』読みなおすか(三中先生ぐらいになるといつもツリーで物事 を見てるような気がする)。あ、池田清彦の『分類という思想』のもあるか。
あちこちのブログで『Sicko』が評判のようだ。 日本の健康保険制度は優秀だという私の長年の持論が やっと日の目を見るのだろうか。厚労省の官僚も優秀だし。 ついでにイギリスの健康保険がどうなってるのかも「ちゃんと」報道されるのだろうか。 広井良典先生や西村周三先生の出番だ!
窓全開の結果アシナガバチの襲撃。恐い。
和歌山の件は、毎日新聞対全国の産婦人科医の全面戦争ってことになりそうだなあ。 大事になるかもな。 少なくともまたリアル世界で医者たちの抗議署名運動があるだろう。(これあんまり知られてないんじゃないと思うけど、大淀病院についてどうもそういうのがあったみたい。)
2ちゃんねるには「趣味」→「バス板」なんてのもあり、ちゃんと「プリンセスライン」スレもある。 すげー。