今日もよい天気。でも気温がなかなか上がらない。
なにもできず。積極的にぼーっとすることに決定。出張もとりやめ、
師走になるとタモリの「昭和歌謡〜」を思いだすんだよな。 「師走だなあ。ぼくは君といると、いつも師走を感じるんだ・・・(音楽) ♪ふたりを〜夕暮れが〜」とかってやつ。
卒論指導もそろそろ盛り。
やっぱりこの時期に指導するのはしんどい。9月入学、7月卒業ってことに なりませんか。歴史的経緯によって無理か。 桜がそんなに大事か。世の中に桜がなかったら、 入学式は4月ではなく、それゆえ卒業式も3月ではなく、 それゆえ卒論は冬締切ではなく、人の心はもっとのどかだったであろう。 夏休みももっと有意義に使えたであろう。ゼミはけっきょく13人(定員12)受け入れか。多いんだよな。 14人応募してくれれば2人落としたんだけどねえ。
シートフィーダー付きのスキャナが欲しい。 まとめページがあるな。 でももう予算ないから来年か。
いったん帰宅して昼寝。夜また出てくる。切り札の厚手セーターを投入。ぬくぬく。
と、某医者に呼びだされお好み焼き食う。 iPS細胞についてさらにレクチャーを受ける。 遺伝子とかDNAとかてのはまだなにもわかっていないということがわかる。 「ゲノムインフォマティクス」重要らしい。 神経疾患とかについてもいろいろ。 それにしても世の中は病に満ちている。っていうか病が 人間の常態なんだよな。そして老いるのも必然。死も必然。
よいお天気。気温もそこそこ。おかげでそこそこ落ち着いている。太陽さんありがとう。
今日こそいろいろ片づけよう。
ぐは。まず 1件。偉いぞ。そして太陽さんありがとう。 アマテラスとか大日如来とかヴィシュヌとかラーとか崇拝してもいいかもな。 アタラクシアを保証してくれるのなら、生贄の手配についても考えるのだが。 でも実際には1億5千万キロ彼方で核融合しているだけの人だから無益か。生贄ささげて光速で連絡しても、それを認知してくれるまで8分ぐらいかかる。遠い。音速だと10年以上かかりそうだ(あれ?14年かな?)し、そもそも真空だからお願いの声が伝わらないし。どうしたものかな。
南の島の大学とかで働かせてもらえればすこし仕事できるようになるんじゃないだろうか。 台湾とかプーケットとかでもいいのかなあ。常春の国マリネラあたりに仕事ないかな。
面談とかも。土日も働く男。年中無休、全身大学教員。
12月はニーチェを読む月。ほんとに天才だよな。 正直、キェルケゴールとは似てるけど月とスッポン。38万キロメートルぐらい差がある。
多く眠る くたびれて自分自身がいやになったとき、 自分を元気づけるためにはどうしたらよいか? ある人は賭博場、 他の人はキリスト教、第三の人は電気療法をすすめる。 わが親愛なる憂鬱病者よ、一番よいことはやはり、 実際的にも比喩的にも多く眠ることである! そうすればまた自分の朝をもう一度もつだろう! 生活の知恵の芸当は、あらゆる種類の眠りをちょうどよいときにさしこむことができることである。 (『曙光』376)
こういうのを演習とかで少人数で訳読してだらだらお喋りして一生を過ごせたらよかったろうに。 そういう教養語学教師ってのはもう必要ないのだろうか。 土肥先生、天国で元気ですか。
ハイデガだのフーコーだのドゥルーズだのデリダだの、そんなん経由しなくたって ニーチェを直接読んだり紹介したりするだけでおもしろいはずなんだよな。 まあ彼らに巨大な影響を与えたってのはわかるし、それ読んじゃった以上 言及しないわけにはいかんってのもあるんだろう。
しかしニーチェもいざ授業で取りあげるとなるとなかなか難しい。まとまりな いっていうか、余計な文章が多すぎるっていうか(特に後期)、おもしろいと ころが多過ぎるっていうか。「こんな文章があったはずだ」と思ってもそれが っ見つからず、読んでるうちにおもしろくなってきて時間が過ぎてったりする。
このタイプの人々には適当な抜粋じゃ対抗できないんだよな。かといってパラ フレーズしてしまうとおもしろいところが消えてしまう。それは、本質的に文 学だから。シェークスピアだって粗筋だけ読んでもおもしろいとは思えないわ けで。
おや、橋本努先生の抜粋集があるな・・・なるほど。こう選ぶか。 まあ永劫回帰だの運命愛だのっていうツァラトストラ関係のはない方がいいよね。
今日は久しぶりに1日おだやかに有意義に過せたような気がする。小春日和。帰るか。
実はまたLittleWing社のピンボールにはまっている。ときどきこういうものにハマる。今回はFairy Tower。Monster Fairも復活。 こんなことするくらいだったら楽器でも練習した方がずっと生産的なんだけどねえ。
なぜ人は一人ゲームをするのか?---- 力への意志。ていうか、上達するから。 ゲームが楽しいから上達をめざすというより、上達するのが楽しいから ゲームするのだろう。よくできたゲームはうまく上達させ、その上達を 実感させる。よくできたピンボールは (明示の/暗黙の/秘密の)ルールを理解させ、身体を習熟させ、 精神の各側面に挑戦する。
RPGはまたちょっと違ってて、あれはプレーヤーが上達するというよりは プレーヤーが操るキャラクターが上達する。でもどっちにしても上達する感覚は重要。 楽器とか、ある程度やるとプラトー現象とかそういうのにぶつかってキツい。 もちろんPCゲームでもあるし、ゲームの方が目に見えるんだけど、 とりあえずPCゲームだったら最初の急速な上達を味わうことができる。 PCゲーム以外のたいていの技芸はなかなか上達しないし、どうしても上級者までの 距離を意識せざるをえないし。PCゲームなら上級者を意識しなくてよい。
「ひきこもり」とかって人々が実際にどういう人々かは わからんが、もしわたしがひきこもるなら、上達できるゲームやその種のものなしには こもっていられないだろうと思う。
ひとはなぜゲームをするのかってのを考えるには、むしろクソゲーを考え た方がよい。一人ブラックジャックや一人チンチロリンは不可能だろう(ブラッ クジャックは微妙か。あれは実際に賭博としてやる前に練習する必要があるよ うだ)。一人将棋は微妙だがOK。なぜか?コンピュータとジャンケンするだけ のゲームに1分で飽きるのはなぜか?やっぱり上達しないからだよな。人間は成 長する樹木だ。どっちかの方向に伸びずにはいられない。
でも単に上達すればいわけじゃないか。 意味のある上達でないとならん。ピンボールもやっぱり意味が重要で、 Littlewingなんかはバックグランドの物語を考えるのにずいぶん力を つかっているよな。いや、もっと複雑だ。 「ときメモ」のタイプのやつは(おもしろくなかったけど)、 「その世界を知る」感覚ってのが 重要な感じがしたな(むしろ、「パラメータを解析する?」)。 これは昔書いたような気がする。
NOVAやライブドアの元社長や、たくさん本を書いている人なんかは、あんま りPC一人ゲームはしないだろう。現実生活で力の獲得や上達を実感している人 にはゲームは必要ないだろう。現実の世界の謎を探究している人にはRPGは必要 ないだろう。
多人数ゲームはおそらくまた別。それは階級づけの別のチャンネルとして必要。
ネトゲのよいところは、おそらく本当の「負け」がないところなんだろう。 っていうか、ほんとうに「負け」が出るネトゲは流行するだろうか?寝坊。まずい。
ここ1週間ぐらいで 「生権力」と「リベラリズム」に関する話題から。あ、あと昨日読んだケインズの 「若き日の信条」(おもしろい)から学んだこと。なる ほど、(私もよく使ってしまう)「〜って何ですか?」「〜ってどういう意味 ですか?」という問いを、「ふつうの(/多くの/偉い)人はどういう意味で〜 という語を使っていますか?」という問いだと解釈する人がいるんだな。わた しの感覚ではこの問いは「あなたはどういう意味で使っていますか?」あるい は「あなたはふつうの(/多くの/偉い)人がどういう意味で〜という言葉を 使っていると考えているのですか?」なんだけど。これは文化の違いが背景に あるかもしれない。問いをもっと明示的にしないと誤解されて非常に危険。 「〜って何ですか?」のタイプの問いは時にぶっきらぼうで傲慢に響いてしまう。 注意すること。「えー、うしろの議論をよく理解するために一応確認させてい ただきたいのですが、ここであなたは〜という語をどういう意味で用いてるの でしょうか」なら大丈夫だろうか。もちろんこの問いのバックには、 「〜という語は人によっていろいろ意味が違うからまずそれをはっきりさせてくれないと」 っていう意図があるから、まあ傲慢ちゃー傲慢、攻撃っていえば攻撃ではある。
ゼミは1人落として定員の12に。できれば定員は10にしたいところだよなあ。
衣笠。 『道徳の系譜』。今年は第三論文を。なんか燃える。ルサンチマン人間、それは私です、とかそんな感じ。 ニーチェについて話をすると、いつも 「この学生さんのなかのひとりが数日後に犯罪を犯して〜」とか考えちゃう。馬鹿。
遺伝子操作。社会心理学の知見を確認しないと。口頭でも不正確なのはいかん。 そう、批判・批評・質問してもらうのは重要だなあ。どうしたら 学生さんから本気の批判や質問をもらえるかそろそ本気で考えなくちゃ。
「ソーシャルスキル」とかってのは、教育することができるんだろうか。 っていうか私が教育されたいような気がする。ていうか ソーシャルスキルってなんだろう。「うまくふるまう」ことか。 難しい。でもなんか工夫すれば少しはなんとかなるような学生も多いような 気もする。でもあんまりそういうのを考えちゃうのと萎縮してしまうような気がする。
寒い寒い寒い。蛇口をひねればお湯が出る時代と国に生まれたのはほんとう にラッキーだ。「私にはこれ以外の生まれかたはできなかったのだから(もし そうなら私ではないので)、私はラッキーだと思うことは意味をなさない」と 主張する気にはならん。なぜか。お風呂はあったかいから。ありがたいありが たい。もうヴィシュヌやめて本願寺でもいい。
ドラえもんとダイモンってのはどの程度関係あるんだろうか。 藤子不二雄は教養があるからやっぱりそういうことなのかな。
寝すぎ。
げ、大事な雑用が遅れている。雑用ではなく業務だ。
1回生ゼミ。野矢先生は偉大だ。
学生の呼び方。女子はふつうに「さん」にしているのだが、「君」の方が かっこいいような気がするなあ。 来年度はそうしてみるかなあ。慣れることができるだろうか?
今日も寝すぎか。創立記念日で休講の日。ありがたやありがたや。感謝しつ つ有意義に過したい。
しかし創立記念日の有意義な過し方とはなにか?やっ ぱり部屋の片付けだろう。とにかく床においているものをテーブルの上に。それだけで ずいぶんよくなる。床屋に行きたいような気がするが、いまヒゲ剃りされるとひどいことになりそうな気がするので やめといた方がいいか・・・
教育についてまだ考えてる。 うちぐらいの学生の一部は、教師や他の学生の話が理解できないことが当然だと思わされて 中高教育を受けてきた学生がいるような気がする。「お客さん」あつかいされてて、 当人もそれになじんでしまっているとかそういう感じではないだろうか。
階級についても考えたり。民主党より自民党の方が労働者階級の味方、というか 議員に労働者階級出身の人間が多いんじゃないだろうか。
また教育について考える。どうも我が社我が部門ではコンピュータ・ネットワーク技術離れが 進んでいて、一部で問題になっているようなのだが、当然だよな。 景気がそこそこ回復して働き口があるときに、 プログラマやらSEやらっていう低収入の職種につこうとする学生がいるわけがない。 学生の方が教員よりそういうのには敏感なのだ。
「桜」のエヴァ漫才youtubeで見つつ、やっぱり階級とか教養について考える。 エヴァンゲリオンはフェイクの教養に訴えることで、 階級意識(中流高学歴予備軍の?)に訴えたわけだわなあ。 漫才ではたしかに「わからん」が重要。 日本でモンティ・パイソンは可能か?っていうしばらく抱えている問題。 「漫画やアニメとして実現している」が答えなんじゃないかな。
心落ち着けるには時間がかかる。アタラクシアにはとんでもない対価が必要だ。 そしてこの季節、5時には日が暮れてしまう。なんだこれは! M-x sunrise-sunset [RET]
Wed, Dec 5, 2007 Sunrise 6:52am (JST), sunset 4:45pm (JST) at Kyoto, JP (9:52 hours daylight)
10弱時間しかdaylightがないじゃないか!もっと緯度の高いところにいたら どうなるんだ。
環境問題って難しいなあ。 やっぱりダメな研究はそれを知らしめるのが学者の社会的責任なのかな。 たいへんすぎるような気がする。ふつうの人にはできんわな。
けっきょくなにもせず貴重な一日が過ぎる。
サバティカルなんてものも、 「自分の研究室に1年こもっていてよいです」ってのなら価値があるなあ。 外国とか行くのはいや。「あのひと、なんですか?」「さあ、前はここの先生だったらしいけど・・・」とかってのが理想。
音楽の鑑賞は、意識せざる算術の計算であるってな意味のことをライプニッツが 言ってるとショーペンハウアーが書いてたような気がする。 ライプニッツ先生はバッハ先生と とりあえず同時代人だからな。
大寝坊。こんなに寝ていていいのか。寝すぎたせいか首が。危険。
ちょっと前に注文したUSBラジオチューナー RadioShark IIが届く。 AM語学番組を受信するため。まあこんなもんか。でもAudio Hijack Proだと チューニングが10kHz刻みでうまくないぞ。828kHzを830kHzで受信しなくてはならん。 (RadioSharkのアプリケーションは9kHz刻みにできるのだが)どうもApple Scriptを 使えばどうになかるという情報を見つけるがよくわからんので我慢。
吉田。わりとゆっくり出たのに遅刻しそうになる。観光シーズンの東大路の 流れの悪さはどうにかならんのかな。LRTと自転車専用の通りにするか、 せめ て四条〜五条で自家用車排除ぐらいしてほしい。縦に流れる自家用車は川端通 に誘導しろ。観光業者もけっこうなビジネスチャンスを失なってるんではないのか。 いろいろ片づけなきゃならんことのため研究室に戻る。 やっぱり午前中仕事しないとだめだ。朝の2時間は夜の4時間分の価値がある。 今年はどういうわけか人生ではじめてそこそこ人並の時間で暮していて けっこうよかったような気がする。さすがにこの季節はだめ。夜時間をかせぐしかない。 でも睡眠時間は絶対に確保すること。
やはり書類をちゃんと片づけておくのはオフィスの基本。できないのは やっぱり社会人失格。
Alpha-Stationとか見ると、FMラジオ界も次第に進んでいるようだなあ。 でもwebのデザインというかナビゲーション悪くてだめすぎ。 Flashとか使えばいいってもんではない。 よいデザインのページを作るというのは難しいのだな。
無線ラジオはネットストリーミングに勝てるんだろうか。なんか難しそうだ。 てよりとにかく今は時間こそがなにより価値があって、それを いろんなメディアが奪いあってんだよな。 まあ音楽だけじゃなくて、なにごとももう情報量が多すぎてだめだ。わしらはもう 隠遁してこれまでの人生をふりかえりゃいいわけだけど、若い人は気の毒。 今70才ぐらいのひとも、私の世代に対してそういう印象をもってるのかな。 なんか50年代なかばぐらいに家中にラジオ置いてるひととか、 60年代なかばに複数のテレビ番組見てるひととか、そういうのを想像したり。 そういう馬鹿げた人生をわたしらもやってる。
そしてそうやって1分1秒を「有益に使う」ことに気をつかい、 かえって充実した時間、っていうかある程度の密度ある持続を失なう。なんちゃって。
早起きしすぎ。眠い。午後になっても目がしょぼしょぼする。 頭も動かない。やっぱり最近の睡眠はよい効果をもたらしていたのだなあ。
Audio Hijack Proの件、
tell application "Audio Hijack Pro" set frequency of session "Deutsch" to 828000 end tell
とかってのを1回走らせるだけでよいらしい。
内海健『うつ病新時代:双極II型障害という病』(勉誠出版)。これは!もっと早く読んでおく べきだった。
英語。講義。卒論ゼミ。発表はひととおり終了、あとはひたすら書かせるだけ。
会議。
う、いろいろやばい。でもしょぼしょぼで仕事にならない。やはり 寝るしかない。
なんか突然久しぶりに禁煙しようという気になる。 一番大きな理由は、「タバコを買いに行くのが面倒だから」。 できるかな?年末からか?まあ無理だろう。
大睡眠。目のショボショボはない。やはり睡眠は重要。 私のようにラッキーにも特に大きな疾病にかかってない人間にとって 一番重要なのは睡眠。日本睡眠哲学協会を創設できないかな。 睡眠哲学(人間にとって睡眠とはなにか、睡眠はどのようにあるか、睡眠をいかに認識するか)、睡眠思想史(睡眠はどのように考えられてきたか)、睡眠倫理学(どのように寝ることが許されるか、どのように寝るべきか)、 睡眠美学(どのように寝るのが美しいか)などの分科会も作る。応用睡眠倫理学は 睡眠そのものを目的としない各種の睡眠や、アルコールや薬物を用いた睡眠様状態、 複数の人間による睡眠などを扱う。会合はいねむりしやすい 暖かいところで。・・・あれ、そういやこれも 名作『とんち番長』(ちがう、『サル漫』)にあったような気がするな。
教育についてまた考える。 私がなんとか英語読めるようになったのは、実は塾や予備校で教える なかで、いろいろ試行錯誤したからなんだよな。自発的に試行錯誤できるのは 私の最も大きい長所の一つだし、そういう自己開発のようなのが 好きだ。
ゼミ生指導して卒論書けるようにすることができるるようになれば、私もまと もな論文書けるようになるだろう。試行錯誤中。卒論指導は今年で5回(実際に いろいろ考えてるのは3回目ぐらい)。そろそろ「こういう感じ」っていう確信 が欲しいのだが、今年はもうひとつアレだ。まあ大人数ゼミ1回目なのでこっち の準備が足りなかった。来年度はがんばりましょう。
「英語読む」とか宣言して希望学生を減らすっていう手もあるんだが(最初の 3年はその手を使った)、教員がいれかわって学部内での受け皿としての ポジションが変わってしまい、なかなかそうも言いにくい。まあ不可能じゃないんだけど。
衣笠。月曜分のふりかえの日なのだが、 キャンパスにぜんぜん人がいないんじゃん。っていうか控室も誰もいないし。
ムア。The Idealのとこ。この本、へんな本だよな。友愛のところも 大きな影響力を持ったってのが どういうことなのか今となっては理解しにくい。 ムアの直観もへんてこりんだし。まあその含むところはいろいろおもしろいが。 おそらくこれは、どう読むべきか直接解説してもらうとぜんぜん違うっていうか、 ケンブリッジまわりには口頭での伝承による理解があるはずだな。 どういう話し方をする奴なのか見てみたい。動画ありそうだけどな。 それにしても倫理学史といっても広い。広すぎる。
IQとか身長とか遺伝とか収入とか。なんか私がやるべき内容じゃないよう。 ふつうの学生にとってはIQ論争とか遠いところにあるようだ。 興味はあるようだが、どっから攻めていいのかわからんという感じらしい。 まあふつうに大学で勉強していればそうなのかもしれんな。 (衣笠はサトウタツヤ先生がいるからそういう授業もあるはずなのだが ・・・いや、むしろサトウ先生の影響があるのかな。)
勉強についても考える。 なんか、ちょっと前まで「大学教員たるもの〜の程度のことは あれもこれも一応ちゃんと理解しておかねばならん、私だめだめ」と 苦しんでいたのだが、そういうなんらかの基準をクリアしたちゃんと完成した哲学教師なんての は実在しない。悪しき教養完成主義。誰だって教えながら学んでいるのだ。あたりまえ。 教員は完成した石像ではなく、一本の樹木だ。盆栽でもない。 それぞれなりに茂っていくところを見せればよろしい。っていうか 茂り方を見せるのが仕事なのだろう。 花も咲かせず、実もならせんでもよろしい。ただ伸びてるところを見せれば、 花咲かせるやつも実をならせるやつもいるだろう。 でもあまりにも貧弱でへんちくりんな木が 間違った方向に伸びているのを見せるのは許されるのかとか。 でもやっとそういうのがわかりはじめてきた。スロウラーナー。
人少ないのになんだかとても疲れた。寝よう。
一眠り。明日が日曜だということに気づいて、ゆっくりめに風呂に入る。 温泉行きたい。
あら、モーニングのへんな漫画(はじめて読んだ)の主人公が女子大生を「君」で呼んでるわ。 やめよう。
起きてしまったので大学へ。今週は厳しい。今年最大のピンチか。
あれ、頭が・・
やっぱり寝足りなかったか。総計9時間じゃだめなのだ。中断なく8時間以上。または中断を入れて10時間以上。年くって頻尿になったりしたらどうなるんだ。
『ロールシャッハテストはまちがっている』。こういうものを読んでいる場合ではないのだが、おもしろすぎる。 ロールシャッハってよりはアメリカの臨床心理学の歴史の本。 ちょっと目が覚めた。最後の方は現役たちに大砲どかんどかん撃って 総攻撃。ドキドキする。 まあロールシャッハ先生がどこでまちがった かを、筆者たちは見ぬくことができている。これがポイント。まちがい探しは そのまちがいの原因を指摘できなければならん。科学者が科学者である理由は それだ。喧嘩を売るってのはこういうふうにするもんなのだな。 ロールシャッハテストと精神分析は、どっちもエリート主義的で権威 主義的。入門者には困難で、「名人」がいたり奥義があったり神秘的だったりするわけだ。 大学院生(勉強はじめて5〜10年)の手に入らない知識や技術はあぶないってことなのだ。テツガクこそそうかもねえ。
心理学者用難破船チェックリストがおもしろい(ほとんどよく知られているあれだけど)。
これに従えば、立派な心理学者にはなれないけど、 立派なテソガク研究者にはなれそうだ。
なども身に付ける必要がある。でもまあこの本のいうところのロマン的態度 (パスカルの「繊細の精神」みたいなの)ってのは 大事で、これなくすと正統派テソガク者じゃなくなってしまう。
ぐは。EMDR。ずいぶん前に気になってたんだけど、 いまぐぐると肯定的なページしか出てこん。
帰宅して昼寝。冬の昼寝はちょっとしただけで夜になってしまう。 また出てくる。
RadioSharkのおかげでNHK FMを楽しむことができるようになった。 副作用として、AppleScriptやAutomatorを使えるようになった。こっちは無駄な知識。
夜しょぼしょぼしてきた。これなんなんだろうな。
なんとか起きて。
卒論指導。
衣笠。
夜活動停止。
たしかに、英語版wikipediaは現在とんでない高みに到達しようとしていると思う。 他のどんな事典類ももう追いつけない。WAISやGopherやHTTPやGutenberg project規格したひとたちで、さえこういうタイプのものは予想してなかったんじゃないだろうか。 これが人類が300年近くかけて到達しようとしている 高みなのか。集合的知恵っていうかなんというか。おそらく歴史書に21世紀初頭の 人類の到達点のひとつとして記録されることになるのだろう。 残る問題のcontroversialなところは 「controversialだから書かない」とか書くことにしてはどうか。
日本語wikipediaは出典が出てないことが多いから、そこから つたって調べていくってのがやりにくいんだよね。これはおそらく大学教育の問題。
起きても眠い。
小雨。あんまり寒くないが暗い。
人生をオルガナイズしようとがんばる。やるべきことをやるべきときに できればいいんだけどね。それはたいてい10分もかからずにできる ちょっとしたことなんだが。もっと困難に見えることならむしろやる気になったりするのが 人生の難しいところ。
やっぱり眠い。
卒論、卒論。
道を歩いていると、建設現場の警備員が道端で絵に書いたようなorzの格好になっている。 この前授業で「年末は道に落ちている人に声をかけようぜ」と説教した ばかりなので、しょうがないので声をかける。「めまいが」。とか。他に会社のひともいないようで、 だめそうなので道行く若者に携帯から119してもらう(よい若者であった)。 救急車が到着すると、 「どちらですか・・・彼か・・・おー、××君や!××君やぞ」「お、××君や」 「おーい、××君、大丈夫か?しっかりせい。久しぶりやな、働いてるんか。飯ちゃんと食うてるか?」 とか。どうも以前からの常連さんだな。人生ってたいへんだ。がんばれ××君。
新しいセーター(いつも着てるやつの色違い)がまだあったかすぎる。
会議。
会議は二部構成でした。遅くまでかかり、 ずっと通っていた某音研コンサート行けず。無念。
この時期、十分寝ても可動時間は7時間ぐらいか。
「プライバシー」とか「プライベート」ってことが、 多くの人に誤解されているっていうか、 「パーソナル」なことと区別されていないんじゃないかと思う。 ぜんぜん違うことだと思うのだが。
ピンボール、平凡に上達してきて1ゲームにかかる時間が長くなってきた。 もうちょっと高得点やいろんな役を達成したい感じはするのだが、 そこまで行くのが面倒。2ゲームも3ゲームもできない。3ゲームやると1時間近く かかってしまう。しばらくお休みだな。
寝る。寝る。寝るべし。なにもかにも放りだして。
早起きしてしまう。
Which living person do you most despise, and why?
I don't waste time despising people. Anger is much more constructive than contempt.
ヌスバウムらしいね。
久びさのピーンチ。11〜2月の4ヶ月間はどんなことがあっても期日のある仕事を入れて はいけません。来年は絶対になにも予定を入れず、どうしてもやらな きゃなない授業と卒論指導と生きることだけをひたすら考えていきるべし。それだけで せいっぱいだろうよ。「よく生きることなんかではなく、まずはただ生きるこ とこそが問題なのだ、そうだろう?ポロス君」「そうですね」
「自由にやれ」「俺に指示されるな」と命令したり指示したりするってのは ほんとにおかしなことだよな。馬鹿げていているしなにより偽善的だ。特に私のように高圧的な人間にとっては そういうことを要求すること自体問題かも。 でも大学教育ってのにはたしかに そういう側面がある。 カント的な意味の自由というよりは、ミル的な自由なんだけど。 一方、考え方を教えずに「んなことは自分で考えろ」ってのもアレすぎる。 啓蒙のパラドクスってやつ?あれ、ググってもこの言葉あんまりでてこないな。 「啓蒙のパラドックス」っていう論文が1本あるようだ。読んでみたい・・・ま あこれが、おそらく大学教育と高校教育との違い、大学が「高等教育」と呼ば れる所以なり。教える内容が高等というよりは、教えるのが難しくて高等、教えている内容が教える人間より高等だから高等教育。私にはできん。
吉田。
いったん戻る、でもだめだめ。
英語、講義。 調子悪い。
ピンーチ。
でも卒論指導とかする。
ぐう、眠い。どうする。帰って寝て明日できるか。
だめだ。まずい。
なんでこんなに1日が短いのかな。小中学生のころは、学校は死ぬほど長かったのに。
起きたり寝たりしながら準備。久しぶりの半徹。
10時に大学を出て新幹線に乗り、神保町へ。 研究会 にお呼ばれしてあることないこと話したり。準備不足。
ぐは、今年はこれで終りかと思ったらもう一つ急ぎの仕事があるのか。
もうちょっと寝るべきだったか。大学へ。片づけと次の仕事やらなきゃ。ま ず心を落ち着けて頭のなかをオルガナイズ。・・・あ、もうひとつ大きいのが あるじゃん。ぐは。そろそろ炭水化物大量摂取はやめようと思ってたのにそう もいかんようだ。こりゃ無理だな。時間の絶対量が足らんよ。やっと自分がど うやってもできないことがわかってきた。「汝自身を知れ」の正しい理解は、 「身の程を知れ」。「度を越すな」は「食べすぎるな」か「無理な仕事もする な」のどちらか。あれ、もうひとつはなんだったかな?
頭をオルガナイズしようとしているうちに午前中が過ぎる。とにかく外側だけでもオルガナイズするため今日こそ床屋行くか。
いったん帰宅してボンゴレ食って床屋で寝る。頭薄くなっていろいろ悩む。薄くなるのに ついては文句ないが、どういう髪型にしたらいいのか。以前から、たとえばあの iPS細胞の山中教授のような頭にしてみたいのだが、私の顔と頭の形と髪質ではああはならんのではないか (だいたい滲み出している知性と人格が違うけど)。 中学3年間は坊主で、その後30年間ずーっと髪型どうしたらよいのかわからないまま 中年。なんだかなあ。自分としては坊主でいいんだが、どうもウケが悪いのよね(凶悪に見えるようだ)。
まあやっぱりこの程度なのだろう。ファンク系というよりは、マーカス・ミ ラーの影響が強い。プリンス様のまわりのミュージシャンは皆優秀だけど、ピンだとなに かが足らんのよね。あたりまえか。たとえば "erotic city" や"A Love Bizarre"、"It's gonna be a beautiful night", "Irresistable Bitch"みたい な単純な一発ファンクなんか凝ったことしているわけじゃないし、実際に ライブでバックミュージシャンが暴れているのが魅力なわけだが、それらの ミュージシャンが作ってもそうはならない。
うーん、やっぱり仕事ならんか。でもゲームする気力もなし。 だらだらしよう。とにかく授業準備だけはしなきゃ。
ジョージ・マイケルは天才だなあとか思いつつ、 心落ちつける。wikipediaの音楽記事なんか読んで時間が過ぎてし まう。あれ、CD探さなきゃ。それにしてもよく書けてるなあ。うちのレベルの 大学生にはwikipedia読むためだけにも英語学習してほしい。
寝坊。わあ。
こら今日はいろいろ不調。お腹も痛い。
Google Desktop、すげー。Spotlightより優秀だろう。
衣笠。
朝ごはんが遅くても、授業準備がアレでも、絶対に昼飯は食わなければならない。 できる限り高カロリーのものを。それが大学教員の義務。 よく寝ること、血糖値を下げないことは大学教員の二大義務。 難しい場合もカロリーメイトなりドーナッツなり板チョコなりをつっこめ。 あらゆる手段をつかって自分を支配せよ。職業倫理観とか意欲とかそんな 抽象的なものに頼るな。生理現象しか信じるな。
年金記録問題。よくわからん。これがほっとかれてたってのもよくわからん し。っていうかそれなりに動いている方がすごいよな。電算化したときに いろんなことが起こったんだな。70〜80年代に(可能に なったタイミングで)国民総背番号制度やっときゃよかったんだ、って論調は (ブログでも)まだ見てないのだが、そこらへんどうなんだろうか。実はずっ と前から気づいていたんだろうなあ。自分が手を下す前に、それまでのデータ自体がいい 加減なのに気づいている人は、やっぱりいい加減な仕事しちゃうだろうしな。 でも「あのー、事務が人手も人材も不足で、あとでわからんようになりそうの で総背番号にしてください」とは言いにくかったのかな。税金もばっちりきっちり取ろ うや。最近来たe-Taxとかってのの案内も、住民票カード登録してさらに(どう 使えるかわからん)USBカードリーダー買わなきゃならないとかバカすぎ。 もう私は番号つけてもらっていいですよ。 っバイオメトリクスも色々あるし、「すばらしい新世界」はすぐそこだなあ。 google兄貴にたのめばなんとかしてくれるじゃなのかな。 っていうか、これは「大きな国家はあんまりうまくいかない」「役所仕事は常にだめだ」 という事例の一つなのか、そうでないのか。
どうでもいいけど「キッコのブログ」(表記違うかも)を注目したり話題にしたり 日常的に読んだりしてるかどうか、ってのはけっこうネッ トに対する距離感や、そのひとのネットに何を求めるかって のをよく表わしているような気がする。他にそういうわかりやすい指標になるのは 何だろう。「はてな」の「アルファブロガー」はちょっと違うだろう。 「魔法のiランド」を見てるかどうかとか?ちがうか。mixiはアレだし。 「痛いニュース」や「bogusニュース」もかなあ。私は上のはどれも興味がないよ、でもはてなブックマークは時々見てるよ派。いくつかの指標(「〜は見てるよ派」「見てないよ派」「アンテナ使ってるよ派」「RSSだよ派」)で集計したりクラスタ分けてみたりすれば、 おもしろい結果が出そうな気がするんだけど。そういう研究もあるんだろうなあ。 統計調査勉強しときゃよかった。ずっと昔にweb日記の読者をクラスタ分けしたり成分分析すると どうなるかとか考えたことがあったような気がするが、いまじゃそういうのはけっこう よくわかってるような気がする。「はてなアンテナ」の「マップ」は甘いっていうか、 よく分かってないやつが作ってると思う。もっと有効なデータをもっているはずだ。 おそらくgoogle大兄あたりはなんかわかっていてなにかやろうとしているだろう。
寝坊。学生を待たせてしまう。
1回生基礎ゼミ。終了。
ええと、なにから手をつければいいのかわからん。
卒論指導もたいへん。
だめだ。なんか仕事をうまく片づける方法を学ばねばならん。 仕事術とかライフハックとかそういうのをチェックするべきかも。
笹井真紀子トリオを聞きにLe Club Jazz。
仕事の効率について考える。『なぜか、「仕事がうまくいく人」の習慣』とか ひっぱりだしたり。あれ、これ訳者は楡井浩一さんか。
寝坊。二日酔い。あれ、なんか二日酔いしてるのは久しぶりか。
3回生ゼミ。お説教特集。んでもここでなんとかしておかねば。 スーパーバイザーが欲しいなあ。(老師を勝手にそうしているところもあるが)
3回生忘年会。カラオケつき。飲みすぎ。
二日酔い。アルコールはいかんよ。が、明日も宴会がある。
吉田。もちろん調子悪い。体調管理は社会人の基本です。
もうすぐ冬至か。あら、日の出はまだまだ遅くなるのか(wikipedia-jaから)。知らなかった。早く暖かくなってくれないと。
飲まなかったおかげか早起きできた。酒は毒。
寒い寒い寒い。
メールはMewを捨ててgmailのwebインタフェース一本にしましょう。 Namazu捨ててGoogle Desktopにしましょう。
英語。会議。講義。あら、よく寝たのに不調。
4回生卒論ゼミ。これで年内終了。4回生宴会。 しかしこれからがんばってもらいます。
とにかく寝るべし。
一日寝ている予定だったのだが、 やっぱり勉強もしないとならんので大阪へ。 いろいろ勉強になる。若い意欲的な人々をたくさん集めて偉い。未来は若者のものだ。 それにしても、こんな喫煙者が多い研究会ってのは今時めずらしい(そこらへんがテツガク関係者のアレさを示しているか)。 研究会ではあんなもん(わりとひかえめ)だったと思うけど、飲み会で暴れすぎ。ごめんなさい。もちろん、べつにその場の誰かに対して怒ってたのではない。 いかんいかん。 仕事しよう、勉強しましょう。いろいろオルグしたりもする。 今年もなんとかサバイブさせてもらったのは みなさまに感謝。あ、まだ1週間もあるよ。
冬至は越えたか。寒くて調子があがらん。
うわ、いろいろ仕事が残っている。大学へ。レポートの採点、卒論赤ペン、 をしなきゃならんわけだが、体が動かんな。のろのろとまず机の上を片づけて 場所を確保。 あきらかにオーバーワーク。昨日はやっぱり寝ているべきだったかもなあ。
今週も飲み会続き。身体壊しそうだ。
いったん帰宅して昼寝、また出てくる。
産経webで畠山鈴香被告の裁判記事読んでいろいろ考えたり。「反省する能力」。
Google Desktopすごいなー。なんでも掘り出せる。もうNamazuもHyperEstraierも不要か。
レポート採点苦しい。出さなきゃよかった。レポートは教員の通信簿。 それは、教員を写しだす鏡。ちゃんとしているのを見ると ほっとする。 でも明日学生さんは大学来るんかいな。がんばる必要はないのか。 あらら?1月は何回授業あるんだ?そもそも明日授業あるのか? 衣笠の学年暦はどこいったかな?
授業の出席。来年度は全部の授業で出席をとり評価に反映することを誓います。
昨日は勉強になった。新しく仕入れたポイントの一つは、"I'm working now."のタイプの文章っ てのは(ある意味で)まちがいようがない(偽ではありえない。本気であれば常に真。She is working.は偽の場合 もあるかも。)ってこと。「ある意味で」がどういう意味でかはなかなか 難しい(そこがテツガクの腕の見せどころだ)し、動詞の種類によってずいぶん違うね(これも腕次第)。 でもアンスコムはなんかすごいことを洞察していたのだろう。 すぐれたテツガクはいきなりバサっと世界の一部を切ってその稠密な断面を見せてくれる。 かっこよすぎる。こういのは時間つかって 人の話を聞かないとわからないことがある。テツガクのそういう一面に魅力を 感じる人ってきっとたくさんいるのだろう。『インテンション』読みなおさねば。
ぐは。やっと半分。
あー、衣笠のWebCTゴミすぎる。信じられんほどのゴミ。 Firefoxごと落ちる。 これで金とってるってのはどういう会社なんだ。晒してやる。 こんなもん触らせてムダにした 時間分の時給よこせ。なんか気分がささくれるとツェッペリンとか聞きたくなるよなあ。 ヘビメタとかスラッシュメタルとかハードコアとか聞いている若者たちよ、 中年もときどきささくれますよ。でも心を落ちつけていきましょう。
今日はちょっと暖かい。はあ。
レポート採点終らず。っていうか見れば見るほど 黒いものが襲ってくる。教員失格。 このまま単位出したりするのは義務に反する。 やっぱり、出席をとるのは必要だ。
週刊ポストに井上章一先生が『高学歴ワーキングプア』(読んでない)の書評を 書いてた。井上先生のようにゆったりと立派な研究していた学者たちは タンチョウヅルのように死滅する運命だとかなんかって文章。 タンチョウヅルっていう比喩が気になったんだよな。 そりゃ井上先生は立派なツルだけど、そのツル1匹が羽を伸ばすことができる 環境を作るために、 ツルじゃないものも大量に飼っておいたり(日文研のことではない)、 それによって大量の同じくらい美しいツルのヒナが生きてけなかったり、安いエサしか 与えなかったりってのはどうなのかな。 それでいいのかなあ。
まあでも「高学歴ワーキングプア」なるものが存在するとして、それは 自己責任だ、人生は失敗のある実験だと言いたくなるところもある。 ODが抱いている(まだ自分の内部にも残余がある)ルサンチマンと、のうのうとしている 大学教員としての罪悪感がアレして読んでアレだった。 土曜に若い人々を見たのも影響しているな。 11年前の川田隆君、どう思う? アマゾンの書評を見ると、 そういう世界だと知らずに足を踏み入れたのかな?そんなことはないだろう。 まあ読んでみるか。ネットではあんまり共感されてないねえ。
衣笠。
大学教員としてのプライドとかについて考える。もう非常勤入れれば 12年もやっちゃってるじゃん。それでこれか。 恥や罪悪感だらけなのはやっぱりだめだめ。 来年度こそは胸をはれるようになりたいものだ。 いや、とにかくうつむきながら、生きてることを感謝すればそれでいいのかな。いやいや、そういうわけではあるまい。うーん、年の瀬。
またビジネス書とか読んだり。まあこういうのは嫌いじゃない。ていうか 積極的に好き。
む、レポート採点用のゴム印が欲しいぞ。 「不適切な引用形式」「長い引用はインデントしろ」 「不適切な段落構成」 「不適切な文献リスト」「一文が長すぎる」「文章ねじれ」 「ホッチキスで留めろ」「ふざけるな」「かんべんしてください」「わたしもそうでした」「君のレポートがだめなのは私のせいです」とか。いや、そういうのが一列になっててチェックできる 採点ボックスの方がいいかな。表紙つけさせてそれをパタっと押して仕事すればよい。 ふむ。 ゴム印作るのっていくらぐらいかかるんだろう。たいした額じゃないよな。 そういや自分の住所印ぐらいもってればアレだよな。 事務書類書くの面倒なのも字を書くのが面倒だからして。所属や名前書くだけで面倒だから 仕事ができないのだ。
午前中は部屋を片づけよう。
老師の部屋に水月昭道『高学歴ワーキングプア』があった。
今、大学院博士課程を修了した、いわゆる高学歴とされる 層に異変が起こっている。自殺者や行方不明者の増加、そして、 フリーターや無職者となる博士が急増しているのだ。 私の周囲でも、「仕事、見つかりましたか?」が、挨拶代りとなって久しい。 (p.14)
ここらへんでいきなりもう読む気なくなる。その認識はいかんよ。 まあでも第4章のルサンチマンはよい。 第6章の大学院で勉強することの利点のようなのは、まったくアレだろう。この程度なら、 ふつうのホワイトカラー会社に入った方が勉強になるはずだ。この人、 大学出てから一回企業に入ってみるべきだったんじゃないかなあ。
まあでも、雇用ってのはいろいろあれだな。やっぱり 一回雇用したらそう簡単にクビは切らないってのは基本なのだろう。
研究会。
学問の道は険しく、人生は短かい。なんでも できるわけではない。もうどんな学者も、ほんのちょっとでも専門が違えば 他の分野の人から期待されるような知識をもっているわけではない。 しかしでは、現実世界での学者にとっての知識や研究とはなにか? 『星の王子様』の地理学者は、自分が知っていることと 知らないことをちゃんと理解していたし、 自分が知っている地理をどうやって知っているかを知っていた。 結局学者が学者であるのは、自分の知識の広さと確かさの見積りを もっているというところにあるんだろう。 あの学者が、学者は学者でも地理学者だったのはやはりそれなりの意味があるんだな。
いまふと気づいたのだが、学者であるとか、〜が専門であるとかは、 その他の人との相対的な比較によるのかもしれない。これは、これまで ほとんど(いや、自分でも意外だけどおそらく1回も)考えたことがない基準。その時代のその(部分)社会での相対的地位が 重要なのか。いや、そうかもしれんな。学者であるかそうでないか、 専門家であるかそうでないかは偏差値で決まる。正規分布しているとすれば、 だいたい上位〜%に入ればそれを名乗ってよい、とか。これはアリかもしれんな。 まあ母集団をどうとるかによるわけだが。
「全人口のなかで学問全般についてよくしっている約2.3% (偏差値70、+2σ)に入れば 学者だ」とか→ 微妙だが、これでもおそらく大丈夫なんじゃないか。→ いや、 大丈夫じゃない。この基準はきびしすぎる。だめだ。私は学者ではない。 でも求められているのはそれくらいのような気がするな。
「哲学関係の研究者・教師・院生のなかで倫理学について特によく知っている 約16%(偏差値60、+1σ)に入っていれば倫理学研究者を名乗ることができる」とか。 → うーん。できればそうありたいけど、だめそうだな。学者としても倫理学研究者としても、もっとゆるい基準じゃないと。
しかしそうであれば、とにかく偏差値43から 58を目指す男ってことでよいということになるわけだ。 偏差値55あれば常勤職もらっていても平気で罪悪感なしでOKとかね。 ひじょうにわかりやすくなるなあ。こういう発想するのがマスキュリンなんだよね。今日も 糾弾されちゃった。てへ。
起きると9時半。ぎゃ。
10時から研究会。雑用で走りまわる。わたしにできることはそれくらいなので・・・。
夜宴会。酒飲みつつ自分をキャリブレーションしたり 情報収集したりお願いしたりするのも大学教員の業務の一つ。
10時間寝ても足りない。酒は毒。
引き続き研究会。もうちょっとこういうのの運営うまくならないとなあ。 コピー係を雇っておくべきだな。なんでも自分でやろうとすると手がまわらない。 大学院生を強制的に参加させるとか。
ぐは。終った。いろいろ個人的に反省はあるが、 まあ若い人々にいろいろやってもらって、まあ なかなか充実した研究会ではなかったらうか。でも次もうちでやるんですか。
片付けものをして、ちょっとだけ打ち上げに顔を出す。 やっぱりビールまずすぎ。 家に帰りつくとヘトヘト。死ぬ。
計13時間ぐらい寝たか。でもまだまだ寝たりない。
卒論指導のために大学。
とにかく部屋と頭をオルガナイズ。・・・と思ってはみるが、なにからはじめていいのか わからない。とにかくナメクジのように書類を片づけていこう。
なんか気分にあった音楽が見つからん。キング・クリムゾンかもしれん。→ どうも そういう感じ。ツェッペリンやクリムゾン聞きたいときってのは、なんかよくない状態だよなあ。
まあとにかくゆっくり。 「効率性」「生産性」とか。効率よく生産的に生きてる人々ってのは、 一日が充実してるんだろうけど、しんどくないかな。でも効率悪い人間も 同じくらい無駄なことをいろいろやっているんだから同じか。かえって楽なのか。 まあ一日書類探してるってのはばからしいもんな。とにかく整理整頓。いらんものは捨てる。
6時間のナメクジ格闘の末、探していた書類発見。
他にもいろいろ苦しむ。
某協会会誌の編集。
年末なので来し方行く末について考えよう。夜はコルトレーンで大丈夫だった。改善。
もうM-1なんてなんだか知らず、芸人の顔もわからず、映画もDVDも見ず、せ いぜいNHKのニュースしか見ない。週刊誌もラーメン屋にある『ポスト』と『現 代』とぐるんぱにある『SAPIO』、『モーニング』ぐらいしか読まず、十分に世 間離れした人間になっているわけだが。もう2ちゃんねるとブログも読まなくて いいよな。大学教員としては、そういう世間離れはどこまで許されるんだろうか。 なんでも許されそうな気もするな。んじゃそれでいいか。あとはこれまで買った本と 自分のヘソながめながら暮してよいのではないか。
性格や人格の改善ももうなかば諦めた。生活の改善はまだ少しありそうな気がする。
ビジネス。去年(一昨年か?)ぐらいから『日経ビジネスAssocié』とか気
になっている。20代〜30代初頭までのビジネスマンパーソン対象なんだ
ろうけど、以前はこういうのはあんまりなかったような気がする。内容も「部
下の操縦方法」とかそういうのが中心だったろうが、この雑誌はもっと細かい
仕事術(特に情報の管理)のようなのをとりあつかっている。けっこう売れて
るんじゃないだろうか。実は私も何度か買ってみた(あんまりおもしろくはな
い)。『超整理法』とかまでは「知的生産」とかってのが目標だったけど、この雑
誌はちゃんとビジネスに特化している。こういう雑誌がキオスクでもコンビニ
でも大きな顔をしているのは、やっぱり需要があるからなんだろうけど、どう
いう需要なんだろうな。はてなブックマークとかでもライフハックとかっては
非常に人気があるようだ。以前はPCやソフトやらメール管理とかまわりに限定
されてたけど、次第に各種タイムマネジメントやらメモやら書類整理やら対人
コントロール(社会工学?)やらに広がっている。これと正社員とパートや派
遣の分離とかなんか関係ありそうな気がするんだよな。
一部の人間は仕事術だのライフハックだのってのを考えて効率よくバリバリ(?)仕事(企画とか段取りとか) することを求められ(はてなのヘビーユーザーはこっち組だろう)、 その他はそういう人から指示されるのをただ待っているとかそういう分業が 生じているんじゃないだろうかとか。それより前は、 まあデキる人がデキない人の分もカバーしつつ同じような給料で働いて、 出世のときに差がつくとかそういうんだったけど、今じゃそもそも業種が違うんで、 デキる人に仕事があつまりその人たちだけ働いて、 そういうひとは「自己啓発」かなんかでもっともっとできるようになることを求められていて、 デキないひとはほったらかし、そういうんではないか。 会社とか昔も今もぜーんぜん知らんからアレなんだけどさ。 これが格差とか自己責任とかってやつ? まあ妄想だけどメモしておく。
こういうのも世間離れしすぎてわからん。社会問題や就労問題をあつかっている 学者さんにたずねてみるかなあ。
小雨。
卒論指導のため研究室へ。部屋と書類の片付けしながらport -uf uninstall して pTeX作りなおしたり。
web素行調査。 簡易マイニングだな。 かなり正確な情報と、不正確な情報が情報の割合が微妙だな。 一人ゲーム業界で有名な人がいるからだな。因果関係の推論が逆なのも目につく。 一般的な言葉(「返信」とか「PC」とか)を省くとさらに 改良できそうだ。まあいまだと標準的2ちゃんねらー3人ぐらい雇うと、ふつうのwebからだけでも けっこうな情報が収集できるだろう。写真もずばり2枚つかまえてるのが立派。 google兄貴はもっとよく知っている。っていうかgoogle兄貴の方が私より私をよく知ってるだろう。
江口聡の調査結果
* 奥田太郎は江口聡の過去を知っている。
* 江口聡は児玉聡とつながっている。
* 江口聡の謎をとく鍵、それは送料別、件、ページ、eguchi、沖縄。
* 江口聡は、徒然草とp3の関係について何か知っているようだ。
* 常務取締役について調べると、必ず江口聡に行き当たる。
* 江口聡は、返信について何かを掴んでいるいるらしい。
* 大島によると、江口聡は「一言でいってpc」らしい。
* 江口聡は、電子機械科の世界ではそこそこ名の通った人物である。
* 加藤尚武と江口聡の間に肉体関係はまだない。
* 江口聡について聞くと、伊勢田哲治は堅く口を閉ざした。
* 江口聡は、夏色剣術小町公式ビジュアルガイドについて聞いて回っていた。
* 江口聡といえば投資先。
* 水谷は江口聡に何か隠し事があるようだ。
* 江口聡のおかげで土屋俊の今がある、と言っても過言ではない。
* 江口聡と雅彦が、なにやら親しく話しているところを目撃したという証言がある。
* 功利主義の歴史には江口聡の影が見え隠れしている。
* 水谷雅彦は江口聡に特別な感情を抱いていたらしい。
* 哲学について一家言あるらしい。
リロードしてみると交友関係が狭いのがまるわかり。
* 江口聡の謎をとく鍵、それは公開、徒然草、p3、功利主義、編集長。
* 水谷は江口聡に特別な感情を抱いていたらしい。
* ページの歴史には江口聡の影が見え隠れしている。
* 加藤尚武は江口聡の過去を知っている。
* 児玉聡は江口聡に何か隠し事があるようだ。
* 電撃オンラインプロデューサーについて一家言あるらしい。
* 送料別について調べると、必ず江口聡に行き当たる。
* 江口聡は、件の世界ではそこそこ名の通った人物である。
* 江口聡は水谷雅彦とつながっている。
* 江口聡は、原文について何かを掴んでいるいるらしい。
* 江口聡といえば京都女子大学現代社会学部s302号室。
* 雅彦によると、江口聡は「一言でいって常務取締役」らしい。
* 江口聡は、沖縄について聞いて回っていた。
* 江口聡は、陶器と倫理学の関係について何か知っているようだ。
* 江口聡について聞くと、奥田太郎は堅く口を閉ざした。
* 江口聡と土屋俊が、なにやら親しく話しているところを目撃したという証言がある。
* 伊勢田哲治と江口聡の間に肉体関係はまだない。
* 江口聡のおかげで越智貢の今がある、と言っても過言ではない。
心落ち着けるため読書。 まあとにかく年末こうして研究室にいられるのは幸運なことだ。感謝感謝。
デスクトップPC用の電源ケーブルとかどんどん溜って馬鹿みたいだよな。捨てよう。
うう、片づけているつもりでエネルギー投入しているのに どんどんエントロピーが下るぅー。
卒論指導とか卒業生来訪 とか同時に。卒業生からは いろいろビジネスの話をうかがう。ビジネスの世界はたいへんですな。
だらだらビール飲んでるうちに酔っ払いになってしまう。いかんいかん。
ブレインマシンインターフェースかあ。まあ衣笠の授業はないようなので、 顔ぐらい出すかな。
卒論指導のため昼から大学。
Mavis Staplesが"Get your house in order"と歌ってるので、部屋の片づけ。机の中のものを捨てて、書類入れとして利用できるように改善。 それにしてもなんでこんなに片付け苦手なんだろう。エンハンスメントできないかな。
成功。成功する人ってのは、やっぱり プロジェクトやライフプランのようなものについて自覚的だよな。 自分がなにをやっているか理解しているってのが成功する人々の共通の特徴。 芸術家もそうなんだろう。見当識。指南力。 日々のサバイバルに必死な人間にはそんなものを持つ余裕はない。 来年はなんかライフプランを持ちたい。
自宅も片づけねば。
ゴミ本を捨てる準備。ゆるいパンツとか靴下とかも捨てる。なんでも捨てればよろしい。
どれ、日記でも読みなおすか。
DVDで『クィーン』。あれ、エリザベス女王は在位期間でヴィクトリア女王を抜いたのか。すごい。 私の生きた半分は「エリザベス二世朝」なのね。
やっと「共和制」ってのの意味も理解する。 民主制になら興味あるけど、共和制には興味ないなあ。 まあ君主やその親族の人権とかには興味ないでもないけど。 私ほんとになんか部分的に巨大な遅れがあるよなあ。 知識や意識のありかたが歪んでいる。ほんとに部分的かな?どこまでなら部分的っていえるんだろう。
将棋の本などはぜんぶゴミとしてブックオフへ。『将棋大観』ぐらいは残しておくべきだったか。
研究室の片付け。
あらー、いろいろ積み残しのまま年を越えることになりそうだな。
高島屋によって帰宅。
テレビ見るものなし。DVDで『プロザック・ネイション』見ようとして あまりにつまらんので死にそうに。この人はうつ病ではなく躁鬱病だよな。
今年はあれだ。なかばは早起きの習慣をつきそうになり、後半はさらに 睡眠の重要性を認識した年だったな。酒もぜんぜん飲めなくなった年だ。 したがって今日も早く寝る。とにかく今年もなんとか生きのびました。来年も 生きてたれるといいなあ。できればアイデンティティ維持した形で。
寝る予定だったがDVDで『紀ノ川』見る。どうってことない話だが、 まあそれなりに楽しめる。お金のある家はいいですね。男の姿がなさすぎ。